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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2012/09/13 08:11 yuccalina

ニコラ・テスラからOMD~学校では習わなかった名前

既に2週間前になってしまいますが、「やりすぎコージー都市伝説」でセルビアの発明家、ニコラ・テスラ(1856~1943)が紹介されていました。勿論、関暁夫が担当する「フリーメイソン・シリーズ?」の中ではありますが、、、。私は理系のダンナから、「本当はエジソンよりテスラの方が凄い発明家。エジソンは商売上手だっただけ」と散々聞かされていましたが、彼の名前を初めて知ったのは、もっと昔の話になります。それは、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク(以下OMDと略)の「Tesla Girls」と言う曲です。

<トースター(エジソンの発明)が出てくるのに意味があるのかは不明>


OMDは1980年代初めから活躍したイギリスのバンドで、シンセサイザーやドラムマシーン等を駆使したエレクトロポップでした。私としてはYMOのテクノブームの時代から、ピコピコ電子サウンドは余り得意でなかった筈なのですが、手元に残っていたチケットの半券をチェックしてみたところ、OMDは何故か来日公演に2度も行っていました。結構「ハマってた部類」かもしれないのに、何故だかすっかり忘れていましたよ。

にわかに記憶が蘇って来て、この「Tesla Girls」は多分最初の来日だった1984年の公演のオープニングだったと思います。丁度この曲が収録されたアルバム「Junk Culture」が発表された年でしたから。何より衝撃だったのが、ベース&ボーカルのアンディ・マクラスキーがやたら踊りまくっていたことです。しかも、どちらかといえば不格好な感じで。要するに余り運動神経が良さそうに見えない(実際は知りませんが)、理系男子のようなギクシャクした感じとでも言うのでしょうか。しかし、今となってはあのダンスこそ、テクノやエレクトロポップがソウルやファンクのビートとの繋がりを象徴していたのかな、と思える出来事であります。

タイトルの"テスラ・ガールズ”は勿論、“小沢ガールズ”みたいに、ニコラ・テスラに取巻きがいたと言う話ではありませんよ。簡単に言えば「女の子達はテスラみたいに天才的だ!」という女性賛歌とも思える曲です。もしも「エジソン・ガールズ」だったら、商売上手な女性になってしまいますね。キーボード担当のポール・ハンフリーズがヨメの為に書いたとも言われていますが、実際彼のヨメ、モーリーン・ハンフリーズがバックコーラスで参加しています。そして、その「No No No!」と言う女性コーラスをドラムマシーンの「ドドドドドドッ」という音とシンクロさせて、打楽器的に使っているんですね。この曲のビートはニュー・オーダーのヒット曲「ブルー・マンディ」を思わせますが、多分当時の流行りだったんでしょうね。ディペッシュ・モードも似たようなのがありました。「Master & Servant」だったかな?う~ん、かなり懐かしくなってきたぞ。そっか、このドラムマシーンの音って、スクラッチを再現したのですね。ヒップホップの影響だった訳ですが、当時の私はヒップホップやラップって「全然興味ねえし~」と突っ張っていた記憶がなきにしもあらずで、何か笑っちゃいました。これらは確かに機械的でありながらも、体が思わず踊り出す、根源的なパワーがあったんでしょうね。これらの曲で踊っていたのは、多分、私が通っていた新宿ツバキハウスの「ロンドンナイト」みたいな、トンガリキッズ(←懐かしい、そして恥ずかしいワード!)だけでなく、多分普通に受け入れられてたと思います。

しかし、私が一番好きなOMDの曲は他にあります。セカンド「Architecture & Morality」に収められた「Souviner」という曲。電子音でありながら、何故か温かみが感じられる曲なんですよね。確か坂本龍一さんの「サウンド・ストリート」でも紹介されていた記憶があります。



私は10インチという実に中途半端なシングルレコードを所有していましたが、ジャケットが大好きでした。デザインはピーター・サヴィル。マンチェスターの伝説のインディーズ、ファクトリーレコードのアーティストを多数手掛けています。先のニュー・オーダーのシングル、「ブルー・マンディ」のフロッピー・ディスクを模したデザインもその一つです。実はOMDも一番最初のシングル「Electricity」は、ファクトリーからリリースされているので、ピーター・サヴィルとはそこからの付き合いみたいです。OMDの音の世界感を表しているようなデザインが多く、アルバム「Architecture & Morality」(=建築と道徳?)のジャケは確かに建築っぽくて、規則正しい感じがしたりします。

<シングル「Souvenir」のジャケット>
omdsouvier.jpg

OMD2度目の来日は7枚目のアルバム「Pacific Age」の頃でした。シングルになった「Forever Live and Die」はアメリカでもヒットした様です。下の動画は近年再結成後の映像が加えられています。この曲でボーカルを取るポール・ハンフリーズさんも、すっかりオジサンですけど元々ルックスでキャーキャーするタイプでなかった為か、ガッカリ感が無いのもまた良いですね。「あー、やっぱこんな感じになりましたか」と。



私がOMDを忘れていたのは、ルックス的に印象が薄かったのも一因とは思いますが、それ以上に何か胸に熱く迫ってくるものが感じられなかったのかな。「文学的香り」とか「社会に訴えるメッセージ性」とか、私が欲していたものが希薄だったとでも言いましょうか。それもこれも、理科系男子であるが故なのでしょうか。

とか何とか、褒めてんだか貶してるんだかよく分からないですが、ニコラ・テスラの名前から、こんな話になっちゃいました。要するに、学校でイヤイヤ勉強してた事は殆ど憶えていないけど、自分から興味を持って調べたニコラ・テスラの名前は憶えていたという事です。授業はろくに聞かずに、自分が好きなアーティストの曲名とかを辞書で調べていました。Teslaってなんじゃ?Manoeuvresってなんじゃ?Architecture, Morality以下同文。

で、結局何が書きたかったのかっつーと、自分から知りたいと思って調べたことはずっと頭に残ってる、ってことです。その時は何の役に立たなくても、後々どこかで繋がる可能性もある、ってことです。ひとつひとつの知識や経験がバラバラだったのが、何年か経つと関連性が見えてきたりするのです。だから、今自分が夢中になってることに対して、他人から「何の役にも立たない」と揶揄されても気にしなくて良いと思います。1つの興味が様々な方面に広がっていく楽しさを知ったのは、やはりロックとの出会い抜きでは考えられないのです。

それと、こうして昔親しんだ音楽の事を書きながらいつも思うのは、本当は面白くない音楽なんてないのかも?という事です。それは、ピースの又吉直樹「アメトーク・読書芸人」で言ってた「面白くない本なんてない。たまたま読んだ時の自分に合わなかったり、早すぎただけかもしれない」と同義です。結局受けとる側の問題なんだなあ、と。昔好きだった音楽を聴き直したり、又、聴かず嫌いだった音を試してみるのは、自分の変化を知る、とても良い機会なのかもしれません。


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タグ: イギリス 80年代 アメトーク 又吉直樹

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