プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

月別アーカイブ
リンク

ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2013/11/18 10:30 yuccalina

迷子と悪夢

自閉症児によく見られる多動性は、全ての子供に当てはまる訳ではありません。トモローは自力歩行も1歳半と遅めでしたし、これまで何度も書いてきた通り、掌の過敏症の為に手もあまり使わない、相当大人しい子でした。あらゆる事に恐怖心が強かったのだろうと、今では想像がつきますが、当時は「何でなにもしないの?」と焦っていた私。外で歩くのも怖かったのか、抱っこやおんぶばかりの毎日に、苛々することも多かったです。3歳で療育施設に通い始めてから、ちょっとずつ自力で歩いてくれるようになりましたが、ある時、私から体を離して歩くのが怖いのかも?と思い立ち、手を繋げないならと、トモローの背中に私の体がビッタリ着くように後ろに立って両肩に手を置き、左右の足を誘導する様にしたりしました。これは、結構効果がありました。安心出来たのかもしれません。

そんな感じでしたので、出掛けた先でトモローを見失って迷子、という経験も殆どありません。また、私自身もブログの紹介文に「注意力欠陥」と記してはいますが、多動性はないので、ADHDではなくADD傾向かなと思っています。忘れ物や紛失物が多く片付けが下手、気分にムラがあってダラダラしてしまうことが多いのは、 子供の頃から根本的には、あまり変わっていない気がします。

今回は、そんな私が3歳で迷子になった時の話ですが、当然自ら何処かへ走ってって、迷ったのではありません。2歳上の姉を含め近所のお友達4、5人で遊んでいた時のこと。一番年下の私は小さくてトロかったこともあり、ある時皆が私を置いてきぼりにして、何処かへ走って逃げてしまったのです。私は三輪車を一生懸命漕いで、泣きながら追いかけたのですが、皆はどこかに消えてしまいました。そこから先の記憶は全くないのですが、私はそのまま三輪車に乗って、最寄駅前の商店街まで行ってしまったそうです。大体、大人の足で徒歩10分くらいの距離でしょうか。そこで、踏み切りを三輪車で行ったり来たりするユッカリーナ3歳の姿を、どこかのお店のおばさんが見つけて、交番に連れていったと。そこから、また記憶が甦るのですが、おまわりさんは優しくて大きなお煎餅をくれました。名前を答えられたのかどうかは、全く覚えていないのですが、三輪車を漕ぎすぎて、相当お腹が空いていたんでしょうね。

<三輪車で遊ぶユッカリーナ3歳>
yuccalina20.jpg
yuccalina21.jpg

その後、交番に届出た母の元に無事に戻ったのですが、母は警察官から厳しく叱責されたそうです。そして、姉が母に叱られたかどうかは知りませんが、母が言うことには「あれ以来ゆかりの面倒を良くみるようになった」そうなので、姉もきっと心を傷めたことでしょう。

私の記憶は、その後に家族で繰り返された思い出話によって、定着した部分が大きいとは思いますが、実はこの迷子事件の後に度々見るようになった、悪夢によるところもかなりありそうです。その悪夢とは、

両親と姉と家族4人で、どこかへお出掛けするのですが、私だけ小さな三輪車に乗り、他の3人は自転車でグングンスピードを上げて、先を行ってしまいます。私は泣きながら必死に三輪車を漕ぐのですが、やがて3人とも見えなくなったのでした。おとーさーん、おかーさーん、おねーちゃーん!どんなに叫んでも、声は届かないのです。

そこで、目が覚めて、ガバッと起き上がると、何時も枕がグッショリなくらい泣いてました。後年気が付いたのですが、やはり迷子になる前段階の、置いてけぼりを食ったのが相当なショックだったのでしょうね。幸いにも家族との関係は良好でしたので、実生活でそんな心配をする場面は全く無かったのですが、何か不安を感じている時に、似たような夢を度々見たのです。夢の中では私だけいつも3歳くらいでした。

この悪夢の話は、これまで誰にも話したことはありません。それでも、父には一度「怖い夢を見るから、寝るのが怖い」と話したことがあり、こう助言してくれました。

夢は覚めたら終わって無くなっちゃうから大丈夫、と思って寝ると良いよ。

多分小学校の低学年頃だったと思いますが、これは中々有効でした。上手く暗示にかけられたとでもいいましょうか、それ以降、夢の中で嫌なことがあっても、夢の中の私はいつも「これは夢だから大丈夫なんだ」と思ってるようになったのです。それと、この悪夢から解放される決定的な出来事が、小3の頃にあったのですが、それは何れまた別の機会に書こうかと思います。

さて、このような話を何ゆえ紹介したのかと言うと、以前こちらで触れましたが、トモローの寝付きの悪さは、悪夢と関係があるのでは?と考えたからです。私は母親になったのはこれが初めてですけど、子供だったことはある訳です。自分が子供の頃感じてたことを思い出すことで、トモローの気持ちに近付くヒントが得られるのではないか、と思うからです。

<パパにくっついて二度寝するトモロー>
tomoro275.jpg

父が私にした助言が、そのままトモローに通じるとは思いませんので、今のところ、寝付けずにいるときは「怖い夢を見たら、助けてあげる」と言い、彼がうなされてる時は「ママがいるから大丈夫だよ」と声をかけて抱きしめてあげたりしています。これで一応助けたことになるかなー?怒りにまかせて叩いてしまったり、怒鳴ったり等、私はトモローの悪夢のタネになりそうな事を、これまで結構してしまいました。過去は消せませんが、少しでも和らげられる対応をしてあげたいと思っています。

しかし、トモローがチョー怖がり屋さんなのって、私にメチャクチャ似てるんじゃなかろか?と思う今日この頃。自分自身何が怖かったのか思い出しつつ、トモローに当てはまることあるかな?と考えてたりしています。そう言えば、偏食の話でも、自分とトモローが似たような感覚なのかも?と思うところがありましたっけ。


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

タグ: 自閉症 発達障害

テーマ:メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

ビートクラブdeロックな話(16)~Juicy Lucy, RenaissanceとJohn Mayall | ホーム | イーラーショシュのステッチでネーム刺繍
Comment
小さいころに“置いて行かれる”と思うことほど怖いものはないですもんね。
お父様に、とても心強い助言をしていただいてよかったですね。
ウチの長男も今より小さいころ「怖い夢を見る」と目を閉じられなかったので
「かかがいるから大丈夫」と言い聞かせていたことを思い出しました。
案外“怖い”原因は私だったかもしれませんけど(笑)。
子どもの頃って、色んなものが怖かったですが、それは知らないもの理解出来ないものが沢山あったからだと思います。普通の子よりも理解度が低いトモローには、きっと怖いことがまだ沢山あるんだと思います。
夢っていろんな要素が絡み合ってるんでしょうけど、確かに子供の頃は怖い夢をずっと覚えていたかも。
トモロー君のお父さんになつく様子をみて、きっといいご両親だと感じます。
自閉ゆえの甘えたさは僕にもありました。

でも、なつき方を見ると、何か恐怖心があるのか不安感があるのか、そんな気がします。

小学の時に家族で家族風呂に入って、思い出を作ったことがあります。

家族で行動を共にするのは何か暖かいものを感じます。
トモロー君にとって、ユッカリーナさんにとって、思い出に残ることがあるといいですね。
大人になってもワケの分からん夢って見ますもんね。
とろんさん、いつも貴重なご意見をありがとうございます。

> でも、なつき方を見ると、何か恐怖心があるのか不安感があるのか、そんな気がします。
多分トモローにも同じ様なとこがありそうです。自分が受け入れられているのか常に心配しているような感じがあります。孤独を感じない様にしたいと思いつつも、将来を考えると一人に慣れて欲しいとも思い、複雑な気持です。


Trackback
この記事のトラックバックURL
http://notarinotariyoga.blog.fc2.com/tb.php/742-193325de
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
ご訪問ありがとうございます
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
最新トラックバック
ユーザータグ
フリーエリア
RSSリンクの表示
Web page translation
QRコード
QR