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Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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2014/10/08 08:30 yuccalina

「藤田嗣治・パリからの恋文」その(2)~モディリアニとブランクーシ

私の大好きな画家藤田嗣治と、これまた大好きなルーマニアという国が、どこかで繋がっていたのを、この本を読んで初めて知りました。フランス人レオナール・フジタとして没した画家藤田嗣治の評伝「パリからの恋文」は最初の妻、鴇田とみ宛てに書いた手紙を多数紹介していますが、第2回は「エコール・ド・パリ」時代のお話を少々。

藤田嗣治 パリからの恋文藤田嗣治 パリからの恋文
(2006/03/23)
湯原 かの子

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藤田嗣治がイタリア出身の画家アメデオ・モディリアーニととても親しかったのは知っていたのですが、どうやらモディリアーニを通して、ルーマニア出身の彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの影響を受けていたかもしれない?という一文が、この本の中に出てきたのです。

筆者は2000年11月30日から2001年3月11日にパリ市立近代美術館で開催された展覧会「エコール・ド・パリ、1904年~1929年、他者の領分」を見ての印象を書き記しているのですが、「他者」とはあの時代のパリで活躍した芸術家の殆どが、外国人ばかりだったからで、その中に藤田嗣治やモディリアーニ、ブランクーシも含まれる訳ですね。以下は引用(下線はブログ主による)です。

会場にはモディリアーニの石彫作品も展示されていた。地中海の港町リヴォルノの出身で少年時代から彫刻に情熱を感じていたモディリアーニは、モンパルナスでブランクーシと出会ったことから、最初のうちは石の直彫り頭像の製作に熱中した。ブランクーシはロダン流の写実的な彫刻とはまったく異なる、プリミティフかつ抽象的な二十世紀の新しい表現を創造したルーマニア出身の彫刻家である。

モディリアーニの彫った女性頭像はプリミティフな様式で、ブランクーシの影響を感じさせつつ、ギリシャの神殿のカリアティード(女性像柱)ともガンダーラの仏像彫刻とも非常に似通っている。モディリアーニの特色として親しまれている面長で瞳が描かれていない油彩の女性肖像が、こうした女性頭像から由来するものであることが強く感じられたのであった。

同じ展示室に、フジタの木彫りのリリーフ『水指しとグラスを持つ女』(1917)もあった。興味深いことに、木板に彫られている女性はまるでモディリアーニの『女性頭像』(1911~12)か、ザッキンの木彫刻の 『女性像』(1914)を浮き彫りしたかのように、プリミティフな表現が共通していた。実際、モディリアーニの『女性頭像』を見ていると、嗣治がとみ宛ての手紙に書いた絵画論の、「表情のない、昔の仏像の天人の顔のように、豊富であって表情のない顔、見る人の心次第でどうにでも見える顔」という言葉が想い起こされた。それはまさしく「昔の仏像の天人の顔」のようだったからである。また、島崎藤村の『エトランゼエ』の一節を思い出し、藤村がアトリエを訪れた時に嗣治が機織り機に彫刻していたというのは、あるいはこの木彫りのリリーフなのかもしれない、と連想したのだった。



モディリアーニの瞳のないアーモンドアイの表現が、彫刻を学んでいた頃に培われたもので、ブランクーシの影響
受けていたとは、私は恥ずかしながら知らなかったんです。確かにブランクーシの「眠れるミューズ」の表情と通じるところがありますね。そして、その影響が藤田嗣治にも及んでいたかもしれないというのが、とても興味深いです。藤田の描く透き通った乳白色の肌色は、浮世絵的とも言われていますが、同時にブランクーシの眠れるミューズとも通じるものを感じてしまったのでした。

私は90年代にルーマニアを訪れた時、ティルグ・ジウで「接吻の門」を見ましたが、当時はブランクーシを藤田と同時代にパリで活躍した芸術家として認識していたものの、何か影響を受けていたとは、全く思い及ばなかったものですから。


で、そのブランクーシのプリミティフな表現って、母国ルーマニアの北部マラムレシュ地方のフォークアートから強い影響を受けているそうです。みやこうせいさんの著書「羊と樅の木の歌」には、先の「接吻の門」についても書かれています。

例えば有名な『果てなき柱』。これはまさにマラムレシュのモミの木で造った家の回廊の軒を支える柱をモチーフとしていることが窺える。
ブランクーシの円柱は、モミの木をあらわすといわれ、この彫刻は「地に根を下ろし天に届く」という彼の思想、哲学であり、宗教心にも支えられているといえる。
彼がマラムレシュの民家から得たと思われるモチーフは多い。有名な『接吻の門』しかりで、これもマラムレシュの村落に立ち並ぶ木彫りの門から啓示を受けていると言われている。

羊と樅の木の歌―ルーマニア農牧民の生活誌羊と樅の木の歌―ルーマニア農牧民の生活誌
(2008/08)
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写真はすべて、彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの作品 写真集~「Naverまとめ」より

<眠れるミューズ>
cb1.jpg

<接吻の門>
cb2.jpg

<無限柱(果てなき柱)>
cb3.jpg

一番上がモディリアーニへの影響が感じられる女性の頭像で、残りの2つがルーマニア、マラムレシュ地方のフォークアートから着想を得たと言われる作品。

こちらはみやこうせいさんの写真集「羊の地平線」に載っていた、マラムレシュの門彫り職人。
foujita11.jpg

「門には魔除けの意味もあり、富の象徴」なんだそうですが、土着信仰、シャーマニズムと深く関わっている為、キリスト教の宗教美術とは違ったプリミティフなテイストがあるのでしょうか。彫刻にしろ絵画にしろ、プリミティフや抽象表現って、脱キリスト教的な意味合いがあったのかしら?だとすると、先に、藤田が喩えとして「仏像」を出してきたのが、凄く面白いなと思ったんです。同じ神々しいものでも、キリストとブッダには距離があるんでしょうかね。マンガでは立川で仲良く同居してましたけど(by聖☆おにいさん)、、、。

ってまた話が変な方向行きそうなので、ここらで止めておきましょう。今回は藤田よりもブランクーシの話になってしまいましたが、この「パリからの恋文」については、もう少し書くつもりですので、よろしかったらまたお付き合いください。


お読み頂きありがとうございました。
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Comment
yuccalinaさん、こんにちは。

フジタとブランクーシ、私も関連があるとは思ってもいませんでした。 確かに人物画の表情とか、通じるものがあるかも?
ブランクーシさんを知らなくてググっちゃったニダ。
(参考URLはhが一つ抜けてますデヨ)

↓で、仏像によく似てると思う作品を見つけますた。
ttp://matome.naver.jp/odai/2135617853748752901/2135667925434057803
↓一例ですが、こちらの仏像と比べると、眉から鼻筋にかけての表現が似てると思うニダ。
ttp://butuzouclub.blogspot.fi/2012/04/blog-post_21.html

目を閉じてるところや黒いままになってる頭部の形、両手を合わせてるところ等も仏像的ニダ。

仏像もタイ当たりはよく金箔貼ってますし、その辺も似てる気がしますた。東洋から何らかの影響を受けていたニカね。仏像から影響を受けたブランクーシの影響をモディリアーニが受けて、そのモディリアーニの影響を藤田は受けたニカな・・・色々、想像すると興味深いんです。
抹茶アイスさんへ

> フジタとブランクーシ、私も関連があるとは思ってもいませんでした。 確かに人物画の表情とか、通じるものがあるかも?

音楽もそうですが、誰が誰に影響をもたらしたか、というのを考えるのは面白いですね。
Mansikka様ばんしお~!

> ↓で、仏像によく似てると思う作品を見つけますた。
> ttp://matome.naver.jp/odai/2135617853748752901/2135667925434057803
> ↓一例ですが、こちらの仏像と比べると、眉から鼻筋にかけての表現が似てると思うニダ。
> ttp://butuzouclub.blogspot.fi/2012/04/blog-post_21.html
>
> 目を閉じてるところや黒いままになってる頭部の形、両手を合わせてるところ等も仏像的ニダ。
>
> 仏像もタイ当たりはよく金箔貼ってますし、その辺も似てる気がしますた。東洋から何らかの影響を受けていたニカね。仏像から影響を受けたブランクーシの影響をモディリアーニが受けて、そのモディリアーニの影響を藤田は受けたニカな・・・色々、想像すると興味深いんです。


情報をありがとうございます。ブランクーシの金の頭像は、目の大きさが宇宙人的でもあり面白いですね。あと、岡本太郎の「太陽の搭」も思い出してしまいますた。古代の美術品からパワーを受け取って、新しい物を生み出した感じでしょうか。

私もブランクーシのこと、さほど詳しくはなかったのですが、現代アートの先駆者だったのですね。


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