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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2015/11/05 08:30 yuccalina

SONG TO SOUL 『ラヴィン・スプーンフル~魔法をしんじるかい?』編とモータウンが残したもの

私が初めてブルースという言葉を意識して好きになった曲は、多分20代の半ばで聴いた、ラヴィン・スプーンフルの『フィッシン・ブルース』だったと思います。一般的に、60年代アメリカの重要なバンドとしては、ビーチ・ボーイズやバーズの方が先に名前が上がるのに、私は決して意義を唱えませんが、自分にとってはラヴィン・スプーンフルが最も大切なアーティストだと思っています。

ですから先日(10月14日)、大好きな音楽ドキュメンタリー番組、BS-TBSのSONG TO SOULで『魔法を信じるかい?Do You Believe in Magic』が取り上げられたのは、とても嬉しかったです。この番組で取り上げられるのは、ヒット曲に限られてますから、どちらかというとニッチな市場に魅かれがちなワタクシには、ドンピシャの曲が取り上げられることは、あまり多くないんですよね。ま、だから逆に聴かず嫌いで過ごしてたヒット曲の良さを知るキッカケにもなってる訳ですが、、。番組が始まる前から、おおっ!と前のめりになったのは、10CC『アイム・ノット・イン・ラヴ』とキンクスの『ユー・リアリー・ガット・ミー』以来かしら。

で、ラヴィン・スプーンフルです。記事にするのにちょっと時間を置いてしまったのは、丁度音楽関連でモータウンの話をしていたところだったので、敢えて後回しにしました。

そう、ラヴィン・スプーンフルもビートルズやローリング・ストーンズに負けず劣らず、バリバリ、モータウンの影響を受けていたんですね。番組では『魔法を信じるかい?』はマーサ&ザ・ヴァンデラスの『ヒートウェイヴ』のコード進行に倣ったと、作者のジョン・セバスチャン自身が語っておりました。





なるほど、どちらも絶妙のバランスで上昇していくような、規則的なコード進行になっているんですね。フレーズをまんまパクるのではなく、全体のバランスを真似て取り入れることが出来るのは、ジョン・セバスチャンの才能なのでしょう。

ラヴィン・スプーンフルというバンド名がミシシッピ・ジョン・ハートのコーヒーブルースという曲のフレーズから取っていて、マディ・ウォーターズ→ローリング・ストーンズに負けないくらい、ブルース好きが集まっていたのでしょうから、モータウンからの影響と言うのも納得できます。また、私の所有するベスト盤CD、THE LOVIN' SPOONFUL ANTHOLOGYのライナーを読み返したみたら、ジョン・セバスチャン本人の談として、

セカンドシングルの『デイドリーム』はスプリームスの『ベイビー・ラヴ』にインスパイア―されて作った。1965年にスプリームスと南部をツアーしていた時、彼女達が後ろに乗っているバスの中で書いた。

とあったんです。



そこで、私は再び「おおっ!」と前のめりになりました。

「1965年にスプリームスと南部をツアー」って凄くないっすか?昔は全然気にも留めてなかったことですけど、1965年と言えば、公民権運動真っ盛りの頃です。グラディス・ナイトは『ヒストリー・オブ・ロックンロール』の中で、

「モータウンのツアー中に警察に因縁つけられて、お金&宝飾品を巻き上げられて、留置所に入れられた」

話をしていましたし、黒人と一緒に長距離バスに乗ってた白人運動家も、一緒にボコボコにされてた時代に、ラヴィン・スプーンフルは一緒にツアーしてたんだ。と思うと何か尊敬の眼差しで見てしまいそう。

で、話を戻すと、『デイドリーム』も『魔法を信じるかい?』と同様に、元ネタに似せて作った曲ではありません。しかし、このような、「〇〇に影響された話」は音楽ファンとしてもヨギーニとしても、ワタクシの大好物な訳でして、同じSONG TO SOULで取り上げられたシャンソン『オー・シャンゼリゼ』の原曲、ジェイソン・クレストの『ウォータールー・ロード』が、ラヴィン・スプーンフルの『デイドリーム』みたいなギターを意識して作られた話はコチラに書きました。

なので、

ベイビー・ラヴ
(スプリームス)

デイドリーム
(ラヴィン・スプーンフル)

ウォータールー・ロード
(ジェイソン・クレスト)

オー・シャンゼリゼ
(ジョー・ダッサン)


という相関図が出来てしまう?なんて考えるだけで楽しくってねえ。

さて、私が20代半ば頃には、音楽もファッションも60年代リヴァイヴァルがあり、その流れでラヴィン・スプーンフルを知った訳ですが、改めて彼等にハマった理由を考えてみました。

先ず一番大きかったのは、当時表参道に勤めていたことでして、南青山のパイドパイパーハウスに会社帰りや昼休み、しょっ中出入りしていたことでしょうか。オーナーの長門芳郎氏は、ラヴィン・スプーンフルの日本盤CDボックスのライナーを書かれていましたし、後に『ビリーヴ・イン・マジック』という通販のお店もやっておりました。お店に通っているうちに、私のシュミがその品揃えに寄って行った感があります。それまで、イギリスのポストパンク、ニューウェイヴ一辺倒だった私には、とても新鮮だったのですね。

そして、当時の私には、ロックファンとして、ブルースを知らないことに後ろめたさがあったものの、どこか取っ付き辛さを感じていたが、ラヴィン・スプーンフルは、その扉を開いてくれた様な気がするのです。ジョン・セバスチャンが「僕たちはブルースが好きでも所詮ホワイト・ボーイだから」と、黒っぽいサウンドを目指すのではなく、自分の大好きなジャグ・バンド音楽をベースに、白人の自分達に馴染むサウンドを追求していったのと関係していそう。

ジャグ・バンド Wikipediaより
一般的な演奏形態
バンドの編成はまちまちであるが、ジャグ (瓶)、ウォッシュボード (洗濯板)、ミュージカルソー (ノコギリ)、カズー(ストーブの煙突、櫛、ティッシュペーパーを使ったもの)、ウォッシュタブ・ベース (洗濯桶とモップから作ったベース)、スプーンなど、身の回りにあるものから作られた手製の楽器を多く使うのが特徴と言える。これらの楽器にハーモニカ、バンジョー、ギター、マンドリン、アコーディオンなどの楽器が加わる。音楽的には、トラディショナルなジャズ、ブルース、カントリー、ブルーグラスなどを基調としたものが一般的である。


ジャグバンドはブルースも含めジャズ、カントリー、ブルーグラスなどバラエティに富んでいて、陽気な楽曲が多く、使用する楽器も多種多様で楽しいこと。ラヴィン・スプーンフルも明るくポジティヴな曲が多く、番組では古き良きアメリカ的音楽、と紹介されてましたが、当時としては斬新なことを色々やってたのも大きいと思います。

楽器以外のアイテムを演奏に使う、というのは後のインダストリアル・ノイズ系に繋がってる?と言ったら、ちいとムチャかもしれせんが、キャッシュ・レジスターの音を使ったのは、ピンク・フロイドよりもラヴィン・スプーンフルが先ですわ。タイトルもズバリ『Money』。



番組でも紹介されてましたが、オートハープというブルーグラスの楽器にアンプを繋いで使ったのは、ジョン・セバスチャンが初めてなのではないでしょうか。




セバスチャンがあの楽器を腕に抱えて、弾きながら歌うのがクールに見えたから、真似する人が出てきたのでは?音楽性は異なるものの、後の1967年、エレクトリック・プルーンズが『I Had Too Much To Dream Last Night』にオートハープを用いたのは、ラヴィン・スプーンフルと無関係ではないと思います。

The Electric Prunes- I Had Too Much To Dream (Last Night)

番組でも言われてたのですが、当時のラヴィン・スプーンフルにはアイドル的人気も高かった、というのはこの動画を見ても窺い知ることが出来ます。観客席には若い女の子が一杯で、キャーキャーですもんね。取りたてて超ハンサムはいないけれど、皆さまソコソコ、親しみやすい良いルックスをしていた。美形が苦手な私も、そういうところに安心感があったかもしれませんぐ。それと、写真でも動画でも、メンバーが仲良さそうなのも良くて、ある意味時代性でもある気がします。ギターのザル・ヤノフスキーと一緒にマグワンプスを組んでいた、キャス・エリオットとデニー・ドハティは後に、ご存知ママス&パパスのメンバーとなる訳ですが、ママス&パパスもまた、男女4人の仲良さげな雰囲気が好まれていたと言われています。

また、ラヴィン・スプーンフルの歌の題名からタイトルを頂いたヴィム・ヴェンダースの映画『都市の夏 (Summer in the City)』も、当然影響の一つでもあります。私はこの映画の存在をヴェンダースのブルース・ドキュメンタリー映画『ソウル・オブ・ア・マン』で知った、というのも何やら因縁めいてて面白いなあ、と感じたものでしたが。



そして、一番面白かった、というか盲点だったなあと思ったのが、彼等のファッション。SONG TO SOULの中で紹介されてたのですが、1965年8月にリリースされた『魔法を信じるかい?』のレコード・ジャケット(上記動画のサムネイル)が、実は革新的だったんです。それは、

バンドが普段着を着ていること

でして、そうか、60年代のバンドは皆スーツを着ていたんだわ、と気が付いたと。ビートルズに比べたらお行儀が悪いと言われてたローリング・ストーンズや、その名前がブッ飛んでたキンクスですら、スーツを着ていた時代に、ボーダーのTシャツでジャケットに収まってたのです。色々と調べてみましたけど、その頃ビーチボーイズもスーツではありませんでしたが、お揃いのストライプシャツを着てましたので、いわゆる舞台衣装の枠は出てなかったと思います。

で、ジョン・セバスチャンが言うには、ブリティッシュ・インヴェイジョンの時代は、とにかくイギリスっぽくならないように意識し、リッケンバッカー(ギター)なんてもっての他だったそうwww そっか、かわりにアメリカっぽいオートハープを手にしたのかしらん?ビーチボーイズがスーツを着てなかったのも、同じ脱英国色を意味してたんでしょうけど、ラヴィン・スプーンフルはその先を行った訳で、それが後々のヒッピームーヴメントと繋がってそうなところも興味深いです。あ、そう言えば、ジョン・セバスチャンって、ジョン・レノンよりも先に丸メガネかけてたのよね?

という訳で、今回はラヴィン・スプーンフルのファッションも見られる様、TV出演時の動画を入れてみたんです。まー、彼等がオサレかどうかは別として、『Rain on the Roof/Summer in the City』のスプーンをモチーフとした舞台セットがポップで可愛くて大好き。観覧客が真面目そうな大人ばっかだし、MCのおじさんも何か変なのが気になりますが、ロックとファッションの変遷については、改めてまた何か書いてみたいと思います。


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テーマ:60年代から70年代のPOPs & ROCK - ジャンル:音楽

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Comment
60年代のバンド連中にも既に専属のコーディネーターと呼べる方がいたのでしょうかね?
見た目から受け取るものって、エコ・バニのマックの普段着っぽいさりげなさって何故か新鮮でした。

日本だと、スーツ姿でなくカジュアル服のインパクトって漫才ブームが先行していたような…。
まユタンポさんへ

> 60年代のバンド連中にも既に専属のコーディネーターと呼べる方がいたのでしょうかね?
> 見た目から受け取るものって、エコ・バニのマックの普段着っぽいさりげなさって何故か新鮮でした。
どうなんでしょう?少なくともラヴィン・スプーンフルのは、ボーダーのTシャツとか自前の普段着っぽいですけど。ビーチボーイズのお揃いの服はマネッジメント側が作ってそうな、、。メンバーの殆どが無縁だったサーフィンを抱えてたりしたのは、うりだすためのイメージ戦略だったんですよね。ラヴィン・スプーンフルは所属のレコード会社(カーマスートラ)が、インディーズだったのも関係ありそうです。

> 日本だと、スーツ姿でなくカジュアル服のインパクトって漫才ブームが先行していたような…。
確かに漫才界にも脱スーツの動きありましたね。紳助・竜介のツナギはインパクトありました。たけしは気が付いたらフィッチェ・ウォモのバカ高い服着てた印象の方が強いかも。
「「1965年にスプリームスと南部をツアー」って凄くないっすか?」
って、確かにスゴイですね。誰がこんな組み合わせを考えたんでしょう・・・? それも不思議ですよね。

「バンドが普段着を着ていること」お~そうかも。でもバッファロー・スプリングフィールドとかドアーズとかディランも普段着では? あっ、レコードジャケットだとスーツかな・・・。

「魔法を信じるかい?」は元RCのチャボが好きだそうで、ラジオで歌詞を朗読していたのを聞いて、いい曲だなと思ったのが、この歌を知ったキッカケです。
このテレビ番組で彼等の他の曲を聞いて、題名も彼等の曲ということも知りませんでしたが、結構聴いた覚えはあって、あーこれもあれも知っているという状態でした(^_^;)。
バニーマンさんへ

> 「「1965年にスプリームスと南部をツアー」って凄くないっすか?」
> って、確かにスゴイですね。誰がこんな組み合わせを考えたんでしょう・・・? それも不思議ですよね。

勿論ラヴィン・スプーンフルが前座ってことですよね。スプリームスは1964年にNo.1ヒットを出してたスターで、それをサポートする新人バンドってことだったのでしょう。

> 「バンドが普段着を着ていること」お~そうかも。でもバッファロー・スプリングフィールドとかドアーズとかディランも普段着では? あっ、レコードジャケットだとスーツかな・・・。
調べて見たらバッファロー・スプリングフィールドのデビューは1966年、ドアーズは1967年なので、少し遅いんです。それと60年代半ばのディランは、まだフォークミュージシャン扱いですね。フォークの方々は逆に、ウディ・ガスリーもランブリン・ジャック・エリオットもスーツ着てるのを見た事ないです。

> 「魔法を信じるかい?」は元RCのチャボが好きだそうで、ラジオで歌詞を朗読していたのを聞いて、いい曲だなと思ったのが、この歌を知ったキッカケです。
> このテレビ番組で彼等の他の曲を聞いて、題名も彼等の曲ということも知りませんでしたが、結構聴いた覚えはあって、あーこれもあれも知っているという状態でした(^_^;)。

私はRCのこと余り良く知らなかったので、チャボが好きだったといのはちょっと意外でした。もっと黒っぽいのが好きかと思い込んでました。


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