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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/08/22 09:44 yuccalina

ジョージ・ハリスンの仏教度チェック~あるある尽くしな『マイ・スウィート・ロード』と万物流転『オール・シングス・マスト・パス』

以前、ジョン・レノンの『ゴッド』を検証してみた「みうらじゅんの『マイ仏教』にあるロック曲は、本当に仏教的なのか?」シリーズの第2弾(で終わりかもしれんけど)は、ジョージ・ハリスンを取り上げてみたいと思います。

bukkyo2.jpg

『ジョンの魂』と同じころ1970年に発表されたジョージのソロ・アルバム『オール・シングス・マスト・パス』について、みうら氏はこう書いていました。

ジョージ・ハリスンはインドの影響を強く受けていて、インドの宗教ムーヴメントである「ハレ・クリシュナ運動」の強力な支持者でした。・・・・・ソロになってから作った「マイ・スウィート・ロード」は大ヒットしました。「ハレ・クリシュナ」を讃えるもので、アルバム・タイトルは「オール・シングス・マスト・パス(All Things Must Pass)」。すべてのことは移りゆく、つまり諸行無常です。

と、たったこれだけなのですが、この文章から既にちょっと違和感が、、。ハレ・クリシュナ運動もマイ・スウィート・ロードも仏教は関係ないんじゃないの?これ、ヒンズー教でしょ?と突っ込みたくなるのですが、最後に「諸行無常」で無理やり締め括ってるので、取りあえず『マイ・スウィート・ロード』とアルバムタイトル曲『オール・シングス・マスト・パス』の2曲を検証してみることにしました。

先ずは、『マイ・スウィート・ロード』の歌詞を1番だけ。

My sweet lord
私の愛しき主よ
Hm, my lord
ああ、わが主よ
Hm, my lord
ああ、わが主よ

I really want to see you
本当にあなたに会いたい
Really want to be with you
本当にあなたと一緒にいたい
Really want to see you lord
本当にあなたに会いたい
But it takes so long, my lord
でも、それには時間がかかります




ムムッ?やはりこれは仏教、全然関係ないですね。しつこく繰り返しますが、仏教では神の存在を否定しています。しかし、これはモロに神を讃える歌です。Lordとはクリシュナのことなんでしょうけど、まんまキリストであってもおかしくない内容なんです。最後の方では、クリシュナのみならず、グル(指導者)の名前があれこれ出て来ちゃうし、ハレルヤ~とか歌うてるし、もう、これはジョン・レノンの『ゴッド』とはベクトルが真逆の歌と言って良いんじゃないかしら?「〇〇を信じない」と連呼するナイナイ尽くしなゴッドに対し、「会いたい」「一緒にいたい」はいわばあるある尽くしな印象なんです。

それならば、と気を取り直して、『オール・シングス・マスト・パス』はどうなんでしょうか?こちらも1番の歌詞を紹介しますね。

Sunrise doesn't last all morning
日の出は午前中ずっと続きはしないし
A cloudburst doesn't last all day
夕立だって、一日中振ってるわけじゃない。
Seems my love is up ,
and has left you with no warning
僕の愛も終わりらしい
君に何も告げずに去ってしまった
But it's not always going to be this grey
でも、この灰色の状態も続きはしない

All things must pass
すべては過ぎ去る
All things must pass away
すべてのものは過ぎ去って行く




んーー、何つーか、変化することを歌ってるけど、私にはどこか無常感に欠ける気がする。去って行ったり、変化しているのを受け入れてはいるが、だから全てのものに実体はないのだと言う、空(くう)の世界観と結びついてない感じ、とでも言いましょうか。

そこで、思ったんですね。オール・シングス・マスト・パスとは、もしや諸行無常でなくて、万物流転なのではないか?と。

この二つの四文字熟語は一見とても似ていますが、ギリシャ哲学(万物流転)とインド哲学(諸行無常)における決定的な違いがあるというのです。この世の様々な事象を現わす前半部分、万物と諸行はほぼイコールで良いと思うのですが、後半が全く違う。流転とは流れてるもの、変化するものの存在を大前提としていますが、無常は一定の状態が無いこと自体を重要視してるのです。つまり、万物流転には有、諸行無常には無が、それぞれの考え方の基礎にあると。無=空に価値を見出したのは、やはりゼロを発見したインドならではなのでしょうか。このあたりは非常に面白いですね。

そんで、ジョージの歌の土台には、どうも無よりも有を感じてしまった訳ですが、ここで、ジョン・レノンのナイナイ尽くしがまた効いてくるんですね。やはりジョンは仏教的思考の持ち主だったんだな、とジョージのお蔭で再確認できましたわ。実は前回の記事の後で調べてみたんですが、『イマジン』の「想像してごらん」も、禅僧の修行と同じ意味合いがあったらしいです。元ネタはヨーコの『グレープフルーツ』という本で、「〇〇しなさい」の修行の後で、「この本を燃やしなさい」と、最後は空を示して終わっているらしい、、、。また、ジョンの楽曲は、演奏も必要最低限に抑えたシンプルな構成、引き算な音楽であるのも、禅との関わりを感じさせますが、ジョージはゴチャゴチャはしていないものの、ジョンほどシンプルを求めてる印象はありません。

ジョージは、『マイ・スウィート・ロード』でクリシュナ神を讃え、グル達を讃えていました。Wikipediaでクリシュナ意識国際協会を調べてみたら、こんな事が書いてありましたよ。

Wikipedia クリシュナ意識国際協会より
・・・・・ジョージ・ハリスンは出版のために資金援助を行い、『主バガヴァーン クリシュナ』のまえがきで「神は無限です。神は多くの名をお持ちです。アラー、ブッダ、エホバ、ラーマ、全てがクリシュナです。全ては一つです」と書いている。・・・



因みに、こちらはYouTubeで拾ったハレ・クリシュナ運動の動画で、1967年サンフランシスコとあります。



世はヒッピー・ムーヴメントの真っ只中。音楽に合わせて歌い踊る、トランス状態の人々を見ると、黒人教会のゴスペルみたいだから不思議。ゴスペルもインド音楽も、音楽を使って神を感じることで人々を熱狂させてた、という意味では似ていたのかもしれませんね。

それにしても、
何も信じへんわ~!というジョンとは真逆のジョージ!

という訳で、ビートルズ時代一緒にインドと出会った二人ですが、入口は一緒でも、出口は全く違ってた様です。まあ、ジョンの仏教的な部分はインドからではなく、ヨーコからの影響が大きかったってことかもしれませんが。

ところで、『マイ仏教』にはジョン・レノン、ジョージ・ハリスンの他にもう1人、ボブ・ディランが登場していました。『ライク・ア・ローリング・ストーン』や『ウォッチング・ザ・リヴァー・フロウ』も諸行無常、と書かれていたよなあと思って、よくよく読み返してみると、そこには、

万物流転に諸行無常

ってバッチリ書かれてたんです。つまり「諸行無常と万物流転の違いについてはあんま考えないどこうのスタンス」を、みうらじゅんは既に明らかにしていたと。正直な話、私はここでガックリ膝折れますたわ。諸行無常と万物流転の違いを切々と語ってしまって馬鹿みたいじゃーん!なので、ボブ・ディランに関しては、これ以上掘り下げる意味ないかなー、と思ってしまいました。多分、ボブ・ディランも、私には仏教よりギリシャ哲学の色が強く感じられることは、明らかなような気がしまして、、。まあ、もう一度読み直し&聴き直しして、何か発見があれば、第3弾としてディランを取り上げるかもしれませんが、あまり期待しないでおいてください。

勿論、私はここでみうらじゅんを批判するつもりは毛頭ございません。彼の中学時代の思い出として登場したビートルズのジョージについて、インドとの結びつきをもって仏教的だと思い込んだとしても、何ら不思議はないですし、仏教とヒンズー教にしても、全くの無関係ではありませんから。諸行無常と万物流転を同列にして、馴染みやすくしたのも、みうら氏の本の性質上、突っつき回すべき点でないと思います。

要するに、『オール・シングス・マスト・パス』は諸行無常よりも万物流転、となったのは、あくまでも私の感じ方、受け取り方の問題。こうして、ジョージ・ハリスンの歌はあまり仏教的ではない、という結論に達した、というだけのお話でした。

最後に、この記事を書くにあたり、ブログ友達のArianeさんから、万物流転についてのご教示をいただきました。感謝の意を評して話を閉じたいと思います。


お読み頂きありがとうございました。
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タグ: ヨガ

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Comment
ご丁寧に、私のことに言及してくださって、ありがとうございます。
こういうお話だったのですね^^

「万物流転」は、かなり自然学的な観点からの言葉なので、その「万物」の中にジョージ・ハリスンの「僕の愛」が入るのは、それはそれで、何となく違和感もありますが、すべてのものが変化するという仕方で、その全体は成り立って「存在している」という世界観と、すべてのものが変化するのだから、実体は「無い」という世界観は、やっぱり基本的に違いますね。
「万物流転」と「諸行無常」を、自然観なのか宗教なのか、というところで区別するよりも、yuccalina さんがされているように、有が問題か、無が問題か、というところで区別する方が、ずっと本質的だし、論点として面白いと思います。

それに、『マイ・スウィート・ロード』の方は、かなり「有神論」的ですよね。「無限」と「無」も違っていますし。
Arianeさんへ

> ご丁寧に、私のことに言及してくださって、ありがとうございます。
> こういうお話だったのですね^^
いえいえ、名前を出してご迷惑でなければ、とも思ってたんですが、ありがとうございました。

> 「万物流転」は、かなり自然学的な観点からの言葉なので、その「万物」の中にジョージ・ハリスンの「僕の愛」が入るのは、それはそれで、何となく違和感もありますが、すべてのものが変化するという仕方で、その全体は成り立って「存在している」という世界観と、すべてのものが変化するのだから、実体は「無い」という世界観は、やっぱり基本的に違いますね。
これは仏教でなくヨガの話なんですが、人間も自然の一部であることと同時に、自然ですら受けとる人間がいるから存在する、という考え方なので、全てを引っくるめて無と言えてしまうんだと思います。でも、ジョージが僕の愛と自然を並べてるのは、ヨガ的と言えるかも、と今気が付きました。

> 「万物流転」と「諸行無常」を、自然観なのか宗教なのか、というところで区別するよりも、yuccalina さんがされているように、有が問題か、無が問題か、というところで区別する方が、ずっと本質的だし、論点として面白いと思います。
そうですね。実は私は仏教について、知れば知る程、宗教っぽくないなあ、と感じているので、自然観vs宗教とは、全く思い浮かばなかったからだと思います。

> それに、『マイ・スウィート・ロード』の方は、かなり「有神論」的ですよね。「無限」と「無」も違っていますし。
仏教よりも神様が一杯いる神道に近い雰囲気だと思いました。ただ、ロックを聴き始めた中学生が、インド文化=仏教的と勘違いしても、仕方なかったのかな、と思います。
このコメントは管理人のみ閲覧できます
鍵コメさんへ
確かにそうですね。
私も中学生の頃は、仏教とヒンズー教の違いを、全然知りませんでした。


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