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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2012/06/11 13:17 yuccalina

東尾理子と松野明美の発言、そしてその先に垣間見えた科学と言う名のコントロール装置

普段ワイドショーも女性週刊誌も見ない私の元でさえ、東尾理子さんの話題は届いて来たので、やはり取り上げておきます。

既にご存知の方が多いと思いますが、大体のお話は、高齢出産女性に勧められる、胎児の障害の確率を判定する血液検査=クアトロ検査において、理子さんの赤ちゃんはダウン症の陽性反応が出て、その確率は82分の1であったこと。さらに確率を判断する為の羊水検査はしないことにした。という話を彼女が自身のブログに載せたことを発端に、ダウン症児の母親である松野明美さんがモノ申した、という事でした。

私は彼女達のどちらが正しいとか、間違ってるとか、言うつもりは毛頭ありませんが、双方ともに「自分が有名人であり、何かを代表している意識」が強いんだろうな、と思いました。理子さんは不妊治療を経て高齢出産に望む女性達の、松野さんはダウン症児の母親達の、ですね。私は正直なところ、理子さんのブログでの発表に違和感を感じましたが、と同時にそれに怒る松野さんもどうかなあ、と思ったのですが、それぞれの意見に共感する人達がいたのなら、言う価値はあったのでしょう。

さて、ここからちょっと2人の話から外れて、そのクアトロ検査や羊水検査について考えてみたいと思います。それは障害の有無を判定する検査な訳ですが、当たる確率は勿論絶対ではありません。私は普段ネットの掲示板など見たことがないのですが、今回の理子さんの件では、本当に嫌なものを見てしまいました。松野さんに対し、障害者やその家族を中傷する書き込みが多数あったのには、勿論胸が苦しくなりましたが、もっと怖いなと思ったのは、理子さんが羊水検査をしないことを咎めたりとか、お腹の子が障害児と分かってて産む親は無責任、みたいな書き込みがあったことです。

と、ここでまた出ますよ。池田清彦先生の本です。障害児云々の話題ではありませんが、致死性の遺伝病であるハンチントン病‐現在では原因が判明し遺伝子診断により発病の可能性が分かる病気‐のお話です。日本では症例が少ないようですが、私はイギリスのテレビドラマの中で知りました。欧米人に多い病気らしいです。詳しくは池田先生が引用されている「ウェクスラー家の選択」(アリス・ウェクスラー著・新潮社)をご覧ください。

1968年代のアメリカ、ウェクスラー家の母親が遺伝性のハンチントン病であることを、父親の口から2人の娘に告げられた。姉妹が発病する確率は2分の1。凄いことに、この家族は病気を解明し治療法を見つけようと、研究チームの中心となり、遂に病気の原因遺伝子を突き止める。しかし、ここから姉妹の苦悩が始まる。病気の治療法が依然として解明されなかったからだ。そこで、姉妹が遺伝子診断を受ける受けないの議論になるのです。

科学は常に真理は尊いというたてまえをとる。事実に目をつぶるのは愚昧であると言うわけだ。ハンチントン病の遺伝子診断が可能になったのは科学の進歩である。・・・・・・科学主義の権化のような人々が多いアメリカでは、遺伝子診断を受ける人は勇気があって聡明で、受けない人は臆病ものの能なしだ、という風潮になったとしても不思議はない。

「やがて消えゆく我が身なら」“不治の病を予測する”より

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(2008/05/24)
池田 清彦

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理子さんが羊水検査しないことを咎めてる人達と、ウェクスラー姉妹に遺伝子診断を迫ってた人達の考えには、根っこに同じようなものがある気がします。確実な知識と予測は当事者でない人々にとってはメリットなのでしょう。科学の進歩によって予測出来る障害や病気は、検査を受けて科学的事実に立脚した将来設計をすれば良い、と割り切っているのでしょう。しかし、このような、合理主義的意見を持つ人達も、もし自分が当事者でも同様の考えでいられるのでしょうか。それが出来るという人は、気が付いてないかもしれませんが、社会にとって非常にコントロールしやすい人間かもしれません。こういう人々が多数派になったら、この先、病気も障害もすべて科学によってコントロールされる時代が来るかもしれませんね。果たしてそのような社会が良い社会なのか、甚だ疑問ですけど。

当事者でない人々にとって、白黒つけることはメリットであるに違いない。・・・・・・たとえば、ハンチントン病を発症する可能性のある人々に対して、生命保険会社はどのように対処すべきか、という問題を考えればよい。・・・・・・物事はあいまいであるよりははっきりしている方が管理がし易い。確実な知識、確実な予測は科学の欲望であると同時に、社会の欲望でもあるのだ。

遺伝子診断をして発症予定の病気がわかることの行きつく先は、発病予定日を手帳に書きつけることができるようになるだろう。科学の進歩とはそういうことであり、科学の進歩を止める術がないことは歴史が証明しているわけだから、それはそれで仕方がないという他はない。問題は書きつけることができることと、実際書きつけることとの間には天地の違いがあることだ。科学の進歩は慶賀すべきことであるが、我々は科学がよしとするものに従う義務はない

「やがて消えゆく我が身なら」“不治の病を予測する”より



私は池田先生の「科学がよしとするものに従う義務はない」というこの一文を、強く心に刻んでおこうと思います。理子さんのこれ以上検査をしないという判断を批判する人達には、そこまで科学に身を任せる覚悟があるのか、問うてみたいところです。


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タグ: 池田清彦

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  • posted by まとめwoネタ速neo
  • 2012/06/11 17:06
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