プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

月別アーカイブ
リンク

ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/02/22 16:50 yuccalina

ダライ・ラマ『ゆるす言葉』と、グラストンベリーでパティ・スミスと

丁度前のエントリーが、"ブラックマヨネーズのトーク番組でチベット仏教の話をするバービーに"についてだったのですが、やはり同じ番組を発端として、

みうらじゅん
ブラック・マヨネーズ
般若心経
ジョン・レノン

の話『想像してごらん、、、』(記事はコチラ)を書いてから、かれこれ10ヵ月ですか。元々ヨガやアーユルヴェーダを学ぶ者としては、仏教は遅かれ早かれ通る道とは思ってましたが、その後、みうらじゅんの著書『マイ仏教』と、Eテレの番組で紹介されていた仏教関連本を、其々下記のエントリーで紹介して参りました。

老いるショック!と50代~その(2)『マイ仏教』とマイ・ヨガ
老いるショック!と50代~その(4)仏教で自己鍛錬『ブッダ最後のことば』

そして、今回はダライ・ラマ師の『ゆるす言葉』です。

ゆるす言葉 (Dalai Lama’s word collection) ダライ・ラマ14世 (Amazon co.jp 商品情報)

51hROgnvwPL__SX306_BO1,204,203,200_

私は以前綿本ヨーガスタジオで行われていた園田先生のセラピーヨガのクラスで、ダライ・ラマ師の言葉を教えていただいていて、ずっと読んでみたいと思っていた本でもありました。

実のところ、同じ仏教でも宗派によって異なる部分はあるのでしょうが、その辺はとっぱらって、いや、そもそもキリスト教や、イスラム教徒であろうとも、相通じるであろう普遍的な平和への祈りと人間の持つ力について書いている気がします。

美しい写真と共に綴られた珠玉の言葉の数々。一度読んだらおしまいではなく、是非とも一家に一冊備えておきたいです。何かに迷ったとき、落ち込んだ時、逆に調子に乗って浮かれ気味の時も、きっと助けになってくれるのではないかと。

ここで沢山紹介してしまうと、”一家に一冊”の妨げになるかもしれないので、ちょこっとだけにしておきますが、以下青字は全て本書より引用。

ゆるしの気持ちを身につければ、
その記憶にまつわる負の感情だけを
心から手放すことができるのです。
ゆるしとは「相手を無罪放免にする手段」ではなく、
「自分を自由にする手段」です。


近年テレビでは、毒親に育てられたと告発する(9割が母娘問題)芸能人が度々登場しますが、いつも見ていて思うのは、親への怒り憎しみを乗り越えた方達は皆スッキリとして、晴れ晴れとしている。逆に引き摺り続けている人は非常に痛々しくて、自己肯定出来ないでいるように見受けられました。やはり怒りや憎しみの感情は、自分自身を縛っているのかもしれません。

怒りと憎しみこそが、私たちの本当の敵なのです。
これこそ私たちが全面的に立ち向かい
克服すべき相手なのであり、
人生に時として現れる一時的な「敵」は
真の敵とはいえないのです。


世界には怒りや憎しみを原動力としている集団(特に宗教絡み)が数多くあったり、国レベルではデマを流してでも憎しみを煽ってきたりの歴史があります。最近NHKの『新・映像の世紀シリーズ』を見ていて、東西冷戦時代のことを色々と知ったのですが、東西ともに、憎しみや怒りの奥には強い恐怖心があったように感じられ、まさにそれが「弱さのしるし」であったんだな、と納得してしましました。それと、怒れる若者たちを利用した文化大革命が、一体どんなものであったのか?を思えば、怒りによる暴走の恐ろしさというのが分かるものですね。憎悪によって纏まった集団や国家は、今も現在進行形で存在している様ですが、そう言ったネガティヴ思考では未来も暗いままなのではないかしら。

ふと思い出したのは、南アフリカ初代大統領ネルソン・マンデラが、白人への憎しみや復讐心を捨てて協力していこうとしたこと。あれは正に、マンデラ氏の強さのしるしだったのかもしれませんね。

と、ここで、矢鱈ちっちゃな話に変ってしまいますけど、怒りに関しては、個人のレベルでよくあるのが、息子が悪さをした時とか、反抗的な態度を取った時とか、憎たらしくて、イライラして

こんにゃろ~~~~っ!

と爆発してしまうことが、私には結構あります。怒りに身を任せて物を投げてしまったりすることもある。

思えばそう言う時って、大抵疲れが溜まってて、心も体も弱ってる時のような気がしますわ。確かに怒りは弱さの証なのかも。怒りに支配されたら、当然子供を叱ることも出来ないし、全く良いことないですね。と反省することしきりなんですわ。

そして、短い一文ながら深く刺さったのが、

私たちは自分の苦しみの多くを自分の手で作っています。

でして、これは『マイ仏教』に出てきた『比較三原則』と関わりがありそうです。つまり、人は他人とか過去とか親と自分を比較しては、勝手に苦しんでることが多いんですね。

そう言えば、前のエントリーでバービーは自分のルックスに関しては「所詮入れ物に過ぎないから、一切コンプレックスは無い」と言うてた話を書きますたがが、正に他人と比較しないからこそのポジティヴパワー全開なんでしょうねえ。

ところで、ダライ・ラマと言えば確か昨年の暮れに、体調不良のニュースがあったと思うのですが、お元気になったのでしょうか?もうご高齢ですから、無理はしないで欲しいですね。去年の80歳のお誕生日は、グランストンベリーのフェスで、パティ・スミスと大観衆の元でのお祝い。



私の敬愛する方々のツーショットが見られただけでも、凄く嬉しかった。また元気なお姿を拝みたいものです。

それにしても、白髪頭のパティ、やっぱ格好いいなー!真っ白でロン毛も良いか?いや、私がやったら内田裕也になりそうで怖いわ。


お読み頂きありがとうございました。
↓宜しかったらポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
関連記事
スポンサーサイト

タグ: パティ・スミス ヨガ

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

ヴィオルカさんのブックカバーとその中身 | ホーム | バービーに見えるポジティヴ・オーラの源
Comment
『敵だと想っていたら、それは自分だったんだ』

かつて目にしたこの言葉、それは瞬間わき起こる「ネガティブ」だと色づけされてしまった自分の感情を確かに認め、許してあげましょうということかなと、ユッカリーナさんの記述を前に考えています。

ダライ・ラマ法王の周り、皆の無邪氣な笑顔が心地よい。
覚醒されたひとは緊張を強いることはせず、幼な子のように返してあげられるのでしょうか。
まユタンぽさんへ

> 『敵だと想っていたら、それは自分だったんだ』
>
> かつて目にしたこの言葉、それは瞬間わき起こる「ネガティブ」だと色づけされてしまった自分の感情を確かに認め、許してあげましょうということかなと、ユッカリーナさんの記述を前に考えています。
>
> ダライ・ラマ法王の周り、皆の無邪氣な笑顔が心地よい。
> 覚醒されたひとは緊張を強いることはせず、幼な子のように返してあげられるのでしょうか。


はい、ワタクシもまだじぇんじぇん覚醒してませんので、ネガティヴな自分とぶつかることばかりです。そんな時に、法王さまのお言葉を思い出したいですね。


Trackback
この記事のトラックバックURL
http://notarinotariyoga.blog.fc2.com/tb.php/1296-15b0bf6a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
ご訪問ありがとうございます
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
最新トラックバック
ユーザータグ
フリーエリア
RSSリンクの表示
Web page translation
QRコード
QR