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yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/01/19 10:19 yuccalina

『カルパチアのミューズたち』その(6)~セーク村の結婚式と『ウルルン滞在記』他

『カルパチアのミューズたち~ルーマニア音楽誌』は、写真家・エッセイストのみやこうせい氏がルーマニア国内で収集した音源によるCDと、音楽&フォークダンスにまつわるエッセイからなるCDブックです。みや氏が初めてルーマニアの地を踏んだのが1965年とあります。約半世紀に渡って通い続け、様々なフォークロアに接してきた中から、選りすぐりのものを紹介されていますので、私も回を重ねて、出来るだけ丁寧に書いていきたいと思っています。本書からの引用はすべて赤字で表記します。

カルパチアのミューズたち―ルーマニア音楽誌 CDブックカルパチアのミューズたち―ルーマニア音楽誌 CDブック
(2011/04)
みや こうせい

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今回取り上げたいのは、みや氏がルーマニアと深く関わるキッカケと作ったというハンガリー人村、セークSzék(ルーマニア語ではシクSic)について。

こちらも度々引き合いに出してきましたが、私が一番最初に出会って、ルーマニア及びトランシルヴァニアに興味を持つきっかけとなった写真集『ルーマニアの赤い薔薇』の表紙が、正にセーク村の少女達でした。

ルーマニアの赤い薔薇ルーマニアの赤い薔薇
(1991/11/01)
みや こうせい

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みや氏が初めて深く関わりを持った村だそうで、かつて『ウルルン滞在記』でも紹介されたことがあります。YouTubeに動画が上がっていました。



動画主はハンガリー人のようです。全部で5分割になってましたので、パート2以降はリンクだけ貼っておきますね。

Part 2
Part 3
Part 4
Part 5

で、このウルルンに登場したお菓子作り名人のクララおばさんですが、常日頃から色々と質問をさせてもらっている谷崎聖子さんのブログ、『トランシルヴァニアへの扉』の記事にも載っていました。

トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja- 赤い薔薇のセーク村

・・・・・みやこうせい氏の著書「ルーマニアの赤い薔薇」では、
セークの女性たちの赤い衣装のうつくしさが
愛情をこめた写真と文章で紹介されている。
クルージ・ナポカの駅で待ち合わせ。
迎えにきてくれたのは、村出身のヤーノシュさんと
奥さんのジュジャ。

「日本とは縁が深くてね。
 もう何人もの日本人が家にやってきたよ。
僕の母さんは、日本のテレビ番組でも紹介されて、
日本に呼ばれたこともあったんだ。」と陽気なヤーノシュさん。
彼の母親クララさんのところに、
日本の女優さんがホームスティした番組を
確か学生時代に見たことがあった・・・・・

szek2.jpg


写真はクララおばさんが自らペイントした戸棚です。

セーク村については、他にも伝統の手仕事を紹介する記事がいくつか、、。

トランシルヴァニアへの扉 - Erdely kapuja- セーク(シク)村の手仕事を訪ねて(後)

・・・・・お隣のお嬢さんにつれられて、
セークの部屋を見せてもらう。
まだ中学生くらいの少女のために
すでに嫁入り道具が用意されている。

szek1.jpg

家の富を手仕事に注ぎ込む、
セークの伝統的な価値観が
ここにもしっかりと根付いている。

衣装も見につけず、
針仕事もしない今の世代の少女たち。
彼女たちの時代には、
セークの村はどんなにか変わっていることだろう・・・・・



若い世代は手芸もせずTシャツ姿だったりとは、ちょっとビックリしてしまいました。今ではセーク村にもペンションがあって、地元のフォークロアに触れるツアーが盛んなようですが、逆に村の少女達は外の物にばかり、興味が行ってしまってるのでしょうか。

確か『ルーマニアの赤い薔薇』が刊行された後、地球の歩き方に初めてセーク村が載ったときは、宿泊施設は全くないと書かれていたのを覚えています。また、写真集の中のセーク村では、皆お揃いの衣装を着ている写真しかありませんでした。しかし、それは既に20年前の話ですから、変わってて当然なのかもしれませんね。ただ、私の中でのトランシルヴァニアは、写真集の世界と、実際足を踏み入れた(セーク村は行ってませんが)90年代のままで止まってしまっていたのです。

さて、前回はオアシとマラムレシュの結婚式の動画を紹介しましたので、今回もセーク村のを探してみました。しかし、オアシ、マラムレシュと同様に、民族衣装での伝統的結婚式のものは少な目ですね。やはり、白いウェディングドレスを好む女性が多いのかな。

こちらのマートンさんとジュジャさんカップルのビデオは、身支度から役所に届け出してるところ、教会での宣誓などが短くまとめられています。



前回のオアシもそうでしたが、新郎新婦が髪飾りを付けてること以外は、みんな殆ど同じ衣装みたいですね。たっぷりした袖に美しいプリーツを丁寧に寄せている仕草にも、美意識が感じられます。この袖を膨らませる、と言うのはチェコやスロヴァキアの衣装にも多く見られ、横の繋がりも感じられるのが興味深いところ。ビデオには美しい手仕事で整えられた室内も写っていますし、最後には宴席でダンスする様子もありました。

ホントはもっとダンスが見られるビデオを紹介したかったのですが、手芸と同様にダンスの方も、若い世代があまり興味を持たなくなってるのなら、とても残念です。

折角なので、サルマカラップ?(Szalmakalap)民族舞踊団の動画を紹介しておきます。



CDブックに収録された「セーク村の結婚式」は、みや氏が実際に式に出席した時の録音で、足を踏み鳴らす音や、歌声、叫び声、と臨場感に溢れています。

ところで、このセーク村の刺繍や民芸品は、音楽家コダーイ・ゾルタンにもインスピレーションを与えたそうで、

コダーイがセークへ行こうとしたきっかけは、プダペストでセーク村の刺繍や民芸品を見る機会があって、そのすばらしさ、オリジナリティに驚き、こう言う村なら、歌も音楽も本物が存在するだろう、と思ったことによる。まことに、歌や踊りはある地域に単独で存在するものではない。それに付随する他の伝統と持ちつ持たれつするもので、コダーイの直感はみごとに当ったのである。

で、そのコダーイを魅了したセーク村の美意識の一つに、色の使い方というのもあったのではないかと想像します。

注目すべきは女達の服装である。衣装には赤と白と黒と、少しばかり緑を使うに過ぎない。これにはわけがある。

11世紀にタタールがトランルヴァニアを襲った。マラムレシュも同じ時期にタタールの侵寇を見ている。タタールはセークの村びとの大多数を虐殺し、村を焼き払った。それを境に、女達の衣装は、赤(=血)、白(=純潔)、黒(=弔意)を用いることになった。今でもタタールの襲った日には、村民はこぞって教会へ行き祈りを捧げる。


なるほど、そう言った歴史的な意味合いも、セークの人々の凛とした美しさ、清らかさを形作ってきたのでしょうね。

と言ったところで、本書にはセーク村の他にも、ルーマニアのハンガリー民族に関する記述がありますので、次回ももう少しその辺りを書いていこうと思います。


お読み頂きありがとうございました。
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タグ: トランシルヴァニア 東欧 刺繍

テーマ:ルーマニア - ジャンル:海外情報

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Comment
こんにちは。
セーク村の衣装は、赤の使い方がとても素敵ですし、プリーツの袖を作ってるところにも、衣装への細やかな愛情が感じられました。
抹茶アイスさんへ

> セーク村の衣装は、赤の使い方がとても素敵ですし、プリーツの袖を作ってるところにも、衣装への細やかな愛情が感じられました。

そうですね。可愛いけど、色使いがシンプルなのが良いですし、服を大切に扱ってるところも素敵です。


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