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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2015/08/03 09:15 yuccalina

最初で最後の私のアイドルJulian Copeのこと~その(2)初来日は突然に~

18歳で出会って以来、20代の半ばまで夢中だったワタクシの青春のアイドル、Julian Copeを語るシリーズの2回目です。私は好きになったアーティストが暫くしたら来日、とタイミングが良かった経験が結構多い。エコー&ザ・バニーメンに始まり、OMD、キュアー、ジ・アイシクル・ワークス、トム・ヴァ―レイン、ジョニー・サンダース、ジョン・ケイル、レニー・ケイ、ジョナサン・リッチマン、アンビシャス・ラヴァーズ、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ、エドウィン・コリンズ等々。中でも一番驚いたのが1989年のヨ・ラ・テンゴかな?当時の日本では余りにもマイナーでしたから。で、ジュリアンはその次くらいに、初来日を知ってビックリしました。以前ちょっと書きましたけど、日本でレコードが出てそこそこ売れたからの来日では無かったと記憶しています。私は既に輸入盤専門になってたので、詳しい発売日は分かりませんけど、

本国イギリスで1984年に出た2枚のソロアルバムは、

ファーストの『World Shut Your Mouth』と
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セカンド『Fried』共に
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85年の来日が決まった頃に出た様な気がするのです。この2枚のアルバムに関しては、『SAMARQAND淫美ブログ』のレヴューで、その時代的意義を、後になって認識したものです。

ピンクフロイドのようなビート感のあるサイケ、糞食らえと叫ぶパンクの時代にあって、ポップである事は軟弱な事であり、批判の対象でありました。その時代にためらいも無くポップな旋律を口ずさむJulian Copeは逆にアナーキーでさえあります。
World Shut Your Mouth/Julian Cope 『SAMARQAND淫美ブログ』より

このファーストとセカンドの2枚の作品で、当時のパンク、テクノ、ニューウェイヴの時代に異質なセンセーションを投げかけました。
Fried/Julian Cope 『SAMARQAND淫美ブログ』より



そんな状態でコンサートを主催したスマッシュ・コーポレーションは、当時まだ出来たばかりの会社だったのではないでしょうか?「スマッシュって何?全然聞いたことない名前だけど」「大丈夫かなー?」と友人と一緒に怪しんでいたものです。

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スマッシュも今では大手のプロモーターみたいですが、80年代半ば、海外アーティストのコンサートと言えば、殆どがウドー音楽事務所の独占状態でした。時々、Van Productionのもありましたけど。

84年のエコー&ザ・バニーメンとOMDはVan Productionが主催でした。

julian21.jpg

座席番号がスタンプ!何とアナログな半券でしょうか。確か84年の4月くらいに、チケットぴあが出来てコンピュータ化されたと記憶します。それ以降チケットの購入はしやすくなったものの、全て同じフォーマットで味気無いものになってしまったんですね。

と言ったところで本題です。今回は85年7月の初来日公演を前に、雑誌で紹介された記事を。

先ずは、今は亡き情報誌シティロード。ワタクシはぴあよりもシティロード派でごさいましたのよ。来日直前とあるので、85年7月号でしょうか。

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名前がジョリアンと、思いっ切り間違ってますががっ!

julian9_20150725133710e7a.jpg

来日時にあちこちで質問されてた、アルバムタイトル『Fried』の意味を、既に語ってたんですね!まー、ジュリアンをイカレてると言った女房のドリアン(自称アナーキスト)も、化粧控えめのスージー・スーみたいなルックスで、結構ブッ飛んだ方に見えましたけどねー。

で、UK盤レコードの『Fried』には、ジュリアン亀のポスターが中に入ってて、当時19か20歳だったユッカリーナは、自室の壁に飾っておりましたのよ。家族はさぞや「ウチの娘の頭もFriedになっちまった」と思っていたことでしょう。

んで、最近YouTubeで見つけちゃったんですけど、このジャケット撮影時に撮ったらしきPVがありましたわ。



30年前に見たくても見れなかったPVですわ、ウルルル。『Laughing Boy』は元よりローファイなアルバムの中でも、かなり気怠い雰囲気の曲です。シド・バレットの曲に『カメに捧ぐ歌Terrapin』というのがあった為、この頃から類似性が指摘されておりましたな。そして、その証拠とも言えるのがお次の記事、1985年宝島9月号。

julian10_20150725133712bb5.jpg

来日後に出た号ですが、インタヴューは来日前にロンドンで行ったと書かれています。好きな詩人としてシド・バレットの名前がっ!そして、もう1つ私が注目したのが、ソ連の詩人メトゥラナル・ヴァヴィンの話なんです。

Q: 言葉で表現できないことを音楽で表現しようとしたことはある?

J: いや、言葉はちゃんと表現できるんだ。いつかメトゥラナル・ヴァヴィンというソ連の詩人の詩を読んだことがある。彼の詩は一度仏語訳され、それから英訳され、と二度の翻訳を経ていたけど、その風変りな作風と、独特のリズムは失われていなかった。オリジナルの意味が少しずつ失われても、言葉の力強い響きは残っている。これはすごいことだ。

Q: 言葉の可能性に対してポジティヴね。

J: 僕は言葉の可能性を信じている。僕自身詩を書く時は、自分の考えを純粋に言葉に置き換え、翻訳とか時代の変化とか、表面上の言葉の風化にたえるものにしたいと思う。

Q: 詩は沢山読むの?

J: 数えきれないほど。好きな詩人は20世紀で言えば、T・S・エリオット、そしてシド・バレット


メトゥラナル・ヴァヴィンMetranil Vavinという曲は、ティアードロップ・エクプローズ解散から8年後にリリースされた最後のアルバム『Everybody Wants to Shag...』にも収めれていましたが、『World Shut Your Mouth』で録り直しています。



ソ連の詩人というのは、いかにも左寄りな英国アーティストが好みそうな雰囲気ではありますが、後に自分がソ連関係の仕事についたのにも妙な縁を感じます。どこかでジュリアンの人生とシンクロしてたのか?と想像するのは楽しいですが、実を言うとこの詩人は実在してないみたいなんです。

私が転職してソ連関係のお仕事についたのが1989年で、ソ連崩壊の1991年まで続けておりました。当時会社のロシア語翻訳室には5~6人の通訳さんがいましたが、この名の詩人を知ってる人は、一人もいなかったよなあ。

なんつーことを思い出しつつ、ググってみたら、こんなのが出てきたのです。

Tiefer, tiefer, - Metranil dreams of becoming a neon.

英語しかなくてすみませんが、Metranil Vavinはアメリカのクレイトン・エシュルマン(Clayton Eshleman)が創作した人物で、ロシア語→フランス語→英語の翻訳も、エシュルマンが設定しただけではないか?という話。

うわあー、また出たのか?ジュリアンの過剰な思い込み力が『ジャップ・ロック・サンプラー』という奇書を生んだ訳ですが、果たしてジュリアンはロシア語版と、フランス語版があるのを、ちゃんと確認してたのかどうか。エシュルマンの文章を読んだだけだったのでは?このネット時代で、ロシア・フランス語版ともに引っかからないのは、やはりメトゥルナル・ヴァヴィンはエシュルマンが作りだした詩人説が濃厚と言えましょう。まあ、これも昔からジュリアンが異文化好きなヲタクだった証明でもあり、中々興味深くもあるのですが。

ところで、この宝島の記事に使われてる写真は、2枚組7インチ(17cm)シングル『Sunspots』のジャケットに使われていたものですね。

Julian_Cope_-_Sunspots.jpg

向きが逆になってるので、どちらがネガかポジか?イマイチよく分かりませんが、ワタクシが注目したのは、この左側と上下に写ってる、歪んだジュリアンのお顔。

これはっ?4枚目の『My Nation Underground』(1989年)の後、1990年にリリースされた『Skellington』のジャケ写と同じではありませんか?

Skellington.jpg

『Skellington』を入手した当時は、友人と「ジュリアンやばいんじゃない?お薬でおかしくなっちゃったの?」と心配していたのですが、私は『Sunspots EP』を持っていながら、なじぇに当時気が付かなかったのか?『Fried』の頃に、既に出来てたんですよね。

『Fried』の亀ジャケにしても、こんな変な俺に、君はついてこれるかな?と試してる雰囲気がありましたし、ジュリアンはよく「イギリス人は見た目が紳士でも中身は醜悪そのもの」と言ってましたので、一連のジャケットが、その醜悪さをイメージしてる可能性は十分だったのでしょう。ただ、この『Skellington』は、『St. Julian』『My Nation Underground』と、結構カッコイイ系ジャケが続いた後に来たので、余計に衝撃だったのを覚えております。

でも、今聴き直してみれば、結構良い曲が揃ってるなと感じました。





この顔が並んでるのを見るのは、ちとシンドイですが、『Fried』よりもさらにシド・バレットな香りが漂っていますなあ。何だかんだ言って、シドの『Madcap Laughs』のジャケットや内ジャケ写真も、影響を与えてそうな気がします。

と言ったところで、次回は過去の雑誌インタヴュー記事から離れ、ジュリアン・コープ×シド・バレットで何か書いてみようかと思っています。

その(3)へ続く。


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タグ: ジュリアン・コープ 80年代

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Comment
「 ( ジュリアンが出てくると ) ワーッとなだれ込んできて…」

客足の興奮状態を伝えてくれた友人の言葉。
後の来日は毎回行けたけれど、ルックスも演奏曲もやはり初公演に今でも想いが募ります〜♪

ユッカリーナさんのブログでまた再燃、このところ散歩中に「Kolly Kibber's Birthday」がループして響いてますよ。
あれえ、バニーズもスマッシュじゃなかったんですね?
なんか朝早くから、原宿の竹下通りだったか?
延々並んでチケット買ったような気がむくむくと…。
てっきりスマッシュだとばかり思ってましたよ。

Friedのジャケを見て、瞬間的にシドバレットを
想起すのは1stを聴いてれば当然の流れだと
思いますけど、実際の2ndではその片鱗というか
確証がなかなか発見出来なくて、結構焦ってような
記憶もあります。
とっても掴みにくい、めんどくさいアーティストだったかも。
このコメントは管理人のみ閲覧できます
まユタンぽさんへ
丹波哲郎、、、いつも楽しいリアクションをありがとうございます。

> 「 ( ジュリアンが出てくると ) ワーッとなだれ込んできて…」
>
> 客足の興奮状態を伝えてくれた友人の言葉。
> 後の来日は毎回行けたけれど、ルックスも演奏曲もやはり初公演に今でも想いが募ります〜♪


そうっすね~、ジュリアン出てきた途端、私も席を立って舞台前に行ってました。そこそこ空席があったので、それほど押し合いへし合いにはならなかったですがが、、。私も一番よく覚えてるのは最初の日比谷野音なんです。

> ユッカリーナさんのブログでまた再燃、このところ散歩中に「Kolly Kibber's Birthday」がループして響いてますよ。
やっぱファースト良いですよね~!何気にリズム使いが上手いよな~、と再認識。
pipco1980さんへ

> あれえ、バニーズもスマッシュじゃなかったんですね?
> なんか朝早くから、原宿の竹下通りだったか?
> 延々並んでチケット買ったような気がむくむくと…。
> てっきりスマッシュだとばかり思ってましたよ。

はい、バニーズは同じ年、1985年の11月に再来日してるんですが、そちらもヴァンプロでしたよ。あと9月のOMDもそうです。最初はヴァンプロがスマッシュに名前変えたのかと思ってたんですが、違うみたいですね。ちなみにヴァンプロは今はもうないみたいですが、いつ潰れたのかしら。

> Friedのジャケを見て、瞬間的にシドバレットを
> 想起すのは1stを聴いてれば当然の流れだと
> 思いますけど、実際の2ndではその片鱗というか
> 確証がなかなか発見出来なくて、結構焦ってような
> 記憶もあります。

全く思いませんでした。なにせ私がシドを聴いたのはジュリアンの大分後で、Opelがリリースされる少し前でしたから。18~20歳の頃は、まだ聴いたことある音楽も限られてましたので、どれを聴いても「〇〇みたいな音」とか、殆ど考えたこともなかった気がします。

> とっても掴みにくい、めんどくさいアーティストだったかも。
捻くれてるのは確かでしょうねえ。シドに関しては来日前に、こうして好きな詩人として名前を上げてるくせに、いざ来日時のインタヴューでシドのことを聞かれると、「別に」とスカシてましたからwww
鍵コメ様

> エシュルマンの名前は初めて聞きましたが、日本と縁のある詩人というのに因縁を感じますね。
> そう言えば、ワールド・シャット・ユア・マウスのジャケに日の丸が使われてるのは、元々日本に興味があったからなんでしょうか。日本とドイツ、かつての敵国の旗を並べてるのは、反感がなくなってる世代なのかもしれませんね。


ジュリアンがエシュルマンを認識してたのかどうかも、よく分からない訳ですが、面白い縁ではありますね。
確かに、WORLDの文字の1つに、日の丸が入り込んでるのは、当時も不思議に感じてました。ソ連もしっかり入ってましたね。


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