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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2012/10/30 07:45 yuccalina

鈴木常吉「ダーティー・オールド・タウン」からThe Poguesと「蛍の光」にハローウィンまで

話の発端は鈴木常吉さんの「思ひ出」という曲でした。私は記事(こちら)の中で「元はアイルランド民謡だけど、しっかり日本の味がする」と書きました。一方で、大好きなフィギュアスケートを見ていたら、スウェーデンのアレクサンドル・マヨロフ選手がAflo Celt Sound Systemという西アフリカとケルト音楽を融合したグループの曲「Life Begin Again」と言う曲をフリープログラムで使用していました(動画を紹介した記事はこちら)。ロックの誕生が黒人のブルーズとケルト音楽に繋がっていたり、タップダンスがアフリカ系アメリカ人のビートとアイリッシュダンスが結び付いて誕生したり、と私の興味を引くものの中には、常にケルトというキーワードが見え隠れしています。ケルト文化と言うと、アイルランド、スコットランド、ウェールズのみならず、フランスのブルターニュも含まれるそうですし、アメリカ大陸に渡った移民が生んだカントリーやブルーグラスのことなど、話はいくらでも広がりそうです。しかしそれらを包括的に語るなんて、私には到底出来やしません。いつもの通り知りうる範囲で、気になるお話だけにしたいと思います。

鈴木常吉さんのセカンドアルバム「望郷」に「ダーティ・オールド・タウン」というカバー曲があります。

望郷望郷
(2010/10/24)
鈴木常吉

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私はずっとアイリッシュ・フォークと思い込んでいたのですが、実は1949年にEwan MacColl(1915~1989)というシンガーソングライターが書いた歌で、描かれているのはイングランド北西部のSalfordという町です。それではイングリッシュ・フォークなのかといえば、MacCollはその名前から分かる通りスコットランド人ですので、スコティッシュ・フォークでもあります。その一方、The Dublinersのカバーで有名になり、そこでアイルランドの町になぞらえてこの歌が親しまれるようになりました。要は、イングリッシュだろうが、スコティッシュまたはアイリッシュだろうが、あまり関係ないのかもしれません。ダーティという言葉で直ぐに思い浮かぶのは炭鉱の煙で、映画「ブラス」や「リトルダンサー」の光景とも重なりますが、その他にも産業革命の時代から大英帝国を支えてきた工場の煙とは、イギリス労働者階級の汗と涙の象徴と言えると思うのです。その点ではイングランドもスコットランドもアイルランドも関係ない、共通する思いが歌に込められているでしょう。

と言ったところで紹介したのが、アイルランドのパンク+トラッドバンド、The Poguesによるカバーです。労働者を描いた歌であるがゆえに、パンクとも絶妙にマッチする訳ですね。



私が一番愛聴していたThe Poguesのアルバムは「If I Should Fall From Grace With God」(1987年発表)で、やはりワールドミュージックの流れで聴いていたような気がしますが、パンクとアイリッシュトラッドの相性の良さを体現したバンドだと思います。

If I Should Fall From Grace With GodIf I Should Fall From Grace With God
(2004/12/25)
Pogues

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また「ダーティー・オールド・タウン」の作者のEwan MacCollについてもう1つ。彼の娘Kirsty MacColl(1959~2000)は1980年代からシンガーソングライターとして活躍し、私も何曲か聴いた覚えがあります。一番のヒットは彼女のオリジナルではなく、Billy Braggのカバー曲「New England」なのも、妙な因縁を感じますね。ちなみに彼女は先のThe Poguesのアルバムに収録された「Fairlytale of New York」で共演しています。



<クリスマスの歌なんでちょっと早いですが、、>


そして、ケルト音楽の持つ幻想的なサウンドや世界観、ヒーリング的な要素については、これまでにCocteau Twins(スコットランド)やSally Oldfield(アイルランド)の曲を紹介してきましたので、興味のある方は合わせて過去のエントリーをご覧ください。

さて、私が初めて知ったケルト音楽とは、多分スコットランド民謡が元になった「蛍の光」だと思いますが、日本人の大半が同じことになるんじゃないでしょうか。教科書に「スコットランド民謡」と書いてあるのを見て、私は「日本の曲じゃないんだー」と意外に思いました。そして、小学6年生の時初めて興味を持った洋楽が、スコットランドはエジンバラ出身のベイシティローラーズ(私の年代ではありがち~)だったので、逆にこの曲に親近感を持ったことを覚えています。同じく卒業式の定番ソング「仰げば尊し」もスコットランド民謡説があり(現在はアメリカで作曲された説が強いそうですが)、どちらも明治時代に日本に伝わりました。日本の学校唱歌として教科書に載ったのが「蛍の光」1881年、「仰げば尊し」1884年。日本に伝わった経緯の詳細は、文献を当たれば見つかるのかもしれませんが、取り敢えずwikiには載っていませんでした。そこで、私が想像するのは、その時代、西洋に習うべく日本政府が雇ったという「お雇い外国人」の存在です。列強国の中でも特にイギリスからの来日はのべ6000人と言われています。その内の何割がスコットランド人だったのかは定かでないですが、東京大学工学部の前身ひとつである工部大学校はグラスゴー大学を模範に作られたと言われています。初代都検(実質的な校長)がグラスゴー大学出身のスコットランド人ヘンリー・ダイアー(Henry Dyer 1848~1918)であり、教授陣として多数のスコットランド人が日本にやってきたのでした。グラスゴーと言えば、私は大好きなドラマ「刑事タガート」の舞台として、またオレンジジュースというバンドの故郷として親しみがあるのですが、一般的には今年のロンドンオリンピックで日本の男子サッカーがスペインを破った地として、記憶されているでしょう。しかし、歴史的には明治日本の科学技術の故郷でもある都市なのです。「蛍の光」が日本に伝わった背景に思いを馳せつつ、スーザン・ボイルが歌う「オールド・ラング・サイン」をどうぞ。

<クリスマス通り越して年末の雰囲気ですが、、>


明治時代に日本にやってきた技術者達が故郷の歌も伝えたんかなー?と想像するだけで、私は楽しくなってきます。この「蛍の光」には様々な人々の歴史が込められているのかもしれません。19世紀末にグラスゴーときたら、アールヌーボーの一翼を担ったグラスゴー派とその中心人物で建築家・デザイナーのチャールズ・レニー・マッキントッシュ(Charles Rennie Mackintosh 1868~1928)の話もしたいところですが、それはまたの機会ということで、「蛍の光」が外国の歌っぽくないなと思ったのは、やはり日本語が古風だからでしょうか。訳詞ではなくオリジナル。しかも、蛍雪の功という日本的情緒(元ネタは中国だけど)を当てはめるとは、中々センス良かったんじゃないですか?

ってな訳で、話は最初の鈴木常吉さんにもどります。「元は外国の曲でも日本の味」とは、やはり歌詞に日本的情緒があるからかも?あ、勿論日本語だからってことだけじゃなく、曲のアレンジの良さもありますけど、常吉さんのは訳詞でありながらも、彼の中から出てきた言葉に思えるところが、単なるカバー曲を越えてる感じがしたのです。それは、オリジナルの歌詞と比べてみた時、さらにクッキリと輪郭が現れて来たのでした。先のEwan MacCollの書いた「ダーティ・オールド・タウン」の歌詞に、

I met my love by the gas works wall.
Dreamed a dream by the old canal.
I kissed my girl by the factory wall.

というのがあります。直訳すれば、

ガス工事の壁の近くで、俺は愛する人と出会った
古い運河のそばで夢をみた
工場の壁際で、俺は彼女にキスをした

ってな感じでしょうか。The Poguesならばこの雰囲気でOKでしょうけど、常吉さんはそこを、

灯りの消えた街角
汚れた工場の壁
あの娘の肩に腕をまわした

と歌っています。



青春の1ページの背景としての工場が描かれてるともとれる歌詞が、もっと大人の男性の生活感みたいなものと、女性の肩をそっと抱き寄せるニッポン男児の奥ゆかしき優しさに変わっています。「肩に腕をまわした」だけで愛情の深さを感じさせるって、日本語って素敵やん。私には作業服でタオルを肩にかけた町工場芸人、西森洋一(モンスターエンジン)の姿が目に浮かんできたのでした。ま、別にU字工事の益子でもかまわんですけど。そう、つまり常吉さんの歌う「ダーティー・オールド・タウン」は、もはやブリティッシュフォークではないのです。日本全国津々浦々の町工場の情景を彷彿とさせる歌になっているのでした。

と、話がケルトから逸れてしまいましたが、それでは最後にも1つだけ。明日は丁度ハローウィンですが、キリスト教とは関係ないお祭りなので、日本人が祝っても全く問題はなさそうです。ま、バレンタインデー同様、店でここぞとばかりに色々と売りつけられそうなのには辟易しますけど。ハローウィンはケルトの死者の霊を鎮めるサウィン祭と収穫祭をミックスしたものと言われています。ケルト民族はキリスト教以前は多神教で自然崇拝の文化だったと言われていますが、その辺りが、日本文化と相性が良いのかもしれませんね。



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タグ: 鈴木常吉 イギリス ワールドミュージック ケルト

テーマ:ケルト音楽 - ジャンル:音楽

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Comment
なるほど…。
読み進めてまた、なるほど…、それしか出てこないお勉強になったブログ記事でした。
「仰げば尊し」ってあの旋律はアメリカとはあまり思えないのでヨーロッパと思いたいんですけどね。
「蛍の光」とか気にしたことなかった…、そうなんだ、っていう発見、なるほど…。

そもそもケルトの音楽も元々はアメリカと言われるし、結構近いものあったりするんだろうなぁとほんわか知ってる程度だったのが色々納得&探究心がちょいと出てきてしまったのもまた問題(笑)。

いつもながら深い洞察力が素晴らしいっ!
「仰げば尊し」も作曲家がアメリカ人だとしても、英国人経由で日本に伝わった可能性は大だと思います。結局生まれはどこであれ、多くの人に歌われることで地域性みたいなものが育まれてきたのでしょうから、もう日本の歌と言っても良い感じしますね。


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 アイルランドの音楽って凄く面白くて、コアーズを聴くきっかけになったのもそもそもアイルランドという国の音楽に興味を持ったからなんだけどね。そもそもイギリスの音楽のルーツ...
  • posted by ロック好きの行き着く先は…
  • 2012/10/30 21:30
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