プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/07/04 09:26 yuccalina

『浦和ミュージックサタデー』の思い出に添えて~Teardrop Explodes, Colour Field, Care, Colin Newman & Tom Verlaine

私にとって、どんな音楽を聴いてきたかは、どんな人と出会ってきたかの歴史でもあります。小6でベイ・シティ・ローラーズ旋風が日本にやってきて、そこからロック&ポップスを中心に、様々な音楽を聴いてきました。少し前に『YOUは何しに日本へ』を見てたら、”タータンチェックを着たおばさん集団が来日したレスリー・マッコーエンに群がる図”が出てきて、シミジミ思った。ローラーズが出発点にしては、私の着地点はかなりズレたもんだなあ、と。

ポストパンク、ニュー・ウェイヴにNYパンク、を経てワールド・ミュージックだの黒人音楽だのと聴くようになるには、様々な”注目すべき人々との出会い”があった訳です。自分の音楽遍歴に深く関わってる人々のことを記録しておこうと思いました。

で、私にとって一番大きな出会いだったのが、NHK浦和放送局のラジオ番組『浦和ミュージックサタデー』(以下”浦サタ”と略)のアシスタントをされていた、大蔵麻美(おおくらまみ)さんという女性です。

何年か前、番組名で検索して、ブログに書かれてる方を発見していました。

今から30年以上前、NHK-FMでは、土曜日の午後は関東の放送局ごとに独自の番組を組んでいました。私の住んでいた埼玉は「浦和ミュージックサタデー」と言う番組を放送していました。

歌謡曲・ニューミュージックの週、ロック・ポップスなど洋楽の週と、

2つの異なるプログラムを組んだ番組構成で、私は洋楽の週ばかりを聴いていました。かなりマニアックな曲をかける点では、水戸放送局の「ロック・タイム」と双璧だったのではないでしょうか?今まで聴いたことのないハードロック、プログレッシヴロックの曲がかかり、随分と勉強になりました・・・・・

浦和ミュージックサタデーの思い出~『パンクフロイドのブログ』より



私は当時東京の東端の町に住んでいて、埼玉県浦和と全く縁はありませんでしたが、購読していたFM雑誌の番組欄には、NHKFMのローカル各局が毎回載っていました。たまたま面白そうな特集があった時、試しに聞いてみたのがキッカケです。元々NHK-FMにローカル局があることすら知らなかった私ですので、運命的な出会いだったと思います。とにかく番組を聞いてみてビックリしました。それまでラジオのチャート番組やメジャーな音楽雑誌からの情報しかなかった高校2年生のユッカリーナにとって、正に未知の領域だった。オンエアーされていた曲の大半は、日本では殆ど紹介されてない、輸入盤からだったと思います。そして、もう一つスタジオが見学自由であるらしい、のにも興味をそそられました。その後、

リクエストハガキを書く→
読まれる→
2回目のリクエストに「スタジオに遊びに行っても良いのですか?」と質問→
「是非遊びに来てください」と返事→
女子高生ユッカリーナが埼玉県浦和に初上陸

と、この間約2ヵ月。行ってみるとバリトンヴォイスが渋い藤野アナウンサーと、ボーイッシュで知的な女性大蔵麻美さんの二人が番組を進めていたのですが、その他にハードロック担当のYさん、プログレ担当Dさん、ユーロポップ担当Kさんという方達(皆20代の男性)が選曲のお手伝いをしていました。彼等はそれぞれ仕事をしてたり、大学生だったりと、素人ではありながら、時々マイクの前に座り、お薦め曲の紹介をしていたのです。番組終了後は、彼等と7インチシングルのサンプル盤(=レコード会社から局に配布されたもの)争奪のジャンケンをしました。それが終わると、大蔵さんはスタッフを引き連れて、近くの喫茶店へ行くので一緒にどうか、と私を誘ってくださいました。ちなみに藤野アナはNHKの社員でしたから、番組後も局でお仕事だったようです。

で、喫茶店では終始音楽談義が展開されました。全く知らないアーティストの名前ばかりがバンバン出てくる。でもそれで、まんまとハマってしまった訳ですね。その後も私は隔週の土曜日、浦和へせっせと通うようになり、それは短大卒業までの4年(1981~1985)ほど続きました。

ここで重要なのは、大蔵さんが担当していたのがジャンルで言えばニューウェイヴだったこと。

それまでチャート番組で紹介される曲や、時々図書館で借りてくる少し古めのロックのレコードくらいしか聴いていなかったワタクシの趣向に大きな影響を与えた訳です。大蔵さんはよく自分で買ってきた輸入盤レコードを貸してくれたりもしましたので。

こんな音楽もあったんか~~?

といつも唸ってました。丁度ラフトレードや4ADと言ったイギリスのインディーズが日本上陸した頃で、ピッグ・バッグやリップ・リグ&パニック、バウハウスのレコードも大蔵さんに貸してもらったけなあ。まだお小遣いが少ない筈の高校生が、色々と新しい音楽を聴けたのも、すべては浦サタと大蔵さんのお蔭でした。

そして何よりも大きかったのは、高校生活に飽き飽きしてた、っつーか勉強に着いていけずに腐っていた私にとって、浦サタでの時間が唯一の楽しみだったことです。2週間に1度の楽しみの為に、つまらない学校も我慢出来た。まあ、時々は本当に我慢ならなくて、授業をさぼったりしたけど。それまで、学校に行けばお喋りする友達はいましたが、浦和に通うようになってからは、同級生とは殆ど遊ばなくなりました。学校の外に知り合いがいることに、優越感みたいなものがあったかもしれませんぐ。

さて、大蔵さんの影響でニューウェイヴにハマりだしたワタクシは、サウンド・ストリート(火・坂本龍一、金・渋谷陽一)を聴き始めたり、ロッキング・オンやフールズ・メイトを読んだり、御茶ノ水のCISCO=輸入レコード店に通ったりしては、色々と情報を仕入れる様になりました。浦サタの番組が始まる前に、自分が探してきた”良い曲”を大蔵さんに聴いてもらって、キニイッテもらえれば番組内でかけてもらえる様になったからです。

そんな訳で、私が輸入レコードを持参して、採用してもらった曲の中から、思い出深いものをいくつか紹介しますね。

先ずはティアドロップ・エクスプローズの『You Disappear From View』。



私はエコー&ザ・バニーマンを先に好きになったのですが、彼らの兄弟バンドらしい、と雑誌『Zig Zag East』で知った私は、このラストシングルを買ったのですた。で、その後ジュリアン・コープにハマったのは、大蔵さんから”いいね!”と言ってもらえたのと無関係ではないと思います。

で、ジュリアンは勿論のこと、ティアドロップ絡みのバンドも探るようになった中で、一番好きだったんは、イアン・ブロウディとポール・シンプソンのデュオ、ケアーです。



この『Whatever Possessed You』は、後にネオアコ好きからも親しまれたのではないでしょうか?

お次はカラーフィールド。スペシャルズ~ファン・ボーイ・スリーを経たテリー・ホールのバンド。



PVがあったなんて、当時は知らんかったな~~。

一方、コリン・ニューマンは渋谷陽一のサウンド・ストリートで紹介されてて、興味を持ったアーティストです。



意外とポップでビックリしました。その後、社会人になってレコードを沢山買えるようになり、『A-Z』『Commercial Suicide』、ワイヤーのアルバム等も愛聴しておりますたわ。

さてさて、最初はレコード持ってくるだけだったワタクシも、いつしか番組でちょっと喋らせてもらったりしましたが、一度録音したのを聴いて、

なんじゃこりゃ~~?

と頭を抱えますた。スピードワゴンのセカオザよりも酷いボソボソで、「あ~」、だの、「え~と」、ばかりでそれはそれは酷かった。

それでも、大好きなトム・ヴァーレイン特集までさせてもらったっちゃったりして、、。丁度4枚目のアルバム『Cover』が出た少し後でした。特に好きだったのが『Swin』でね、、



冒頭の犬の声をバックに、ボソボソ語るトムに萌え~~だったんですわ。

ところで、先に紹介したパンクフロイドさんの記事にも載ってるのですが、浦サタでは『NOVA』と言うミニコミを作っておりました。リクエストハガキをくれたリスナーで住所氏名のある方々に、一方的に送ってただけなんですが、結構喜ばれていたと記憶しています。

こう言った活動から、私が将来音楽雑誌の仕事をしたい、と思う様になったのは自然の成り行きだったかもしれません。大蔵さんが音楽出版社大手のR社(ロッキング・オンではありませんぐ)で結構重要なポストだったらしい、のも関係しています。しかし、短大2年の時、大蔵さんに「就職どうするの?」と聞かれて、本当は「どこか音楽雑誌で働かせてもらえませんか?」と頼みたかったのに、出来ませんでした。多分、覚悟がなかったんだと思います。もし、頼みを聞いてもらえても、最初はアルバイトからになるでしょう。親を説得してでもやるんだ、という気持ちがなかったと。

以前、宝島でちょっとだけバイトした話(コチラ)を書きましたけど、あそこでの失敗で自信を失くしてたのも、無関係でない気がします。ちなみに宝島を紹介してくれた友人のS君は浦サタと別ルートで知り合いましたが、間接的に関係はありました。私は先述のミニコミ『NOVA』をS君に読んでもらい「文章がポップで面白い」からと、バイトに誘ってもらったからです。

で、話は戻りますが、私は大蔵さんに何も言えずに、何となく憧れてたいくつかのアパレル企業を受けて不採用。たまたま父が新聞で見つけた某コンビニ会社に、何とか合格してそこに入社しました。しかし、週休二日制でなかった為、就職と同時に浦サタともお別れの時が来たのです。

しかし、しばらくしてから、”浦サタのスタッフだったYさんとSさんの二人が、大蔵さんの口利きで某雑誌のアルバイトをしてる”話を耳にした私は、正直心穏やかではありませんでした。

やっぱり頼んでみれば良かったのかな、、、

と、当時はちょっぴり後悔したと。でも、その後の自分の歩みを思えば、全く悔いはないです。

自分にとって、「これだ!」という確信がなかったから、そうしなかった、そうならなかったのだと思うからです。

でも、大蔵さんからの影響は、今でも色んなところで感じています。音楽だけでなく、いつもIssey Miyakeの服を、カッコ良く着こなしていて、「私も大人になったらイッセイの服着たい~~」と思いながら見てました。で、その10数年後、イッセイ本体ではないですけど、その流れであるZuccaやI.S.(後のTsumori Chisato)の服を愛用するようになった訳ですから。、

ともあれ、10代の多感な時期に、「自分もああなりたい」と憧れる女性と出会えたのは、とてもラッキーだったんだな、と思うのです。大蔵さん、今どうしているのかなあ、浦サタと一緒に検索してみましたけど、残念ながらそれらしき情報は見つかりませんでした。結婚して名前が変わっちゃったのかもしれませんね。



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タグ: 80年代 NYパンク ジュリアン・コープ トム・ヴァ―レイン

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2014/01/14 08:02 yuccalina

ヨ・ラ・テンゴとフィーリーズ~ホーボーケンサウンドの記憶

昨年のクリスマス音楽の記事(こちら)でも書いたのですが、ヨ・ラ・テンゴ(Yo La Tengo)というバンドを知ったのは、The dB'sとクリス・ステイミー絡みで、1988年頃でした。彼等のファーストアルバム「New Wave Hot Dogs」はクリスと同じCoyote Recordsというインディーズから出ており、クリスもギターで参加してましたから。

<CDはセカンドとカップリングでジャケットが違ってました>
プレジデント・ヨ・ラ・テンゴ+ニュー・ウェイヴ・ホット・ドッグスプレジデント・ヨ・ラ・テンゴ+ニュー・ウェイヴ・ホット・ドッグス
(2000/10/25)
ヨ・ラ・テンゴ

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<こちらがヒゲおやじのジャケット>


そこには、見た目に冴えないヒゲおやじのジャケットからは想像もつかない程、新鮮なギターサウンドが詰め込まれていました。ギターのリフと気怠いヴォーカルは、ヴェルヴェッツ・チルドレンなのかなー?とも。明けて1989年、どういう経緯だったのか分かりませんが、日本盤も出てない状態で、ヨ・ラ・テンゴは来日しました。REMあたりと関わりが合って、バーターだったのかな?とも思ったのですが、来日時期は違いますね。

yolatengo_2014011408222319e.jpg

現在もあるのか定かでないですが、渋谷の宮益坂にあった「TVジャンクション」と言う、クラブだかライヴハウスはとても小さかったです。客数は完全に二桁。かなりの至近距離で、しかも一緒に行った友人とテーブル席でビールを飲みつつ、とてもリラックスかつエキサイトしてライヴを楽しんだ記憶があります。更にチケットの半券を見ると、1ドリンク付2060円と格安だったんですね。

しかし、その後90年代私の趣向はロックからワールドミュージックにシフトし、長い間ヨ・ラ・テンゴの名前は忘れていました。それがブログを初めてから、ネット上で彼等の名前を発見。あれからメンバーも殆ど変らずに音楽活動していたのには、ちょっと感動しました。その後何度も来日してて、フジロックにも出てたんだー。んで今年の5月にもまた来日するんですね。

YO LA TENGOの来日ツアーが5月に開催、東名阪を巡る

そんな訳で、例によってYouTubeを漁ってみました。1990年の「フェイクブック」は、秀逸なカヴァー曲とオリジナルが良い具合にサンドイッチされてます。

FakebookFakebook
(1994/01/01)
Yo La Tengo

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1. Can't Forget (Ira Kaplan)
2. Griselda (Antonia)
3. Here Comes My Baby(Cat Stevens)
4. Barnaby, Hardly Working (Georgia Hubley, Kaplan)
5. Yellow Sarong (The Scene is Now)
6. You Tore Me Down (The Flamin' Groovies)
7. Emulsified (Rex Garvin & The Mighty Cravers)
8. Speeding Motorcycle (Daniel Johnston)
9. Tried So Hard (Gene Clark)
10. The Summer (Hubley, Kaplan)
11. Oklahoma, U.S.A. (Ray Davies)
12. What Comes Next (Ira Kaplan)
13. The One to Cry (The Escorts)
14. Andalucia (John Cale)
15. Did I Tell You (Kaplan)
16. What Can I Say (Joey Spampinato)


以前NRBQの「Captian Lou」をカヴァーしてる!と感動した(記事はこちら)のですが、ここにもありますよ。ラストがNRBQのナンバーですね。その他14のジョン・ケイルはいかにもですけど、6(フレーミング・グルーヴィーズ)、7(レックス・ガーヴィン)あたりは、黒っぽいサウンドも好きなんだー、と新鮮でした。ってか、何気に私の趣味と合うじゃないの?どストライクゾーン連発のカヴァー陣ですが、オリジナル曲との距離を感じさせないアレンジがまた良いですね。最近のアルバムも聴いてみて、良かったらまた別途紹介しようかな。今回はもう一つ紹介したアーティストがおります。

ヨ・ラ・テンゴ聴いてたら、昔「ホーボーケン・サウンド」ってのがあったやん?と記憶を辿ってみて、出てきたのはフィーリーズ(The Feelies)です。実はヨ・ラ・テンゴを初めて聴いた時、何かギターがフィーリーズっぽいなーと思ってたんですよ。同じニュージャージー州出身で1976年結成、1980年レコードデビューですから、ちょっと先輩です。そしてホーボーケンサウンドの聖地とも呼べるライヴハウス、マッスクウェルズ(Maxwell's)で、活動を共にしてた可能性が大きいのですね。このライヴハウスはニューヨークパンクにおけるCBGBやMax's Kansas Cityみたいなものだと思います。90年代に米オルタナティヴロックの代表的なバンドが、数多く出演していたそうです。そして、クリス・ステイミーやヨ・ラ・テンゴのアルバムを出したCoyote Recordsはマックスウェルズのオーナー、スティーヴ・ファロンが作ったレーベルだったのです。要は、ホーボーケンサウンドとは音楽のスタイルではなくて、ライヴハウスに集まってきたアーティスト達によるムーヴメントだったと言うことでしょうか。それがニューヨークパンクにもそのまま当てはまるのが、また面白いところです。同じニューヨークパンクでも、ラモーンズとトーキングヘッズの音楽性は異なってましたもんね。スタイルはなんであれ、若いアーティスト達に「好きにやっちゃいなよYOU!」と、機会と場所を提供していたのがスティーヴ・ファロンってことかな?そー言えばCBGBのオカマのオーナー、ヒリー・クリスタルも、ホントは「カントリー」と「ブルーグラス」と「ブルーズ」(CBGBの頭文字ですね)が好きだったそうですし、要はやる気のありそうな子達を応援してたのですね。

Maxwell's - Wikipedia
<上記WikipediaよりMaxwell'sの外観>
maxwells.jpg



詳しくは上記Wikipedia(英語版)を見て頂くとして、この中からMaxwell'sゆかりのアーティストで、気になった名前を書きだしてみます。
The Replacements
Sonic Youth
Dinosaur Jr.
Mudhoney
The Hole
Nirvana
The Posies
The Smashing Pumpkins
G Love & Special Sauce

等々を見ると、その後のグランジやアメリカのオルタナロックに多大な影響を与えた場所とも言えそうですね。また、

Buzzcocks,
The Fall
Wire
The Pogues
Joe Jackson
Killing Joke
Kevin Ayers
John Cale
Psychedelic Furs
The Slits

等々は、イギリスではポストパンク系アーティストが目立つのも興味深いです。さらに、あのREMRed Hot Chili Peppersというビッグネームも名を連ねている事も、書き添えておきましょう。

と、大分話がズレちゃいましたが、フィーリーズのファーストアルバムは英インディーズのスティッフから出ました。メンバーには後にゴールデン・パロミノスのドラマー、アントン・フィアがいたこととか、ジャケットの写真が後にウィーザーにリスペクトされてた?とかのトリビアもありますが、私的には彼等がトム・ヴァーレイン・リスペクトのバンドらしいとこに、一番惹かれてたと思います。確かテレヴィジョンの曲をカヴァーしてたし。既に何度も書いてますが、自分史上一番入れ込んだアーティストはトム・ヴァーレイン、彼をリスペクトするアーティストは当然ウェルカム、とゆーか積極的に探し回ってましたから。

<The FeeliesとWeezerのジャケット>
Crazy Rhythms (Dlcd) (Dig)Crazy Rhythms (Dlcd) (Dig)
(2009/09/08)
Feelies

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WeezerWeezer
(1994/05/10)
Weezer

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で、そのトム・ヴァーレインに倣ってかどーかは知りませんけど、フィーリーズも寡作でした。ファーストからセカンドまでなんと6年です。Coyote Recordsからリリースされたセカンド「Good Earth」のA1だった曲「Let's Go」、今聴いてみても好きだわー、やっぱこのギターがね。


この曲は2005年、アメリカのインディーズ映画「イカとクジラ」の挿入歌になったそうです。

で、映画と言えばフィーリーズの中心メンバー二人が担当したインディーズ映画「スミザリーンズ」には、ニューヨークパンクのアイコン、リチャード・ヘルが出演してるんですよねー。トレイラーでもフィーリーズのギターサウンドが聴けます。



使用されてるのはファースト「Crazy Rhythms」の1曲目「The Boy With The Perpetual Nervousness Claves」。0:52あたりで、リチャード・ヘルの超絶カッコエエお姿も、チラッと出てきます。当然字幕無しですが、YouTubeで全編見られるようです。

インディーズ映画ばかりではありませんよ。ジョナサン・デミ監督の「サムシング・ワイルド」に出演し、The Willies名義での演奏シーンもあります。デヴィッド・ボウイの「フェイム」のカヴァーなんですけど、見事にフィーリーズサウンドしてると思います。



1992年に解散。残したアルバムは4枚と、やはり少な目ですね。2008年再結成。出世したMaxwell'sの後輩、ソニック・ユースと復活ライヴをしたそーで、 2011年には通算5枚目のアルバムを発表し、現在も活動中とのこと。ガンバ!

そして最後に紹介するのは、フィーリーズの別プロジェクトYung Wuの「Shore Leaves」というアルバムで、こちらもCoyote Recordsから発表されました。水滸伝のキャラクターから名前取ったバンド名は、ユン・ウー?ヤン・ウー?正確な発音は不明。ジャケットが中国の水兵さんらしき絵だし、狙った感がありますけど、これが大好きなんですわー。フィーリーズよりも好きかもよ。カヴァー曲が3つで、いかにもなニール・ヤング(パウダーフィンガー)と、おやっ?と思ったローリング・ストーンズ(チャイルド・オブ・ザ・ムーン)も良いですけど、一番ショーゲキ的だったのは、フィル・マンザネラの「ビッグ・デイ」ですね。オリジナルは「ダイヤモンド・ヘッド」に納められていて、マンザネラとイーノの共作。ハッキリいってオリジナルより断然こっちの方が好きっす!



そしてタイトル曲の「Shore Leave」もね。(頭髪の具合から)結構最近のものと思えるライヴ映像がありましたわ。



このアルバム、現在入手困難みたいですね。再結成フィーリーズがもうちょっと盛り上がったら、再発してくれるのでしょうか?早くリイシューして欲しいものです。



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タグ: NYパンク トム・ヴァ―レイン

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2013/12/20 08:25 yuccalina

Chris Stameyの「Christmas Time Again」

これまで紹介してきたクリスマスの音楽は、John Cale, The Roches, Big StarにAlex Chiltonと、王道から離れたアーティストばかりでありますが、今回はさらにニッチかもしれませんねえ。前回予告の通りThe dB'sのアルバム「Christmas Time Again」です。

Christmas TimeChristmas Time
(1993/09/18)
Chris Stamey

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最初に前回エントリーの訂正をします。Chris StameyがAlex Chiltonと一緒に活動してた時期があったのは事実のようですが、SneakersはChrisが幼なじみのMitch Easterと組んでいたバンドで別物らしいです。77年、Chiltonがニューヨークに出てきた時に組んだ、Alex Chilton and the Cossacksのラインナップに、Chris Stameyの名がありました。ちなみに、Television のRichard Lloydも参加してたので、結構凄いメンツですね。

てな訳でここから本題です。実はこれ、1985年にChris Stamey Group名義で発表された「Christmas Time」をベースに2006年に曲を追加して、リニューアルされたものなんです。私は先の「Christmas Time」のアナログ盤を持ってたのですが、CDで買い直そうと思ってたら、知らない間にこんなんなってたのね?

<アナログとCDのジャケット表と裏>
christmas2.jpg
christmas3.jpg

トラックリスト
1. Christmas Time - The dB's
2. Home for the Holidays - The dB's*
3. (It'S Going to Be a) Lonely Christmas - Marchall Crenshaw
4. Jesus Christ - Big Star
5. Holiday Spirit - The dB's*
6. Christmas Time Is Here - Thad Cockrell & Roman Candle
7. Houses on the Hill - Whiskeytown*
8. The Only Law the Santa Claus Understood - Ted Lyons
9. I Saw Three Ships - Don Dixon
10. Christmas Is The Only Time - Wes Lachot*
11. Christmas Light - Keegan DeWitt & the Sparrows
12. Santa's Moonlight Sleighride - Ted Lyons
13. Sha La La - Cathy Harrington*
14. The Christmas Song - Alex Chilton
15. Christmas Is Saturday - Don Dixon
16. Feliz Navidad - The dB's
17. O Holy Night - Peter Holsapple
18. You're What I Want for Christmas - Chris Stamey & Cathy Harrington*
19. Silent Nocturne - Brent Lambert
20. It's A Wonderful Life - Chris Stamey
21. Snow Is Falling - Chris Stamey & Mary Mac

(赤字がオリジナルのアナログ盤に収録されていた曲、*印は今回紹介したもの)

曲が3倍以上に増えてますよ。The dB'sとChris Stamey以外のアーティストも増えて豪華な顔ぶれ。その中には先日紹介したBig Star及びAlex Chiltonも含まれる訳ですが、その他Marshall CrenshawやオルタナティヴカントリーのWhiskeytownも。Don DixonはMitch Easterと一緒にREMのプロデュースしてた方ですね。15曲目の「Christmas Is Saturday」はブルーズ色が強くてカッコいい曲です。今回YouTubeで曲探ししたんですが、中々見つからなく、取りあえず下のリンクから全曲のサンプルが聴けるみたいなんで、興味ある方は先ずどうぞ。

Christmas Time Again - The dB's / Songs, Reviews, Credits, Awards / AllMusic

そんな中、ネット検索してもバンドの実態が不明だったWes LachotのChristmas Is The Only TimeはYouTubeで発見。



ミディアムテンポのバラードで和んでくださいませー。そして、Whiskeytownの「Houses on the Hill」はリーダーだったRyan Adamsのライヴヴァージョンも発見。



ちなみに、アナログ盤の曲で唯一「Something Came Over Me(The Electric Version)」がCDに収められていませんでしたが、同曲は後にChris Stameyの「Fireworks」というソロアルバムに収録されてます。但し同じバージョンかどうかは不明。

FireworksFireworks
(1991/10/22)
Chris Stamey

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さて、The dBsとその中心人物だったChris Stameyを知ったのは、イギリスのポストパンク、ニューウェイヴにどっぷり浸かっていた80年代のことでした。アメリカのロックはダサいと決め付けていたあの頃、それでもクールなアメリカーンを探して、ヴェルベッツやらテレヴィジョンやらトム・ヴァーレインを聴いていたあの頃。多分The dB'sも同じニューヨークパンクの系統だと思って聴いてました。その他には、The Feelies及び別プロジェクトのYung Wu、Yo La Tengoとかも同じ頃。ちなみに、この辺りのバンドは確かニューヨークじゃなくて、ニュージャージーのホーボーケンの出だったような、、。Chris Stameyのレコードを出してたインディーズ、コヨーテレコードも確かホーボーケンだったわ。Mitch EasterとLet's Activeを知ったのはChris Stamey繋がりだったけど、Alex Chiltonは前回書いた通り別ルートだったなー、等々思い出に浸りつつ聴いてみました。

まー、The dB'sにしろ、Chris Stameyにしろ、どれもこれもポップなんですが、どこかヒネリの効いたポップ、って感じでしょうか。The dB'sの「Home for the Holidays」はカントリー調。



「Holiday Spirits」パンキッシュながらも、どこかキュートさを持ち合わせてて、それがホセ・フェルシアーノのカヴァー「Feliz Navidad」でもいかんなく発揮されております。



ストレートに、ロックンロールしてる感じをパンクと呼んでも良いのかな?ラモーンズなんて正にそーゆーバンドな訳ですが、The dB'sにはそこに変化球が入ってくる感じとでも言いましょうか。

Chris Stameyのソロも、まーそんな感じ。結構ポップなんですけど、「ややっ!そう来るんかあー?」と思わせる展開をしたりする、そんなお方です。このChristmas Time Againで一番好きな曲は、Cathy Harringtonとゆー女性とデュエットしてるYou're What I Want For Christmasなんですが、YouTube動画の代わりに下記リンクで聴けますよ。

↓こちらをクリック
You're What I Want For Christmas

なんか女性ヴォーカルも可愛くて和むんだわ~。このCathy Harringtonさんって、やっぱネット検索しても情報が無くてねー。クリスのアルバムに参加してる以外、音楽活動してないみたいなんで、ホントに只のお友達なんでしょうかね。元々アナログ盤はChris Stamey Group名義でスペシャルゲストにThe dB'sとクレジットされてたんですが、きっと、クリスと仲間たちみたいなノリだったんですよ。ジャケット写真には女性が2人なので、Cathy HarringtonとMary Macなんでしょう。で、CathyさんがソロでやってるSha La Laがまたキューーーーートな曲なんですけどおお。

↓こちらをクリック
Cathy Harrington - Sha La La

名義はCathyさん単独ですが、バックコーラスにクリスの声がちゃんと聴こえますねえー。打ち込みの音がいかにも80年代な作りですけど、これ、今聴いても大好きなんですわ~。そして、アルバムではこの後に先日紹介したAlex Chilton「The Christmas Song」と続くのが、何気に選曲の妙があるなと思いますね。キュートな女性ヴォーカルの後に渋い奴来たどー!って感じで。ただの寄せ集めじゃないぞと。

と言う訳で1985年の「Christmas Tme 」The dB'sおよびChris Stameyを知った私は、当然のことながら、1987年クリスのソロ「It's Alright」も良く聴きました。こちらにもポップな曲ありましよー。Cara Leeとか。



しかしね、これまでに日本盤が出た事あるんだろうか?と疑問に思ってたら、クリスがYo La Tengoと組んだアルバムは出てましたね。これはYo La Tengo有りきで出されたのでしょうか?ヨ・ラ・テンゴって、むかーーしカレッジチャートが流行り出した頃に来日して、渋谷のちっちゃいクラブでライヴを見たのですが、いつの間にか出世してた。

ア・クエスチョン・オヴ・テンパラチュアア・クエスチョン・オヴ・テンパラチュア
(2005/02/18)
クリス・ステイミー・ウィズ・ヨ・ラ・テンゴ

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テレヴィジョンの「ヴィーナス」のポップなカヴァーが素敵です。クリスさん、まだ現役で頑張ってるみたいなんで、今後もYouTube等で動向が見れると良いなーー、と思っています。

という訳で、いつもの通り纏まりなく、話がアッチコッチしましたが、クリスマスにはクリス・ステイミーの「クリスマス・タイム・アゲイン」を聴いてるぞ、と言うお話でした。



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タグ: クリスマス NYパンク

テーマ:メリー・クリスマス☆ - ジャンル:音楽

2013/11/25 09:30 yuccalina

ジョン・ケイルのChild's Christmas In Walesとルー・リードの話

11月に入ると世間はクリスマス商戦で、スーパーマーケットにも赤と緑のディスプレイが目立ち始めました。ロック関連のブログを覗いていると、クリスマスソングやアルバムが紹介されているのを見て、ふと思ったのです。自分はこれまでに、どんなクリスマス音楽を聴いてたたのかなと。去年はブレイヴ・コンボのアルバムを紹介しましたが、他にも色々ありそうなんで、ボチボチと紹介していこうかと思います。

昔は好きなアーティストのクリスマスっぽい曲を集めて、自らテープを編集したりもしてたしたが、必ず入れていたのがこれ。



パリ 1919パリ 1919
(1998/02/25)
ジョン・ケイル

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ジョン・ケイルの「Child's Christmas in Wales」はアルバム「Paris 1919」に収録されています。ディラン・トーマスの詩から取ったフレーズも入ってるそうですが、彼の子供時代の思い出を綴った歌詞なんだとか。しかし、不思議な事にクリスマスもサンタクロースも出てこない詞なんですよ。ハロウィーンは出てくるのにね。その日の光景とか大人たちの様子を描いているのかな?曲調はほのぼの、間奏のオルガンがクリスマスっぽく優しい雰囲気で大好きです。

同アルバムからもう1曲。1988年の来日公演では、「Child's-」は演奏しなかったと思いますが、アルバムタイトル曲「Paris 1919」はとても盛り上がったのを憶えています。イントロのピアノを叩きだしただけで、観客が沸きました。



<1988年初来日時のチラシ>
johncale.jpg

ちなみに、ニコと共演した回もあったのですが、私が見たのは単独の方です。「Paris 1919」は第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約を題材にした曲ですが、アルバムには他にも作家グレアム・グリーンとかシェイクスピアのマクベスとかをモチーフとした作品が収録されていて、流石に知性派って感じでしょうか。ジョン・ケイルはクラッシックの素養があり、現代音楽からキャリアをスタートした方ですが、70年代のニューヨークでCBGBやマックス・カンサス・シティといったアンダーグラウンドなライヴハウスで、様々なアーティストと繋がっていくんですね。パティ・スミスのファーストをプロデュースとか。私はジョン・ケイルを知ったお蔭で、聴いたアーティストが結構いますね。ケヴィン・エアーズ、ニック・ドレイク、クリス・スペディング、と、これだけでも彼の守備範囲の広さが出てるのかな?

さて、ジョン・ケイルと言えば外せないのがヴェルヴェット・アンダーグラウンドですから、やはりここでルー・リードに触れておきましょうか。10月27日の訃報には、追悼文を書かれてる方が多数いらっしゃいました。その昔アンディ・ウォーホルが他界した時、ジョン・ケイルと共に「ソング・フォー・ドレラ」というレクイエムを出したルー・リードも、見送られる時が来たのだなーと、感慨深いものがありました。

彼は若い頃同性愛の治療として、電気ショック療法を受けさせられ、大変な思いをしたことがあるそうです。同性愛はビョーキと信じられていた時代。ロボトミー手術を施して廃人同然にしてしまう暗黒病院とか、映画「カッコーの巣の上で」を思わせます。そんな経験を乗り越え、男性パートナーを連れて来日したこともあるルー・リードの最後を見送ったのはローリー・アンダーソンという女性でした。ローリーはいつもショートカットにスーツというマニッシュなスタイルでヴァイオリンを弾いてたので、レスビアンなのかなー?と思ってましたが、ルーとなら丁度バランス良かったのかな。ローリーは妻でありソウルメイトだったってことは、結局ルーは性別など関係なく「人間」を愛したってことなんかなー?

<ロバート・メイプルソープによるローリーのポートレイト-1987年>
rory.jpg

とか思いつつ、最後にルー・リードを一曲。勿論「トランスフォーマー」や「ベルリン」は聴きましたがどちらも後追い。やはりリアルタイムで聴いたものは印象が強く、私の場合は「レジェンダリー・ハーツ」です。



ロミオの心は伝説、ルー・リードの心もまたしかり。
(合掌)


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タグ: NYパンク 70年代 クリスマス ケヴィン・エアーズ

テーマ:クリスマスソング - ジャンル:音楽

2013/05/28 08:45 yuccalina

ロックとファッション~ニューヨークパンクとジョニー・サンダースに纏わるエピソード

ほぼ毎週金曜日に入ってくるユニクロの折り込みチラシを見ながら、ロックTシャツがこんなに安く簡単に手に入るなんて良い時代だな、とか思ってるブログ主です。そう言えば前にもファッションの話で、昔原宿の裏通りの店とかでしか買えなかったモッズコートも今じゃ近所のRight-onで買える、なんて話を書きましたっけ。ただ、それがロック音楽でなく単にロック風ファッションが浸透してるだけで、別に根性入れて着てなかったら、ちょっと寂しい気もします。私にとってファッションは、生き方と結び付いていて、それがロックとも深く関わってきたものですから。今現在も、「Dream of Life」の頃のパティ・スミスと同じ髪型にすべく、髪を伸ばしてる懲りない人間なのさっ。

ってな訳で、ジョニー・サンダースの事を書こうかと思い立ったのは、こんなファッションアイテムがきっかけ。先日私物を整理していて出てきたのが、このシャツの襟につけるカラーチップスです。子供の頃から物を捨てるのに余り躊躇いが無い私が、態々取っておいた物には、大抵深い思い入れがあったりします。このウエスタン・ファッションのアイテムの影にあるのは、多分、ジョニーだったのではないかと思ったのです。特にウエスタンに凝った記憶は全然ないのですが、彼がこの手のスタイルをしてたなーと。ジョニーが実際にカラーチップスをつけてる写真は、残念ながら見つからなかったのですが、大きなバックルのウエスタン調のベルトとか、愛用してましたよね。そう、私にとってカラーチップスは、ウエスタンアイテムでなく、ロックアイテムなのでありました。

fashion11.jpg

ちなみに、左下のは旅先のロンドンで買ったもの、右下はどこかのアパレルブランドのもの、そして、上段の2品はどこか裏原宿(私の時代にはそんな呼び方なかったけどね)の店で購入しました。ただし、それはピンクドラゴンではなかったと思います。

しかし、私はこのカラーチップスを買ったものの、あまり頻繁には身に着けた記憶がありません。それは多分ジョニーの音楽と自分との距離感に関係していそう。私はこのブログの中で、パティ・スミストム・ヴァ―レイン、リチャード・ヘルについて書いてきましたが、私にとってジョニー・サンダースって、やはり“トム・ヴァ―レインが率いたテレヴィジョンの元メンバーだったリチャード・ヘルと一緒にハートブレイカーズを結成した人”でした。先ずはトム・ヴァ―レインありきで、彼の音楽にドップリ浸かったしていた訳ではなかったのでしょう。それでいて、どこか不良に憧れるように、ファッションは真似してみたかったのかしら?トムはいつもヨレヨレのTシャツにジーンズだったから、真似しようがなかったのも事実。対照的にジョニーはいつも襟の付いたシャツを着て、首もとにスカーフ巻いたりしてましたっけ。

等と思い出に浸りつつ、さらに持ち物チェック。ROIRというNYパンクのカセットをリリースしていたレーベルがあったのですが、私が所有してるのは下の3本でした。

roir.jpg

左から、現在ではCD化されているテレヴィジョンのライヴ、NYパンクのシングルを集めたコンピレーション、そしてリチャード・ヘルの未発表曲集。やっぱニューヨークドールズも、ソロになってからのジョニーのカセットも持っておりませーん。同時代に同じ場所(CBGBやMax's Kansas Cityとか)で活動していましたけど、トムとジョニーではファッションだけでなく、音楽性も何気に違ってましたよね。

、、てな具合に、魅かれつつも浸りきれなかったジョニー・サンダースではありますが、私が一番ハマったアルバムは全編アコースティックの「Hurt Me」でした。タイトル曲がリチャード・へルとの共作、というのも大きなポイント。ここでも、私にとってのジョニーはやはりテレヴィジョン繋がりだったんですよね。シド・ヴィシャスに捧げた「Sad Vacation」やP.F.スローンのカヴァー、「Eve of Destruction」も大好きでした。原曲が聴きたくて、スローンのアルバムまで買いましたから。全体を通して、物悲しいメロディと歌声にグッときたのです。その次によく聴いたのが、同時期リリースの「In Cold Blood」だったでしょうか。ブッカ―T&MG'sのカヴァー「Green Onion」が格好良いなーと好きになり、何年か後に映画「ブルースブラザーズ」を見て、作者のスティーヴ・クロッパーの事を知ることになりました。という意味でも、ブルーズの入り口になった結構重要なアルバムであったかもしれません。

<この動画ではカラーチップス付けてますね!>




さて、私がたった一度だけ見たジョニーのコンサートは、1986年7月7日の日本青年館ホール。記憶にずっと残っていたのが、会場に流れるコーザノストラのBGMとともに、メンバーが登場したオープニングと、バンドメンバーを下げて、ジョニーが一人アコースティックセットで弾き語りしてくれた場面です。

<半券が残ってるので行ったのは間違いない>
IMG.jpg

きっと「Hurt Me」 への入れ込みが強すぎたのでありましょう。私は自分の好きな「Hurt Me」「Eve of Destruction」と「Sad Vacation」の3曲を、そのライヴで聴いたとずっと思い込んでいました。今回のエントリを書くにあたり、そのライヴについてブログで書かれてる方を見つけ、ライヴ音源をお持ちということなので、コメント欄で質問してみたことろ、何とどれも演奏してなかったんですよね。人は忘れる生き物ですなー。このように記憶がかなり曖昧なのも、正直なところ、ジョニーの入れ込み方が半端だったからでしょうね。信奉者の皆様ごめんなさい。

この勘違いの裏には、アルバム「Hurt Me」が好き過ぎたことと、もう1つ原因がありそうです。ジョニー来日の86年から88年の間に見た、NYパンク絡みのコンサートを下に揚げてみますね。

87年3月 スーサイド(ライブイン)
87年5月 トム・ヴァ―レイン(よみうりホール)
88年3月 ジョン・ケイル(PARCO劇場)
88年5月 レニー・ケイ(六本木インクスティック)
88年9月 ジョナサン・リッチマン(クラブクアトロ)

トム・ヴァーレインに関しては、元々扱いが別格でした。出待ちして握手してもらったり、雑誌の記事等の記録もちゃんと残っています。その他では、ジョン・ケイル、レニー・ケイ、ジョナサン・リッチマンの3組には共通点があります。それは、会場が小さかったことと、皆サポートなしの完全に単独のパフォーマンスだったことです。唯一、レニー・ケイのライヴでは、アンコールで客席にいた鮎川誠が飛び入りする場面がありましたけど。兎に角、たった一人の舞台で、生身の人間が作り出す各々の音と歌に、心が揺すぶられたのでした。ジョニーの公演でも、一人でやった部分が強く印象に残ったのは、多分この3アーティストのパフォーマンスに引き摺られたところがあったのだと思います。上の半券を見るとジョニーのライヴん時の席はJで前から10列目。結構近くで見たのは確かですが、日本青年館は結構な広さのハコだったのにも関わらず、私の記憶では何だかどっかのライヴハウスで見てた感じになっちゃってました。

とか何とか、色々と言い訳を書きつつも、久しぶりに「LAMF」なぞ聴いてみましたよ。きっと「Born Too Lose」や「Chinese Rock」でノリノリだった筈でしょー?とばかりに、記憶を辿ってみよーかと。んー、しかし、私がやっぱ一番好きな曲は「I Wanna Be Loved」だなー!何故って、NYパンクのドキュメンタリー「Blank Generation」のエンディングで鳴り響いてたのがこの曲なんだもーーん。ってやっぱりここでもトム・ヴァ―レインとテレヴィジョンありきの思い出みたいになっちゃって、ジョニー信奉者の皆様、重ね重ねすみませーーん。



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しかし、このタイミングで知ったのですが、「Hurt Me」の国内リマスター盤が6月15日発売だそうですね。1983年にロンドンで行われたプロモーションライヴのCDがオマケで付いてて、そこには私が勝手に想像してた曲「Eve of Destruction」なぞも入ってる模様。買おうかしらー、悩むわーー。ついこの間、あのカラーチップスを見るまでは、ジョニーのことなんてすっかり忘れていたのに。余りにタイミング良すぎて怖いです。

ハート・ミーハート・ミー
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ところで、カラーチップスって、一応ファッションアイテムとしてはまだ生き残ってるみたいですね?取扱いしてるネットショップもあるようで、、。折角なんで、手持ちのシャツに付けてみましたよ。

fashion10.jpg
fashion9.jpg

前立ての両サイドに付いた、断ちっぱなしの布を重ねたモチーフが、ワイルドでちょっとジョニーっぽくなくなくない?流石にピッタリのパンツとかでロッカー風着こなしは厳しいですが、逆にスカートと合わせたらまだイケるかも?と、勝手に喜んだところでおしまいにしたいと思います。


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タグ: トム・ヴァ―レイン NYパンク 80年代 60年代

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