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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/10/30 08:15 yuccalina

『正義を水のごとく』と再びのアルヴィン・エイリー『リベレーションズ』と

ことの始まりは1年ほど前、マーティン・スコセッシが総指揮したブルース・ドキュメンタリー『The BLUES Movie Project』のDVDボックスを手に入れたことでした。そして、同時期に読んでいた、みやこうせい氏の『カルパチアのミューズたち~ルーマニア音楽誌』と何故かシンクロする部分があり、非常に興味を掻き立てられたのです。それは、東欧のユダヤ人音楽クレズマーとブルースに通じる価値観で、以下の過去エントリーに詳しいです。

・ 『カルパチアのミューズたち』その(4)~クレズマーを巡るマラムレシュのユダヤ人とロマ
・ THE BLUES Movie Projectその(1)~ヴェンダースの『ソウル・オブ・マン』

そこから、私はブルースとユダヤ人の関わりに、惹き付けられていったのですが、黒人音楽と切リ離せないのが公民権運動であったと。

こうして、音楽ドキュメンタリーに端を発して以降、公民権運動に絡んだ映画も色々と紹介して参りました。正直1年前には、ブログで公民権運動の話をするなど、思いも及ばなかったです。それゆえ、拙記事に共感してくださる方が出てくるとも想像しておりませんでした。

先日、mikaidou様のブログ『老嬢の鼻眼鏡』で、拙記事
『グローリー/明日への行進』を見た!と『The 60's 公民権運動』のこと

を紹介して頂きました。mikaidou様は、私が"黒人に協力した白人達の存在に注目したこと”に、共感してくださったそうですが、mikaidou様の記事を読むと、知らなかったことばかりで、自分が恥ずかしくなりました。絵本にもなっているというリンカーンと黒人の友人ダグラスの話、ローザ・パークス以前にバスボイコットをしていた少女クローデット、そして何よりも、天使の歌声と呼ばれた歌手、マリアン・アンダーソンのこと。以下、mikaidou様のブログより抜粋。

正義を水のごとく~『老嬢の鼻眼鏡』より

こちらは1939年のリンカーン記念堂での歌声。



天上人の声とは、このような声のことかと思う。

75000人の聴衆を前に、歌うマリアン。

4000人が入る憲法記念ホールで歌うことを拒絶された彼女のために、
多くの人々が抗議し、時の大統領、ルーズベルトが内務省を通じ、
リンカーン記念堂の、リンカーン座像前で歌うように、マリアンを招いたのだ。

彼女が歌う前に、聴衆にはこのように紹介されている。拙訳ですが、大体こんな感じでしょうか。
Genius draws no color line, and so it is fitting that Marian Anderson should raise her voice in tribute to the noble Lincoln who mankind will ever honour.「才能は白人と黒人の境界線を無くしてしまいます。だからこそ、皆が敬意を払う高貴な人物、リンカーンに対し、マリアン・アンダーソンの歌声は、高らかに響くにふさわしいのです!」



そして、もう一つ紹介されていた彼女の歌『深い河Deep River』を聴き、




キング牧師の

“justice rolls down like waters, and righteousness like a mighty stream.”「公道を水のように、正義を尽きぬ川のように流れさせよ。」

という言葉を読んで、私の頭にふと過ぎったのが、アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアター(AAADT)の『リベレーションズ』でした。



”河や水の流れ”が踊りのテーマの一つになっています。1997年の日本公演を運よく見ることが出来たワタクシは、その素晴らしい肉体表現に度肝を抜かれたものですが、当時は黒人の歴史も公民権運動も、全くの無知でした。今なら、このプログラムをより深く味わえるのではないか?と思っております。

既に公民権運動が始まっていた1960年、ニューヨークで発表されたこの作品を、当時南部の黒人達の目に触れることは難しかったのでしょうが、陰で運動を支える力となっていたであろうと想像出来ます。アフリカから渡ってきた先祖が奴隷から解放されるまでの、スピリチャルでブルージーなこのプログラムは、全部で10のセクションからなりますが、上の動画はダイジェスト版になります。

各セクションの動画もいくつか貼っておきますね。

悲しみの巡礼『フィックス・ミー・ジーザス』



私を河に連れて行って『河を渡る』



さあ、仲間達よ、動け『アブラハムの胸にわが魂を慰め』



『アブラハム』がプログラムのフィナーレでして、明るくポジティヴなエンディングとなっているのも印象的ですが、悲しみ、歓び、苦しみ、そして笑いもを肉体で表現したこの作品には普遍性があるのでしょう。時代とともに、世界のいたるところで上演されてきました。

で、AAADTの公演パンフレットも読み直しているのですが、黒人のショーダンス(ミュージカル)だけでなく、モダンやコンテンポラリー等のコンサート(シリアス)ダンスにおいても、ユダヤ人との関わりがあった様です。以下赤字はパンフレットの『アメリカ舞踊界のダイナミックス』(譲原晶子)より。

dance2.jpg

黒人ダンサーがクラッシック・バレエを習得していったのは、20年代にアメリカに移住したロシア人ダンサーたちの貢献によるところが大きい。渡米してきたばかりの彼等には人種偏見もなく、彼らは黒人のためにプライヴェートレッスンをしたり小クラスを開いたりした。

と、特にユダヤ系と明記はされていないものの、年代的にロシア革命後の内戦時代(1917~1922)に渡米した人々の中には、ポグロムから逃れてきたユダヤ人が多かったのではないでしょうか。人種偏見に曝されてきた人々だったから、黒人に共感していたという可能性も高いのではないかと。その他こんな記述も(下線はブログ主による)。

30、40年代モダン・ダンス界の活動は勢いに乗っていた。それは黒人をテーマとした踊りあるいは黒人ダンサーの同乗を許し、この時期には(長続きはしなかったものの)黒人のコンサートダンスのグループが出現してくる。そして、1934年から始まったYMHA(ヘブライ青年会)での公演や、1940年にテッド・ショーンが始めたジェイコブス・ピロウ・ダンス・フェスティヴァル、その他、大学でのサマー・フェスティヴァルなど、モダン・ダンサー達の発表の場、登竜門となった場所は、これらのブラックダンサー達にも扉を開放していた。ブラック・ダンスはモダン・ダンスとともに歩み始めることができたのである。

白人から受け継いだバレエとモダン・ダンスを元に、黒人ならではのダンスを作り上げたエイリーですが、彼はその精神を受け継ぐかのように、自身のカンパニーに白人やアジア人も受け入れてきました。芸術監督の一人に日本人、茶谷正純(ちゃやまさずみ)さんが名を連ねています。1972年に入団後ダンサーとして15年舞台を踏み、1991年に芸術監督補に就任、以降エイリーの踊りを伝え続けているのですね。

と、ダンスの世界にも、人種の垣根を越え、価値観を共有した人々の興味深い話が沢山ありそうです。今後も色々と探って行けたら良いなと思っております、

それにしても、ブログをやっていると自分の知らなかったことをコメントしてくださる方がいたりして、とても楽しいですね。と同時に、あんまりいい加減な事は書けないなあ、と責任も感じつつ、気を引き締めていきたいと思っております。


お読み頂きありがとうございました。
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Comment
こんばんは

 マリアン・アンダーソンという歌手を初めて知りました。さらにはアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターというダンス集団も初めて見ましたが、見事に鍛えられた身体とパフォーマンスですね。知らないことを教えていただく、発見する、それを即座に調べることができる、youtubeで見ることができる。年寄りにはとても良い刺激をいただいております。ありがとうございます。
mikitaka08さんへ

> マリアン・アンダーソンという歌手を初めて知りました。さらにはアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターというダンス集団も初めて見ましたが、見事に鍛えられた身体とパフォーマンスですね。知らないことを教えていただく、発見する、それを即座に調べることができる、youtubeで見ることができる。年寄りにはとても良い刺激をいただいております。ありがとうございます。
マリアン・アンダーソンは私も今回初めて知りました。アメリカでは公民権運動を語る上で欠かせない存在で、子供の絵本の題材にもなっているそうです。いくつになっても新しい事を知るのはとてもエキサイティングです。
素敵な記事、ありがとうございました。

yuccalinaさまがコメント欄で教えてくださったダンサー、アルヴィン・エイリーのパフォーマンス、わくわくしました!

あのリズムでクラッシック基本も入った、ブラック・ダンス。
悲しみや怒りが、肉体を通して「美」に昇華されていく。
素晴らしいダンスをご紹介くださり、ありがとうございました。

そういえば、公民権運動のことからマンデラ大統領の本も読んでいて、「インビクタス」からyuccalinaさまの映画の記事を思い出して、また読ませていただいておりました。
「インビクタス」の原作本、これから読むところです。

>いくつになっても新しいことを知るのはエキサイティングです

同感です!

mikaidou様

コメントありがとうございます。

> あのリズムでクラッシック基本も入った、ブラック・ダンス。
> 悲しみや怒りが、肉体を通して「美」に昇華されていく。
> 素晴らしいダンスをご紹介くださり、ありがとうございました。

アメリカの黒人史に詳しいmikaidou様に是非見ていただきたいと思ったので、気に入って頂けて嬉しいです。

> そういえば、公民権運動のことからマンデラ大統領の本も読んでいて、「インビクタス」からyuccalinaさまの映画の記事を思い出して、また読ませていただいておりました。
> 「インビクタス」の原作本、これから読むところです。

マンデラ大統領と言えば、映画『大統領の執事の涙』にも、反アパルトヘイト運動に参加する主人公が描かれてたのを思い出しました。やはり公民権運動と繋がってますね。そう言えば、南アフリカはマハトマ・ガンジーとも縁がありましたっけ?

> >いくつになっても新しいことを知るのはエキサイティングです
>
> 同感です!

はい、これがブログやってて一番楽しいことだと思っております。
yuccalinaさま

こんばんは(^^♪
ガンジーがマンデラ大統領に及ぼした影響は自伝の方にあるそうです。
次はそちらを読んでみたいなあと思っています。

私はこちらのサイト
http://apa-appletown.com/bigtalk/1452
で日本と南アフリカの絆を知りました。
ガンジーにもちょっと触れていました。

ほんと、これがブログのだいご味かもしれませんね。
こちらです。
mikaidou様

記事の紹介ありがとうございました。

> ガンジーがマンデラ大統領に及ぼした影響は自伝の方にあるそうです。
> 次はそちらを読んでみたいなあと思っています。
>
> 私はこちらのサイト
> http://apa-appletown.com/bigtalk/1452
> で日本と南アフリカの絆を知りました。
> ガンジーにもちょっと触れていました。


日露戦争の勝利が南アフリカにまで影響を及ぼしていたというのにビックリしました。何事も受け取る側よって価値は変わってくるものですね。「ロシアに勝った日本をリスペクト」はソ連の支配下にあった東欧の国々(ポーランド、チェコ、ブルガリア等々)で尊敬の対象になってた話は、仕事上でも良く耳にしてたのですが、まさか南アフリカまで、想像してませんでしたわ。
マンデラ氏は獄中で沢山の本を読んで勉強されてたとのことなので、日本のこともマハトマ・ガンジーもそこで学んだのでしょうか。確か『インビクタス』も、獄中で読んだ本から「自分達を支配してきた民族の言葉に救われた自分」を認めて、憎しみから解放され、許すことを学んだからだったんですよね。

やはり大きなことをする人には、広い視野と寛容な心、そして慎み深さを兼ね備えた方が多いんだなと思います。


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