プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2017/08/13 14:50 yuccalina

不定期便『哲子な部屋』その5~お盆なので、ちょっくらメメントモリ

ご無沙汰してます。年齢を50も過ぎると、身の回りで亡くなった人は、結構多くなりますが、これまでの人生で、自分に最も影響を与えた死は、私が20歳の時に病死した友人O(享年21歳)です。1年足らずの付き合いだったのですが、出会ったその日から、その生き方が私の憧れでした。何事も失敗を恐れず行動するその姿に、私もああなりたいなあと。

Oの死を境に、以前の石橋を叩くだけで渡らなかった私の生活は、180度方向転換したと言って良いかもしれません。20代で二度の転職、給料の大半を音楽や映画、アート展、海外旅行に使い、ギターにタップダンス、ジャズダンスを習い、東欧にハマり、ハンガリー語も習ってた。あっちこちに転がりながらも、現在はこれまでの全ての経験が自分の身になっている気がします。

ヨガを学ぶようになってから、様々な繋がりというものに意識が向くようになり、ほんの短い期間での、Oとの出会いと別れの意義が理解出来ました。若干20歳にして、諸行無常を眼前に突き付けられた私は、単にOへの憧れからだけでなく、

人間いつ死が訪れるか分からない。
だから、今やっておきたいことはやってみるんだ。

という意思が芽生えた訳です。

さて、その後、27,8歳頃だったかと思うのですが、図書館で出会ったのが、アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスです。その著書の中で、最も影響を受けたのが、『ボルヘス・オラル』―これはブエノスアイレスのベルグラーノ大学で行われた講演の記録なのですが―の中の『不死性』でした。以下赤字部分は引用。



われわれにとって自我とはとるに足らないものであり、自我心など抱いてみたところでなにもなりはしない。私が自分はボルヘスであると感じ、あるいはあなたがたはあなたがたで、それぞれに自分をA、B、あるいはCであると感じたとしても、そこに何ら違いはない。そうした自我はあらゆる人間のうちになんらかの形で内在しているものであり、その意味ではわれわれの共有物であるといってもよい。

という部分を読んで、頭をガツ~~ンと叩かれた思いがした。

が、確かにボルヘスの文章は、いつも先達の引用を交え讃えつつも、声高に自己主張はしない、というのがボルヘスらしさになっているので、納得出来るのでした。ボルヘスは自分を形容する単語として、timid(ちっぽけな)を多用していた気がします。

で、不死性についてですが、

われわれは何らかの形で、既に死んでしまったすべての人間なのである。ここでいうすべての人間とは、血の繋がっている先祖だけを指すものではない。

血は繋がっていなくても経験による繋がりがあるから?私はOと血の繋がりは無かったけれど、自分がOになったと思える瞬間は、これまでに何度もありました。

ちなみに、少し前に、植物学の本を読んでいたら、植物の世界でも先天的な特徴だけでなく、環境によって後から獲得した特徴も、次世代に引き継がれるんだそうですよ。



しかし、ボルヘスが言う不死性とは個人的なものではなく、「森羅万象のうちに現れている生の衝動=エラン・ヴィタル」が宇宙を作っている(byアンリ・ベルグソン)からこそ、不滅なのじゃ~~!ということだそうです。

さて、ボルヘスの本は、20代で読んだ頃に中々消化出来なかったことも、後年ヨガを学んで合点したことが多いです。そして、みうらじゅんの「自分なくし」というワードを見た時、私はすぐさま『ボルヘス・オラル』を読み返して納得しましたし、同じく講演集である『七つの夜』のテーマの一つは仏教(禅宗)でした。



そして、最近また一つ、同じ生命をテーマとする書物を読み始めました。分子生物学の福岡伸一先生と、



粘菌学者で元祖エコロジスト南方熊楠~~



粘菌における生と死混然一体となった様が、後に彼の世界観、宇宙観=南方マンダラを生んだ様です。

で、福岡先生の本読んでると、ウパニシャッド哲学の影響受けてるんじゃね?と思える記述多数で驚きましたわ。

それは

創造~維持~破壊でエネルギー循環を繰り返す宇宙の成り立ちが、そのまま一つの命の中でも起きているということ。細胞が生まれ保たれ死すことの繰り返しで成り立っているのが生命。部分と全体は同じな自己同一性(フラクタクル)な、お話が出てくるのです。ま、そもそも、インド哲学は実践主義で科学との結びつきが深い、ってパラマハンサヨガナンダの映画でも言ってたっけな~~。

なので、

神様が人を作ったのではなく、
生命活動の仕組みを神様が作った、

と言うのなら、私はかなり納得出来るんですわ。だからこそ、神はそれぞれの自己に内在している、と言って良いのでは?

とか、神様の話になるとまた長くなりそうなので、いつか別の機会に(^-^)/
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