プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2013/09/28 10:30 yuccalina

ビートクラブと子供時代から60・70年代ファッションを考えてみた

私が20代の小娘だった頃、60年代ファッションはカッコ良いけど70年代はダサい、と差別化していました。その頃は表参道の某弱小アパレル会社に勤めていたのですが、当時読んでいた雑誌「宝島」の影響も強かったかもしれません。三つボタンスーツとか、60年代の主にモッズファッションをクールなものとして取り上げる一方で、70年代の代表として、ピチピチのベルボトムとか厚底ポックリシューズを取り上げ、「頭がイカレてた」と小馬鹿にするような扱いでした。そんな中、当時の私は同年代の友人と一緒に、Nさんという営業の男性を陰で笑って喜んでいました。そう、Nさん(当時30代前半くらい?)は、モロに70年代を引き摺ったファッション。後ろ髪を長く伸ばし、ピッタリめのボトムにジャケットで、「弱小企業とは言え、ファッション業界にいて、あのスタイルは許せん!」と残酷な20代女子の標的にされていたのでした。

そして女性の70年代的スタイルとして思い出されるのは、カーリーヘアにネグリジェのようなピラピラしたブラウスでして、そのアイコンと言えるのが作家の戸川昌子さん。実は先日、当時からのお友達と「ビートクラブ」を見ながら、オープニングのゴーゴーガールズのファッションが正に戸川昌子みたい!と話が盛り上がったのでした。

<ビートクラブのゴーゴーガールズ>
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<戸川昌子さん>
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そう、このところ音楽の話題で継続して取り上げている伝説のロックTV「ビートクラブ」のDVDボックス2は1968~1970年の映像なのです。マッシュルームカットだったイギリスのアーティストも(例えばスティーヴ・マリオットとか)、徐々に髪や髭を伸ばし始め、段々と小汚くなっていく様子が分かって興味深いですし、MCの女性Uschi Nerkeのファッションにも注目して見ています。

1969年放送分までモノクロなのが残念ですが、前髪を作ったロングヘアにボーダーのミニのワンピにブーツとか、中々可愛いですね。胸とお腹の辺りが大胆に空いるのは、ドキッとしましたけど。

<ブーツは膝下丈が主流だった?1969年>
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カラーになった1970年の映像では、シャツの柄とか、大きなバックルのベルトが既に70年代していました。

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一方、私自身が幼少時代に着ていたお洋服から見えてきたものがあります。先日、昔の写真を整理してたら出てきて、一度紹介しましたが、1972年(当時7歳)に着ていた水色のミニのワンピース。

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70年代初期は若干60年代テイストが残ってたかな、このデザインなら今でも着たいです。勿論ナマ足は無理ですけど。

で、さらに遡って1968年(当時3歳)にもっと可愛いのがありましたよ。ベルベットの生地にビーズの刺繍が施されたワンピースです。

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写真が古くて色が鮮明ではないですが、多分ワインカラーに近い赤だったと思います。この服はうっすらと記憶に残っていて、私が今でもベルベットの手触りがすきなのは、ここから始まっている気がするのです。

逆に次の七五三に着たのは、殆ど覚えてないんでよね。

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今見れば、スタンドカラーに白レースでスクエアに縁取りしたトップが、結構可愛いと思うんですけどね。多分、肌触りが好きじゃなかったのかもしれませんね。

上の2つはどちらもお出掛け服ですが、普段着の写真もありました。赤のカーディガンに紺色のジャンパースカート、にレギンスっぽいのを履いてますが、昔はパッチと呼ばれていたたそうです。

<おにぎりみたいな丸顔。後ろにはクラッシックカー>
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3歳時の写真が、現存する中で最も古いカラー写真ですが、お次ぎはモノクロを少々。今度は私でなく母が着ていた服について。1965年、生後3~4ヶ月の私を抱く母。

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カラーでないのが残念ですが、ヘアースタイルもファッションも、別段気合をいれてない普段着なのに、何だかオシャレに見えるから不思議。ヘアバンドやスカーフを巻いてるのが素敵です。母は浅黒い肌をしてるので、まるでモータウンの女性アーティストみたい~!なんて、褒めすぎでしょうか。いやいや、これまで母がお洒落だと思ったことは一度もないですし、母自身も「昔は家のローンに追われてて、自分の服を買うお金もなかった」と言ってましたから。

さて、そんなオサレに見えてた母も1974年(ユッカリーナ9歳、母36歳)には、こんなんなってましたよー。

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襟の大きなシャツに、裾の広がったパンタロンってやつですね。まー、これは良いとして、髪型がどーなのよ?カーリーとまでは行かなくても、結構なパーマ頭。私もパンツの丈が矢鱈短いっすね。スカート同様、子供服のボトムは短めな時代でした。ソックスは何故か三つ折りだしー。

そして、ショーゲキ的なコーディネイトがこちら、1975年(10歳)。

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どんだけ柄物すきやねん?って突っ込みたくなるこのゴチャゴチャ感ってば、ドップリ70年代ですね。最初のワンピから3年でこの変わり様。ソックスまで柄物だ~。

しかし、この裾の広がったパンツは母のホームソーイングでして、スーツで作ってもらいました。先のショートパンツに合わせた花柄のブラウスも、母のお手製だったと思います。この頃は、一緒に買い物に行って、服地売り場で好きな布を選ばせてもらってましたので、ほとんど自分の趣味で選んだ服を着ていました。

も一つ70年代に流行ったものとして思い出すのは、刺繍の入ったジーパンですね。まだデニムなんて言い方はありませんでした。デニムつーたら生地の種類の名称でしたもん。ちょっと不鮮明ですが、膝下にお花が刺繍されたジーパンを履くユッカリーナ、当時9歳。実は足元も、チロリアンテープがあしらわれたスリッポンで、フォークロア調でした。

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多分、サイドパーツにしてた髪留めにも、お花が付いていたような気がします。これぞ、リアルフラワーチルドレン?

そして最後は同じく小4(9歳)の遠足でのスナップ写真。

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私(右から3番目)のチェックのサロペットパンツにイチゴ柄のシャツという意味不明なセンス(苦笑)はまー置いといて、この写真を載せたかったのは、左から3番目のお友達。茶色のパンツスーツがオシャレで良いなと思ったからです。柄物が多い中、大人っぽい感じで足元までコーディネイトされてます。カッコ良い70年代の見本として、中々良いのではないかなと。今思えば、70年代ファッションの全てがダサかった訳ではなくて、自分が着ていた服への恥ずかしさが手伝って、つい否定してしまったのかもしれませんね。

と言ったところで、子供服にもヒッピームーヴメントが色濃く反映した時代、もう1つ印象深く覚えているのは、ビーズ細工とかアップリケとかリリアン編みとか、小学生の間でもハンドメイドが流行っていた事です。これもヒッピーファッションの影響たった訳ですね。ビートクラブのニュース映像に、地べたに座ってロックやフォークミュージックの演奏を聴きながら、刺繍や編物をしている若者達が写っていました。

また、この時代、ボヘミアンやジプシーと言った言葉が、肯定的に受け止められていたようです。定住をしない生き方が、ヒッピー達のお手本であったと。今でもジプシー文化が色濃く残るトランシルヴァニア住む谷崎聖子さんによれば、東欧でも70年代にフォークロアやハンドメイドのブームがあったそうです。

ヒッピームーヴメントの軸にあった自然回帰、ナチュラル&エコロジー志向がトラディッショナルな手仕事への興味を引きだしたり、銃を持つよりは花を飾ろうという心が、ハンドメイドへと向かって行ったのでしょうか。ヒッピーのファッションを見れば、フォークロアやハンドメイドブームとリンクしてたのは十分に理解できます。そして、それはハンドメイドを通して、自由に自己表現したいとか、既製の美意識とは違ったものを目指すとか、戦争に反対し、頭に花を飾って平和を祈り、もっと自然にそって生きようといった思想が編み込まれていたのでしょう。

そういった時代背景を踏まえれば、単に花柄を身に付けることにも、様々な時代の空気と人々の生き様が詰まっていたと言えますね。それこそファッションの醍醐味なんじゃないかしら?と思いつつ、今私は70年代風の花柄ファブリックで、何を作ろうか考えている最中なのであります。

谷崎聖子さんのネットショップICIRI・PICIRI(イツィリ・ピツィリ)ではヨーロッパの古着だけでなく、カーテン、テーブルクロス、カヴァー等のヴィンテージファブリックや、レースやリボン等の手芸アイテムも取り扱っています。60・70年代ファッション好きのみならず、ハンドメイドをされる方にも、是非一度ご覧になって頂きたいなと思います。ちなみに、私が最近購入したのがこちら。

東欧雑貨ICIRI・PICIRI

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流れるようなお花の模様が70年代っぽいですよね。しかし、ソーイングは一度カットしちゃったら、編み物や刺繍みたいにやり直しがきかないので、慎重に扱わないとね。作品を紹介出来るのは、果たしていつになることやら。


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タグ: 60年代 70年代 イギリス

テーマ:レディースファッション - ジャンル:ファッション・ブランド

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Comment
こんばんはー

お洋服ネタ 懐かしいです 女性アーティストみたいなお母さんおしゃれさんですねー

柄と柄を合わせて おこさんの時から おしゃれに敏感だったんですね、、 私なんて親の買ってきたものいやいやながら着てました 選ばしてくれるなんてなかったなー小学校のときの一番の服の思い出は ピアノの発表会の時のベルばらみたいなフリル満載のドレス、、死にそうにいやなのに言えずに着せられて、、トラウマになりました 自分の好きな服を着れたのはアルバイトできるようになった 高校の時ですよ、、、横浜だったので ハマトラ、、フクゾー ミハマ キタムラそれに夢中でした

刺繍の入ったジーパン ベルボトム、、懐かしいですねー
こんばんは。
懐かしい感じのするお写真ですね。こうして拝見していますと、その頃の流行を反映しているのが興味深いです。yuccalina様はお子さんの頃からお洒落でいらしたんですね。私も子供の時、祖母や母のお手製の服を着せられていましたが、自分で生地を選んだ事なんてありませんでした。
でも、60年代頃の女性って、大人らしく女らしくて、子供心に素敵だと思ったものでした。今でも、あの頃のヘアースタイルやお化粧の仕方に惹かれます。
> 小学校のときの一番の服の思い出は ピアノの発表会の時のベルばらみたいなフリル満載のドレス、、死にそうにいやなのに言えずに着せられて、、トラウマになりました 

私も嫌だった服の思い出あり、フリルがピラピラしてるの苦手でした。ただ、嫌いな服着てた時は、顔に出てたんでしょうね。写真が全然残っていませんでした。もしかしたら、写真も捨ててしまったかもしれません。気に入らないものは、親に隠れてサッサと捨ててしまう子供でしたので。

> 私も子供の時、祖母や母のお手製の服を着せられていましたが、自分で生地を選んだ事なんてありませんでした。

好き嫌いがハッキリした子どもだったみたいで、親も選ばせざるをえなかったんだと思います。

> でも、60年代頃の女性って、大人らしく女らしくて、子供心に素敵だと思ったものでした。今でも、あの頃のヘアースタイルやお化粧の仕方に惹かれます。

確かに皆大人っぽかったですね。現代が幼いテイストが定着しすぎてる感があります。


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