プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/11/23 18:30 yuccalina

日仏合作映画『FOUJITA』のこと

コチラは11月17日に一度投稿した記事ですが、追記(青字)しました。

先週末公開になった、画家藤田嗣治を描く日仏合作映画『FOUJITA』の、ポストカード付チケットをゲット致しました。先週の水曜日、銀座の綿本ヨーガスタジオへ行く道すがら、有楽町の角川シネマで購入して参りますたのよ。

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foujita32.jpg

左のアップのカードを見ると、アゴのホクロは敢えて消さなかったのでそか。小栗監督も「伝記映画にするつもりはない」と仰ってましたので、オダジョー感を消す必要もなかったということでそか?それにしても、やっぱりオダギリジョーは二枚目過ぎますね。

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と、本物の藤田の写真を見て実感いたしましたが、以前にも書いた藤田のオシャレな服装も含め1920年代の空気が、どのように描かれているのか、とても楽しみ。そして、戦争画関連については、小栗監督の捉え方が反映されるでしょうから、そちらも興味深いところです。今週末に見に行く予定ですので、来週には感想を書きたいと思っております。

追記)

20(金)に新宿武蔵野館で見てまいりました。

フジタのパリと日本でのエピソードで綴られているものの、殆どストーリーになってなくて、絵画的な映画とでも言いましょうか。映像はどれも美しかったです。でも、後ろの席から大きないびきが聞こえて、集中出来なかったりしました。

君代夫人が過去の女性達を「布に例えるとどんな人?」と質問する下りは、フジタの布への拘りを暗に示してるんでしようね。ちなみに5人いた歴代妻のうち、最初のとみ子、4番目のマドレーヌは登場せず、君代夫人のセリフで言及しただけでした。

加瀬亮が演じた青年は、フジタが日の丸に豆と蛙を描いてあげたという鈴木博住氏がモデルになってるのかな?戦争犯罪云々の話は一切なしで終えたのは、良かったと思います。

フジタを知らないで見て、彼に興味を抱かせる映画かどうか、と言う点では微妙なとこですかね。



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タグ: フランス 20年代

テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

2015/05/21 13:31 yuccalina

20年代好きで、タップダンス好きで、犬好きにピッタリな映画『アーティスト』

2011年アカデミー賞作品『アーティスト』は、数か月前に録画してあったのですが、最近やっと見ました。20年代カルチャーが好きで、タップダンスが好きで、犬好きの私が、この映画を嫌う理由がある訳ないですが、手短に感想を書いておきます。



20年代好き的は、やはり服装や髪形などのファッションに食いつきましたが、主演女優のベレニス・ペジョ(アルゼンチン出身)は顔が濃いせいか、モノクロの方が魅力的に見えますな。ミシェル・アザナヴィシウス監督(名前からしてギリシャ系か?)の奥様らしいです。

で、タップダンスシーンは最後に見どころを持ってきたのが盛り上がりましたが、一番惹きつけられたのはやっぱり犬のアギー(Uggie)なんです。アギー名場面集の動画もありましたよ。



犬種はジャックラッセルテリアでしょうか?確かやんちゃで躾がし難いタイプの犬だったと思うのですが、素晴らしい演技(?)でした。セリフが無い中では、役者さん達の表情がモノを言う訳ですが、アギーが一番自然で表情豊かに見えちゃった。

さて、『アーティスト』で思い出すのはデニス・テン選手(カザフスタン)の12-13シーズンのプログラムです。こちらはフリー。2013年の世界フィギュアで銀メダルの演技です。



この時からずっと見たいなー、と思ってたので、CSチャンネルで放送してもらえて良かったです。


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タグ: 20年代 タップダンス 犬好き

テーマ:フランス映画 - ジャンル:映画

2015/02/03 11:04 yuccalina

フジタ画伯のワードローブと映画『FOUJITA』に期待すること

いきなり本題から入ります。今年の秋に公開予定という日仏合作映画『Foujita』で、私が一つ注目していることがございます。



それは、藤田嗣治役のオダギリジョーがどんな服を着ているのか?

藤田嗣治は1886年生まれ。軍医の息子という家柄の良さもあり、幼少時代の写真から残っているのですが、亡くなったのが1968年とカラー写真の普及がギリギリ間に合わなかったのがとても残念なんです。

だって、モノクロ写真の数々を見てると、どれもオサレな格好しているんですもん。

マルチボーダーのトップスにマフラーとか、

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グレンチェックのウールコートにギンガムのマフラーとか、

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ジャケットの下にもチェックのシャツ、ちなみに左はマリー・ローランサン。

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ジェラール・フィリップ(左端)と一緒に写ってるのは、映画『モンパルナスの灯』の完成記念だそうで、藤田は質の良さそうなな素材のコート(又はジャケット)を着ていますし、

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ジャン・コクトーとのツーショットでは、チェックシャツにドット柄のタイとか、

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柄物同士を合わせてたりするのは、オサレ上級者の証。これらが一体どんな色だったのか、私は知りたくて仕方ないんですけど~!

仕事着はボーダーがお好きだったようで、これはもしや楳図かずお先生ちっくかしら?

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と想像してしまう訳です(以上、画像はすべて『藤田嗣治画集・素晴らしき乳白色』より)。

カラー写真はなくても、整理整頓好きで物持ちの良かったという藤田画伯ですから、一部、現物が残ってる服もあるのでは?と期待しているんです。

実は2006年の生誕120年記念の藤田嗣治展では、一部遺品も公開されてまして、お手製の帽子と、道具袋があったんですよ(画像は藤田嗣治展カタログより)。

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やはり、赤白のボーダーがお好きだったのでせうか?右の袋も色の合わせ方が可愛いですよね~!

あとは、自画像で着ていた服が手掛かりですが、青いシャツを着てるのが多い気がしますね。下は『レオナール・フジタ 絵と言葉展』(1988年目黒区美術館)で公開された絵手紙でして、やはり青い服が描かれています。

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しかし、オダジョーは二枚目過ぎて、オサレしたら画家と言うよりはモデルみないになっちゃわないか?と多少心配でもありますわ。

同じ『絵と言葉展』で見た絵手紙にこんなのがあったんです。

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やりたいことがあり過ぎて、腕が2本では足りましぇーん!と阿修羅化した藤田の図。コミカルですね。エコール・ド・パリ時代はフーフー(お調子者)という愛称だったそうですから、ファッションもきっとポップだったと思います。

先日オダジョーは、テレビ東京の『YOUは何しに日本へ?』に、主演映画の宣伝で出てましたけど、撮影はもう終了したんでしょうかねえ?カッコ良くなり過ぎず、藤田のポップな雰囲気を出してフーフーになり切っていることを期待しております。


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タグ: フランス 20年代

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2014/11/12 13:02 yuccalina

『藤田嗣治 パリからの恋文』その(4)最終回~フジタと日本と国際人+日仏映画『FOUJITA』

エコール・ド・パリでその才能を開花させた画家、藤田嗣治の評伝について書いてきましたが、今回で最後にしようと思います。テーマは藤田と日本。そして、そこから国際人って、一体何だろうと、考えてみようかと。

藤田嗣治 パリからの恋文藤田嗣治 パリからの恋文
(2006/03/23)
湯原 かの子

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戦後に日本画壇から嫌がらせい合い、パリに戻った話は前回書きましたが、その後藤田は二度と日本の地を踏まず、君代夫人と共にフランス国籍を取得、カソリックに改宗しました。

「私が日本を捨てたのではなく、日本に捨てられたのだ」とか言う発言をどこかで聞いたことがあるのですが、この本を読むと、決して日本が嫌いになった訳でなく恋しい気持ちがあった様で、胸が詰まりました。

これは、あくまで私が受けた印象ですけど、日本への恨み辛みが強かったのは、君代夫人の方だったかもしれません。藤田より20歳以上も若い彼女には、望郷の思いよりも怒りの方が強かったのでは?と思わせるエピソードが出てきたのです。以下、赤字は全て、本から抜粋したものです。

かつて『秋田の行事』という壁画を依頼した、平野政吉が「藤田美術館」(実際は「平野政吉美術館」として開館)の建設が決まったと、報告の為に長男の誠を伴って、藤田の家を訪れた時のこと、

藤田は君代夫人に「大将がきたよう」と叫んで、私を迎えてくれた。「藤田美術館がとうとう建つ」と言う私に、藤田は「記念に、ぼくがミケランジェロに挑戦した絵を譲ろう」と言った。
私はうれしくて、パリの街行く人に、だれ彼となくシャンパンをふるまった。だが、次の朝藤田からの電話が入った。「あの話はなかったことにしてくれ」。夫人の反対らしかった。私は納得した。
(平野政吉「聞き書き わがレオナルド藤田」より)


この文面からは、藤田は明らかに平野の訪問を喜んでいたのに、君代夫人とは温度差があったように、伝わってきたのです。

君代夫人は一度、1999年にNHK教育(現Eテレ)の番組に出演されていたのを見た記憶があるのですが、話してる感じも気が強そうで、私にはちょっと怖いイメージがあった為、余計にそう感じたのかもしれません。

さらに、藤田の死後、埋葬とランスのフジタ・チャペルとを廻って、チャペル建設の出資者ルネ・ラルーと君代夫人が揉めた話も、この本に出てきました。かなり押しの強い女性だったみたいなので、藤田は夫人に全く頭が上がらなかったのでは、と想像に難くないのです。

藤田は日本人との付き合いを完全に断っていた訳ではなく、シャンソン歌手の石井好子がパリに住んでいた時は、とても可愛がっていたそうです。石井を連れて、マルセル・マルソーのショーに行ったり、石井が憧れていたシャンソン歌手マルセル・ムルージに引き会わせたり。ムルージは藤田の3番目の妻、ユキ・デスノスによって育てられたとかで、藤田はムルージを自分の子供のように可愛がっていたそうです。

また、1951年からパリに住んでいた画家の田淵安一とは、一緒に旅行したり、経済的援助をしてあげていた。毎年クリスマスには田淵の息子に贈り物をして、おじいちゃんだと思われていたとか。

等々、日本人との交流も紹介されていました。

それでは最後に、この評伝で、一番印象深かった点について。それは、藤田が「世界的な画家になる」と志して、実際そうなるに至った要因です。まだまだ海外の物に憧れて、真似するだけだった時代に、世界が藤田に注目したのは、やはり彼の日本的な部分なのではないか?と。藤田自身の言葉によれば、

・・・・・西洋人の出来ない仕事をやってみよう、貴様もうまいが、俺の真似は出来まいと云うような仕事をしたらどうだろう、何にも絵の規則とか絵の法則と云うようなものがある訳ではない、皆人間が決めたので神が決めたのではない、誰でも自分の規則を拵えても構わない、西洋人も偉いが、俺だって東洋の支那、印度を背景にした大きな宝を持って居るから、其宝を持ちだして競争したらどうだろう、(・・・・・)そうして、ぼつぼつ自分の考えをやりはじめました。

そこから出発して、藤田が思い至ったのは、

私は少し違った裸体を描いてみようと思いまして、色々考えましたが、未だに肌を描いた人がない、肌は詰り人間の質で、一番絵で以って大切なところであります、其質を描くことに決めました。

それに対し、著者はこう続けていました。

フジタはいままで誰も描かなかった肌を描いた。しかも日本画で用いる面相筆を使って、東洋画の伝統の線描を取り入れ、色彩もフォーヴィズムや表現主義の色彩による表現という、当時の潮流とは逆に、あえてモノクロームにこだわったのだ。・・・・・・・・パリの人々はフジタの画布にジャポニズムの再来を見、エキゾティスムとエロティスムの香りを嗅いだのであった。

また、実際1920年代に美術評論家ケネット・E・シルヴェールによって書かれたフジタ評も紹介されているのですが、そこには、

フジタはフランスに憧れ、フランスの美術や文化に夢中だが、にもかかわらず、彼はセーヌ河岸で日本人であり続ける。なぜなら、美術家の生まれた地域や国という要因は、美の創造において根源的な要因の一つだからである。・・・・・・・フジタの才能は、細心綿密で、几帳面で、洗練され、伝統を大事にしながら、しかも素朴さを失わない、日本人の国民性のもつ才能である。フジタは西洋的な意味における色彩画家ではないので、簡素な色彩でもって、フランス人が知り過ぎている故に見逃している風物を描く。そしてそれが、西洋人が描く絵とは違った面白さをかもしだす・・・・・。

一口に欧米人とは言っても、フランス人は日本の美への理解が深いのではないか?と私も常日頃から思っていたのですが、なるほど、20年代で既に、このような評論が書かれていたのですね。実は美術家に限らず、国際人たるには自国の文化や歴史を深く理解し、大切にしてることが一番なのではないか?と私は思っておりましたので、ここで、なるほどっ!と膝を打った訳ですよ。日本人の中には「英語が喋れれば国際的」と単純に考えてる人も少なくない気がしますので。

私の海外での経験は少ないものですが、「日本について知らないことが多くて恥ずかしかった」ことが結構ありました。自分を育んでくれた土台となる文化も知らず、受けている恩恵に感謝の気持を持てない人間は、信用されないのではないでしょうか。また、言葉を喋れても内容が伴っているかどうか、それは語学とは別の問題です。

実際、藤田のフランス語はあまり流暢ではなかった、とこの本にも書かれています。パリの社交界で人気者になったのは、別に語学力とは関係ないのです。それは彼の作品の魅力と、それを生み出した人間性によるもの。そこには、“細心綿密で、几帳面で、洗練され、伝統を大事する”日本人ならではの美徳があったのでしょう。

藤田は文化的アイデンティティーを確立し、その固有性をユニヴァーサルな次元で共有できるものにすることで、国際人となった、と著者は評しています。そして、フランスに帰化しカソリックとなってからは、晩年のフジタにつきまとう拭いきれない暗さとは、祖国喪失者の翳りかもしれないとありました。但しそれを「真の自由人となったのかも」と言う見方で、フォローしてはいましたが、やはり画家として藤田が一番輝いていたのは、20年代ってことになっちゃうんでしょうね。

と言ったところで、『藤田嗣治 パリからの恋文』の話を閉じることに致しますが、最後にオマケ。

現在、日仏合作映画『FOUJITA』が撮影されてるそうですね。9月にニュースがあったのを、今頃知ったんですが、小栗康平監督で主演がオダギリ・ジョーですか。YouTubeに動画が上がってたので、貼っておきますね。



オダギリ・ジョーだと、ちょっと美男過ぎるのが気になりますね。以前、どっかのBSで竹中直人が藤田を演じたのを見た事があるので、変な感じしますけど、まあ雰囲気は出てるかな。どんな映画になるのか、楽しみです。公開の頃にはまた、藤田本が色々出るかもしれませんので、そちらも楽しみです。


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タグ: フランス 20年代

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術

2014/08/11 10:51 yuccalina

「ココ・アヴァン・シャネル」~ファッションの価値観を変えた女性の原点

先日の「グラントリノ」に続き、CS放送で見た映画「ココ・アヴァン・シャネル」のお話です。バレエリュス展(記事はコチラ)ではシャネルが衣装デザインした「青列車」を見たり、「デュフィ展」(記事はコチラ)では、脱コルセットの着物風なルーズドレスを作ったポール・ポワレの作品見たりした後だったので、とても良いタイミングでした。但し、この映画にはバレエリュスの話も、ポール・ポワレも出てきません。ハッキリ言ってシャネルの伝記映画と呼ぶには、内容が偏りすぎとゆーか、情報不足な気がします。予備知識無しで見たら、金持の屋敷に居候してゴロゴロしてた頃の色恋話に見られかねないかなと、ちょっと心配。実は彼女のファッションの革新性や、女性としての生き方に芽生えて、自己を確立した頃の話でもあると思うんです。そう言う意味では、見所が沢山ありました。


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幼い頃に母親が他界し、父親に捨てられる形で孤児院で育った生い立ちがプロローグ。お針子をしながら酒場で歌手をしていた下積み時代に、貴族のバルザンと知り合い、屋敷に転がり込んで居候してる時代がメインのお話です。そして服飾デザイナーとして成功するエピローグは、駆け足のような映像のみとなっています。

で、毎日取巻き立ちと遊ぶ生活をし、「働くなんて最低だ」という貴族のバルザンを尻目に、シャネルには働きたい意欲がムクムクと芽生えます。バルザンのお屋敷の書棚にあった多くの書物を読んで、見識を広げたからでもあるのでしょうが、根底には何か作りだしたい、創作意欲があったのかもしれません。そして、女性の人権にも目覚めます。男はこうで女は、、、というつまらないルールに縛られた当時のファッションを否定し、掟破りをすることから始めるのです。

例えば、当時の女性にパンツスタイルは無く、馬に乗るには長いスカートで横座りしていましたが、彼女はバルザンの服を自分用の乗馬服に仕立て直しました。当時はまだ「男装してる」として、女性が着る服ではなかったのです。

また、上流階級の女性たちのゴテゴテと装飾過多な服装を見て、シャネルは「まるで銀食器みたい」とか「頭にメレンゲを乗せてる」と揶揄します。ゴチャゴチャと装飾過多を忌み嫌うのは、孤児院や修道院で質素に育ったからのようで、女優の知人に修道院で着ていたような清楚なワンピースを作ったり、自身も紳士服を仕立て直してシンプルなシャツワンピースを作ったりするのです。

バルザン邸で出会ったイギリス人の青年実業家カペルと恋に落ちたシャネル。一時は結婚を夢見て破れる展開もありましたが、そんな恋物語の中でも、コルセット無しの黒のドレスでカペルとダンスを踊り、黒を「究極の色」と表現するシャネルの姿がちゃんと描かれていました。喪服の色だった黒をおしゃれ服の定番にしたのも彼女でした。また、カペルの持っていたポロシャツの素材、ジャージーに興味を持つシーンもありました。ジャージー素材を初めて婦人服に使用したのもシャネル。

等々、その後のシャネルがファッション界で広めたアイテムに纏わる場面が、そこかしこに散りばめられてたのです。

カペルは、シャネルの愛人でパトロンになるのですが、彼は金銭面のバックアップだけでなく、精神的な支えでもあったようです。コルセット無しのドレス、羽のない帽子、ヒールのない靴等、シンプルで活動的な服装は、女性の自由を象徴する価値観でしたが、平民の母を持つカペルはそれを理解し、シャネルの仕事を後押ししたのでした。

シャネルの服がシンプルでシックで活動的なのは、正に彼女の生き方そのものでありました。それまで男に従うだけたった女たちが、ファッションにも自由を求め出した時代の空気が感じられる内容だったと思います。そして、何よりも、自分の美意識に絶対の自信を持っていたところがシャネルの凄さだったのではないでしょうか。シンプルで質素なのは、自身が孤児院や修道院で見てきたもの。それに対して劣等感を持つよりも、その中にある潔く気高い美を、自分の中で熟成させたような、そんな気がしたからです。

ところで、オドレイ・トトゥが演じるシャネルを見てたら、やっぱりイネス・ド・ラ・フレサンジュが専属モデルに選ばれた理由が、分かるような気がしました。ボーイッシュなルックス、媚びない雰囲気は、シャネル自身のイメージと重なるものがあります。ファイルに残っていたイネスの切り抜き(雑誌SPURのインタヴュー)に、こんな写真がありました。コレクションでシャネルスーツを着たイネスとか。

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前髪のウェイヴに20年代を感じさせるスタイルですね。

インタビュー当時38歳のお姿はこんな感じで、やはりココと同じくボーイッシュ。

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であながら、胸にバラを飾り自身がデザインしたゴールドのブレスを加えるとこが素敵です。

で、スーツ姿のイネスがシャネルの写真の前で、同じポーズとか。

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この後ろに見えるココ・ャネルの写真は、アンリ・カルティエ・ブレッソンの作品みたいです。所有してる写真集にありました。

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マドモワゼル・シャネル1965年とありますので、当時72歳くらい。太く描いた眉毛、手にはタバコと、いかにもな写真ですね。そう言えば、映画の中ではタバコを吸ってるシーンがホントに多かったです。

と言ったところで最後に、その他のシャネル関連の映像作品について。シャーリー・マクレーンが晩年のシャネルを演じた、テレビ映画があるみたいですね。

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でも、英語ってのが気になります。ココ・シャネルがフランス語を喋らんのってどーなのよ?それにシャーリー・マクレーンだと身体の線が太すぎるかな?とちょっとピンと来ないですが。

そして、シャネルとストラヴィンスキーの恋を描いた「シャネル&ストラヴィンスキー」ってのもあります。

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マッツ・ミケルセン、アナ・ムグラリス 他

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こちらはフランス語みないなんで、安心して見られそう?何より、最近ストラヴィンスキーに興味が沸いてるワタクシ、こっちなら当然バレエリュスの話も出てきそうですし、是非見てみたい作品です。CSでやってくれないかしら~!


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