プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

月別アーカイブ
リンク

ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2013/12/30 00:25 yuccalina

片足立ちのポーズ~体と心のバランス感覚

これが今年最後の更新となります。ヨガ日記と謳いながらも、気を抜くとヨガ&アーユルヴェーダのカテゴリーが滞りがちになってしまうので、来年はもっと増やしたいなーと密かに思っております。まー、ヨガもアーユルヴェーダも、余り専門的な事でなく、日常生活で身近に取り入れられるのがモットーなんですけど、看板が重いと言いましょうか、お笑いやロックの話よりも襟を正して取り組まねば、というのもあるんですよね。こちらの記事も1ヵ月前から用意してて、何とか年内に間に合いました。

今回はバランス系のポーズなぞを紹介するのですが、その理由として、以前「ホンマでっかTV」で池田清彦先生がこんなことを言ってたからです。

人は体でバランスを取ろうとすると、精神的にもバランスをとろうとするらしい。

その根拠として、女性はハイヒールを履いて買い物すると、買い過ぎたり変なものをつかまされたりしにくい、というデータがあるとか。なるほど、ヨガのレッスンでも「片足バランスのポーズは判断力、決断力を養う」と聞いたことがあります。要するに体がグラグラした時に、心もグラつかずにいる訓練と言うことでしょうか。いずれにせよ、池田先生の名言「脳は末端の奴隷」というのはここでも当てはまる訳ですね。体の状態が心に作用する、ということですが、ヨガの世界で言われてる「心と体は繋がっている」とも見事に符合するのです。

そんな訳で、優柔不断はワタクシは家でもなるべくバランス系ポーズを行うぞー、と自分の全くウツクシクないポーズを写真に収め、先ずは現状を受け止めるとこから始めようかと思います。

これは、ハーフムーン(半月)のポーズ。
yoga12.jpg

フィギュアスケーターが驚異的だと実感する形ですが、上げた脚から背筋、頭頂までが一直線になるのが理想。頭と上げた脚で引っ張り合い、両腕は均等に広げて上下に引っ張り合うように、力を4方向に分散してバランスを取るのです。

そして、こちらはポーズ名は分からないんですけど、フィギュアのスピンのポジションを思わせますね。汚いポジションですみませんが。

yoga13_20131218085147e00.jpg

胸が若干前に落ちているのが気になるところですが、こちらは片足バランスに上半身の捩じりが加わるので、デトックス効果も期待されるポーズになります。

以上の2つは、いきなり初心者には難しいかと思いますが、片足バランスは日常の動作に応用出来ます。そ、靴下の着脱を片足立ちでしてみるのはどうでしょうか。

この時、注意したいのは、左右の腰骨の高さを揃えて、立ってる方の足に全体重がかからないようにすることです。そして、腰から背筋を真っ直ぐに伸ばすことで、上半身の重みは腹筋で支えるようにします。

yoga16_20131218143233983.jpg
yoga15_20131218143231c9d.jpg

要するに片足バランスとは、片足を踏ん張る力だけでバランスを取ってるのではないのです。上半身は腹筋の力で上に引っ張るようにし、骨盤の位置は両足で立ってる時と同じ左右のバランスに保っておきます。

という訳で、来年も引き続き、バランス系ポーズを強化して、精神のバランスも保っていきたいなーと思っておりますので、ブログの内容もバランス良く行きたいですわー。

さて、新年は3日間パソコンもスマホも触らずに過ごすのを目標としておりますので、再開は4日以降にしようかと思っています。その間は訪問返しもしない予定でおりますので、ご了承くださいませ。毎日更新を目標にしてブログを書かれてる方もいるかと思いますが、私は逆というか一日一記事と決めてませんし、興味のあることは色々と同時進行で、記事をため込んでしまいます。没頭し過ぎるとヤバイことになっちゃうんですよ。ですからパソコンに触れない日を、意識的に作るようにしているのです。出来ればテレビも見ずに、新聞・雑誌も読まずに、情報をシャットアウトする「ニュース断食の日」(←アンドリュー・ワイル博士推奨)を作りたいんですけど、それは中々難しいとこですね。

それでは皆さま、良いお年を~。



お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

タグ: ホンマでっかTV 池田清彦

テーマ:ヨーガ(ヨガ)と健康 - ジャンル:ヘルス・ダイエット

2013/05/17 08:10 yuccalina

中川家の親戚のオッサンから同性婚と「アホの極み」

2001年M-1(漫才No.1決定グランプリ)王者の中川家が、2012年漫才王者ハマカーンの冠番組「ハマ3」に出演していたときのこと。トークテーマは「中川家が見た!本当にいた大阪のオッサン」。その中に、彼等の親戚(父親の弟)のオカマというのがありました。大阪でタクシー運転手していて、襟足が死ぬほど綺麗だけど、今日日のオネエみたいに小奇麗ではなく、昔ながらのオカマのオッサンだそうです。現在67歳で74歳の彼氏と長らく同居してたが、他界されて今は大きな枕で1人寂しく寝ている。なんてプチ情報も、ちょっぴり切ない可笑しさがあったりしました。漫才ネタで聞いたのか、どこかのトーク番組だったのかよく覚えていないんですが、この叔父さんの話は聞き覚えがありました。確か「一族の恥みたいに言われてた」そうです。でも、甥っ子がお笑い芸人になり、ネタにされている現在、彼の扱いが変わってたら良いなー、とか願ってるのは私だけでしょうか?ネタにしてる段階で、既に中川家の2人にとって彼は、愛すべき親戚のオモロいオッサンであり、幼少の頃からそういう目で見ていたに違いない、と私は思うのですが、どうでしょう?また、親戚から不当に扱われてるのを可哀想に思ってたかもしれません。

<「ハマ3」でオカマの叔父さんのモノマネをする礼二>
nakagawake.jpg

という訳で?今回の話題は同性婚です。とは言え、小難しいことを書くつもりも、正義を振りかざすつもりも、ましてや茶化すつもりもありません。ただ、自分の知り得る範囲で、こういう考え方もあるんだよ、ってとこを書いていきたいと思います。

恋人が他界してしまった中川家の叔父さんも、日本にパートナーシップ法があったら、その後の生活も違っていたかもしれない?なんて余計な事考えてしまった私ですが、お笑いの世界においてオカマのネタは、漫才でもコントでも、かなりポピュラーですよね。私がそれを見て笑うのは、嘲るのでなく、軽蔑するでもなく、意外と親しみが湧いてくる要因になってるなーと感じています。2011年のTHE MANZAIで千鳥がブレイクしたキッカケになったキャラ漫才は「紅引きの白平(べにひきのはくべい)」でした。そうなんだー、昔は「紅引き」なんて呼ばれたのね。趣きあるじゃないのー、と私は感心して聞き入ったものです。今日日テレビで活躍しているオネエタレントの皆様も、バラエティでの活躍が目立ちます。海外でもオネエでスタンダップコメディする方が多いですよね。私は一度シンガポールのクラブで見たことがあります。

とまあ、お笑い好きとして、オネエは愛すべき存在、と思っている私。その一方で、ロックカルチャーを通じて、様々な才能溢れるアーティスト達を見てきたので、いつも応援したいなと思っているのですよ。トム・ロビンソン・バンド(TRB)やヴィレッジ・ピープルの曲を初めて聴いた時、私は中学生でしたから。また、ロックが人種や性といった差別を訴える音楽であったこととも、関係しているかもしれません。

<Top of the PopsのMCが胸にTRBバッジを付けてるのに注目>


さらに付け加えれば、ヨガやアーユルヴェーダの考え方をもってすれば、男女のこうあるべき姿なんて、大した意味あるのかな?と思えてしまいます。このブログでも再三繰り返し書いてますが、この世は絶対的価値観でなく、相対的なものでしかありません。何でも白黒ハッキリしたい、杓子定規な人の中には、「男なんだか女なんだか、ハッキリしないのが気持ち悪い!」と思う人も多いんでしょうけど、それを絶対的正義として振りかざしす人には、閉口してしまうのですよ。

かつて当ブログで取り上げた竹内久美子先生(本人は異性愛者だが、フレディー・マーキュリーの大ファン)の著書「同性愛の謎」。そこでは、生物学的に不都合な事って、淘汰される場合が多い中、子孫を残せない不利な同性愛が、何故無くならないのかが科学的に論じられていました。その深い謎に畏敬の念すら感じていて、私も「人間の不思議」を感じてるんですよね。同性婚に反対してる人は、男女が愛し合うのは自然で、同性だと不自然と思っているのでしょうが、同性愛が不自然なら、何故自然淘汰されないのか?一定のパーセンテージで存在し続けるのは、実は自然の摂理なんではないか?と思うんですよね。

同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)同性愛の謎―なぜクラスに一人いるのか (文春新書)
(2012/01)
竹内 久美子

商品詳細を見る


「ホンマでっかTV」でパネリストをしている池田清彦先生も、生物学的見地から、ジェンダー問題に斬り込んだエッセイを度々書かれています。マツコ・デラックスと共著(マツ・キヨ)を出してることからも分かりますが、かなりリベラルな考えの持ち主です。週刊朝日での連載をまとめた「アホの極み」(ハマカーンの漫才とは一切関係ナシ!)の中で、面白いことを書かれていたので、紹介したいと思います。

本人の性アイデンティティーや性的な指向性は脳によって決まるので、男女の二分法を前提としている社会システムの下では、体は男、脳は女といった人は生き難い。
本人が苦しいと訴えているのを病気と定義すれば、確かに性同一性障害と言えるかもしれないが、この障害の原因のひとつは男女の二分法を絶対の正義とみなす社会のシステムにある。

男か女かのどちらかを選べ。それ以外の選択肢はないと社会から強要されるので障害が起こるのだ。

解決するのはとても簡単。

戸籍をはじめ、公的な書類に男女の別を記するのをやめればよいのだ。そうすれば、誰と結婚するのも自由になる。

「アホの極み」~“男でも女でもなく行きたい”より

アホの極み 3.11後、どうする日本! ?アホの極み 3.11後、どうする日本! ?
(2012/09/20)
池田清彦

商品詳細を見る



「戸籍から性別を無くしちゃえば良い」は、逆転サヨナラ満塁ホームランみたいー。凄い発想ですが、いきなりこっちの方向に来る可能性は低そう。私が生きてるうちに、ここまで到達する国を見るのは難しいかな?先陣を切るのはきっと北欧でしょうけど、中でも苗字を持たない国、アイスランドが一番近い位置にいそうです。確か女性首相が同性愛者でしたよね。

最近、フランスが同性婚を認めた為、賛成と反対で国が真っ二つとか、オバマ大統領が同性婚支持表明とか、あちこちでニュースになってる影響なのか、ネット上にこんなのがありましたよ。
同性婚にあなたは賛成?反対? ゼゼヒヒインターネット国民投票

覗いてみたら、今のところ、賛成90%、反対10%と圧倒的に賛成は多数で、しかも理由のツイートをざっと見たところ、反対派には婚姻制度そのものへの疑問も多くて、同性愛へのバッシング的な意見はさらに少なかったです。

その同性愛バッシングの意見にしても、「神が作ったルールに反する」と「同性婚は近親婚や重婚と変わらない重罪」「少子化を助長する」等々、どちらも想定内かつ、到底妥当とは思えない理由でした。もっと「これは!」と考えさせられる反対理由がないからこそ、「取りあえずの賛成票」も多い気がします。

さて、先の竹内久美子先生の「同性愛の謎」によれば、パートナーシップ法は中国・台湾では検討中だが、日本では検案にも上っていないとのことです。以前どこかのTVで「おネエだって子育てしたい」と訴えてる方がいました。ヨーロッパでは、既に同性愛カップルが養子縁組も出来ることを踏まえての発言だったと思います。現在日本の同性カップルの方々は、養子縁組と言う形で、法律的に家族となり財産分与の問題はクリアできますが、パートナーとして法律で認められたい、という気持ちが強いのは理解出来ます。ただ日本の法律制度の問題とか根本的なとこから考えて、どうするのが最良の方法なのかは、不勉強な私にはよく分かりません。先のアンケートの反対票の中にも、婚姻制度に組み込むのではなくて、社会的権利をカヴァー出来る法を追加すれば良い、とか書いてる人もいましたしね。

それと、少子化を盾に反対してる人が多いようですが、「アホの極み」の中に、こんな話がありましたよ。

生態学的見地に立てば、人口が減るのは喜ばしいことだ。
1人当たりの資源量が増加するからである。

世界人口が30億人程度で安定していれば、世界は今よりずっと平和で、生物多様性を保全するのもずっと簡単だったに違いない。

だから理想的には、世界人口が30億人程度で安定するように、社会や経済のシステムを変えてやればよいという話になる。システムを変えるのが容易でないことはわかる。

たとえば、日本では年金システムを守るために少子化が問題だという議論をしている。

しかし、考えるまでもなく話は逆なのである。

「アホの極み」“人口が減るのは喜ばしい”より



日本が少子化で大変だと騒いでるのは、年金制度が立ち行かなくなるから、ってのが大きくて、システムを変えるのは大変だから、それよりも人口増化で何とかしのぎたい?そーよね、自然環境保護だとか、電力などのエネルギー不足とかに対しては、人口減少が悪い事じゃなさそうだし。さすが生物学者の言うことは違うわ、と感心。

てな具合に物事にはすべて一長一短がある訳で、異性愛と同性愛も、どっちが正義でどっちが悪と決める問題ではないと思うのです。私は、同性婚モンダイもそういう目で見守って行きたいのです。

という訳で、お笑いからロックに生物学と、様々な要素を内包する同性愛~同性婚モンダイですが、中川家の叔父さん一度見てみたいですね。ちなみに、うちのマンションで宅配クリーニングを担当しているMさん(推定年齢70歳)は、誰が見ても立派なオカマな方で、「こんにちは~、クリーニングで~す」としおらしい声で訪問し、ドアをあけると内股で上品に立っています。かれこれ10年の付き合いですが、トモローにもとっても優しく接してくれて、私はMさんを見るとちょっとホッします。



お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

タグ: 池田清彦 竹内久美子

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

2013/02/14 15:13 yuccalina

ヴァレンタインにラグノオ「ポロ・ショコラ」と、愛についての考察

本日は聖ヴァレンタインの日と言うことで、売れ残ったチョコレートは明日から大安売りかどーかは知りませんが、ウチはダンナが甘党なんで、毎年何かしら買ってますよ。ここ数年はデパートでお高めのを購入してましたが、「イマイチ良さが分からん。値段に見合う舌じゃないな」と自覚しているようなので、今年はこんなのにしてみました。

valentine2_convert_20130214150309.jpg
valentine3_convert_20130214150327.jpg

ラグノオのポロ・ショコラは、予めカットされたチョコレートケーキが5切れ入って一袋348円也。生協の宅配サービスで購入しました。ラグノオは、以前「丸ごとりんごパイ」を紹介したことがある(こちら)、青森のお菓子メーカーです。地元の青森県は勿論東北の名産品を使ったお菓子を作っているようで、秋田のお米を使用した「もちっとダクワース」なんてのもありますが、この「ポロ・ショコラ」は北海道シリーズの1つです。興味のある方は、下記のリンクへどうぞ。

ラグノオ北海道シリーズ

2日前に生協から届くと、その辺は全くテキトーな私はサッサと渡し、ダンナも早速食べていました。

して、そのお味は?「これ無茶苦茶ウマイよ~!」と今だかつてないリアクション。なるほど、庶民には丁度良い美味しさなのかもね。そらー、ブラックサンダーに比べたら、十分高いんだろうけど、ゴディヴァなら一粒にもならないお値段?で、こんだけ喜ばれるなら十分じゃないでしょうか。

さて、こっから先はちょっとマジメな話。ヴァレンタインと言えば、「愛の告白」ですが、ホントは「愛」じゃなくて「恋」と言う方が正しい気がします。愛と恋とは似て非なるもの。簡単には説明出来ませんが。少なくとも私は「愛」って、告白する必要の無いものだと思っています。私はこんだけあなたのことを思ってると、気持ちを押し付けた時点で、愛ではないなと。

ヨガの世界では7つのチャクラ(エネルギーポイント)において、この2つはハッキリと分けられています。肉体的な結び付きを司るスヴァディシュターナ・チャクラは陰部にあり、愛と平和のチャクラ、アナーハタは胸の中心部。池田清彦先生が「恋愛はビョーキだ」とどこかのエッセイで書かれていましたが、似たような話が「ワイル博士のナチュラル・メディスン」にも出てきますので、ちょっと紹介したいと思います。これまではハーブの話題で度々引き合いに出してきた本ですが、心の健康を保つための「つながりをもとう」という章の中で、愛について言及されていました。

ワイル博士のナチュラル・メディスンワイル博士のナチュラル・メディスン
(1993/06)
アンドルー ワイル

商品詳細を見る


ポピュラーソングで歌われている愛は、つながりとしての愛ではなく、恋愛の喜びと苦しみについての歌である。

愛と恋愛とは、似て非なるものなのだ。

恋愛は他人に夢中になってわくわくする冒険である。

恋をしている状態は、どんなドラッグにもまさる強力な刺激を受けている状態。だから、ドラッグと同じく、恋に落ちて得たハイは長続きしない。必ず終わりがくる。

そして、恋の終わりの悲しみは恋のはじまりの喜びと同じだけ激しいものになる。

「ワイルの恋愛法則」 J+P=0

Jは恋愛初期の喜びJoy、Pはその終わり苦しみPain。JとPの和は常にゼロになる。

愛することはトリックではない。それには終わりがない。愛とは自己の内にある愛の源とつながり、それを無条件に、見返りを求めることなく外側に向かって輝かせることである。

「ワイル博士のナチュラル・メディスン」第1部・第8章「つながりをもとう」より


ロキシー・ミュージックの名曲「Love is the Drug」の邦題が「恋はドラッグ」なのは全くもって正しいですね。てな話はどうでも良いのですが、ワイル博士の言う愛とは、やはりヨガの世界で言われているのとイコールであるようです。繋がりから生まれ出た、見返りを求めない心からしか、湧いてこないものであると。

さて、愛という言葉が恋愛の意味ばかりで乱用されているのは、アメリカだけではありません。J-POPでもそうですよね。かつて三島由紀夫が、インタビューで愛について語っていました。私は特に熱心な三島ファンではありませんが、その肉声を聞いてみたくて買ったカセットブックがこちら。

<昭和63年発行の新潮カセットブック>
valentine1_convert_20130214150250.jpg

現在は絶版でCD化もされてないのですが、YouTubeにありました。

<自作品の談話と朗読に続いて、愛について語るのは33:00あたりからです>


自作についての談話と朗読と共に、短いインタビューの中で、美と愛につい質問に答えています。私はこれを聞いて初めて 「エロス」と「アガペー」という言葉を知りました。三島の言う通り、アガペーはキリスト教の精神と繋がる部分が多いのでしょうが、「恋があるだけで愛は無い」と言い切っちゃったのには、違和感があります。ヨガのアナーハタチャクラが司る愛は、様々な繋がりから紡ぎ出されたもので、個人的な欲求に近い恋とは別のものと、私は理解しているからです。ただ、キリスト教徒には、愛についてとても身近に語れるバックボーンがありそうです。先日見に行った「中原淳一展」で、こんな文章を読みました。

もしこの世の中に「愛する心」がなかったら

人間はだれもが孤独です。

中原淳一


三島が「愛という言葉は嫌い」と言い切ったのには、当時(インタビューは1967年)の世間一般的な意識の違い、時代背景もあるんでしょう。その一方で、クリスチャンだった中原淳一は、心から「愛」という言葉が自然に出てきている気がしたのでした。

しかし、チョコレートが恋の告白に添える食べ物として選ばれたのは、カカオに含まれる薬物成分テブロミンが、カフェインと同様に向精神物質、興奮剤的要素を持っているから?最初に売り出した人は、それを知っていたのかどうか、ちょっと気になるところです。


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

タグ: 東北 ヨガ 池田清彦

テーマ:バレンタイン - ジャンル:グルメ

2012/11/12 08:08 yuccalina

清彦と寅彦~言葉センス有りな理系男子から19世紀末カルチャーと「世界不思議百科」

先週のホンマでっかTV池田清彦先生が欠席で、一気にテションが下がったブログ主です。ま、テーマがネット社会の問題でしたから、ここ数年まで携帯電話も持たない生活をしていたという清彦先生には合わないですよね。

私はこれまでに、清彦先生のエッセイ本を散々引き合いに出してきましたが、ふと思いました。言葉のセンスが良くて、文化芸術にも造詣が深い理系男子って、私の理想かもしれません。中でもビートたけしが一番代表的な存在と言えますが、その昔、20数年前に寺田寅彦(物理学者・随筆家・俳人 1878~1935)の随筆を読んだ時の、新鮮な驚きを今でも良く覚えています。

寺田寅彦随筆集 セット (岩波文庫)寺田寅彦随筆集 セット (岩波文庫)
(2010/08)
寺田 寅彦

商品詳細を見る


池田清彦と寺田寅彦、二文字被っとるやないかーい?とかいう偶然なんかも私は大好きです。で寅彦先生のエッセイは、絵画から食べ物の話、三越の話等身近な話題も豊富。当時の一般市民とは、かけ離れたしゃれおつな暮らしぶりが伺えるのも楽しいのですが、ちょっとした題材でも、ものの見方によって味わい深い話になる、というエッセイの真髄を感じさせるものでした。物理学者とは言え、夏目漱石の弟子であり俳人でもあった寅彦先生。「理系→何でも杓子定規ではかるタイプ」という先入観があった私には、余計に魅力的に感じたことは否めませんけどね。また、私はそのエッセイに書かれていた銀座の「ジャーマンベイカリー」という喫茶店が、もしや自分がよく利用していた有楽町駅前の同名の喫茶店のことではないか、とワクワクしながら頁を捲ったものです。それは、梶井基次郎の「檸檬」に、慣れ親しんだ御茶ノ水・丸善が出てきたこと、そして丸善の前に画翠LEMONという画材屋さんがあるのを見て「そういうことなのか」と嬉しくなった感覚とも似ていました。

さて、理系学科はセンスゼロの私が、何故寺田寅彦を読むに至ったのか。それは、荒俣宏の「帝都物語」に登場した寺田寅彦がカッコ良かったから、とゆー単純な理由。この小説はフィクションですが、史実もふんだんに盛り込まれています。関東大震災後、地震対策として彼が地下都市構想を発表したり、実際浅草~上野間の日本初の地下鉄が開通する場面も出てきます。

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)
(1995/05)
荒俣 宏

商品詳細を見る


で、その地下鉄と言えば、お手本となったのがロンドン。明治時代の日本がイギリスのグラスゴーに倣って工業化&近代化の道を歩んだ話は、以前蛍の光に関するエントリーで少々触れましたが、勿論19世紀末ロンドンの文化も、その後の日本に多大な影響を与えました。オスカー・ワイルドの小説「サロメ」を飾ったオーブリー・ビアズリーの挿絵は、元々浮世絵の影響がうかがえる作風ですが、日本の本の装丁に逆に影響を与えることになります。その周辺のカルチャー、ラファエル前派の絵画、ウイリアム・モリスのアーツ&クラフト運動から、W.B.イエーツ、アーサー・コナン・ドイル、ルイス・キャロル(そういえばこの人も理系男子か)といった時代を代表する作家たちを虜にしたシークレット・ソサエティ(秘密結社)の話まで、多岐に渡って紹介されている本が「ビアズリーとロンドン」(学習研究社・1987年)です。

19culture2_convert_20121110184718.jpg

<こちらはロンドンで購入したモリスのデザイン画集 Bracken Books, UK 1988>
19culture3_convert_20121112080634.jpg


神秘的なものに傾倒するのは、ケルト民族の気質と関わり合いがありそうですが、それはまた機会があれば別に書きたいと思います。残念なことに、この本は現在絶版のようですが、マッキントッシュとグラスゴー派の話も載っていて、建築やテキスタイルデザインのカラー写真が沢山あって豪華です。

<「ビアズリーとロンドン」より>
19culture1_convert_20121110184706.jpg

ロイヤル・アルバート・ホールやヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、アルバート橋など、19世紀末美術のパトロンと言われたアルバート公を記念した建築がロンドンには多数ありますが、かのホールは映画「ブラス」の晴れ舞台になった場所です。かつて、初めての一人旅でロンドンを訪れた時、私はこの美しい装飾が施されたドーム状のホールの前で写真を撮りました。1998年のクリスマスシーズンは、意外にも暖かく、モッズコートの中はシャツだけで、ファスナーを明けていました。私的にアルバート・ホールは、当時好きだったバンド、Echo & The Bunnymenのレコード「Live At The Royal Albert Hall」やシングル「Never Stop」(1983年)のジャケットになってた場所としか認識していなかったと思います。そして、この写真はThe Style Councilのシングル「Shout To The Top!」(1984年)のジャケットを意識したポーズだったりします。テヘッ。シャッターを押してくれた通りすがりの日本人観光客にとっては、さぞや訳が分からなかったとは思います。ちなみに、なにゆえモノクロフィルムなのかとゆーと、単に「カッコよく見えそう」と思ったからでありました。

<Shoutは全然してませんけどね~>
alberthall_convert_20121110183308.jpg

<シングル「Never Stop」のジャケット>
neverstop_convert_20121110151305.jpg

Live At The Royal Albert HallLive At The Royal Albert Hall
(2009/11/06)
Echo & The Bunnymen

商品詳細を見る


<シングル「Shout To The Top!」のジャケット>
shouttothetop_convert_20121110151037.jpg

と、話が逸れてしまいましたが、産業革命により、大量生産される工業製品が人々の美意識を低下させておる、アカーン!として興ったのがアーツ・アンド・クラフツ運動です。その中心人物だったウィリアム・モリスで、ラファエル前派の画家達と深く関わっていました。その辺りを話を荒俣宏さんが書いていて中々面白いです。画家達の女性をめぐる人間関係について書いて、三角関係などゴシップの要素もあったりと。ともあれ、世紀末と秘密結社は正に「帝都物語」とも重なる世界ですね。そして、本書にも登場する神智学協会のブラヴァツキー夫人について書かれた本を、私はもう1冊所有していたことに気が付きました。

それがコリン・ウイルソンの「世界不思議百科」です。発売当時(1989年)ビートたけしがオールナイトニッポンで「今、こんな本を読んでいる」と紹介してたので、即購入して読みました。あの頃の私はたけしの影響で読んだ本や見た映画が沢山あったものです。

世界不思議百科世界不思議百科
(2007/02)
コリン ウィルソン、ダモン ウィルソン 他

商品詳細を見る


ブラヴァツキー夫人は「ヒマラヤの密教徒(ってチベット密教のことか?)から奥義を授かった」と言われてたそうで、だったら多少ヨガとも関わり合いがありそうな気もしますが、出てくるのは専ら心霊との交信やら、超能力やらです。その「神秘の人々」という章では、「帝都物語」で重要な役割を持つグルジェフについても語られています。私は都市伝説とかUFOとか超常現象とかに、特別興味があった訳ではありません。では、何故こんな話を引き合いに出したのかと言うと、後年気が付いたことには、ロックアーティストが黒魔術に興味を持ったり、違う世界を体験したくてドラッグに手を染めたりと、似たような事は、昔から繰り返されてるんかなあー?と、うっすら思ったからです。表現を突き詰める人々は、怪しげなものにハマりやすい?因みにトム・クルーズが信仰してることで有名になったサイエントロジーの創始者、故ロン・ハバード(1911~1986)は、1960年代のドラッグ・カルチャーと関わりが深いのです。チベットなどで聖人と学んだと豪語し、その実ドラッグ漬けのイカれたSF作家だったとも言われています。

と、また話が逸れちゃいましたが、この「世界不思議百科」では、その他ツタンカーメン王の呪いを始め、バミューダトライアングル、カスパール・ハウザーの謎等々、盛り沢山な内容ですが、イギリス出身の作家さんだけあって、イギリスネタが多いです。ネス湖のネッシー、シェイクスピア、ロビン・フット、アガサ・クリスティの失踪事件等々。そんな中で注目したいのが、イギリスにある「アイルワースのモナリザ」。

<「世界不思議百科・永遠の美女モナリザはどこにいる」より>
19culture.jpg

この話題はつい最近、朝日新聞の夕刊に写真入りで報道されました。記事の内容がこの本に書かれていた域を出ていないことから、最近やっとこの説が証明された、という事なのでしょうか。簡単に説明すれば、ルーブルにある絵は本来「モナリザ」として描かれた作品ではないというお話です。ダ・ヴィンチの伝記作家のジョルジオ・バザーリの記述や、弟子のラファエロがダ・ヴィンチのアトリエでしたスケッチと符合するのが、アイルワースのモナリザであり、ルーブルの絵は単純な誤解で「モナリザ」の名札をつけられたと。

と言ったところで、最後に話は再び池田清彦先生に戻ります。最新のエッセイ本のタイトルは「アホの極み」。えっ?もしやタイトル付けた編集者がハマカーン(ゲスの極み)のファン?なんつーことはまずないでしょうねえ。そういえば、ハマカーンの2人も理系男子(東京農工大卒)なんですよね。浜谷にはさらに古典っぽい決め台詞を、沢山作って欲しいものです。

アホの極み 3.11後、どうする日本! ?アホの極み 3.11後、どうする日本! ?
(2012/09/20)
池田清彦

商品詳細を見る


って最後まで話が脱線ばかりですみませんが、ここはやっぱり、清彦先生のお友達?でもある養老孟司先生の「バカの壁」から来てる取るべきなんでしょうね。こちらは読み終えたら、追々紹介しようと思っております。ホンマでっかTVを見ていると、同じ理系男子でも澤口の喋りが速すぎるわ滑舌悪いわ、人の話はちゃんと聞いてないわで、イラッとすることが多い私です。池田清彦先生のいない「ホンマでっか」は、やはり物足りないですわ。


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどちらか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

タグ: 池田清彦 ホンマでっかTV イギリス ケルト ビートたけし ハマカーン

テーマ:お気に入りの本 - ジャンル:本・雑誌

2012/10/25 08:15 yuccalina

食品依存症の話~朝日新聞GLOBEより

asahiglobe_convert_20121024195649.jpg

海外からの話題を集めた朝日新聞のGLOBEを、私は毎週楽しみに読んでいるのですが、10月21日付の紙面にちょっと気になる話題がありました。ニューヨークからのレポートで、ソフトクリームのイラストの上には「アイスなしでは生きられない!」の文字。元々はニューヨークタイムズマガジンに載った記事だそうです。以下、気になる部分を抜粋しました。

米国立薬物依存症センター所長のノラ・ボルカウ博士は講演で、薬物依存と食物依存は、脳の快楽と自己規制をつかさどる部分を混乱させるという点で多くの共通項があると語っていた。

プリンストン大とフロリダ大の研究では、砂糖を過剰に摂取したマウスから砂糖を奪うと、マウスは歯軋りをしたり前脚を震わせたりと、アヘン中毒のような症状を見せることがわかった。

カリフォルニアとイタリアの科学者たちは昨年、脂肪質の液体を与え続けたマウスの消化システムが、マリファナを摂取するときに生じるカンナビノイドに似た物質を組成しはじめたとする研究結果を発表した。

今年初めにはオレゴン研究所の科学者たちが、チョコレートミルクシェークの絵を見た後にシェークを飲んだ子どもたちの脳内画像を調べた。すると麻薬中毒患者やアルコール依存症の患者が回を追うごとに摂取量を増やすのと同様に、ふだんから頻繁にアイスを食べている子どもほど、脳が満腹と判断するまでに多くのアイスが必要であることがわかった。

人間の体は自然界に存在する食品には生物学的に適応しやすいが、加工食品に対してはそうした機能が働きにくいという。

極度に加工された食品を食べると身体は混乱する。誰もトウモロコシ依存症にはならないが、それがチートス(トウモロコシ菓子)になったら何が起きるだろうか。

(10月21日付 The Asahi Shimbun GLOGEより)



以前「ホンマでっかTV」で池田清彦先生が、「人類が飢えと戦ってきた歴史の中で、糖質と脂肪に大して脳が何か特別な反応をするようになってきたのかもしれない」とか言ってた記憶がありますが、その辺の研究が実際行われているのですね。私個人の経験上、食品依存はありうると思います。現在では果物と少々の和菓子以外、甘いもの殆ど口にしないのですが、高校時代、31種類を謳ったアイスクリーム店にハマったことがあります。思い当たるのは「脳が満腹と判断するまでに多くのアイスが必要」という部分ですね。お店に行く度に食べる量が増えて行き、仕舞にはトリプルを食べた後でも飽き足らず、ダブルを食べたりして、今思えば頭がおかしくなっていた気がします。社会人になってからも、チョコレート依存になりかけました。肌荒れ等体にも異常が出ましたし、気持ち的にもおかしいのではないかと自ら気がついて、自力で止めることが出来ましたが、多分あれが依存症ではないか、と思っています。

結局、何事もほどほどが良いってことなんでしょう。それは食品に限らず、ギャンブルだの買い物だのパソコンだの、依存症の種はそこらじゅうに転がっているんですから。しかし、食に関しては生きていく上では避けて通れない問題であり、知らず知らずのうちに舌がマヒするような危険な食べ物が、溢れているかもしれないのなら、さらに研究を進めて行って欲しいと思います。

アーユルヴェーダの食事法では「加工食品を取らない」ように勧めているのですが、それは正に、「五感を使って味わう際に感覚が混乱するから」ではないでしょうか。人工的に作られた味、香りと食感が味蕾(みらい)を麻痺させることは大いに有り得ると思います。普段の食事で加工食品を全く取らないのは中々難しいですが、幸いにもトモローはウインナーやハムよりも、肉や魚の方が好きです。もしかしたら、私達大人は麻痺している、加工食品への違和感を感じているのかもしれません。

最後に一つだけこの記事にクレームと言いましょうか、疑問があります。「食物依存度チェック」の欄に、「特定の食品(カフェイン飲料を除く)」という但し書きがあったことです。カフェインは薬物だから食物依存に入らないってことなんでしょうか?私はかねてから、コーヒーに関して近年効能ばかり広まっていて、カフェインという薬物が含まれてることへの注意喚起が足らないのでは、と思っているのですが、カフェイン飲料を叩くとコーク飲料も含まれるので、某巨大企業への配慮なのかな?と疑っているところがあります。コーク飲料は過去に何度も、子供の健康に悪影響があるとの話題は出てきても、直ぐに消されてきたような、、、。チョコレートミルクシェークの代わりに、是非とも実験に使って欲しいものです。


お読み頂きありがとうございました。
↓良かったらどれか1つポチお願い致しますm(__)m

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

タグ: アーユルヴェーダ ホンマでっかTV 池田清彦

テーマ:医療・健康 - ジャンル:ニュース

ご訪問ありがとうございます
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
最新トラックバック
ユーザータグ
フリーエリア
RSSリンクの表示
Web page translation
QRコード
QR