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Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2011/11/07 07:24 yuccalina

パティ・スミスの自叙伝「Just Kids」その(2)

殿堂入りのロック・ミュージシャンであり詩人のパティ・スミスが、写真家の故ロバート・メイプルソープとの思い出を綴った自叙伝のパート2です(パート1はこちら)。気になったエピソードを取り上げて、ネタバレしますのでご注意ください。

Hotel Chelsea(以下「チェルシー」と略)の章が長尺だったので、途中で小休止することにした。かつて2人の住むアパートの近くで殺人事件があり、引っ越しを決意したが、行くあてもない。しかも病気のロバートを抱えながら、キャブに乗り込んだパティが咄嗟に口にしたのが「チェルシーまで」と。運良く、部屋を借りられることになる。

ここで簡単にチェルシーの解説。ニューヨークの歴史的建造物でありランドマークの1つで、様々なドラマの舞台となったホテル。ロックファンには、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスがガールフレンドのナンシー・スパンゲンと死に至ったした場所として有名であり、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン等々、ここに滞在した著名アーティストは数知れない。勿論、アンディ・ウォーホル絡みの人々、ジョン・ケイル、ニコ、イーディ・セドウィック等も多数。文学好きには、アーサー・C・クラークが「2001年宇宙の旅」を執筆した場所であり、滞在した作家は、マーク・トゥエイン、O・ヘンリーにビートニクの作家達、バロウズ、ギンズバーグ、ケルアックと、こちらも数知れない。

<The Hotel Chelsea>patti3_20111107081014.jpg


当時のパティにとってチェルシーは、アーティストのたまり場としてよりは、数々の作家達の住んだ歴史的な場所としての憧れが強かったようだ。ディラン・トーマス(ボブ・ディランの名前の元とも言われるウェールズの詩人)の名前が度々出てくる。

ビートニク詩人アレン・ギンズバーグと街で出会ったくだりでは、お金が足らなくてサンドウィッチを買えずにウロウロしてたパティに、スッとお金を出して奢ってくれたとか。しかし彼は「もしや君は女の子?」と彼女を美少年と間違えて、ナンパするつもりだった?というオチがあった。「サンドウィッチ返さなきゃいけない?」と気まずそうなパティに、そこは「ノー・プロブレム」と答えるギンズバーグ。そして2人は文学談義に入り、彼は「今ジャック・ケルアックに捧げる作品を書いてる」と語った。その後もパティは詩作についてギンズバーグからアドバイスを受けたりした。

彼女はランボーやジュネを愛読してることから分かるが、フランス好きのアメリカ娘であった。安チケットをゲットして妹とパリ旅行の話も出てくるが、貧しいながらも、普段からファッションも「ヌーヴェルバーグ映画の女性」を意識していたらしい。彼女のお気に入りアイテムの中に、Mayakovsky Capというワードが度々出てくるが、何じゃそれ?旧ソ連出身の詩人・劇作家マヤコフスキーの名は知っていたものの、彼がキャップを被った写真は見たことないぞ。まさか名前のロゴ入キャップの訳ないよね。全然お洒落じゃないしー。と思って検索してみたら、ありましたー。多分このキャップっつーかカスケット帽みたいなのでしょう。これなら分かるわ。ブレヒトもこーゆーの被った写真は見たことありますです。

<マヤコフスキーとヨメのリーヤ>
patti3.jpg

また、ある時は知人のフォトグラファーのモデルとして、ジャンヌ・モローの様な黒のスリップ姿で、(当時は)吸いもしない煙草を燻らせるポーズをとったりした。ロックンローラーになってからのパティには、煙草が付き物っぽかったので、これまた意外な側面。お金がなかったのも理由だけど、パンク・ロッカーなら10代で吸ってそうだもの。

パティはスクリブナーに勤めながら、チェルシーでの様々な刺激を受けて、鋭気を養っているような状態で、日々の生活を楽しんでいるように見えるが、一方のロバートは、自分の目標に対して焦りが見え出していた。彼が目指すのはズバリ、アンディ・ウォーホル。彼へのツテが欲しくてパティと共にMax Kansas City(CBGBと並び、多くのアーティストを輩出したニューヨークの伝説的ライヴハウス)に通ったりするが、まだ接触はない。

<メイプルソープによるウォーホルのポートレイト:英国ナショナルポートレイトギャラリーの回顧展カタログより>
patti5.jpg

ロバートが同性愛に目覚めた時に、パティは「それは今まで文学の中にしか存在してなかったから、どう受け止めたら良いか戸惑った」と正直な気持ちを吐露しているが、彼に同性愛的な写真を撮るように勧めたのは彼女だったらしい。ロバートはお金がないのに、そっち向けの雑誌を買っては、大した写真が載ってなくてがっかりしたりしてたので、「それなら自分で自分の写真を撮ってみたらいい」と言い続けた、と。

<セルフポートレイト:英国ナショナルポートレイトギャラリーの回顧展カタログより>patti4.jpg

最後に、有名人が登場するエピソードをもう1つ。60年代に終わりを告げる頃、ブルースギタリストのジョニー・ウインターがレコード会社との契約成立を祝うパーティーがチェルシーであり、2人も出席する。ジョニーはロバートがデザインしたドクロのネックレスが気に入って買ってくれたりした。ロバートは幼い頃から女の子向けの「アクセサリー・キット」で遊ぶのが好きで、チェルシーに住んでからも、色々作っていたらしい。また、ドローイング、ペインティングでの装飾も好きで、ジミヘンやニール・ヤングのカヴァー曲を集めたパティのCD「Twelve」のジャケットになっているタンバリンもロバートの作品である。

トゥエルヴトゥエルヴ
(2007/04/18)
パティ・スミス

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ジョニー・ウインターのアルバムについては、毎度お世話になっておりますロックマニア「フレさん」のブログからどうぞ。
ロック好きの行く着く先は Johnny Winter - Johnny Winter

話を戻すと、そのジョニー・ウインターのパーティーでパティは生まれて初めて、ドラッグを体験した。ジョニー達が吸うジョイント(大麻)に巻かれて、「何が起きたのか分からず、鏡の国のアリスになった」ようで具合が悪くなったと。ここでも彼女の文学少女的な記述。「私は麻薬に関しては本で読んだ知識しかなかった」と。ゴーチエにアンリ・ミショーって、パティってばホントにおフランスが好きなんだからー。あと、トーマス・ド・クインシーはかの有名な「阿片服用者の告白」ですね。

といったところで今回はおしまい。

その(3)へ続く。
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タグ: パティ・スミス NYパンク 60年代 ニール・ヤング

テーマ:洋書 - ジャンル:本・雑誌

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Comment
その3が気になりますね(笑)。
詩人なパティの若い頃、その頃は既に子供が一人いたんじゃなかったかな。
その子はそのまま養子に出してしまってず〜っと脳裏にその後悔が焼き付いたままだとか何かで読みました。
ジョニー・ウィンターとパティ…、結びつかないけど、そんな出会だったんですね。まだまだロックは深いです♪
> > 詩人なパティの若い頃、その頃は既に子供が一人いたんじゃなかったかな。

フレさん、コメントありがとうございます。その1ではほんの少ししか触れてませんが、子供を養女に出した話は、本にも出てきました。帝王切開だったらしく、お腹の傷を気にして、ヌードモデルになるのは、抵抗があったと書いていました。


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