プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

月別アーカイブ
リンク

ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2013/04/12 14:31 yuccalina

子供を通して分かった自分自身の事と、アーユルヴェーダで確認出来た事

子供は親の鏡とよく言われますが、私もトモローを通じて、初めて理解できた自分自身のことが沢山あります。先日も、毎年春先に不調になるトモローの話を書きながら、かつては私も同じように憂鬱になってたな、と思い出したところです。遺伝的に体質や性格が似るのは、至極当然とは思いますが、トモローが自閉症と診断されて、気が付いたのは、障害とは言えない程度ですが、自分自身も発達障害の傾向があるということ。

左右をよく間違えたり、手先が不器用で蝶々結びが中々出来なかったこと。箸の使い方が下手で、食べこぼしが多かったこと。子供の頃に苦労した事をあげていったらキリがないのですが、一番嫌な思いをしたのは、掌に汗をかく手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)かもしれません。

これは、発達障害とは直接関係ない、恐怖症の1つですが、神経が過敏だとなりやすいんでしょうか、トモローも私ほど酷くはないものの、寝付きの悪いときは掌や足裏にジットリ汗をかいていることが多いです。で、自分に関しては、既に幼稚園児からの記憶が残っています。昔は折り紙の着色が悪く、水に浸かると直ぐに色落ちしてしまったのですが、私が折り紙を一生懸命折ろうとすると、いつも手が真っ赤になったりしたのでした。折り紙は当然、手の汗でぐちゃぐちゃになってしまいます。それを幼稚園の先生が嫌~な顔で見ていたのをよく覚えているのです。その後も学校でわら半紙のテスト用紙を破ってしまったり、フォークダンスで手を繋ぐのを嫌がられたり、家庭科の運針の布がじっとり湿ってしまい、縫い針が錆び付いたり、色んなことがありましたよ。だから、少し前にホンマでっかTVで、恐怖症の一種で「手掌多汗症」と言うのがあるのを知った時は、本当に救われる思いがしました。そういう症状で悩んでいるのが、自分だけじゃないと分かったからです。ちなみに、私は今でも緊張する場面で手汗をよくかきます。近年で一番大変だったのは、ヨガの指導者スクールで、他人と手を繋いだり体に触れたりしなければならない場面でしたが、予め「私は掌に汗をかきやすいので」と断っておくことで、何とか乗り越えました。

さて、この手掌多汗症とも関連するのですが、私は本当は神経過敏な子供だった筈なのに、実際は母から「無神経な図太い子供」と言われて育ってきました。何故そんなことになったのでしょう?母は、忘れ物が多かったり、物を無くしたり、空気が読めなかったり、と言った私の特性を「無神経だから」と理解したのでしょう。これって、今現在も発達障害の人々が抱えている問題とも近くないでしょうか?

それはつまり、KYなのは性格が悪いとか、育て方が悪かったとか言われて、根本的にものの理解の仕方がちょっと変わってるだけなことを、理解してもらえない状態、と言ってもいいでしょう。

つまり私が声を大にして言いたいのは、

注意力が足らなかったり、空気が読めないのは、決して無神経とイコールではない。そういうのが苦手な脳の構造をしているだけ。

と言うことです。意図的に空気を乱すつもりでなかったから、後でそう知らされて悩んでる人もいたりする訳です。ついでも、もう1つ加えれば、複数の作業を効率よく行えないのも、当然、怠け者だから出来ないのではなく、そうするのが苦手だからです。たまたま現代の日本が、場の雰囲気を読むことや、時間を短縮して効率良くすることを美徳とする世の中だったために、私みたいな人間は、ちょっと生き辛いものがあるのかもしれません。ですから、私は敢えてそれらに必死で着いて行くことを諦め、自分がどう見られるかも、なるべく気にしないように生きています。KYで、効率悪い生き方も良しとしよう、と。そう思えるようになったのは、ヨガの影響がとても大きかったです。良し悪しを判断せずに、自分らしさを肯定しようという考え方。そしてそれは、私のトモローの自閉症を受け入れるようとする気持ちを育んでくれた気がするのでした。

さて、体質についても思い当たる節がチラホラ。私は大食いな子供でしたが、胃腸は決して丈夫ではありませんでした。夕食が揚げ物だった日は、食べ過ぎるとよく下痢をしていたものです。トモローも揚げ物、油っこいものを食べ過ぎると、よく下痢をします。しかし、ダンナは自分が平気だからと、外食先のファミレスで、ミックスフライ等を頼み、トモローにも食べさせようとするので、口論になったことがあります。「だって欲しがってるから」と言うダンナに対し「後でお腹壊して辛いのはトモローなんだから」と私。また、この胃腸の弱さが反映してか、私は乗り物酔いや、発熱時に嘔吐することが多かったのですが、トモローも吐くことが多いです。ロタやノロウィルス意外でも、熱を出して吐いたことは何度もありました。そんな時、私が水分以外は絶食させようとしてるところに、ダンナが「何か食べさせなきゃ体がもたない」等と言って勝手に食べせた日にゃー、大喧嘩になりましたよ。「食べないと体力がもたない」は昔の話です。食べ物を消化することで体力が奪われるんですから。案の定、トモローは再び嘔吐してしまい、ダンナも納得した様ですが。

私が何故ダンナに怒ったのかというと、幼少時の1ページが脳裏に浮かんできたからです。私が風邪を引いて「気持ち悪いから食べたくない」と言っても、母はいつもお粥を食べろと無理強いしました。私が頑張って少し食べても、結局後でまた戻してしまい、それ見た母が「あーあ」と落胆してる感じが伝わってきた時は、申し訳ないよりも、「だから、食べたくないって言ったのに、お母さんが食べろって言ったからだよ」と恨めしい気持ちでした。

、、、と、別に私はここで母への恨み辛みを書きたいのではありません。子供の頃戦後の食糧難の時代だった母にとって、食べないことは生死に関わる大事だったから、あのように執拗に食べさせようとしたんだろうなあ、と想像は付きますから。母と自分の関係を思う時、いつもどこか「かみ合ってなかった」感があるのですが、別に虐げられたとか、愛されてなかったとかいうのとは全然違っていて、母も私を理解出来ずに大変だったんだろうなあ、と思います。その辺の話は別の機会に書こうと思っていますが、その辺の経験は、私とトモローとの関係に少しは役立っているようです。自分があのように体調不良の時に無理に食べて、症状を悪化させた経験があったからこそ、食べないことが体に良い時もある、と確信出来た訳ですから。事実、家族3人でノロウィルスを患った時、私とトモローは2日間絶食した後は、比較的速く回復しましたが、「力がでないから」と無理に食べていたダンナは、中々下痢が治らずにいました。

後に私はアーユルヴェーダを学び始めて、断食が健康法の1つであることを知り、自分の考えが間違っていないと確信。断食は、別に精神を鍛えるための苦行とかではなくて、食べ物を消化することで疲れた胃腸を、ときどき休ませると良いですよ、って事です。勿論、持病があって断食をすると危険な人もいるでしょうが、私は年に2、3回はプチ断食を行っています。胃腸の弱い私ですが、断食後はとても快調になるのが分かるのです。

イラストで解る おうちで毒出し! アーユルヴェーダイラストで解る おうちで毒出し! アーユルヴェーダ
(2012/09/24)
西川 眞知子

商品詳細を見る


以前紹介した西川真智子先生の本「おうちで毒出し!アーユルヴェーダ」にも、プチ断食のやり方が載っています。断食以外にも日々の生活に生かせる事が沢山載っています。アーユルヴェーダやヨガをまだ良く知らない人でも馴染みやすい内容、構成になっていますので、興味のある人は、是非ご覧になってみてください。


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

タグ: ヨガ アーユルヴェーダ 恐怖症

テーマ:アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム - ジャンル:心と身体

ハマカーンのお仕事記録(11) (4月8日~4月14日)~ナイツの漫才に嫉妬した「リンカーンSP」他  | ホーム | フィギュア国別対抗戦を前に浅田真央ちゃんの話
Comment
お母さんとの食生活の記憶って いつまでも記憶に残りますよねー 子供の時って 色が細かったり 銀杏がまだ完成してなくて 食べれないことありますからねー 

お母さんは速く直って欲しくてなさったんでしょうけど自分の身体は自分が一番わかりますからね

うちのだんなさんも 脂っぽいもの食べるとおなかわるくします わりとおなかがゆるいほうです そういう体質の方はいますね

私は実は一日2食です 毎日プチ断食です べつに意識してるわけでなくお昼前くらいにならないと 食べられないんです 無理に食べると一日むかむかします だからこれでいいやーと思ってます 朝から食べないとーとかだんなさんはいつもうるさいですが ほっといてーと言ってます
アーユルヴェーダでも、体質によっては朝食を抜いても大丈夫とされています。結局、人それぞれ違ったんだ体なのに、同じ健康法を当てはめることが、間違っているんだと思います。

頂いたコメントに返事を書いてからこの記事を読ませてもらいました。心の壁が無く、いつものびやかに生きておられるようで羨ましく思っているのですが、人にわかってもらえない悩みも抱えつつ育たれたのですね。
でもそのことがあるから、トモロー君の個性や他の人の個性にも寄り添えるやさしさを持たれているのだと思います。
私も理解してもらえない悲しさを持つ子ども達の役に少しでも立てればなと思いつつこの仕事をしています。
コメントありがとうございます。

> 心の壁が無く、いつものびやかに生きておられるようで羨ましく思っているのですが、人にわかってもらえない悩みも抱えつつ育たれたのですね。

自分の幼少時代を思うと、大人になってこんなに楽しく生きていけるようになるとは、思ってもいませんでした。小さい頃に試練があって、後で楽になったのも、一つに親の厳しさがあったから、と過去の事を肯定的に捉えるようになった気がします。


Trackback
この記事のトラックバックURL
http://notarinotariyoga.blog.fc2.com/tb.php/601-8be0e254
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
ご訪問ありがとうございます
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
最新トラックバック
ユーザータグ
フリーエリア
RSSリンクの表示
Web page translation
QRコード
QR