プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/06/03 08:49 yuccalina

『永遠のヨギー』と”哲子な部屋”

タイトルにヨガを冠しつつも、ヨガ&アーユルヴェーダのカテゴリーが滞りがちな拙ブログですがが、久々の更新です。

先週の火曜日(5月24日)の出来事ですが、煩悩渦巻く渋谷・道玄坂の一角にひっそりと佇むミニシアター、『ユーロ・スペース』にて伝説のヨギー、パラマハンサ・ヨガナンダ(1893~1952)の伝記映画を見て参りました~! 通っている綿本ヨーガスタジオのフロントにチラシと割引券があったお陰で、見ることか出来、スタジオにも感謝です。

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とかって、普段からヨガ関連の検索を全くしてないのがバレちゃいますね。テヘッ。

ヨガナンダは1920年代、第一次大戦後のアメリカに渡って、ヨガ哲学を広めた第一人者です。やっぱり出たかのジョージ・ハリスンも登場し、アップル創始者、故スティーヴ・ジョブス氏も彼に傾倒していたとか。

『永遠のヨギー~ヨガをめぐる奇跡の旅』公式サイト



しかし、私が一番おおーっと食い付いたのは、マハトマ・ガンジーとの繋がりでしょうか。人類みな兄弟というガンジーの思想は、人種差別が法律的に正しかった当時のアメリカでは危険思想だったんですね。ですから、南部で黒人にもヨガを教えたことや、またインド人が白人女性に個人レッスンしただけで、ヨガナンダは大々バッシングを受けてしまうのです。あ、ここで私は、デヴィッド・リーン監督の『インドへの道 』を思い出しました。

ともあれ、ガンジーの非暴力による抵抗運動は、この時期既にアメリカで種が蒔かれていた、と確認出来ました。後に公民権運動で活躍されるジェームズ・ローソン氏がインドに渡ってガンジーの思想を学ぶ土台が築かれたのでしょう。ローソン氏はそれをアメリカに持ち帰って、南部の学生を指導し、運動に大きな成果をもたらしたことは、既に別の記事(コチラ)で書きました。

で、ついでですが、私のCDライブラリーの中にこんなのがが、

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カーティス・メイフィールドのトリビュートアルバムのジャケに、ガンジーの本が~~!今まで全然気がつかんかった~!

とテンションア~ップ!

とか言う話は始めると長くなるので、さっさと映画に戻ります。

もう一つビビッと来たのはヨガの世界観ですね。これは私が最近哲学をかじってるからだと思うのですが、ヨガナンダが語る宇宙、神、霊性等と言った言葉が意味するのは、特定の宗教観やスピリチュアルなどでは括れない、もっと壮大で公共性を以て真実に向かっているのでは、と思ったからです。

個々の命が宇宙を作るエネルギーであり、個々の中にもまたそれぞれの宇宙があると言う考え方、部分であると同時に全体でもある、と言う話は、以前どこかでしましたっけ?我々は宇宙の一部であると同時に、其々の体の中に一つの宇宙を持っていると言う考え方は、実際科学的にも証明されつつあるらしい。つまり細胞の一つ一つにも意志があって、小さな生と死を繰り返している。かつては人間の意識は、脳の一部分にあり、全てはその指令によるもの、という考え方は覆された、と映画の中でも説明されておりますた。

そんで、この考え方は、神や宗教においても同じなのです。つまり、我々は神の子供であると同時に、自分の中に神様を持ってる。だから、どの宗教を、神を信仰しようと、人と神との関係性においてはどれも同じなのではないか?と、ヨガナンダはすべての宗教を包括する寺院だか教会を建てたのだそうです。

なので、ヨガナンダは宗教を再構築した、と言う評価もあったとか。

そもそも、教会に通わずとも、心の中に自分の教会を持って、そこで祈れば良いのだ。と言ったヨガナンダですが、みうらじゅんが『マイ仏教』の中で、心にマイ寺院を建てよう、と書いてたのを思い出し、みうらじゅんの凄さも再確認致しますた。仏教における”自分なくし”ってのも、多分、宇宙との繋がりを確認出来た時に訪れるものなのかもしれませんぐ。

ま、日本の様に、八百万の神と仏教が混じった上に、キリスト教的(厳密にはクリスマスもハローウィンもキリスト教とは無関係らしいですがが)な行事もウエルカム、な生活をしてきてると、ヨガナンダの教えは理に適ってるとゆーか、受け入れやすいかもしれませんぐ。

また、宇宙だの神様だの言うと、話が壮大過ぎるので、もう少し身近に、”自然”と置き換えて良いかもしれませんぐ。ヨガでは人間は自然の一部であり、自然の五大元素、

火、水、土、風、空(空間)

で出来ているとされています。こうしてみると、宇宙を作るエネルギーであると、理解しやすいですよね。

ですから、日本でよく言われている、お天道様はお見通し、と言う感覚も、そこから生まれているのではないかと思うんですね。

とか、真面目な話をしつつも、私が一番気になったのは、ヨガナンダのルックスでして、

『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ著(Amazon.co.jp商品情報)

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ん~~?この顔、どっかで見たことあるような、、、

これは、ジャングルポケットの斎藤ですなっ?



とか言って、ヨガナンダをdisるつもりは毛頭ございませんぐ。ただ、以前、有吉弘行がどこかで、ジャンポケ斎藤を見て、

「教祖さまみたい」

と言ってたのは当たってたんだなー、と感心したのですた。

それと、エンディング曲がジョージ・ハリスンの『Give Me Love』で、



映画が非常にピースフルな雰囲気で幕を閉じたのが、とっても良かったです。


と、ここまでが映画『永遠のヨギー』のお話しですが、実は映画の後、私はある方と会うべく、渋谷から東京駅へ向かいました。

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東京駅っていつみてもカッコいいですな~~!と思いつつ、東京ステーションホテル1階のラウンジへ。ちょっとお高めのスイーツセットを楽しみつつ、ちょっぴり『哲子な部屋』な一時を過ごしました。

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それは、お相手が、ブログを通じて知り合った、哲学の先生だったからです。利津子さんは偶然にも同い年で、背格好も同じくらいの女性でした。哲学若葉マークの私としては、お師匠さんと言えますね。

なので、彼女と会う前に、矢鱈と哲学的な話が出てくる『永遠のヨギー』を見て、私はかなりテンションが上がってしまいました。中でも、先ほどの「全ての宗教を同等に見る」ヨガナンダの考え方は、哲学の世界でも出ていたことでしたから。

哲学から見た究極的心理~宗教多元主義 『神秘主義哲学の立場から』より

こちらの記事で、初めてジョン・ヒックの宗教多元主義について知った時、私が凄く理に適ってると思ったのは、日本人だからなのかな?ヨガナンダの考え方と全く同じとは言えないですが、方向性が似ているのは確かです。

とか言いつつ、あの時はちょっと興奮し過ぎて、あまりまとまりのない話をしてしまったので、映画については今回改めて、自分の考えを纏めてみることにした次第です。

ちなみに、利津子さんは趣味でカメラをやっているそうで、後で画像データを頂きました。

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ラウンジは、とても落ち着いた雰囲気だったので、

私、浮いてないかっ?

と心配しつつも、危険限定抹茶スイーツを味わいました。以前から一度入ってみたかったのですが、素敵な方と楽しくおしゃべりが出来て良かったです。でも、値段的には気軽な利用は無理かなあ、、。


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テーマ:ヨガ - ジャンル:心と身体

2015/10/13 09:06 yuccalina

老いるショックと50代~その(4)仏教で自己鍛錬『ブッダ最後のことば』

みうらじゅんがブラックマヨネーズのトーク番組で、「ジョン・レノンのイマジンは般若心経」発言して以来、私に仏教ブームがやってまいりました。ヨガ&アーユルヴェーダと仏教はイコールではありませんが、重なる部分も多いため、カテゴリーは取りあえず、ヨガ・アーユルヴェーダにしておきます。

心の師匠みうらじゅんの『マイ仏教』(記事はコチラ)に続き、今回紹介するのは、Eテレの『100分de名著』と言う番組で紹介されていた『ブッダ最後のことば』です(本書からの引用は赤字で表示)。

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『マイ仏教』に比べ、かなりお堅い雰囲気ではありますが、仏教とは何ぞや?と言う問への答えが、既に表紙に載っております。ハイ、それは、

自分を救えるのは自分自身である


仏教とは自分で自分を救うためのメソッドなのですね。以前ジョン・レノンの『ゴッド』の話(コチラ)で、ちょっと言及しますたが、

自灯明法灯明とわ

自分自身を島とし、自分自身を拠り所として生きよ。それ以外のものを拠り所にしてはならない。
ブッダの教え(法)を島とし、ブッダの教えを拠り所として生きよ。それ以外のものを拠り所にしてはならない。


ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「仏教は寛容で盲信を強要しない」と書いていましたが(『七つの夜』第四夜・仏教)、仏教はブッダを崇めることでなく、ブッダの存在を否定することすらOKなのです。だから「ブッダを拠り所として生きよ」とは決してならない訳ですね。

著者の佐々木閑(しずか)氏は花園大学の教授で、臨済宗→禅→小乗仏教の学校ですから、現在の日本で一般的な大乗仏教とは大分違ってる部分があって、そのあたりが本書では強調されております。ブッダの教え(法)を理解し、実践するのも大変だし、自分自身の判断で全ては自己責任、みたいなところが難しくて、念仏を唱えてれば貴方も私も極楽浄土みたいなとこに行ってしまったのかもしれませんが、佐々木氏曰く

本質は拝んだり祈ったりすることでなく、教えに従った正しい生活の中に身を置き、自分自身を深く見つめ、煩悩を消していくことにあります。私たちがブッダから学ぶべきものは、不思議な存在を頭から信じる絶対的信仰ではなく、すぐれた自己鍛錬システムによって、自分のあり方を転換する方法なのです。

というのは、かなりヨガの精神に通じるところがあり、私にはとても興味深いのです。仏教において必要とされるのは、

生きる苦しみをなんとか安楽な状態に転換しようとする強い意志です。「生きることは苦しみだ」と知った時から、人は他者の苦しみが本当に理解できるようになり、そして深い叡智を働かせることができるようになります。苦しみの自覚が深い慈悲と叡智を生み、それが自己救済への道を開いていく。仏教という宗教の本筋です。

ですから、教祖様の言う通りにしてれば大丈夫、あの壺やら開運グッズを買えば大丈夫、

とか言う仏教の名を語った宗教は、本筋から全く外れてる訳ですね、ハイ。皆様ご注意くださいませ。そんな簡単に救われる訳ねーじゃん!と言ったってください。

因みに本書は、あくまでも解説書であり、元ネタとなっているのは『ブッダ最後の旅・大パリニッバーナ経』です。

ブッダ最後の旅・大パリニッバーナ経 (Amazon.co.jp 商品詳細)
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実を言うと、私はまだ読んでないのですが、ブッダと弟子アーナンダが最後の旅の中で語られた言葉集となっていて、ブッダが娼婦から布施を受けたり、食中毒で亡くなる最後や葬儀での話など、物語としても中々面白そうですよ。


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2015/08/27 10:30 yuccalina

老いるショック!と50代~その(3)板のポーズで己れを鍛える

タイトルにヨガ的とありながら、ヨガ・アーユルヴェーダのカテゴリーが中々増えない状況が続いておりましたので、久しぶりのヨガのアーサナ(ポーズ)を紹介しようと思います。

みうらじゅん先生から伝授された念仏、つーか魔法の呪文?「老いるショーック!」を唱えつつも、今まだ出来ることを地道に続けることは大事です。アナザースカイの吉田都さん(同い年!)を見て、「老いるショーック!」を言い訳に、今出来ることをしないのもいかん、と反省した訳ですね。

って、別に都さんがやってたトレーニングを、そのままやろうなんて、無茶な話はいたしませんっ。もっと優しくしてやってみよう、と思ったのがこちら。

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都さんは手が半球型のボールの上で、足を宙吊りのベルトにかけていますので、かなり不安定な状態。当然負荷が大きいですが、これをマットの上でやってみると、、

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これが板のポーズです。ポイントは以下。

1. 手は10本の指を大きく開き、指の付け根が浮かないように、掌をピターっ床につける。
2. 腕は床と垂直に保ち、つま先でマットを押すように踵を突き出す。
3. お腹を凹ませ、腹筋が縦に引き伸ばすようにして背筋を伸ばす。
4. お腹が下に落ちたり、逆にお尻が上に出っ張らない様にして、
5. 踵から頭頂で一直線を描くようにする。
6. この状態で、5~10呼吸くらいキープしてみる。この姿勢を保ったまま、体を前後にゆすってみても良い。

腕の力だけに頼ると肘や手首を痛めやすいので、お腹の力を緩めないように注意してください。

この姿勢をキープするだけでも良いですが、もし余裕があれば、膝を曲げてみましょう。

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勿論、上の都さんのように両脚同時は無理ですので、片方ずつです。

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1. 息を吸いながら片脚を持上げ、
2. 吐きながら膝を胸に近付けます。
3. 吸いながら膝を伸ばして、
4. 吐きながら足をもとに戻す。

これを左右交互に行ってみましょう。膝を曲げるのが辛い場合は、片足を交互に持ち上げるだけでも大丈夫です。

実は私は昔から腕の力が無くて、腕立て伏せは大嫌いだったんですが、ヨガをするようになってから、大分マシになってきました。それはやはり、腕の力だけに頼らず、腹筋・背筋もバランスよく使えるようになったからだと思います。

この板のポーズから、片足を持ち上げたり、膝を曲げるバリエーションの動きは、私が習いに行っているヨガスタジオで教えて頂きました。しかし、通常、板のポーズといえば、単独でなく、太陽礼拝(スーリア・ナマスカーラ)の一部として、行うのが一般的です。

板のポーズから
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脇を閉めた状態で肘を曲げて、ゆっくりと伏せる「四肢で支える杖のポーズ(チャトゥランガ・ダンダ・アーサナ)」
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(上のように四点で支えるのがきつい場合は先に膝をついてからでも良い)

掌と足の甲でマットを押す(腿、膝はマットに付かない)ようにして、上半身を反らせる「上を向いた犬のポーズ」
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腹筋でお腹を持ち上げて、お尻を頂点に三角形を描く「下を向いた犬のポーズ」
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と、こんな流れになるのですが、板のポーズの前と、下を向いた犬のポーズの後にも、色々とポーズが繋がってまして、これらは太陽礼拝の中の、極々一部になっております。

息子の夏休み中、私は全くレッスンに行けていないので、この板のポーズをちょこっとするだけでも、腹筋を鍛えるのに役立っておりますです。しかし、吉田都さんの凄さが身に滲みて分かりますねえ。手も足もグラグラの状態であのバランスですから。わたしゃあ、マットの上で板のポーズするだけで、ゼイゼイ言ってますよ。


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2015/08/05 00:07 yuccalina

老いるショック!と50代~その(2)『マイ仏教』とマイ・ヨガ

ブラックマヨネーズのトーク番組で見たみうらじゅんをキッカケに、老いとの付き合い方を考えるシリーズです。番組の中で、「ジョン・レノンの『イマジン』は般若心経だ」と語ったみうらじゅんに、ヨギーニの端くれとして共感したワタクシは、彼の「老いるショック」という方法論にいたく感銘をうけました。詳細はその(1)(コチラ)をご覧いただくとして、今回はその後に購入して読んだ著書『マイ仏教』について。

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『アウトドア般若心経』や、仏像ブームの火付け役にもなった『見仏記』など、仏教絡みの著書は多数あるみうらじゅんですが、この『マイ仏教』はその集大成と言えるかもしれません。怪獣を観るのと同じような、畏敬の念を持って仏像が好きになった少年時代から、仏教系の中高一貫校で過ごした6年間。フォークやロックとの出会いで、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスンの歌の中に仏教のエッセンスを感じたこと等々、彼の人生の傍らにはいつも仏教がありました。そして、日々の暮らしの中で仏教から得た知恵を、「みうらじゅん式思考と修業の実践法」として紹介しています。四法印(しほういん)、八正道(はっしょうどう)といった仏教の基本を押さえつつも、より身近に感じられる分かりやすい表現であるのが魅力です。因みにみうらじゅんは中学二年の時に、ジョン・レノンのイマジンを聴き、般若心経だと理解したらしい。40過ぎでイマジンはヨガっぽいと気付いたワタクシからは、何十年も前に先を行ってたのですね。と、更に尊敬の念が深まったのでございます。じゅん少年は将来住職になったら寺号を「イマ寺院」にするぞ、と自分の部屋にイマ寺院の表札をかけていたそうな。

それでは、みうらじゅん式思考&修行の中から、印象深かったものを紹介していきましょう。本文をそのまま引用したところは、赤字で記述しています。


1. 『自分探し』よりも『自分なくし』

自分なくしとは、四法印の一つ諸法無我と同義で後述します。「機嫌を取る」ことで自分なくしの修行。「機嫌」の起源はお坊さんが世間から「そしり嫌われない」ように振舞いましょう、という戒律からうまれたもの。自分なくしの修行は又の名を『滅運動』と言う。つまり、エゴから解放されましょう、ってことですね。機嫌取りながら、どこかで報酬を期待してしまうのは、僕滅が出来てない証拠。自分病を乗り越えよう。

2. 「あきらめる」の本当の意味

本来仏教用語である「あきらめる」は、「真理を明らかにする」が語源。お釈迦さんが説いたのは、「人はいつか死ぬ、死ぬことを前提にして、いかに生きるか」ではないか。自分探しを続けた結果、辿り着いた先が大したことない自分だったら、あきらめて自分なくししよう。

3. ヨガとも重なる『比較三原則』

比較こそが苦しみを生む原因なのかもしれません。
これを「比較三原則」と私は勝手に呼んでいます。「他人と過去と親」この3つと自分を比較してはいけないのです。
お釈迦さんが「諸行無常(すべてのことは変化する)」や「諸法無我(この世に実体はない)」と言う教えを説いたのも、このような比較の苦しみ、つまり「比較三原則」に早く気づきなさい、ということなのかもしれません。


4. ありがたき念仏『そこがいいんじゃない』と『不安タスティック』

言葉が原因で傷つき苦しむことがあるが、それを逆手に取り、言葉(念仏)を使ってポジティヴになろう。アントニオ猪木の「元気ですか?元気があれば何でも出来る!」も念仏の一つかもしれない。

私はどんな辛いときも「そこがいいんじゃない」と思うようにしています。「そこがいいんじゃない!」と発声する訓練をしておくと、そう発言した瞬間から、脳が「そうなんだ」と思い始めてくれます。

また同じように私は「不安タスティック!」という言葉もお薦めします。不安というのは突然やって来ます。その瞬間「不安タスティック!」と唱えれば、少しは楽になれるかもしれないと思って、実践するようにしているのです。


5. 心の『マイ住職』で自分を躾る

「自分を見失う」という言葉もありますが、本当はその程度のものなのです。だからこそ、自分をしつけ直すのも自分なのです。自分に説法する「マイ住職」を、みなさんも心に住まわせてみてはどうでしょうか。



1の「自分なくし」のプロセスだけ、上手くまとまらずに、余り具体的でなくてスミマセン。「自分なくし」が本書のキモだと思いますので、そこは、是非とも本書を手に取って、読んでいただきたいです。3の比較しない、や4の念仏は、自分なくしの為のツールとも言えましょう。ちなみに、『不安タスティック』はやっぱり『老いるショック』と同じ類の言葉だったんですね。そして、5の自分で自分をしつけ直しなさいのお言葉で、思い出しました。

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こちらの『100de名著・ブッダ最後のことば』も、同時期に読んでいて、いずれ紹介するつもりなんですが、左下に「自分を救えるのは自分自身である」と、しっかり書かれてますね。『老いるショック』はこれから老いを生きる人間にとって、とても有り難い念仏です。今後も落ち込んだ自分を、これで自ら救済していこうと思います。

さて、『マイ仏教』を読んで思いました。一見駄洒落ばっか並べてると、高をくくってしまいそうですが、仏教の話ですから、やはりヨガに通じるところが沢山あります。3の「比較しない」は、ヨガクラスで実際に指導されることが多いのではないかと思いますし、4の念仏を口にして、脳にそう思い込ませるのは、笑いヨガと同じ方法論です。

みうらじゅんは机上の理論でなくて、日常的に実践出来ることを説いてるのが、とても有り難いのですが、そもそも、先に行動をして、思考がそれについてくるようにするって、ヨガのアサナ(=ポーズ)と同じなんですよね。アサナは体だけで行い、頭の中は受け身の状態で行う。だから、体のバランスを整えることで、心もそれに着いてきてきて安定すると。行動を先にする方法って、実は脳科学的にも有効と証明されてて、以前、ホンマでっかTVで池田清彦先生が「脳は末端の奴隷」と言っていたのを思い出しました。

っと話がちょっとズレちゃいましたが、私はこの『マイ仏教』を読んで、凄く刺激を受けたんです。それはマイ・ヨガの方向性に、一筋の光明とでも言いましょうか。ワタクシは5年前にヨガインストラクタースクールを卒業して以来、息子が通う障害児施設や、ご近所さん相手のサークルで、細々と教えてきました。しかし、実のところ、卒業当初は何か勝手に華やかなインストラクター人生を思い描いていた。身の丈に合わない、難しい本を買い込んで勉強してみたものの、実際人に教えるとなると、殆ど役に立たなかったこともしばしば。頭でっかちになって、生徒さんが見えてなかったのは、まだどこかで『自分探し』を続けていたのかも?と気が付きました。

みうらじゅんのマイ仏教は、ボブ・ディランやジョン・レノン、そして駄洒落を用いながら、彼ならではの仏教解説をしているところに、私はとても勇気を貰いました。格好つけずに、自分の身の丈に合ったやり方で、分かりやすく、そして日々の暮らしに溶け込める「マイ仏教」のような、「マイ・ヨガ」を目指して頑張ろうと誓った、50の夏でございました。


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2015/05/24 12:59 yuccalina

ヨガとジョン・レノンとホリエモン

昨日ホリエモンこと堀江貴文氏が出演した『しくじり先生』が再放送されていました。実は4月放送された時、半分しか見てなくて、ずっと見たいと思ってたんです。彼についてはブラックマヨネーズのトーク番組『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ』でも、とても良い印象でしたし。

で、とても心に響いた名言がありました。

過去にとらわれず、未来に怯えず、今を生きろ

あ、これってヨガで教えられてる事と同じです。過去や未来をあれこれと思い悩んでしまうのは、今現在に集中していないから。ジョン・レノンの『イマジン』(Living for today)もそうですね。みうらじゅんはあの曲は般若心経と言うてましたがが。

実はブラックマヨネーズとのトークでも、私が堀江氏に感じてたのがアパリグラハ(不貪)だったりするんですね。アパリグラハとは、必要以上に物をため込んだり、貪らないということで、以前紹介したヨガの8つの心得(詳しくはコチラ)の一つです。

堀江氏は「お金を儲けたくてビジネスをしてるのではない」と言います。また、刑務所暮しの間、やりたくないこと(=タパス苦行)でも、自ら工夫をして行うことで、ポジティヴに受け止めたり。刑期の間に、今まで出来なかった勉強をしたり(=スワディヤーヤ自己の教育)してたこと等々、とてもヨガ的と思えるお話が満載でしたので、ちょっと書いておきました。



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