プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2013/01/26 08:30 yuccalina

美輪明宏から須山公実子まで~シャンソンと渋谷ジァンジァン

私は大晦日の紅白歌合戦を見なくなって、何十年たったかも思い出せません。10代から既にその日は、ロックをオールナイトでかけるラジオ番組なぞを、聴いて過ごしたりしてました。社会人になってから結婚するまでは、年越しライヴに行ったり。そして、出産後はTVも見ずに早寝。そんなこんなでウン十年。年明けに何か話題になっても別段興味もなかった私でも、去年だけは見ておけば良かったかと思いました。それは、やはり美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」であります。



シャンソン歌手として煌びやかな衣装に身を包み、歌を歌っていた美輪さんが、炭鉱夫達の前で歌う為に、自ら作詞作曲したこの名曲は、昭和歌謡の巨匠、古関裕而(こせきゆうじ)を思わせるメロディと言われていますが、私はこれもシャンソンと呼んで全然OKな気がしました。シャンソンって、おフランスのオシャレで上品な音楽をイメージする人もいるかもしれませんが、つぶやいたり、囁いたり、時として叫んだり、嗚咽したりしながら、人生を語り歌うと言う点では、パンクやロックのようなパワーも持っていると思いますので。フランスのアナーキーでパンクな作家(と私は思っている)ルイ・フェルディナン・セリーヌの「夜の果てへの旅」を初めて読んだ時、その力強いしゃぺり口調の文体は、やはりシャンソンの国だからこそかな、と思ったりもしました。

さて、美輪明宏と言えば、私はカラオケで「メケ・メケ」を歌ったりもするのですが、初めてその名を認識したのは「スネークマンショー」のファーストアルバムでした。そう、私が最初に聴いた「メケ・メケ」は美輪さんではなく、Dr.ケスラーこと、故・加藤和彦さんの歌声。お気に入りのシャルル・アズナブールのバージョンと一緒にどうぞ。

スネークマンショー (急いで口で吸え!)スネークマンショー (急いで口で吸え!)
(2003/11/27)
スネークマンショー、Dr.ケスラー 他

商品詳細を見る


<丸山明宏バージョンをベースにしたというDr.ケスラー版>


<こちらは私の好きなシャルル・アズナブール版>


「ヨイトマケ」は「どかた」という言葉が差別用語だからと、放送自粛された過去を持っておりますが、この「メケ・メケ」も「黒んぼ」という言葉が出てくる為か、扱っていないカラオケ機種もあったりするんですよね。全く、たった一つの言葉だけ切り取って、「ヨイトマケ」や「メケ・メケ」を差別の歌だと思う人がいるでしょうかね。

丸山明宏と名乗っていた時代、かの三島由紀夫とダンスを踊った時に、その身体の貧弱さを指摘し、後に三島がボディビルディングでムキムキになったというエピソードもあるくらい、歴史上の人物的重厚感をもった美輪さん。そんな方のお姿を、一度は目の前で見ておけば良かったなー、と思うのは20何年か前にチャンスがあったのを逃してしまったから。渋谷パルコの隣り山手教会の地下に、ジァンジァンという小さな劇場がありました。毎晩お芝居やコンサートが行われ、私は毎月「シティロード」と言うまー「ぴあ」みたいな情報誌のライヴハウススケジュールをチェックし、美輪明宏の日にしるしを付けながら、ついぞ行く勇気が出なかったのです。今ではすっかりご意見番としてTVに定着した美輪さんを、あんなに狭い空間で見られることはもうないんでしょうね。

なーんてことを思いながら、次に、その渋谷ジァンジァンで唯一見たアーティストのお話をしたいと思います。その名は須山公美子さん。以前、鈴木常吉さんの話題でちょっと名前を出したことがありますが、私が初めてアコーディオンの音色が素敵だと思ったのは、彼女の音楽でした。ワールドミュージックよりも、ブレイヴコンボと出会うよりも前の1986年、青山円形劇場での「サイケデリック物理学Ⅳ」。当初は共演のKilling TimeとQUJILA(くじら)がお目当てでしたが、たった一人アコーディオンを抱いて歌い出した彼女に、私はすっかり魅了されました。彼女のオリジナル曲も、日本の古い歌やシャンソンも、全てが自分に語りかけて来るように、胸に何か伝わって来るものを感じたのでした。因みに後で知ったのですが、彼女も故・篠田正己さんと共演されていたようです。

<ファッションと真っ赤な口紅が80年代なお姿>


90年代に、こちらも今は亡きライヴハウス「市川りぶる」で見たのが最後になりましたが、須山さんは現在地元の関西を中心に活動されているようです。ホームページによると、シャンソン教室も開いているとか。やーん、もし近くにあったら、絶対受けにい行くのになー。
須山公実子オフィシャルサイト

<こちらはピアノでの弾き語り。2010年神戸でのライヴ>


ところで、私はシャンソンてあんまり詳しくないのですが、どうしても外せないアーティストがジャック・ブレルです。彼は正にパンクやロックを感じる歌声でした。実際、スコット・ウォーカーにMOMUS(モーマス)と、ロックへの影響も少なくない彼のお話は、また次の機会に改めましょう。今回はこの辺で。


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タグ: フランス ワールドミュージック

テーマ:シャンソン - ジャンル:音楽

ハマカーンのお仕事記録③ (1月21日~1月27日) | ホーム | 至極私的60年代の愉しみ~その(4)「ウッドストック」からジョン・セバスチャンへ
Comment
はじめまして。

三輪さんのお姿が目に入り、思わず聴いてしまいました。
私は去年の紅白、この為に数10年ぶり?に見ました。
正直 今の世代にこんなに反響があるとは思わなかったのですが。

全く色あせていない あの歌声。
ほんとうの化け物かもしれませんね、三輪さんって。(笑)

銀座にあった 「銀巴里」というシャンソン喫茶、ご存知でしょうか?
私は若いころ東京におりましたので たまに聴きにいっていたのですが、
もちろん三輪さんも時々出演していました。

小さな喫茶店です。
そこで目の前で あの方を見たのですよ。
何度か見ていると思うのですが なんせ40年近くも前のこと、
はっきりとは覚えていないのです。笑
その中で これだけは忘れられない事件が。。。

唄っている最中に 三輪さんのつけまつげが取れかかったのです!
どうなったと思います?
三輪さんはさりげなくうしろをむかれ、
前を向いた時にはつけまつげはありませんでした。

忘れられない出来事でしたねー。
あの銀巴里ももうありません。
残念です。
ごめんなさい、美輪様の字を間違えて変換していました。
あ~はぢかし~~~。笑
ゆーしゃんさん、コメントありがとうございます。「銀巴里」は閉店の時ニュースになったのを、よく覚えています。

間近でご覧になったとは羨ましい限りです。
見ましたよ。ジァンジァン?で・・・(笑)
記事を読んでいて思い出しました。相方と友人をつれて・・・
マジカで見る事ができました〜♡ 凄い迫力でしたよ。

私も「ヨイトマケの唄」は記事にしようと思っていました。紅白での歌も素敵で、相方はずっと泣いていました。ここまで、堂々と思いの丈を言える芸能人はもう彼?一人なのではと思います。素敵な方ですよね。記事ありがとうございました。
では、では、
YOUさん、コメント有難うございます。

あのジァンジァンで美輪さんを見たなんて、羨ましーですー!
あの地下スペースは独特の匂いがありましたよね。でも、同じ頃にYOUさんと似たような行動範囲だったのは、面白い縁ですね。
私は毎年紅白を録画して観たい所だけ残しています。

去年はダントツ美輪さんに惚れてしまいました。
訳のわからない黄色の髪が、
スピリチュアルかなんかしらんけど変なひとが、
何で出るの?ぐらいにしか思ってませんでしたが、けれど唄を聴き始めた途端
あの凛とした姿、胸を打つ言葉、音の響きにただ引き込まれていました。
音楽の解釈は難しいのでよくわかりませんが、あれが人を魅せるということなんだろうなと感覚として感じました。
ただ若い頃に聞いても?ナノがいろんな体験を通して、ヨイトマケの唄の響き方は 歳を重ねる毎に変わるのではと思います。
私は今、子育ても終えようとしていますが この時期になっていろんな課題を前に心が潰れそうな毎日です。
けれど美輪さんの唄を聴き、ただ前を向いて生きて行けばそれでいいと、励まされた気持ちでいます。
私のなかではヨイトマケの唄は心にグッと根をおろした唄です。

でも、疲れた時に何も考えずにただ解放されたい時には、大好きな嵐の大野智君を観るのもオッケーデスよね。
京都のおばちゃんさん、いつもありがとうございます。
美輪さんは人間として本当に土台のしっかりした、重厚感を感じますよね。色んな物を背負ってきた生き様が感じられる、見事なパフォーマンスだったと思います。私は彼(彼女?)の担当している朝日新聞「悩みのるつぼ」も大好きで、他にも色々と取り上げたい話は沢山あるので、また何か書くかもしれません。
須山公美子さんのファーストLPを持っています。

邦楽アーティストのレコード及びCDは僕の所持数からするときわめて少ないのですが、このレコードはラジオで紹介されて、そこで聴いた楽曲の佇まいが、シド・バレットの『夢のお食事』と僕のなかでつながるものがありました。

ただ購入後全曲聴いてはみたけれど、その印象もそのときだけで、残念ながら須山公美子さんの世界の片鱗さえ理解せずに、今も故郷に送ったダンボール箱で眠ったままでいます。

ユッカリーナさんのように初めにライブで接していれば、思い込みもなくまた違っていたかもしれません。


僕もユッカリーナさんと同じく?、物心ついたころより洋楽一辺倒できまして、いざ「日本のロック」として聴くときにその空氣のようなものに溶け込めるのか、そのような感覚で接していたと想います。
当時では高橋鮎生 ( AYUO ) さんの『しずかにおきてごらん』というレコードが、そのような耳に違和感なく感動して入ってゆけた楽曲でした。

今ではその頃には楽しめなかったアーティストの楽曲でも僕の間口も広くなり、また偏見もなくなって ( パクリはサンプリングと解釈でもして ) 馴染めるようにもなりました。


今回初めて須山公美子さんの動画を観ました。
レコードジャケットくらいしか知らなかったので意外だった。
「変身キリン」の頃ってどんなだったでしょうね。


あ、鈴木常吉さんてセメントミキサーズの方だったんですね!
飄々とした肩の抜け具合が記憶にあります。


まユタンぽさんへ

> 須山公美子さんのファーストLPを持っています。

> 邦楽アーティストのレコード及びCDは僕の所持数からするときわめて少ないのですが、このレコードはラジオで紹介されて、そこで聴いた楽曲の佇まいが、シド・バレットの『夢のお食事』と僕のなかでつながるものがありました。

そうだったんですか。嬉しいです。でも、私はシド・バレットの印象は全く無かったです。レトロなモガとか、昭和歌謡にシャンソンのイメージが強かったですね。

> ただ購入後全曲聴いてはみたけれど、その印象もそのときだけで、残念ながら須山公美子さんの世界の片鱗さえ理解せずに、今も故郷に送ったダンボール箱で眠ったままでいます。
>
> ユッカリーナさんのように初めにライブで接していれば、思い込みもなくまた違っていたかもしれません。

私は日本のアーティスト、特にインディーズの大半は、ライヴを見て好きになった方々ばかりです。ライヴハウスで3組くらいタイバンで、となるとそのウチの1組しか知らない状態で見に行って、また新しいアーティストを発見、みたいな感じですかね。

> 僕もユッカリーナさんと同じく?、物心ついたころより洋楽一辺倒できまして、いざ「日本のロック」として聴くときにその空氣のようなものに溶け込めるのか、そのような感覚で接していたと想います。
> 当時では高橋鮎生 ( AYUO ) さんの『しずかにおきてごらん』というレコードが、そのような耳に違和感なく感動して入ってゆけた楽曲でした。

鮎生さんは教授のサウンドストリートで聴いたのが初めでだったかな。YMOファミリーは殆ど教授のサンスト経由ですね。

> 今ではその頃には楽しめなかったアーティストの楽曲でも僕の間口も広くなり、また偏見もなくなって ( パクリはサンプリングと解釈でもして ) 馴染めるようにもなりました。
洋楽を通して逆に日本の音楽を再発見、ってのも面白いですよね。

> 今回初めて須山公美子さんの動画を観ました。
> レコードジャケットくらいしか知らなかったので意外だった。
> 「変身キリン」の頃ってどんなだったでしょうね。

YouTube見てると、あー、こんな人達もPV作ってたんだ、と驚くことが多いです。表現の手段として、とても実験的な事をしてるアーティストも多いので、とても興味深いです。

> あ、鈴木常吉さんてセメントミキサーズの方だったんですね!
> 飄々とした肩の抜け具合が記憶にあります。

そうそう、常吉さんのソロも良いですよ。ワタクシが撮影してアップしてる動画もあるので、是非一度ご覧くださいませ。


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