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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2015/06/29 08:05 yuccalina

『Ray』を見直してみた2015

クリント・イーストウッドの『ピアノ・ブルース』(記事はコチラ)について書いた時から、ずーっと見直したいと思っていたが、レイ・チャールズの伝記映画『Ray』。有り難いことに、NHK BSプレミアムで放送がありました。



レイがジャズピアノからゴスペル、ブルーズにカントリーと言ったアメリカのルーツ音楽に親しみながら、自らの音楽を生み出した記録です。ハックフォード監督の作品は『ホワイトナイツ』以来ですが、作家性を感じる云々よりも、レイの音楽の背景を丁寧に描いているところに好感を持ちました。この映画を最初に見たのは10年前でしたが、まだ息子に手がかかる時期で、映画に集中出来てなかった上に、ブルースやソウル音楽の知識も浅かったので、見過ごしてた事が多かったなあと思います。

先述の『ピアノ・ブルース』で、レイ本人がイーストウッドに語っていた通り、

幼い頃に近所の店にいたピアニスト(ワイリー・ピットマン)からピアノを教わったこと
カントリーが好きだった(→下積み時代にカントリーバンドでピアノを弾いてた)
アート・テイタム、ナット・キング・コール(母親のお気に入りでもあったらしい)に憧れていた


等が分かるシーンが出てきたり、その他の『The BLUES Movie Project』で知った話もチラホラ。『ロード・トゥ・メンフィス』(記事はコチラ)でBBキングも参加してた地方クラブのドサ回り「チトリン・サーキット」は、レイの下積み時代にもあったのね、と頷いたり。そして『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』(記事はコチラ)のいじわる爺さん、ジェリー・ウェクスラーの若かりし頃(1950年代)が出てきましたよ。ウェクスラー同様、後に名プロデューサーとなる、トム・ダウドもいたなあ。どちらも、アトランティックレコードの創成期を支えたメンバーであり、当時はより良い音楽を作ろうと目を輝かせた若者達だったのね。んで、それをまとめていたのがトルコ系(外交官の息子だったそうな)のアーメット・アーティガン。彼はロック世代においても重要人物ですが、それまで盲目のせいで周りから食い物にされていたレイに、評価に見合った報酬を提供しただけでなく、処世術も教えてくれたし、薬物依存のレイをとても心配してくれてた様です。

「私は小さい要求には小さい額、大きな要求には大きな額で答える」

の一言には、「だから自分から安売りするなよ」という思いが込められてた訳ですね。しかし、いざレコーディングとなった時、レイはそれまで誰かのモノマネ芸だけで食べてきたので、自分のスタイルというのが分からない。「別にナットに似てるから君と契約したんじゃない」と言うアーティガンの言葉に、「俺の音楽が嫌いなんだな」と反応してしまうレイ。これまで、自分の音楽を意識してこなかったレイには、何のことか分からないんです。思いが伝わらず「そうじゃないんだよ」と困ったアーティガンは、レイにある曲を演奏させます。それが『メス・アラウンド』。

アーティガンはレイに、コードと歌詞をワンコーラス歌って教えると、後は自由にアレンジさせ、歌わせてみた。これはレイの音楽人生にとって、重要なターニングポイントの一つだったしょう。そして驚いたのは、『メス・アラウンド』の作者がアーティガンだったこと。この曲はドクター・ジョン版で知ってた私ですが、まさかアトランティックのしゃーちょさんが作った曲だったとは、全く知らなんだ。



と、ビックリした訳です。その後もアトランティックでヒットを飛ばし順風満帆でしたが、契約切れの際、レイはABCレコードの高額提示を受け入れ、移籍を決めてしまいます。「ABCは金はあっても音楽を分かってない奴等だから、レイは残ってくれるだろう」と思っていたのか、「裏切られた」と傷つくウェクスラーを見て、私は『マッスル・ショールズ』での、「意地悪な糞ジジイ」発言を撤回しようかなと思いました。そう言えば、レイと初めて会った時は「演奏には口を出さない見習いプロデューサー」とか言ってたしなあ、と言うのは、上記動画の最後の方に出てきます。あの偉そうなウェクスラーにもこんな時代があったのね、と思ったのと同時に、レイとの経験で知ったビジネスの厳しさを、そのままリック・ホール授けたのかも?という考えは、余りに都合が良すぎるかしら?

でも、ウェクスラーが落ち込んでるのを察したレイがアーティガンに「ジェリーはきっと大丈夫だよ」(=僕がいなくなってもウェクスラーは良い仕事をするだろうって意味か?)と語るシーンに、私は「そうそう、全然大丈夫だったし、後でリック・ホールに酷い仕打ちするんだかんね~!」と突っ込みながら見てしまいました。

さて、アーティガンを始め、奥様のデラ・ビー、チトリンサーキットからの仲間でマネージャーになるジェフとか、少年時代から可愛がっていたクインシー・ジョーンズ等、回りには親身になってくれる人々が複数いたけれど、いつもレイの方が心を開いてなかった印象でした。それは少年時代のトラウマと関係がありそうです。6歳の時レイの目の前で、弟が大きな洗濯用バケツに落ちて溺死していたんです。彼は生まれつきの盲目ではなく、弟の死後に緑内障になり、7歳で失明。レイの視覚的記憶は7歳迄で、その中でも弟の死が与えたショックの大きさは相当なものでしょう。勿論、病気によって徐々に視力が失われていく恐怖も、大きかったでしょうが、もしかしたら、弟の死に責任を感じていて、失明したのはその罰ではないか、と思ってたような描写がありました。レイは何か不安に襲われた時、溺死した弟の幻覚を見ていて、薬物依存も女癖の悪さも、不安感を埋める為のものだったようです。しかし、当然のことながら、幻覚が消える事なく、むしろ増えていきました。

レイはロックンローラーじゃないけど、正にセックス&ドラッグ塗れな生活だったみたい。手首を触って美女か判断する裏ワザが出てきますが、女性コーラスのオーディションしたら、最後に手首を確認しておったわ。んで、女性トラブルをネタに歌を作ってヒットさせたりと。



上記動画はオリジナルの映像ですが、女性コーラスの左から2番目が、多分愛人だったマージーでしょうね。ちょっとだけ、レイと掛け合いをしています。愛人はその前に、メアリー・アン・フィッシャーと言う女性が出てきますが、本人または遺族から実名オーケーが出たのが2人だけで、本当はもっと沢山いたのでしょうねえ。

しかし、いくら女をとっかえひっかえしても、商業的に成功しても心が満たされず、薬に頼っていた。最終的には更正施設に入り、薬物地獄から帰還することが出来たのは、勿論妻の献身もあったでしょうが、母からの教えを守る為、という意識が強かったのかもしれません。何かを判断する時に、母の言ってたことが頭をよぎるんですね。

嘘つきは泥棒の始まりよ!
神様に恥ずかしくない生き方をしてる?


視力を失ってからのレイを、厳しく育てる彼女の姿は、涙無くしては見られませんでしたが、音楽以外の子供時代の回想シーンも凄く良いなと思いました。

と言ったところで、最後に言及しておきたいのが、1965年にジョージア州から永久追放された話。『我が心のジョージア』が大ヒットして、南部ツアーがドル箱だった頃に、コンサート会場に黒人が入れないことを知ったレイは、抗議の為にキャンセルしてしまった。その前に再会したクインシー・ジョーンズから「南部は酷い、監獄にいるようだ」と言われてたのも、間接的要因でしょうが、公民権運動で、コンサート会場前でデモをする黒人青年に、レイは共感したのでした。結果、裁判に訴えられ、コンサートの賠償をすることになるのですが、さらにジョージア州にはもう来るな!と出禁になっちゃった。65年と言えば、既に63年のワシントン大行進にボブ・ディランやジョーン・バエズが参加してた後ですから、レイが公民権運動を意識したのは、結構遅めだった。多分、レイは黒人差別以前に障害者差別を受けてて、世間に物申すという意識には、中々なれなかったのかもしれませんね。映画は1979年、ジョージア州が永久追放を撤廃し、『我が心のジョージア』を州歌に制定するところで幕を閉じます。作曲者はジャズピアニストのホーギー・カーマイケルですが、やはりこの曲で思い浮かぶのはレイ・チャールズであり、彼が歌ったからこそ曲に南部のテイストをもたらしたのでしょうね。


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タグ: R&B ソウル 60年代

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Comment
この作品を観たのは、随分前なので、あらかた忘れていますが(^_^;)、それでも印象的だったのは、レイがビジネスに長けていたこと。
でも最初っからそうだったわけじゃなくて、ちゃんと助言とかがあったんですね。忘れていました。

それとジェエイミーがやっぱり上手かったということです。彼の起用は大きかったなと思います。
バニーマンさんへ

> この作品を観たのは、随分前なので、あらかた忘れていますが(^_^;)、それでも印象的だったのは、レイがビジネスに長けていたこと。
> でも最初っからそうだったわけじゃなくて、ちゃんと助言とかがあったんですね。忘れていました。

ギャラを誤魔化されてから、全て1ドル札で支払ってとか、経験から学んいく過程も丁寧に描かれてましたし、母親がとても正義感の強い女性だったことも大きいと思いました。

> それとジェエイミーがやっぱり上手かったということです。彼の起用は大きかったなと思います。
そうですね。ジェイミー・フォックスについては全く書くのを忘れてました。
っていう位、”レイ・チャールズを演じている”のを見てる意識が抜けてたとも言えます。


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Ray/レイ (2004) 上映時間 152 分 製作国 アメリカ 初公開年月 2005/01/29 監督: テイラー・ハックフォード 原案: テイラー・ハックフォード ジェームズ・L・ホワイト 脚本: ジ ...
  • posted by バニーマンのつれづれなるままに・・・
  • 2015/06/29 21:35
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