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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2011/11/29 09:01 yuccalina

パティ・スミス「Just Kids」その(5)

80年代に一世を風靡しながらも1989年エイズにより早世した写真家、ロバート・メイプルソープとの思い出が綴られたパティ・スミスの自叙伝、「Just Kids」の第5回です。私は英語が堪能な訳でないので、訳文としての正確さは保証できませんし、好きなエピソードだけ取り上げて、ネタバラシしています。

<ジャン・コクトー「恐るべき子供達」の姉弟の様と言われたパティとロバート>
patti_20111127192109.jpg

「Hotel Chelsea」の章はページ数的にもこの本の半分近くを占め、内容も濃いものだったので、回数を刻んで紹介してきましたが、いよいよ今回で終了します。

これまではパティ周辺のロックな人々の話ばかりで、ロバートは彼女のサポート役としてしか紹介出来てなかったけど、彼にも運命的な出会いが用意されていた。

ゲイ雑誌を元にコラージュ作品を作ったり、アクセサリー・デザイン(ジョニー・ウィンターが気に入って買ってくれた話はその(2)で紹介)など、細々とアーティスト活動をしていたロバート。チェルシーの住人、サンディ・デイリーからポラロイドカメラを借りて、パティのポートレイトを撮り始めたが、フィルムが高価な為、思い切り好きなものを撮れる状態ではなかった。そんな彼の経済的な問題を解決し、写真への情熱を高めるきっかけを作ったのは、デヴィッド・クロランド。ロバートが同性愛に目覚めてから、最初の恋人と言われ、現在ではファッション・イラストレーター&写真家である彼は、その頃アンディ・ウォーホルの「ファクトリー」に関わっていた。パティをして「彼はロバートの完璧なるミューズ=美神」であった。

そんなデヴィッド・クロランドがロバートに紹介したのが、メトロポリタン美術館のキュレーター(学芸員)で素描・写真部門を担当していたジョン・マッケンドリー。彼の奥方はマキシム・ド・ラ・フレーズという元ファッションモデルで、ヴォーグ誌で食のコラムを書いたり、ウォーホルの映画に出演したセレブリティであった。てな訳で、ロバートだけでなくパティも一緒におハイソな世界を覗く事になった。

マッケンドリーは、ロバートにポラロイドカメラと必要なだけのフィルムを買い与え、パリ旅行に連れて行って美術館めぐりをしたりした。そして、アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパのセレブにも彼を紹介し、世界を広げてくれた。パティもしばしば食事会に招かれたが、ウキウキのロバートに対し、彼女は「場にふさわしいドレスアップも出来ないし、テーブルでゴシップを聞くのも嫌だった」と、かなり居心地が悪かったようだ。しかし、マッケンドリーはそんな彼女気遣い、「アルチュール・ランボーの話をしてくれたり、フランス語の原詩を読んでくれたりした」。また、メトロポリタン美術館で一般公開されていない貴重な写真の数々も見せてくれた。元々アーティスト志望だったパティも一緒に見て、アルフレッド・スティーグリッツが撮ったジョージア・オキーフ(画家でありパートナーだった女性)のヌードに感銘を受けた。う~ん、スティーグリッツとオキーフって、ディエゴ・リベラ&フリーダ・カーロに負けず劣らず、いかにもパティが好きそうなアーティストカップルですわね。お互いを触発し、尊敬し合いつつも、独立した活動をしていた感じとかね。私がこの本を読んでて一番楽しいのは、パティが自分に影響を与えた、あらゆるものに対して、憧れや尊敬の気持ちを素直に書き表しているところだ。自分のオリジナリティを協調するよりも、先人達への敬意と愛情に溢れているなー、と思うのだ。ちなみに後年ロバートの代表作となる「Flowers」シリーズ等のお花の写真が、「オキーフの花の絵を思わせる」と評されたのは、偶然でないのかもしれない。ともあれ、マッケンドリーとの出会により、ロバートは写真がどのように作られるのかを学び、自分の表現形式として選ぶに到ったようだ。

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(2011/08)
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一方、詩人としてのパティは好調に作品を発表していき、ロバートの写真とコラボした詩集も発表したりするが、悲しい出来事もあった。かつてサム・シェパードが彼女に紹介した元ファグス(The Fugs)のキーボード奏者リー・クラブトゥリーが首吊り自殺した。彼とは一緒に楽器をならしながら、パティの歌に曲のアイディアを出し「Fire of Unknown Origin」等3曲を完成させた。元々対人恐怖症気味のクラブトゥリーと心を通わせられた、と彼女が思った矢先に起きた悲劇。彼が死装束に「パティからもらったTシャツを着ていた」のも、彼女には衝撃的だった。「最後に彼に会った時に、もしかしたらSOSのサインを出してたかもしれない。」と悔やんだ。

さて、パティに歌詞を書いてみたらと勧めたボブ・ニューワース、詩の朗読に伴奏をつけてくれたレニー・ケイ、そして芝居の舞台で一緒に歌を歌ったサム・シェパードに続き、更に彼女をロックへと導く出会いがあった。それはブルー・オイスター・カルト(以下BOCと略)のアラン・レイニアだが、彼をパティに引き合わせたのが、BOCの黒幕と言われたプロデューサーのサンディ・パールマン。彼女をロック・バンドのフロントにしたら良いのでは、と思いついた彼は、アランが曲作りを手伝い、尚且つパティにBOCの歌詞を書いてもらえるかも、と目論んでいた。この一石二鳥なパールマン作戦?が成功したのかはまだ分からんけど、2人はやがて恋仲になる。

<パティの詩をタイトルに冠したBOCのアルバム>
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今回はロバートもアランを気に入り、仲良くなったらしいが、一方のロバートは、ジョン・マッケンドリーとのロマンスはなかったようだ。世評では2人は恋人同士だったと言われているが、パティの見方は違っていた。マッケンドリーの片想いだったらしく、ロバートの留守中に彼はパティを訪ねて、「ロバートは僕のことどう思ってるんだ?」とお悩み相談するくだりがあった。ったく、セレブな妻に隠れて(なかったかもしれんが)何やってんだかー!と突っ込みたくなっちゃったけど、彼女は正直に「友達以上には思ってないと思う」と答え、傷心のマッケンドリーを慰めるのであった。

そして、パティに新しい恋人が出来たこのタイミングで、いよいよロバートは運命の男性と出会った。サム・ワグスタッフ、元デトロイト美術館のキュレーターで、それまで「記録の手段でしかなかった写真を芸術に押し上げた男」だった。芸術家のパトロンをしていた彼は、ロバートより25才年上で、同じ11月4日生まれ。そして、この出会いを演出したのは、またもやデヴィッド・クロランドで、パティ曰く「彼はまるで人形遣いみたい」であった。ギャラリー回りしても常に「魅力的だが、危険すぎる」と取り合ってもらえなかったロバートの写真は、SMやキリスト教をモチーフとしていたが、ワグスタッフはクロランドから写真を見せられて直ぐに気に入り、ロバートに電話をかけてきた。

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サム・ワグスタッフと出会い、ロバートが恋に落ちたのはパティの目にも明らかであり、「彼はまるでティーンエイジャーの様に恋い焦がれ」ていたそうだ。この何気ない彼女の感想も、実は貴重な証言だったりする。後年、世間ではロバートにとってワグスタッフは「単なる金ずる」「全然愛されてない」と噂されていたからだ。

各々新しいパートナーを得て、住む世界に違いが出てきた2人。パティとロバートは別々で暮らす決心をし、チェルシーを離れる事になった。1972年10月20日はアルチュール・ランボーの誕生日であった。ロバートはボンドストリートにスタジオを買ってもらい、アラン・レイニアはパティと暮らすために、新しく部屋を借りてくれた。歩いて行ける距離ではあったが、2人は各々新しい恋人と、別々の道を歩むことになった。

と言う訳で、次回から新しい章「Separate Ways Together」に入ります。パラパラっと見たところ、CBGBの文字が見えたんで、いよいよ音楽活動スタートみたいですよー。それにしても、意外な事に全くヴェルヴェット・アンダーグラウンドの話が出てこないんで、正直焦れったくなってる私がいます。ジェラルド・マランガやデヴィッド・クロランドといったウォーホル関係の名前が出る度に、「いよいよ来たか!」と思っては肩透かし食ってましたよ。ジョン・ケイルがプロデュースしたファーストアルバム「ホーセス」の発表が1975年だから、そろそろ出会ってくれても良くないすか?と期待を込めつつ、その(6)に続く。
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タグ: パティ・スミス NYパンク

テーマ:写真 - ジャンル:学問・文化・芸術

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