プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

月別アーカイブ
リンク

ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/01/14 09:08 yuccalina

最初で最後の私のアイドルJulian Copeのこと~その(5)ジュリアンは何しに日本へ?

このブログで一番ニッチな話題を提供してるシリーズです。書き始めた時は、古い話題から順番に進めていくつもりだったんですが、段々と思いつくままに、いい加減になって来ちゃいましたわ。で、今回も思いつきでジュリアンと日本との関わりにフォーカスしたいと思うんですが、その理由は、実を言うと、今年最初の投稿『新春2016はあけぼの印から』(記事はコチラ)と関係があります。

そこで紹介した日本の80年代インディーズの動画で、あけぼの印『毎日』とE.D.P.Sの『Death Composition』の動画主”thebrofessoroak545”さんが、日本人ではなかったからなんです。

私が何気に『毎日』へ日本語でコメントを入れたところ、英語で返事が返ってきた。そーか、日本人じゃないのか、それではと、私はいい加減な英語であれこれ質問してみたら、thebrofessoroak545さんはネットで日本の音楽を漁っているアメリカ男子23歳、学生、ニューオーリンズ在住、と判明。そこで、私はやはり問うてみた訳ですよ、

ジュリアン・コープの『Jap Rock Sampler』って読んだことあるのー?」

して、その返事は?

「読んだことあるけど、間違いが多いし彼の考えにはあまり同意出来ない。僕は既にこの本以上に沢山の日本のバンドを知っているので、役に立たないです」

でしたわ、トホホ。そりゃあねえ、このご時世、日本のバンドはYouTubeだけでも十分に色々聴けますからね。もう、情報として古すぎるのは分かります。そもそも間違いだらけで、奇書と呼ばれる代物ですもの(記事はコチラ)。日本語版は赤ペンで修正されてたら、きっと真っ赤になったでそう。でも、「情報が少ない時代に一生懸命勉強してたジュリアンが私には愛おしいのだ!」と思わず長文返事を変な英文で書いてしまっただよ。

とそこで、ジュリアンが何故に日本のロックコレクターとなり、『ジャップ・ロック・サンプラー』を書くに至ったのか、考えたみたくなった。ジュリアンと日本との関わりを、改めて見直してみようかなと思った次第。

先ずはファーストアルバム『World Shut Your Mouth』のジャケットから見てみまそーか?

julian18.jpg

WORLDの文字の中に国旗がデザインされてますね。左からアメリカ合衆国、ソビエト連邦(当時)、日本、西ドイツ(当時)、イギリスとなってることからしても、既に日本に興味があったのが見て取れます。イギリスからしたら旧敵国が2つも入ってるのもポイントでして、ジュリアンはドイツのロック、クラウト・ロックも好きで本を出してるんですよね。そこで、89年4月3度目の来日時のインタビュー(下記の画像がどこの雑誌か残念ながら不明)での発言が生きてくる。

julian32.jpg

Q: あなたは日本贔屓で有名ですが、いったいどこにそんなに魅かれるのですか?
A: 戦争でボロボロになりながら、みごとに立ち直った姿が素晴らしい。一歩間違えばそのままボロボロになってた可能性もあるはずからね。その過程の一部始終が俺を引き付けて離さない。


ジュリアンは1957年生まれですから、親が先の大戦を知ってる世代なのでしょう。そんな彼が、ドイツや日本のロックに興味を持っていたのは、かなり異質だったのかもしれません。下線部は『ジャップ・ロック・サンプラー』の文面にも良く表れておりますたわ。ま、誤解、思い込みによる部分が多いのが事実なのですがが。

私は以前ジョン・レノンとオノ・ヨーコの話で、60年代のイギリスで、国民的アイドルが旧敵国の日本人と結婚することが、どれだけ大変だったかと書きました。また、60年代のイギリスが舞台のドラマ『孤高の警部ジョージ・ジェントリー』では、敗戦国のドイツの方が羽振りが良いのが許せない、みたいな話が出てきたり、同じく英国ドラマ『主任刑事モース』では、シンガポールで日本の捕虜になりリンチされた父親の復讐で、日本人将校の息子が殺害される話を見た事があります。

ジョンとヨーコが結婚し、大バッシングを受けてた頃にジュリアン少年は10歳前後ですが、彼はヨーコに悪い印象は持ってなかったと思われます。本でもヨーコに関する記述はフェアに感じましたから。

で、1985年、日本でアルバムがヒットしてないのに、突然の初来日だった話は既にコチラでしましたが、日比谷野音では日本のルースターズがオープニングアクトを務め、彼等は後にジュリアンの『Land of Fear』という曲をレコーディングすることになります。実はルースターズ版(1988年のアルバム『Four Pieces』に収録)は聴いたことがなくて、今回YouTubeで探してみたんですが、残念ながら見つからず。ジュリアンのバージョンを貼っておきますね。



ジュリアンは1987年、2度目の来日時のインタヴューでも、「日本に来たことで自分は変わった。日本が自分にインスピレーションを与えてくれた」的発言を沢山しておりまして、ヒット作となったサードアルバム『St. Julian』も、あの来日なくしては有りえ無かった、くらいの勢いでした。一応、証拠のVTRも貼っておきますね。『ポッパーズMTV』でのインタヴュー。聞き手は今は亡きシリア・ポールさんです。



さて、先の記事では、見出しの部分に

日本はすごいよ、色んな点で俺を刺激してくれる

と書かれております。日本が好き過ぎてレコードも集め出した、と言っても不思議ではありませんぐ。で、先の記事で私が一番興味深かった、そして、とても的を射てると思った彼の発言がこちら。

西洋からいろんなものを吸収しながら、西洋化されてないところもすごいと思う。
外見的に西洋かもしれないが、内面的には程遠い。
和製英語とは、視覚的に英語を取り入れてデザイン化してしまってる。
ほとんど意味のない英語こそ、西洋化願望の象徴だが、俺はそれが大好きなんだ。
昔初めてそれを見た時、感激して歌詞をデザイン化しようとしてみた。


外国からの文化を日本独自の解釈でバランス良く取り入れる、と言うのは日本文化の成り立ちを良く理解してると言えなくもないんじゃなかろか?そして、外見的には西洋に倣ってても、西洋化されてないからこそ、日本のロックに魅かれたのかもしれませんね。

ちなみに2番目は一見批判されてると誤解されるかもしれせんが、誉め言葉みたいです。例えば衣食住などの見かけが西洋化してても、日本人の生真面目さ礼儀ただしさとか、内面的に西洋っほくない、ってことみたいです。

さて、ここで、和製英語にまつわる曲を紹介しましょう。『Jellypop Perky Jean』です。



前回紹介したジュリアンの自伝『RE-POSSESSED』には、こんな写真が載ってるんですが、

julian31.jpg
julian23.jpg

来日した時に買ったヘアジェル、パーキージーンです。曲が収録されてるアルバム『Droolian』は1990年発表ですから、初来日(85年)か2度目(87年)の時でしょうね。パーキージーンは80年代に登場した資生堂のコスメブランドで、広告イラストを描いてたのが、あのダギー・フィールズ!はい、シド・バレットと一時期同居してた、イギリスの画家ですよ。BBCの『シド・バレット・ストーリー』でもインタビューに答えてましたっけ。YouTubeで当時のCMを探してみました。平面的でカラフル&ポップなこの絵を覚えてますでしょうか?





画像が荒くて確認が難しいのですが、2本目の動画で左に立ってる男性が、ダギー・フィールズご本人ではないかと思いますです。こうしてみると、シド・バレットを敬愛するジュリアンがパーキージーンに目を止めた、ってのも何か因縁めいてて良いですわね。

で、このヘアジェルを見てジュリアンが歌詞をデザイン化したこの『Jelly Pop Perky Jean』は、日本では私のような一部の物好きしか知らない曲ですけど、その後いつの間にやら、クール・ジャパンだの、カワイイと言う言葉が世界に広まったりして、デザイン化された日本語Tシャツを着た外国人が日本を闊歩する時代となった。この逆転現象は興味深いです。しかし、その一方でヲタク語やら、女子高生語やらと、日本人による日本語のデザイン化は、言葉の乱れと社会問題化してるのは、皮肉なもんですわ。

ともあれ、ネイディヴからはとかく批判されがちだった和製英語、カタカナ英語に価値を見出だした、と言う点でも当時のジュリアンの発言は画期的だったんだなー、と再確認した私でありますた。

とか、タイトルと内容が微妙にズレてしまいますたが最後にオマケ。Jelly Popの動画探してる時に、こんなの見つけちゃったよ。Sean's Showと言うイギリスのシチュエーションコメディ番組での一コマ。主人公ショーンがジュリアンのモノマネしとるの。



こんな番組があったとわね~!早速wikiで調べてみた。なになに、

ショーンはスミスとモリッシーを愛していて、エルヴィス・プレスリーの化身である蜘蛛と会話する。
神様とサミュエル・ベケットから「あの靴下、まだ乾いてないぞ」との留守電メッセージが入る。

って、何か凄く面白そうじゃないっすか?番組は1992年4月~1993年12月に放送されたそうですから、ジュリアンがあのドスケベな特製スタンドマイクを使ってた時代(推定で1986~1989)より後ですな。90年代のジュリアンはモヒカンにしたりして、化けモノ化しつつありましたからね。しかし、お笑いのネタになるくらいですから、ジュリアンのあのスタンドマイク&アクションは、それなりに知られてたってことですね。

これ見てたら、また一つ別のジュリアンネタが思い付いちゃったんで、その(6)は結構すぐに投稿出来るであろう。
(続)


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらポチして頂けると嬉しいですm(__)m

blogram投票ボタン
関連記事
スポンサーサイト

タグ: ジュリアン・コープ 80年代 イギリス

テーマ:80年代の洋楽(new wave) - ジャンル:音楽

ポン酢+オリーブオイル+おろしワサビ-最近ハマってるドレッシング | ホーム | 女神のスケート+天使の歌声-NHK杯スペシャルエキシビション
Comment
興味深い趣味を持った学生さんですね〜
ジム・オルークさんの影響とかあったりするのかも?

ジュリアンのマイクスタンドでのパフォーマンスはとてもセクシーでした。
ありゃ発明品ですね!
「ガタンて外れたりしないのかな」って、ちと心配したりもして。

ルースターズは、ジュリアンの提供曲では『WRECK MY CAR』が好きでしたよ♪
まユタンぽさんへ

> 興味深い趣味を持った学生さんですね〜
> ジム・オルークさんの影響とかあったりするのかも?

どうなんでしょう?ジャパニーズ・カルチャー好き自体、もはや珍しくもなんともないのでしょうが、どのあたりを好むかで、住み分け出来てるのか、興味深いっですよね。ジム・オルークもそうですし、モーガン・フィッシャーとかモーマスとか、日本にハマって住みついたアーティスト達にも、それぞれのカラーがありますね。あ、そーいえば、ジョン・ゾーンも昔東京に住んでましたっけ。

> ジュリアンのマイクスタンドでのパフォーマンスはとてもセクシーでした。
> ありゃ発明品ですね!

発明されて何気にモデルチェンジもされてた、って次回のネタバラシです。

> 「ガタンて外れたりしないのかな」って、ちと心配したりもして。
あ、私はそう言う心配したこと無かったです。

> ルースターズは、ジュリアンの提供曲では『WRECK MY CAR』が好きでしたよ♪
実わルースターズちゃんと聴いてないのがバレちゃいますが、『Wreck My Car』も聴いたことありませんぐ。しかし、提供曲はシングルのB面の曲ばっかですね。


Trackback
この記事のトラックバックURL
http://notarinotariyoga.blog.fc2.com/tb.php/1340-f4f0af00
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
ご訪問ありがとうございます
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
最新トラックバック
ユーザータグ
フリーエリア
RSSリンクの表示
Web page translation
QRコード
QR