プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


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2017/02/25 13:32 yuccalina

『沈黙サイレンス』に見たサマディな瞬間~不定期便『哲子な部屋』その4

話題の映画『沈黙サイレンス』を見たのには、ある理由があります。

<こちらの画像をクリックするとインスタ投稿に飛びます>




私の哲学のお師匠さん、Okanoさんのブログ『神秘主義哲学の立場から』の、下記の記事を読んで、非常に興味をもったからです。

遠藤周作『沈黙』~スコセッシ監督の映画に描かれなかったもの~

以下記事からの引用は青字で表記します。

私が個人的に残念だったのは、原作にある、まさに殉教しようとするロドリゴの心中の劇的ドラマがほとんど取り上げられておらず、踏絵の場面に繋げるために変更すら加えられていた点です。クリスチャンの方々は、原作のこの箇所にはあまり眼を向けたくないのかもしれません。しかし、神秘主義の立場 ―― それはキリスト教からすれば、異端的であるわけですが ―― からすると、宗教体験というもののリアルな特徴が絶妙な仕方で描かれており、遠藤周作の作家としての力量に感心させられる箇所なのです。更に、ここを読むかどうかで、全体の解釈にも影響が出て来ると思います。もしかしたらクリスチャンには抵抗があるかもしれませんが、禅などに関心のある方は、興味深いと思われるパッセージかもしれません。

キリスト教そのものの立場からみると、司祭が踏絵を踏むというのは、信仰の挫折の物語かもしれません。そうした人間の弱さをも包み、その痛みに寄り添う神の愛が描かれているのが、遠藤周作の『沈黙』だと言っても良いのですが、踏絵の場面はロドリゴの単なる思惑ではなく、明らかに一種の宗教体験として描かれています

記事には小説の文章を引用しつつ、丁寧に解説していますが、それをシンプルに書くと、

自分の土台となっている神を捨てることは、神を信じている自分自身を捨てること(=自己放下)、その結果として神の沈黙が破られる。

と言う、ある種の矛盾ですが、そればヨガを学ぶ私としては、サマディのプロセスの様に思えて、妙に納得出来たんですね。

で、実際映画を見て思ったのは、主人公ロドリゴが棄教したのは、単に拷問される信者達の声に耐え切れず、彼等を救う為に踏み絵に足をかけ、その結果として神の声を聴いた。

また、「汝の為すべきことを為せ」と言うキリストの言葉が絶妙なタイミングで挿入されるので、

為すべきこと=踏み絵を踏んで信者達を助けること

とロドリゴ自身が自分に言い聞かせた、と取ることも出来ます。

しかし、何れにせよ、ロドリゴが自己放下するプロセスは全く描かれず、矛盾と葛藤する描写も薄かったと思います。まあ、物語の流れとしては、違和感なく繋がってた気もするんですが、宗教とは?信仰とは?を深く考えていたであろう、原作者の意図が無視されたと取られても仕方ないですね。

で、ヨガにおけるサマディとは、私も勿論経験したことはなく、本からの知識でしかないですが、

自我を捨てることで真我と出会った状態

「何かを手放すことで何かを受けとる」プロセスは、ヨガの世界では、常に共通する流れでもあります。また、真我アートマンとは宇宙の真理ブラフマンと繋がってるから、神と繋がったと解釈しても良いのかもしれませんが、ヨガにおける神とか霊性というのは、キリストのような人格神ではないので、同じと言ったら怒られるかもしれませんね。

スコセッシ監督はイタリア系でカトリックですから、この小説を扱うことだけでもかなりのチャレンジだったかもしれません。ですから、キリスト教関係者に配慮して、その場面を省いたとしても致し方ないかなと思います。

しかし、映画を見てて、我ながら驚いたのは、隠れキリシタンの村人達にあまり共感出来なかったことです。それは、彼等の信仰心の描き方が、余りに薄っぺらく感じたから。年貢も苦しみもない"はらいそ"=パラダイスの話ばかりして、実際ロドリゴに「十字架やロザリオといった形のあるものばかり求めるのが気になる」と言うモノローグがありましたし、意図的にそうなっていたのかな?

そんな訳で、教科書で学んだ子供の頃は迫害された人々をもっと可哀想と思っていた筈ですが、ポルトガルの政治的意図を考えたら、警戒されるのは当然、と言う目で終始見てしまった気がします。

政治的野心を抜きに、純粋に信仰として広めたかったのなら、まずは日本と言う国を理解してから、その文化にあった布教の仕方があった筈です。

「絶対的真理なのだから、どこへ行っても通用する」

と言うのは、傲慢過ぎるよイエズス会!その結果、無辜の民が拷問にかけられて、

「理解しない幕府が悪い」

では、余りにもドイヒー!

で、何だか腹が立ってきちゃいました。

そんで、形に拘る、に関してですが、教会に行かなくても、十字架がなくても信仰する事は出来るんじゃないか、と思ってしまう私の考えは日本的なんでしょうかね。だから、お奉行さまが「踏み絵はほんの形だけなんだから」と促したのも、実に日本的だったのでしょうね。形だけ捨てたことにして、心の中で十字を切ろうがキリストの像を思い浮かべようが構わない、とでも言ってるように、私には聞こえてしまったんです。

その根底に、形あるものはいつか滅びる、諸行無常感がある訳ですが、諸行無常という流れを作ってる大きな力としての神の存在、と言うのを常にどこかで意識している。それが私が思っている神様ということになります。

そう言えば、ザ・ザのマット・ジョンソンは『Armageddon Days Are Here Again』の中で、

キリストはローマにもイスラエルにもいない
キリストは教会にも行かない

と歌って、物議を醸したのを思い出しました。頭を丸めてハーブティーを飲み瞑想する生活をしてたジョンソンは、キリスト教的価値観から解放された人だったのでしょう。

とまあ、あーだこーだ書いてまいりましたが、『沈黙』は今度小説も読んでみようと思ってますので、読了後にまた取り上げてみたいと思っております。
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2017/02/09 09:24 yuccalina

世界をどう理解するかも人それぞれ~『僕と世界の方程式』

またもやインスタからのネタ下しになりますが、自閉症で数学の才能を持つ少年を描いたイギリス映画、『僕と世界の方程式』を見ました。手短に書きますがネタバレ有りですので、宜しく。

<こちらの画像をクリックするとインスタの投稿に飛びます>




映画に出てくる数学の問題は、殆ど理解出来なかった私ではありますが、人はこの世に生まれて、何を手掛かりにこの世界を理解していくのかは、人それぞれなんだろうなと思いました。図形や数字への興味から入っていく人も沢山いるのでしょうね。母親が息子の世界を知るべく、数学の勉強を始めて、最後には、人を好きになるってどんなことを、数学に例えて説明する。それを理解した息子との距離が近付いたエンディングが素敵でした。数学オリンピックのどんな問題よりも、彼が解くべきだったのは愛の方程式であったとなっ?

で、その中国少女との淡い恋でなんですが、

実を言うと私は最初、

これはもしや中国名物のハニートラップではっ?

と疑ってしまったのでwww

そうじゃなくて、逆にホッとしたんです。

嫌ですねえ、薄汚れた大人ってwww

つい疑っちゃう。

後で知ったんですが、『リトルダンサー』と同じスタッフだったんですね。見た後に、気持ちがスッキリしたのも同じでしたよ。自閉症云々を別にしても、人間ドラマとして、とても素敵な映画だと思います。

テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

2016/12/31 19:34 yuccalina

何だか元気になる映画『フランシス・ハ』で書き収め

今年最後の更新は映画にしました。『フランシス・ハ』って結構話題になってた映画みたいですね。情報に疎いので全然知りませんでしたが、、。



上の画像をクリックするとインスタの投稿に飛びますので、よろしかったらどんぞ。



主人公フランシスはモダンダンスカンパニーの研修生27歳。プロのダンサーになる夢もそろそろ怪しくなってきた、微妙なお年頃。片付けが下手だったり、あれこれ話題が変わったり、知らないうちにケガしてたり、注意力欠陥気味なのは、ダンサーによくあるタイプです。それに、自分とも重なる部分があるので、そこで一気に入り込んでしまいますた。

ルームメイトで親友のソフィーを演じてるのがスティングの娘だったり、カンパニーの同僚レイチェル役がメリル・ストリープの娘だったりと、何気に豪華なキャストだったりもしますが、ハリウッドよりも、サンダンス映画の香りがする作品です。現代の話なのに全編モノクロとか、フランシスの日常を淡々と追う展開とかも。やはり私の好きなタイプ。

そして何よりもガツンと来たのが、レオン・カラックスの『汚れた血』のオマージュと思える、デヴィッド・ボウイーの『モダン・ラヴ』のシーンです。ここだけで、何度もリピしちゃいますたわ。



ちなみに『汚れた血』はこちら。



ソフィーには友情というよりは依存気味だったフランシスは、ある日ルーム・シェアを解消され、さらにソフィーの婚約に直面し、独り立ちを余儀なくされます。あっちこっち転がりながらも成長していく姿を見て、何だか元気になりました。

最後はダンサーを諦めて、才能があると言われた振付師の道を踏み出すのですが、モダンダンスを作る人間のキャラ設定としては、ピッタリハマってる気がしました。それは、

ソフィーがフランシスを親友と思いながらも「いつも張り合っていた」と告白するシーンで、キョトンとしてたところ。

人と競争しない、計算しない素直な性格ってのは、自由なモダンダンスの世界にはピッタリなんですよね。綺麗に纏めようとしない方が面白くなる世界ですから。逆にフランシスがソフィーを「いつも人ジャッジしてばかりいる」とクレームする場面もありました。ソフィーはマスコミで働く女性ですので、そうでなくちゃいかん訳ですけど。

こんな二人だからこそ、相性ピッタリなんでしょうけどね。

一時期ルームシェアをしながらもロマンスがなかった男性ベンジーとも、最後は何だか良い雰囲気で、今後の進展を期待させるような終わり方も良かったですが、何と言ってもエンディングの、タイトルの意味が分かるカットに思わずニンマリでした。

あ~やっぱり注意力欠陥ですな~。私もやりそうなミスだな~!

見た後でとっても元気になる映画。そして、またダンスが見たくなっちゃった。そんな訳でインスタでは、アルヴィン・エイリーの画像と組み合わせているのですた。

それでは、皆さま良いお年を。

タグ: コンテンポラリーダンス

テーマ:何回も見たくなる映画 - ジャンル:映画

2016/12/25 14:51 yuccalina

映画関連インスタまとめ~『トミー』と『リストマニア』

インスタグラムを始めた当初は、ハンドメイド専用にするつもりだったんですが、結局ブログ同様色んなジャンルに首を突っ込んでおります。頻度は低いですが、映画ネタもチラホラと。

ケン・ラッセルもザ・フーも熱心なファンではないのに、なじぇか2本も見ちゃった。しかもミュージカルは苦手分野だというのにっ!





トミーはビートクラブとウッドストックのライヴで興味を持ちました。クラプトンやエルトン・ジョン、ティナ・ターナー等の豪華キャストも楽しみでしたが、歌うジャック・ニコルソンがさらに良かった。ただ、公開当時は自閉症への認識も薄かった為か、PTSDのトミーを「自閉症みたいになった」とかの説明されてたんですねえ。ちなみに、泣きも笑いも怒りもしない自閉症者なんて、私は一度も見たことないです。そして、お世辞にも童顔と言えないロジャー・ダルトリーが演じるトミー少年も微妙ですが、そこはおとぎ話チックに、リアリスムはてんで無視なんでしょうねえ。

ストーリーとあんま関係ないけど、オープニングで、軍事工場で働く母アン・マーグレットを見つつ、そうかあ、イギリスって日本とも戦争してたんだよなあ、とか、思うところも色々ありましたわ。


一方の『リストマニア』は、日本ではDVD化されてないレア映画として、CSの映画チャンネルで見ました。



ハンサムでもない上に巻き毛のロジャー・ダルトリーが、19世紀の伊達男ピアニスト、フランツ・リストを演じたのもビミョーー。演奏旅行した各地で女性と関係しまくって、子供を作り捲くってたのは本当らしいので、もっとイケメン俳優使えば良かったのに~!とかケン・ラッセルに望んではいかんのでしょうねえ。わざとインチキ臭い、パッと見イケメンと間違えそうな線を狙ってのダルトリーなのでしょうか。

って、私ってばダルトリーをディスりまくってますね。スミマセン。

でも、名曲『愛の夢』のシーンでチャップリンの真似させたりしてるから、やっぱりイケメンに描く気は毛頭なかったんじゃね?



そして、ワーグナーは悪魔に取りつかれた邪悪な音楽家!とする荒唐無稽なストーリーは、後年ナチスがワーグナーを国威発揚に使ったからなんでしょうね。何か見ててワーグナーが可哀想でしたわ。

最後も『愛の夢』で幕が閉じるのですが、愛人を率いてロケット飛行のリストは、さながら戦隊ヒーローですた。このスペーシーな感じも70年代っぽくあり、サイケデリックでもあり。



クラッシック曲をロック調にアレンジしたのはイエスのリック・ウェイクマンで、チョイ役で出演もしております。リストにワーグナーの悪魔祓いを命じる法王役は、リンゴ・スター。リンゴって何気にカルト映画に一杯出演しておりますわね。『キャンディ』で助べえな庭師やってたのを思い出しました。

とか、大した話はありませんでしたが、珍しい映画を見たので、取り敢えず記録しておきますね。


テーマ:カルト映画 - ジャンル:映画

2016/11/14 10:50 yuccalina

『レッキング・クルー』とレオン・ラッセル

インスタグラムでちょこちょこ投稿している音楽や映画ネタの書き足りない部分は、折を見てブログでフォローしていこうと思っています。

つー訳で『レッキングクルー』のDVD買っちゃいました。ボーナストラックではなく、丸々一枚ボーナス盤の2枚組です!



上記インスタの写真にも載せてますが、右下の『マッスルショールズ』と『永遠のモータウン』も併せて見てほしいものです。これで50~70年代のアメリカンロック&ポップスの大半が分かると言っても過言ではない?



そんで、『永遠のモータウン』の記事を書いてた時に知ったのですが、実はこのレッキングクルーのメンバーと、ファンク・ブラザーズのメンバーは結構被ってたそうですね。当時ベーシストのキャロル・ケイが自分等に全く触れられてなかったことに、モノ申したとか。ま、黒人を描く映画において、白人のお手柄は最小限に留めたい的な、悪く言えば逆差別、良く言えば演出は、これまでもあちこちで散見しておりますた。『グローリー明日への行進』で白人の公民権運動家ダイアン・ナッシュを、アフリカ系女優が演じてたとか(記事はこちら)、『キャデラック・レコード』でレナード・チェスが守銭奴のエロ爺扱いだったとか(記事はこちら)、

なので、モータウンではガン無視されたキャロル・ケイが、今回はほぼ主役扱いで良かった良かった。勿論、ドラマーのハル・ブレイン、トミー・テデスコ(ギター)もフィーチャー。監督は彼の息子のデニー・テデスコで、映画を撮るキッカケとなったのは、父が癌を患ったから。20年の歳月をかけて、まとめ上げられた壮大なドキュメンタリーです。

私はBS-TBSの音楽番組『Song To Soul』を良く見てるので、レッキングクルーのメンバーや当時活躍していたアーティスト、フィル・スペクターを筆頭とするプロデューサー等の予備知識が若干ありました。なので、ロネッツ、ビーチボーイズ、ママス&パパス、ライチャス・ブラザーズのヒット曲の話はとても興味深かったです。しかし、逆に言えば、いきなりこの映画だけ見ても、登場人物が多すぎて、情報を整理するのが結構難しいのではないか?とも思います。その辺りを補う為にも、ブックレットをもう少し充実させてほしかったです。

バーズの『ミスター・タンブリンマン』では、ロジャー・マッギンしかギターを弾かせてもらえなかった話はビックリでした。バーズでさえスタジオミュージシャン頼みだったんですねえ。マッギン曰く

「彼等なら数時間で終わるが、自分達だけでやった『ターン・ターン・ターン』は77回目でやっとOKが出た」

ってことは、やはりレコード会社の予算削減の意味合いもありそうですね。で、後にバンド主体で曲作りをし演奏もする流れを作ったバンドとして、バッファロー・スプリングフィールドが挙げられていたのが印象的でした。そのお蔭でスタジオミュージシャン達の仕事はどんどん減っていったと。

で私は、実はラヴィン・スプーンフルが先端を行ってたのでは?とも思いましたよ。あ勿論、私の贔屓目もありますけど、ジョンセバが

「ビーチボーイズもバーズもレッキングクルー使ってけど、僕等は自前で演奏してたもんね!」

と自慢したくなる気持ちも良く分かったんですね。60年代にスプリームスと一緒にツアー出来たのも、ファンク・ブラザーズの演奏と並べて遜色ない技量が無ければ、出来なかったってことなんでしょうね。今、スプーンフルのCDボックスのボーナストラックを聴きながら思うんですが、あの時代のアメリカのバンドでアウトテイクが残ってるのって、かなり少ないのかもしれません。

さて、レッキング・クルーの中から、アーティストとして独立したギタリスト、グレン・キャンベルのお話が出てきましたが、あれ?レオン・ラッセルは?インタヴューには登場してましたが、話の中心にはなってなかったのが残念です。13日に他界されたそうですね。スワンプロックについてはこれまでちょこちょこ書いてましたが、彼のことは全然触れてなかったなあ、と思い出しました。それはまた別の機会に、ということで。



合掌。

テーマ:ドキュメンタリー映画 - ジャンル:映画

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