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Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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2014/11/12 13:02 yuccalina

『藤田嗣治 パリからの恋文』その(4)最終回~フジタと日本と国際人+日仏映画『FOUJITA』

エコール・ド・パリでその才能を開花させた画家、藤田嗣治の評伝について書いてきましたが、今回で最後にしようと思います。テーマは藤田と日本。そして、そこから国際人って、一体何だろうと、考えてみようかと。

藤田嗣治 パリからの恋文藤田嗣治 パリからの恋文
(2006/03/23)
湯原 かの子

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戦後に日本画壇から嫌がらせい合い、パリに戻った話は前回書きましたが、その後藤田は二度と日本の地を踏まず、君代夫人と共にフランス国籍を取得、カソリックに改宗しました。

「私が日本を捨てたのではなく、日本に捨てられたのだ」とか言う発言をどこかで聞いたことがあるのですが、この本を読むと、決して日本が嫌いになった訳でなく恋しい気持ちがあった様で、胸が詰まりました。

これは、あくまで私が受けた印象ですけど、日本への恨み辛みが強かったのは、君代夫人の方だったかもしれません。藤田より20歳以上も若い彼女には、望郷の思いよりも怒りの方が強かったのでは?と思わせるエピソードが出てきたのです。以下、赤字は全て、本から抜粋したものです。

かつて『秋田の行事』という壁画を依頼した、平野政吉が「藤田美術館」(実際は「平野政吉美術館」として開館)の建設が決まったと、報告の為に長男の誠を伴って、藤田の家を訪れた時のこと、

藤田は君代夫人に「大将がきたよう」と叫んで、私を迎えてくれた。「藤田美術館がとうとう建つ」と言う私に、藤田は「記念に、ぼくがミケランジェロに挑戦した絵を譲ろう」と言った。
私はうれしくて、パリの街行く人に、だれ彼となくシャンパンをふるまった。だが、次の朝藤田からの電話が入った。「あの話はなかったことにしてくれ」。夫人の反対らしかった。私は納得した。
(平野政吉「聞き書き わがレオナルド藤田」より)


この文面からは、藤田は明らかに平野の訪問を喜んでいたのに、君代夫人とは温度差があったように、伝わってきたのです。

君代夫人は一度、1999年にNHK教育(現Eテレ)の番組に出演されていたのを見た記憶があるのですが、話してる感じも気が強そうで、私にはちょっと怖いイメージがあった為、余計にそう感じたのかもしれません。

さらに、藤田の死後、埋葬とランスのフジタ・チャペルとを廻って、チャペル建設の出資者ルネ・ラルーと君代夫人が揉めた話も、この本に出てきました。かなり押しの強い女性だったみたいなので、藤田は夫人に全く頭が上がらなかったのでは、と想像に難くないのです。

藤田は日本人との付き合いを完全に断っていた訳ではなく、シャンソン歌手の石井好子がパリに住んでいた時は、とても可愛がっていたそうです。石井を連れて、マルセル・マルソーのショーに行ったり、石井が憧れていたシャンソン歌手マルセル・ムルージに引き会わせたり。ムルージは藤田の3番目の妻、ユキ・デスノスによって育てられたとかで、藤田はムルージを自分の子供のように可愛がっていたそうです。

また、1951年からパリに住んでいた画家の田淵安一とは、一緒に旅行したり、経済的援助をしてあげていた。毎年クリスマスには田淵の息子に贈り物をして、おじいちゃんだと思われていたとか。

等々、日本人との交流も紹介されていました。

それでは最後に、この評伝で、一番印象深かった点について。それは、藤田が「世界的な画家になる」と志して、実際そうなるに至った要因です。まだまだ海外の物に憧れて、真似するだけだった時代に、世界が藤田に注目したのは、やはり彼の日本的な部分なのではないか?と。藤田自身の言葉によれば、

・・・・・西洋人の出来ない仕事をやってみよう、貴様もうまいが、俺の真似は出来まいと云うような仕事をしたらどうだろう、何にも絵の規則とか絵の法則と云うようなものがある訳ではない、皆人間が決めたので神が決めたのではない、誰でも自分の規則を拵えても構わない、西洋人も偉いが、俺だって東洋の支那、印度を背景にした大きな宝を持って居るから、其宝を持ちだして競争したらどうだろう、(・・・・・)そうして、ぼつぼつ自分の考えをやりはじめました。

そこから出発して、藤田が思い至ったのは、

私は少し違った裸体を描いてみようと思いまして、色々考えましたが、未だに肌を描いた人がない、肌は詰り人間の質で、一番絵で以って大切なところであります、其質を描くことに決めました。

それに対し、著者はこう続けていました。

フジタはいままで誰も描かなかった肌を描いた。しかも日本画で用いる面相筆を使って、東洋画の伝統の線描を取り入れ、色彩もフォーヴィズムや表現主義の色彩による表現という、当時の潮流とは逆に、あえてモノクロームにこだわったのだ。・・・・・・・・パリの人々はフジタの画布にジャポニズムの再来を見、エキゾティスムとエロティスムの香りを嗅いだのであった。

また、実際1920年代に美術評論家ケネット・E・シルヴェールによって書かれたフジタ評も紹介されているのですが、そこには、

フジタはフランスに憧れ、フランスの美術や文化に夢中だが、にもかかわらず、彼はセーヌ河岸で日本人であり続ける。なぜなら、美術家の生まれた地域や国という要因は、美の創造において根源的な要因の一つだからである。・・・・・・・フジタの才能は、細心綿密で、几帳面で、洗練され、伝統を大事にしながら、しかも素朴さを失わない、日本人の国民性のもつ才能である。フジタは西洋的な意味における色彩画家ではないので、簡素な色彩でもって、フランス人が知り過ぎている故に見逃している風物を描く。そしてそれが、西洋人が描く絵とは違った面白さをかもしだす・・・・・。

一口に欧米人とは言っても、フランス人は日本の美への理解が深いのではないか?と私も常日頃から思っていたのですが、なるほど、20年代で既に、このような評論が書かれていたのですね。実は美術家に限らず、国際人たるには自国の文化や歴史を深く理解し、大切にしてることが一番なのではないか?と私は思っておりましたので、ここで、なるほどっ!と膝を打った訳ですよ。日本人の中には「英語が喋れれば国際的」と単純に考えてる人も少なくない気がしますので。

私の海外での経験は少ないものですが、「日本について知らないことが多くて恥ずかしかった」ことが結構ありました。自分を育んでくれた土台となる文化も知らず、受けている恩恵に感謝の気持を持てない人間は、信用されないのではないでしょうか。また、言葉を喋れても内容が伴っているかどうか、それは語学とは別の問題です。

実際、藤田のフランス語はあまり流暢ではなかった、とこの本にも書かれています。パリの社交界で人気者になったのは、別に語学力とは関係ないのです。それは彼の作品の魅力と、それを生み出した人間性によるもの。そこには、“細心綿密で、几帳面で、洗練され、伝統を大事する”日本人ならではの美徳があったのでしょう。

藤田は文化的アイデンティティーを確立し、その固有性をユニヴァーサルな次元で共有できるものにすることで、国際人となった、と著者は評しています。そして、フランスに帰化しカソリックとなってからは、晩年のフジタにつきまとう拭いきれない暗さとは、祖国喪失者の翳りかもしれないとありました。但しそれを「真の自由人となったのかも」と言う見方で、フォローしてはいましたが、やはり画家として藤田が一番輝いていたのは、20年代ってことになっちゃうんでしょうね。

と言ったところで、『藤田嗣治 パリからの恋文』の話を閉じることに致しますが、最後にオマケ。

現在、日仏合作映画『FOUJITA』が撮影されてるそうですね。9月にニュースがあったのを、今頃知ったんですが、小栗康平監督で主演がオダギリ・ジョーですか。YouTubeに動画が上がってたので、貼っておきますね。



オダギリ・ジョーだと、ちょっと美男過ぎるのが気になりますね。以前、どっかのBSで竹中直人が藤田を演じたのを見た事があるので、変な感じしますけど、まあ雰囲気は出てるかな。どんな映画になるのか、楽しみです。公開の頃にはまた、藤田本が色々出るかもしれませんので、そちらも楽しみです。


お読み頂きありがとうございました。
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タグ: フランス 20年代

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

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Comment
とても読み応えがあって、素敵な記事でした。
私もこの本、読んでみようと思いました。

画家の魂、他の芸術と通じるものがあるのですね。

ありがとうございました。
Mikaidouさんへ

> とても読み応えがあって、素敵な記事でした。
> 私もこの本、読んでみようと思いました。
>
> 画家の魂、他の芸術と通じるものがあるのですね。


コメントありがとうございます。
藤田は絵画だけでなく、あらゆるものからインスピレーションを得ていたようです。私なりに共感出来た部分、考えさせられたことの一部をピックアップしましたが、彼の人生はとても興味深いので、映画の方もとても楽しみにしているところです。
私も、国際的であるためには、ユニヴァーサルな面と人種的な面と両方必要な気がします。
その点、最近の“グローバル”というのは、ちょっと胡散臭い気がするのですけれど・・。
“国際的”というのは、単に外国風という事でもないでしょうし、また逆に単にエスニカルなものの輸出でもないのでしょうね。
奥行きのある人の中には、文化的、歴史的な伝統が息づいているような気がしますが、その伝統というのは必ずしも特定の伝統芸能のようなものというより、“国民性”というのか、何かその国の精神のようなものなのではないかと思います。
藤田嗣治がそういうものを持っていた人だったとしたら、やっぱり日本から切り離されたのは寂しかったんじゃないかな、なんて思いました。

それにしても、この頃何かやった日本人には、「西洋人のできない仕事をやってみよう」という気概があったと思うのですが、最近の人の方がないような気がします。
藤田が肌質を描こうと思ったってところで、「おお~!」と思いましたわ。すごく日本人的ですよね。西洋的な発想なら形や陰影、色、遠近感、バランスを全体的に見て、美しく描こうとするんじゃ?という気がします。ウリ、一時期英語のカメラ雑誌をよく買っていたんですけど、日本人以上に人工的な美しさを追求してる気がしたんです。日本の写真家はパッと見てすぐには良さを理解出来ないものが結構あります。でも、タイトル見てハッとさせられるとか・・・細部に拘るし、自分の視点を大事にしないと、日本の芸術界では上にいけないのかなと思ったり。

シルヴェール氏の評論も面白いですね。共感を持てます。
オダギリ・ジョーの動画も作品と作品評が出てきて面白かったです。
オダジョーは割りと風変わりというか、ファッションにこだわりが強いですよね。そういう俳優さんが、服にこだわりのあった藤田を演じるのは面白い気がしますわ。
Arianeさんへ

> 私も、国際的であるためには、ユニヴァーサルな面と人種的な面と両方必要な気がします。
> その点、最近の“グローバル”というのは、ちょっと胡散臭い気がするのですけれど・・。
>

そうですね、土台となるものをしっかりもった上でのバランス感覚がとても大事な気がします。最近のグローバルが胡散臭いのは、あくまでも先進国と呼ばれてる国々が主導する押しつけがましさと、お金儲けのそこに金儲けの臭いがするからでは、と思います。


“国際的”というのは、単に外国風という事でもないでしょうし、また逆に単にエスニカルなものの輸出でもないのでしょうね。
> 奥行きのある人の中には、文化的、歴史的な伝統が息づいているような気がしますが、その伝統というのは必ずしも特定の伝統芸能のようなものというより、“国民性”というのか、何かその国の精神のようなものなのではないかと思います。
> 藤田嗣治がそういうものを持っていた人だったとしたら、やっぱり日本から切り離されたのは寂しかったんじゃないかな、なんて思いました。


生物学的な人種よりも、生まれて育ってきた環境による精神性、藤田はフランスに憧れつつもそれを捨ててはいなかったってことかもしれませんね。そんな人が国籍を捨てなくてはならなかったのは、さぞや辛いことだったと思います。
Mansikka様おはしお~!

> 藤田が肌質を描こうと思ったってところで、「おお~!」と思いましたわ。すごく日本人的ですよね。西洋的な発想なら形や陰影、色、遠近感、バランスを全体的に見て、美しく描こうとするんじゃ?という気がします。ウリ、一時期英語のカメラ雑誌をよく買っていたんですけど、日本人以上に人工的な美しさを追求してる気がしたんです。日本の写真家はパッと見てすぐには良さを理解出来ないものが結構あります。でも、タイトル見てハッとさせられるとか・・・細部に拘るし、自分の視点を大事にしないと、日本の芸術界では上にいけないのかなと思ったり。

そうですね。写真でもやっぱり日本人特有の見え方、捉え方ってのを感じる時がありますね。人は其々見えている世界が違うと言いますけど、国柄によってもその傾向の違いがあるかもしれませんぐ。

> シルヴェール氏の評論も面白いですね。共感を持てます。

そうなんです。この人、日本人のことを良く分かってらっさる、と思いますた。

> オダギリ・ジョーの動画も作品と作品評が出てきて面白かったです。
> オダジョーは割りと風変わりというか、ファッションにこだわりが強いですよね。そういう俳優さんが、服にこだわりのあった藤田を演じるのは面白い気がしますわ。


オダジョーは元々大好きな俳優さんなんです。確かにファッションも独特。実は藤田の写真見ながら、このファッションがどこで出てくるのか、今から楽しみなんです。すべてモノクロ写真なのですが、もしお洋服に現物が残ってたら、復元できるでしょうから。


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