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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/08/05 00:07 yuccalina

老いるショック!と50代~その(2)『マイ仏教』とマイ・ヨガ

ブラックマヨネーズのトーク番組で見たみうらじゅんをキッカケに、老いとの付き合い方を考えるシリーズです。番組の中で、「ジョン・レノンの『イマジン』は般若心経だ」と語ったみうらじゅんに、ヨギーニの端くれとして共感したワタクシは、彼の「老いるショック」という方法論にいたく感銘をうけました。詳細はその(1)(コチラ)をご覧いただくとして、今回はその後に購入して読んだ著書『マイ仏教』について。

bukkyo2.jpg

『アウトドア般若心経』や、仏像ブームの火付け役にもなった『見仏記』など、仏教絡みの著書は多数あるみうらじゅんですが、この『マイ仏教』はその集大成と言えるかもしれません。怪獣を観るのと同じような、畏敬の念を持って仏像が好きになった少年時代から、仏教系の中高一貫校で過ごした6年間。フォークやロックとの出会いで、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスンの歌の中に仏教のエッセンスを感じたこと等々、彼の人生の傍らにはいつも仏教がありました。そして、日々の暮らしの中で仏教から得た知恵を、「みうらじゅん式思考と修業の実践法」として紹介しています。四法印(しほういん)、八正道(はっしょうどう)といった仏教の基本を押さえつつも、より身近に感じられる分かりやすい表現であるのが魅力です。因みにみうらじゅんは中学二年の時に、ジョン・レノンのイマジンを聴き、般若心経だと理解したらしい。40過ぎでイマジンはヨガっぽいと気付いたワタクシからは、何十年も前に先を行ってたのですね。と、更に尊敬の念が深まったのでございます。じゅん少年は将来住職になったら寺号を「イマ寺院」にするぞ、と自分の部屋にイマ寺院の表札をかけていたそうな。

それでは、みうらじゅん式思考&修行の中から、印象深かったものを紹介していきましょう。本文をそのまま引用したところは、赤字で記述しています。


1. 『自分探し』よりも『自分なくし』

自分なくしとは、四法印の一つ諸法無我と同義で後述します。「機嫌を取る」ことで自分なくしの修行。「機嫌」の起源はお坊さんが世間から「そしり嫌われない」ように振舞いましょう、という戒律からうまれたもの。自分なくしの修行は又の名を『滅運動』と言う。つまり、エゴから解放されましょう、ってことですね。機嫌取りながら、どこかで報酬を期待してしまうのは、僕滅が出来てない証拠。自分病を乗り越えよう。

2. 「あきらめる」の本当の意味

本来仏教用語である「あきらめる」は、「真理を明らかにする」が語源。お釈迦さんが説いたのは、「人はいつか死ぬ、死ぬことを前提にして、いかに生きるか」ではないか。自分探しを続けた結果、辿り着いた先が大したことない自分だったら、あきらめて自分なくししよう。

3. ヨガとも重なる『比較三原則』

比較こそが苦しみを生む原因なのかもしれません。
これを「比較三原則」と私は勝手に呼んでいます。「他人と過去と親」この3つと自分を比較してはいけないのです。
お釈迦さんが「諸行無常(すべてのことは変化する)」や「諸法無我(この世に実体はない)」と言う教えを説いたのも、このような比較の苦しみ、つまり「比較三原則」に早く気づきなさい、ということなのかもしれません。


4. ありがたき念仏『そこがいいんじゃない』と『不安タスティック』

言葉が原因で傷つき苦しむことがあるが、それを逆手に取り、言葉(念仏)を使ってポジティヴになろう。アントニオ猪木の「元気ですか?元気があれば何でも出来る!」も念仏の一つかもしれない。

私はどんな辛いときも「そこがいいんじゃない」と思うようにしています。「そこがいいんじゃない!」と発声する訓練をしておくと、そう発言した瞬間から、脳が「そうなんだ」と思い始めてくれます。

また同じように私は「不安タスティック!」という言葉もお薦めします。不安というのは突然やって来ます。その瞬間「不安タスティック!」と唱えれば、少しは楽になれるかもしれないと思って、実践するようにしているのです。


5. 心の『マイ住職』で自分を躾る

「自分を見失う」という言葉もありますが、本当はその程度のものなのです。だからこそ、自分をしつけ直すのも自分なのです。自分に説法する「マイ住職」を、みなさんも心に住まわせてみてはどうでしょうか。



1の「自分なくし」のプロセスだけ、上手くまとまらずに、余り具体的でなくてスミマセン。「自分なくし」が本書のキモだと思いますので、そこは、是非とも本書を手に取って、読んでいただきたいです。3の比較しない、や4の念仏は、自分なくしの為のツールとも言えましょう。ちなみに、『不安タスティック』はやっぱり『老いるショック』と同じ類の言葉だったんですね。そして、5の自分で自分をしつけ直しなさいのお言葉で、思い出しました。

bukkyo1.jpg

こちらの『100de名著・ブッダ最後のことば』も、同時期に読んでいて、いずれ紹介するつもりなんですが、左下に「自分を救えるのは自分自身である」と、しっかり書かれてますね。『老いるショック』はこれから老いを生きる人間にとって、とても有り難い念仏です。今後も落ち込んだ自分を、これで自ら救済していこうと思います。

さて、『マイ仏教』を読んで思いました。一見駄洒落ばっか並べてると、高をくくってしまいそうですが、仏教の話ですから、やはりヨガに通じるところが沢山あります。3の「比較しない」は、ヨガクラスで実際に指導されることが多いのではないかと思いますし、4の念仏を口にして、脳にそう思い込ませるのは、笑いヨガと同じ方法論です。

みうらじゅんは机上の理論でなくて、日常的に実践出来ることを説いてるのが、とても有り難いのですが、そもそも、先に行動をして、思考がそれについてくるようにするって、ヨガのアサナ(=ポーズ)と同じなんですよね。アサナは体だけで行い、頭の中は受け身の状態で行う。だから、体のバランスを整えることで、心もそれに着いてきてきて安定すると。行動を先にする方法って、実は脳科学的にも有効と証明されてて、以前、ホンマでっかTVで池田清彦先生が「脳は末端の奴隷」と言っていたのを思い出しました。

っと話がちょっとズレちゃいましたが、私はこの『マイ仏教』を読んで、凄く刺激を受けたんです。それはマイ・ヨガの方向性に、一筋の光明とでも言いましょうか。ワタクシは5年前にヨガインストラクタースクールを卒業して以来、息子が通う障害児施設や、ご近所さん相手のサークルで、細々と教えてきました。しかし、実のところ、卒業当初は何か勝手に華やかなインストラクター人生を思い描いていた。身の丈に合わない、難しい本を買い込んで勉強してみたものの、実際人に教えるとなると、殆ど役に立たなかったこともしばしば。頭でっかちになって、生徒さんが見えてなかったのは、まだどこかで『自分探し』を続けていたのかも?と気が付きました。

みうらじゅんのマイ仏教は、ボブ・ディランやジョン・レノン、そして駄洒落を用いながら、彼ならではの仏教解説をしているところに、私はとても勇気を貰いました。格好つけずに、自分の身の丈に合ったやり方で、分かりやすく、そして日々の暮らしに溶け込める「マイ仏教」のような、「マイ・ヨガ」を目指して頑張ろうと誓った、50の夏でございました。


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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

『宝島』の思い出~パンク・ドラゴンTシャツといしかわじゅん先生への懺悔 | ホーム | 最初で最後の私のアイドルJulian Copeのこと~その(2)初来日は突然に~
Comment
yuccalina さん、こんにちは^^
「僕滅運動」とか「比較三原則」とか、いろいろ面白い事を言う方なんですね。
仏教が身に付いて自分のものになっていて、「マイ仏教」になっている人の言葉だなぁと思いました。
「マイ住職」も、いると良いですね。

「自分探し」は、自分病ですね。
家庭や学校で、躾けをしたり、人の道を教えたりするよりも、「個性」とか「才能」といったものばかりを重んじてきたことが、こうした病気の一因であるような気がします。
Arianeさんへ
いつもコメントありがとうございます。

> 「僕滅運動」とか「比較三原則」とか、いろいろ面白い事を言う方なんですね。
> 仏教が身に付いて自分のものになっていて、「マイ仏教」になっている人の言葉だなぁと思いました。
> 「マイ住職」も、いると良いですね。

ダジャレを多用して親しみやすく分かりやすく、それでも芯の部分がとてもしっかりしてるみうらじゅんは、ある意味ヨギーのような方だと、私は思っています。そして、私もそういう風にありたいなと思っています。
また、「マイ住職」には道徳心や倫理観という軸が必要だなと思います。

> 「自分探し」は、自分病ですね。
> 家庭や学校で、躾けをしたり、人の道を教えたりするよりも、「個性」とか「才能」といったものばかりを重んじてきたことが、こうした病気の一因であるような気がします。

自分病は通過儀礼というか、罹ってみないと自分なくしにも繋がらない、とは思います。個性・才能といった「かけがえの無い自分」と諸行無常、諸法無我の中での「かけがえのある自分」、その両方をバランスよく意識することが大切なんでしょうね。前者ばかりだと、上記の道徳心・倫理観、客観性などが育ち辛くなりそうです。
なので、お釈迦様が「真ん中が一番良い」と言ったのは凄いなあ、と改めて思いますね。右だろうと左だろうと、キリスト教徒、イスラム教徒、はたまた仏教徒だろうと、結局、問題なのは、偏り過ぎた原理主義者なのかもしれません。
みうらじゅんファンとしては見逃していた本です。
”自分なくし”は他でも使用しているフレーズですね。

みうらさんおとくいのディラン、レノン、インド、ピンク・フロイドなどを仏教や人生と絡めていくあたり
深いんだかなんだかやはりアヤシイ人です。
こんばんは

 『老いるショック』に驚いていたのですが、つぎは『不安タスティック』ですか。
 みうらじゅんさんの感性の豊かなこと!!

<不安というのは突然やって来ます。
そのとおりです。これは実際になってみなければわからない。
<その瞬間「不安タスティック!」と唱えれば、少しは楽になれるかもしれないと思って、実践するようにしているのです。
私、この春先に突然不安に襲われ、「呼吸法」とウオーキングでなんとか脱出しました。みうらじゅんさんの「不安タスティック!」に巡り合っていれば、もっと早く楽になれたかも。

 『僕滅運動』はなかなか実践するのが難しい!!これも毎日唱えてみよう。
 「不安タスティック!」は年寄りだけでなく、若者にも浸透してほしいです ね。

面白半分さんへ

> みうらじゅんファンとしては見逃していた本です。
> ”自分なくし”は他でも使用しているフレーズですね。
そうでしたか。みうらじゅんが作った言葉は他にも沢山載ってて、非常に面白かったです。

> みうらさんおとくいのディラン、レノン、インド、ピンク・フロイドなどを仏教や人生と絡めていくあたり
> 深いんだかなんだかやはりアヤシイ人です。
ロック好きだと更に楽しめますねえ。
少なくとも仏教に関しては生半可な知識ではなく、だからこそ自分なりのマイ仏教になってると思いますよ。ホントは深くて思い内容を、浅く軽く感じさせるのは、逆に凄いと思います。
mikitaka08さんへ

>  『老いるショック』に驚いていたのですが、つぎは『不安タスティック』ですか。
>  みうらじゅんさんの感性の豊かなこと!!
感性が豊か!それにつきますね。どんなことでも受けとり様で、新たな価値を与えているところは、ヨギー的でもあります。

> <不安というのは突然やって来ます。
> そのとおりです。これは実際になってみなければわからない。
> <その瞬間「不安タスティック!」と唱えれば、少しは楽になれるかもしれないと思って、実践するようにしているのです。
> 私、この春先に突然不安に襲われ、「呼吸法」とウオーキングでなんとか脱出しました。みうらじゅんさんの「不安タスティック!」に巡り合っていれば、もっと早く楽になれたかも。
不安タスティック、ワタクシも実践してます。

>  『僕滅運動』はなかなか実践するのが難しい!!これも毎日唱えてみよう。
>  「不安タスティック!」は年寄りだけでなく、若者にも浸透してほしいです ね。
みうらじゅんの言葉は基本、笑いで自分を救済してるのが良いです。相田みつをみたいにカレンダーにして欲しいです。


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