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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2012/06/13 08:07 yuccalina

耳に残るは彼の歌声‐その(4)オレンジジュースとエドウィン・コリンズ編

今回の音楽エントリーは、久々のエエ声シリーズです。前回のスティーヴ・ウインウッドからまたもやマイナー路線にチェンジですが、80年代イギリスのポストパンク世代バンド、オレンジ・ジュースのヴォーカリストだったエドウィン・コリンズを選んでみました。今までの3人、ロバート・ワイアット、スクリッティ・ポリッティのグリーン、そしてスティーヴ・ウインウッドと、高音が綺麗なタイプが続いたので、いっちょ「低音にいったろかー?」てな訳で、声の低いヴォーカルで、真っ先に浮かんだのがエドウィンなんですね。私が初めてオレンジ・ジュースを聴いたのが高校生の時ですから、やはり脳に浸透してるんでしょうか。彼の声は、低いけど重苦しく感じないとこが非常に好きなんですが、それはやはりオレンジ・ジュースのポップで軽快な音作りの成せる技かもしれません。

音楽エントリーでちょいちょい名前を出してるラフ・トレードとも関わりがあるバンドです。彼等や同系バンドであるアズティック・カメラがデビューした時のインディーズレーベル、ポストカードレコードはラフ・トレードの傘下にありました。NYパンクとともに、私の大好物であるこのポストパンク世代は、ニューウェイヴとも呼ばれていましたが、どこが新しいんか?まー、大まかに言うと、70年代のパンクがプログレ等に対抗し、技巧を排除したストレートなロケンロールで60年代のガレージバンドのスピリットを甦らせたのですが、80年代に入るとそこに異文化のテイストがプラスされていくんですね。一番顕著なのが、スカ、レゲエその延長線上にあるダブという手法です。ジャマイカからの移民&失業率増加ととゆー社会的背景の影響もありそうです。黒人と白人ミュージシャン混成のツートーンバンドが、政治的メッセージ色の強い歌詞を歌ったりしていました。

で、当のオレンジ・ジュースはというと、軽快なギターのリフにラテンやファンクのリズムやホーンセクションをプラスしたようなサウンドで、「ファンカラティーナ」なんて呼び方もあったと記憶しています。それと、当時は意識してませんでしたが、ドラマーが黒人ミュージシャンなので彼等もツートーンバンドでしたね。ただし歌詞に政治色は皆無で、ごくフツーのラブソングですけど、、。

オリジナルアルバムは4枚(ウチ1枚はミニアルバム)残してますが、私が一番好きなのはセカンドの「キ・ラ・メ・キ・トゥモロー」です。原題のRip It Up(剥ぎ取る?)からはかけ離れた邦題ですけど、彼等の爽やかなルックスに何故かしっくり合ってました。動画はタイトル曲の“Rip It Up”と、同じくシングルカットされた“Flesh Of My Flesh”です。

キ・ラ・メ・キ・トゥモローキ・ラ・メ・キ・トゥモロー
(1998/03/25)
オレンジ・ジュース

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前髪をツンツン逆立てた髪型は、モロに80年代ですね。この時代は、やってる音楽の傾向とはあまり関係なく、皆同じよーな髪型してました。アメリカで大成功したデュラン・デュランも、ブルーアイドソウルと呼ばれたポール・ヤングも、エレクトロポップ系のハワード・ジョーンズも、みーーーんな髪が立ってました。そう、日本にはチェッカーズ経由で伝わりましたよね。チェッカーズのファッションは今思えばハワード・ジョーンズとそっくりでしたわ。

と、話が逸れましたが、オレンジ・ジュースは1985年に解散。以後エドウィンはソロ活動に入るのですが、1994年に“A Girl Like You”がアメリカでもヒットし映画「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」(偶然にも今夜TV放送あるみたいですね!)のサントラにも収録されています。彼の来日公演、1995年7月29日クラブクアトロでのライヴは、私にとって忘れられない思い出の1つです。ソロになってからの曲とオレンジジュースのとを取り混ぜて、大好きな歌を沢山聴かせてくれました。



さて、私のYouTubeでの楽しみの1つは、昔好きだったアーティスト達の近況を見ることで、グリーンやリチャード・ヘルの近年の映像などをこれまでにも紹介してきましたが、エドウィンが脳の病気を患っていたことを最近まで知りませんでした。2005年、45才の時に脳溢血に倒れて右半身麻痺になり、以来リハビリ生活をしてたと、イギリスBBCでは彼のドキュメンタリー番組が放送されていました。皆が皆元気に活動を続けてる訳ではないのだと、ちょっとショックを受けましたが、同じ頃に活躍していた同じくスコットランド出身のビッグ・カントリーのスチュワート・アダムソンが自殺してしまった事を思えば、生きててくれただけでも、有り難いです。



右の指先が固まってしまっているため、ギターを弾くことはできませんが、喋る方はかなり回復し2007年にアルバムを発表、ライヴも行いました。その上で次の2009年のライヴを見ると、感動もひとしおです。同年代に活躍したピート・ワイリーと一緒に、ヴェルヴェッツの“Pale Blue Eyes”を歌っています。




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タグ: イギリス NYパンク 80年代

テーマ:80年代洋楽 - ジャンル:音楽

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脳溢血とは知りませんでした
最近のエドウィン、凄く老けたなあと思っていたのですが、そういう訳だったのですね
まだまだ、がんばってもらいたいものです
> 脳溢血とは知りませんでした
> 最近のエドウィン、凄く老けたなあと思っていたのですが、そういう訳だったのですね
> まだまだ、がんばってもらいたいものです

病気をしても音楽への情熱を持ち続けているのは、素晴らしいことだと思っています。


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今回の音楽エントリーは、久々のエエ声シリーズです。前回のスティーヴ・ウインウッドからまたもやマイナー路線にチェンジですが、80年代イギリスのポストパンク世代バンド
  • posted by まとめwoネタ速neo
  • 2012/06/13 09:01
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