プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/12/21 15:10 yuccalina

『素敵なあなた』から『学生時代』と『美しき天然』を巡る越境音楽の話

浅田真央選手の今季ショートプログラム曲は『素敵なあなた』。



ジャズのスタンダードで有名らしいですが、私はジャズに疎く、曲についてよく知らなかったので、ちょっと調べてみることに。まず原題のBei Mir Bist Du Schonと言う、ドイツ語の様な字ヅラを見て、私のアンテナがビビビー、もしやイディッシュ語なのでは?と思い、作者のショロム・セクンダがあの『ドナドナ』も作ってたと知って、

やっぱりクレズマーだったんかーい?

と一気にテンションが上がっちゃった次第。クレズマーとわ簡単に説明すると、イディッシュ語(ドイツ語をベースにヘブライ語とスラブ系の語彙が混じった言語)を母語とするユダヤ人が、結婚式等で演奏する音楽。

なになに、ウィキペディアによると、セクンダは1894年ウクライナ出身で13歳で渡米、ってことはロシア革命期のポグロムを逃れてきた、映画『耳に残るは君の歌声』のお父さんと同じパターンですな。セクンダのwikiには幼少期の写真が使われてて、存命中に作曲家として脚光を浴びることはなかったことが伺え、それがまたクレズマーの物悲しい旋律と重なってしまいます。

んで、『素敵なあなた』は元々イディッシュ語のミュージカルの曲だったそうで、その後これまたユダヤ系のサミー・カーンが英語の歌詞を付けて、コーラスグループ、アンドリューシスターズの歌でレコーディングしアメリカでヒットしたと。で、更に面白いのは、サミー・カーンがレコーディングを考えるキッカケとなったのが、黒人デュオがこの曲をイディッシュ語で歌ってて、黒人の聴衆に受けてたから、と言うエピソードなんです。つまりそれは、黒人もイディッシュ語のミュージカル音楽を好んで聴いていたと。そう言やあ、レイ・チャールズも黒人の音楽じゃないカントリーも大好きだったと言ってたっけなー。そして、ユダヤ人も黒人歌手を意識していた。ウィキペディアのほんの数行の中に、私が興味津々の要素が詰まっていた訳です。

もう何度も書いてますが、アメリカ音楽における黒人とユダヤ人の関わりは、このブログの音楽記事の大きなテーマの一つなのでございます。

バート・バカラック
ジェリー・ゴフィン
キャロル・キング
ニール・セダカ
ニール・ダイアモンド

等々、黒人の歌手やコーラスグループに曲を提供してヒットを量産していたソングライターの殆どが、実はユダヤ系だったと知ったのは、結構最近でありますが、やはり、ジャズの時代にもやはり絡みがあったのね、とほくそえんだ訳です。

しかし、今回は黒人も云々の話は置いといて、クレズマーに焦点を当てて書こうと思います。何故かと言うと、最近こう言う本を買っちゃったんです。

中東欧音楽の回路―ロマ・クレズマー・20世紀の前衛(Amazon co.jp. 商品詳細)

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黒人とユダヤ人の音楽的関係を探る為には、ユダヤ人の音楽についてももっと知りたいなと思って買ってみたんです。まだ読んでる途中なんですが、ロシアを含め中欧、東欧の越境音楽、クレズマーやロマの音楽を巡る内容。楽譜が読めないワタクシは、音楽学的記述には今一ピンと来ないものの、興味深い話が盛り沢山。

その中で、ロシアやウクライナでのポグロムを逃れてアメリカに渡ったユダヤ人達が、ミュージカルや映画、そしてジャズの世界で活躍してった話も出てきました。先述のセクンダが、イディッシュ語のミュージカル曲を作っていた、と言うのは当時のニューヨークの住民は殆どユダヤ人であり、イディッシュ語が飛び交っていたんだろうな、と想像出来ますね。

と言うわけで、『素敵なあなた』のクレズマー版を、早速YouTubeで探してみました。こちらはフランスのバンドらしき、Groupe Klezmer Mariage Juif。



歌なしで短い演奏ですが、クラリネット、ヴァイオリン、アコーディオン、7弦ギターにベースと言う5人編成。

しかし、このスウィング感、何かジャンゴ・ラインハルトっぽくない?ジプシー・スウィングとイマイチ区別付かないなー、と思いつつ、ジプシー(ロマ)風バージョンも献策してみたら、こっちも色々ありますた。

カフェ・マヌーシュはイギリスを拠点に活躍するジプシージャズのバンドらしいです。



女性ヴォーカルが耳に心地良し。

そしてもう一つは、7弦ギター(V.Kolpalov)とヴァイオリン(A.Gips)のデュオ。練習風景を撮った映像らしく、ギターのコード演奏はテープを使ってるみたいですね。



ギタリストはルックスがロマっほいくて、名前はロシア風、ヴァイオリンのおじさんはユダヤ系?。有名なミュージシャンなのでしょうか?1分過ぎくらいから、ヴァイオリンがメロディラインを外れて、泣くようにうねったり、速弾きするのが、私的にはカフェ・マヌーシュよりもよりジプシーっぽく感じられます。かつて、みやこうせいの『カルパチアのミューズたち』の話でも触れましたが、東欧においてロマとユダヤ人の音楽家は一緒に活動することもあり、影響し合っていた話は、この『中東欧音楽の回路』にも出てきました。こうして聴き比べても、やはり通じるものがありますね。

そして、新大陸のディキシーランドジャズも、その延長線上にあるのでしょう。



弦楽器がバンジョーに変り、途中トランペット等のソロが入るのがジャズっぽいですが、スウィング感はクレズマーと変わってない気がします。私がこれを選んだ理由の一つに、途中『Puttin' On The Ritz』のフレーズが挟まれていたからです。はい、こちらも浅田真央ちゃんの使用曲(エキシビション)です。この曲を作ったアーヴィング・バーリン(1888~1989)もロシア(現ベラルーシ)出身のユダヤ系。作曲家としてはセクンダよりも成功した様で、『ホワイト・クリスマス』『ショーほど素敵な商売はない』等有名な曲も多数。

セクンダ、バーリン、そしてジョージ・ガーシュインもう同年代のユダヤ系作曲家ですが、こうしてみるとアメリカの音楽の土台は殆どユダヤ人が作った感じで、中東欧と繋がっていたんですね。そこから、ユダヤ人がアフリカ系の音楽的素質に気付いたことで、さらに豊かなものになって行ったのかも?

とか言う話を始めるとまた長くなるので、この辺にしておきますが、『中東欧音楽の回路』では、アメリカにクレズマーが渡って行ったのを”西回りルート”と呼び、もう一つ”東回りルート”を紹介していたんです。

ええ、その象徴が、この記事のタイトルにもなってる『学生時代』と『美しき天然』でして、ロシア~満州~上海~東京とユダヤの楽師が流れたのではないかと。満州の特にハルピンには、ロシア革命後に貴族のお抱え楽師が極東へ逃れて、ヨーロッパ音楽の種を蒔いた。クラッシックもポピュラーも、日本における西洋音楽は、満州経由で伝わったものの影響がとても大きかったんだそうです。日本人がクレズマーを聴いた時に、どこか懐かしく響くのは、いつの間にか日本の音楽に溶け込んでいたからかもしれませんね。

『学生時代』はペギー葉山のと言うよりは、私は学校の音楽の授業で習いました。どこか哀愁を帯びた旋律。確かにクレズマーっぽいです。今回YouTubeでクレズマー風カバーがないか探してみたんですが、残念ながら見つかりませんでした。まささんという方が原由子バージョンのカバーをしてて、それが一番雰囲気が近かったので、紹介しますね。



で、本書によれば、『学生時代』を作曲した平岡精二はジャズ・ミュージシャン。その叔父養一は木琴奏者で、アメリカで音楽修行し、ユダヤ系の音楽家ウラジーミル・ブレナーから指導を受けていた。『ロシアン・ジプシーメロディーズ』という曲の編曲をしていた。等と、クレズマーとの関わりがあったとか。『学生時代』はその平岡養一からの影響があるのではないか?

と、またまた私が大好きな話でテンション上がりますわ。

そして、もう一つ、私はサーカスの曲として認識していた『美しき天然』(または『天然の美』)は、ワルツ曲ですけど、確かに『ドナドナ』に近い雰囲気もありますねえ。こちらの曲は”くものすカルテット”というグループのが秀逸でした。



打楽器としてチンドンが使われてますね。そう言えば、チンドンって、ルーマニアのマラムレシュ地方のロマバンドが使ってる楽器と酷似してるんですよね。以前コチラの記事で紹介しましたので、興味のある方はどうぞ。

で、この”くものすカルテット”、これまでに何度も言及してきたサックス奏者、故・篠田正己さんと彼のバンド”コンポステラ”周辺の香りを感じまして、調べて見たらやっぱり関係してたみたい。コンポステラのメンバーだった中尾勘二さん(クラリネット)、関島岳郎さん(チューバ)のユニット”プチだおん”と共演している動画をハケーーン!曲はコンポステラのアルバム『一の知らせ』収録の『最初の記憶』(関島岳郎作曲)です。



この曲もきっと、大陸からやってきた音楽の影響の元に生まれた『美しき天然』や『学生時代』の流れを汲んでいるのでしょうね。

と言ったところで、かなり長尺になってしまいましたが、自分が心惹かれるメロディには、皆繋がりがあったと知って大興奮してしまったお話でした。この『中東欧音楽の回路』という本については、また色々と紹介して行きたいと思っております。



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2015/09/10 08:27 yuccalina

耳に残るは彼の歌声その(8)~私がバリトン美青年ケヴィン・エアーズを受け入れるまでのどうでもいい道程

はい、訳一年振りのご無沙汰です。「私が好きな歌声」を取り上げるシリーズの8回目です。忘れた頃にやってきますたよ。これまで登場したアーティストは以下の通り。

(1) ロバート・ワイアット
(2) グリーン(スクリッティ・ポリッティ)
(3) スティーヴ・ウインウッド
(4) エドウィン・コリンズ(オレンジ・ジュース)
(5) アル・スチュワート
(6) テリー・ホール
(7) スモーキー・ロビンソン

(7)のスモーキー以外は全てイギリス(スコットランド含む)という偏ったチョイスですが、またもや大英帝国からのエントリーでございます。魅惑の低音であり、私の好きなつぶやき系スタイルのケヴィン・エアーズ。あのバリトンヴォイスと歌い方から、何やらルー・リードみたいなん?と勝手に想像してたら、見てビックリ!反則だよお兄さん!と若き日のyuccalinaは思ってたので、実のところ、昔からハマってたんじゃなかったのですよ。前にどこかで書きますたが、美形過ぎる男には、気持ちが萎える。それは私が非常に妄想好きだったからでして、あまりに細工が高級過ぎると、自分と釣り合わないので、妄想が出来ん。そう言う意味で、ジャパンのデヴィッド・シルヴィアン(そう言や彼も低音ですね)を初めて見た時、中学生のyuccalinaは殆ど興味が沸かず、音を聴いたのもソロになってからだったりする訳です。

なんつー個人的シュミの話はさておき、一昨年ケヴィンが鬼籍に入られてから、色々と聴きたくなってきたのですよ。亡くなった当初は、多大な思い入れを以ってブログに記事を書かれてる方が多く見受けられたので、私なんぞが書いたら申し訳ない、という気持ちがありましたが、そろそろ良いかなと。

以下、ワタクシとケヴィン・エアーズとの出会いと、うっすらとした関わりを簡単に列挙します。

・1987年頃、ジョン・ケイルのソロアルバムを集めていて、「June 1,1974」でその存在を初めて知る。(ちなみにジョン・ケイルの初来日は1988年)しかし、唯一収録されていたケイルの曲『Heatbreak Hotel』が余り好きでなかった為、アルバムは一度聴いただけで、ケヴィンの曲が並んだB面にもハマらなかった。
・1988年、ケヴィン初来日 情報として知っていたが特に興味もなく見に行かず。
・1989年、ソフト・マシーンというバンドの存在を知る。
・1990年頃、六本木WAVE店内でかかっていたベスト盤『Banana Productions』に興味を持ち購入
・2013年、長年苦手意識のあったプログレを徐々に聴き始める。ソフト・マシーンのファーストとVolume Two(こちらはケヴィン不参加ですが)を聴く
・2013年、ケヴィン・エアーズ死去。ソロ作品を少しずつ聴き始める。
・2015年、 『May I?』収録の『Old Grey Whistle Test』(以下OGWTと略)DVDを購入。←Now

と、まさかのジョン・ケイル経由。そして、かくも狭くて浅い!内容ですみませんぐ。自慢じゃないですが、ワタクシがカンタベリー派なんつーワードを知ったのも、結構最近なんですのよ。

なぞとグダグダと言い訳これくらいにして、曲を紹介しましょうか。先ずはベスト盤を購入するキッカケとなった『Caribbean Moon』です。



まだMTVがなかった70年代のPVですので、個人的シュミで作った感じでしょうか?ヴィスコンティ映画『ヴェニスに死す』の美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)よろしくセイラーシャツを着たケヴィンは、明らかに自分が美形だと認識していた模様で、そーゆーとこが嫌なんよ私は。と思いつつ更に気になるのはおネエっぽい半裸男子達の怪しげな踊り!そもそもカリブにはウクレレなんて無いし!ハワイと間違えてんの?と、突っ込みばかりになっとりますが、最近彼のウィキを読んだところ、幼少期をマレーシアで過ごしたとなっ?で、ちょっと考え直しました。彼なりに南国への憧憬があったのでしょうと。楽器もカリブの踊りも嘘っぽいけど、全て許すぞと。

って、何様が言ってんだか知りませんがが、先の年表?にある通り、ベスト盤は今は亡き六本木WAVEで購入しました。当時は興味がワールドミュージックに移行していた。そんな時でしたので、何やら得体の知れないカリビアン風の曲、後乗りツービートに惹かれたのでありましょう。そして、不思議なことに、この曲に関しては、あの低音を全く意識してませんでした。

ケヴィンの声が一番気になった曲と言えば、そのベスト盤に入っていた『Stranger in Blue Suede Shoes 』かな。元は1971年のサードアルバム『Whatevershebringswesing』に収録された曲です。歌声が殆どルー・リードに聴こえてしまった。『June 1, 1974』にも入ってた曲なのですが、全く覚えてなかったんですね。



と同時に、曲もなんつーかヴェルヴェッツっぽくね?と見過ごし(聴き過ごしか?)していた自分を、ちょっと悔いました。しかし、そのベスト盤を愛聴しつつも、同時にケイルが『Guts』という曲の中で、「ケヴィンがケイルの元ヨメを寝取った一件」を歌ってたと知ってしまった。そのせいか、私は依然としてケヴィンには少し距離を置いていました。

その後、20年以上の長ーいブランクの末、彼の訃報とともに聴き直しが始まりました。そこで、年表の最後、Nowにご注目下さい。OGWTのDVDには1972年のザ・ホール・ワールドを結成して間もないケヴィンの姿の前に、2003年頃(当時58歳くらい?)の彼のインタビューが入ってたんですね。ちなみに『May I?』は1970年のセカンド『Shooting at the Moon』収録。



で、約30年後のケヴィンの姿を見た私は、なんだかホッとしたのです。私も年を取り、また息子を持ったことで、美しい男アレルギーが無くなったことも大きいのですが、60手前の彼のルックスとあの低音とが、私の中でピッタリハマった時、ケヴィンのバリトンヴォイスが染々良いなー、と思ったのでした。

とまあ、彼の声の魅力を十分に堪能出来るまで、かような道程が私にはあった。と言うしょーもない話にお付き合い頂き、まことにありがとうございました。

そこでつくづく思ったのは、五感とは、それぞれ別々に成立してるのでなく、かなり影響しあってるってことです。この場合、視覚と聴覚が、非常に強く影響しあってたのだと思います。ケヴィンの若い頃の美しい容姿と低い声との間に私が感じた違和感が、老け顔を見た途端にとても安心して聴けるようになった。と言うのは、きっと私の感覚が変なだけとは思いますけどね。

それにしても、この『May I?』のビデオが魅力的なのは、ケヴィンの右で黙々と演奏するベース職人、マイク・オールドフィールドに負うところが大きいのでは?と、『チューブラベルズ』前夜のロン毛姿を見ながら、うーむ、私が男として惹かれるのは、やっぱりマイクの方だなー。って誰も聞いてやしないのに、一人思うyuccalinaであった。

マイク・オールドフィールドと言えば、ケヴィンの曲なのに彼をフィーチャーした動画を見つけますたわ。サード『Whatevershebringswesing』からタイトル曲です。



この曲も凄く良いなと思いました。イントロがマイクのベースソロになってるんですね。そして、ケヴィンの気怠い歌唱は、やはりスローな曲が似合います。思えば、自分は年を取ってから、スローナンバーの良さが分かってきたのも確かです。という事は、今が丁度ケヴィン・エアーズの魅力を上手く受け取れるタイミングなのかもしれません。

ところで、OGWTのDVDを買ったのは、パティ・スミスとトム・ヴァーレインの神ビデオが入っていたからでして、DVDも別の機会に紹介するつもりです。

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そして、ケヴィンのアルバムを色々と聴きつつ、新たに浮かび上がってきたのは、

もしやジュリアン・コープって、ケヴィンぽくない?
ってか、そもそもシド・バレットとケヴィン・エアーズには通じるものがあったのかしら?
そういや、シドのファーストではソフトマシーンのメンバーがバッキングしてる曲があったっけ。
ケヴィンのファーストソロも、みょーにポップで結構可愛らしい曲入ってたりするしなー。

ジュリアンも同様に低音が魅力的なのですが、曲の構成なんかも、結構似てるのがありそう。と思い始めたので、シド・バレットも含め、いつかトライアングルで何か書きたいなあ、と伏線を引いたところで、今回は記事を閉じたいと思います。


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2015/09/03 09:00 yuccalina

『SONG TO SOUL ブラック・マジック・ウーマン編』からハンガリアン・ジプシー・ギタリストの話

またもや、私の大好きな音楽ドキュメンタリー番組『SONG TO SOUL』から。ジャズに疎いワタクシは、その名前すら初めて聞いたのですが、ハンガリー出身のジプシー(ロマ)で、アメリカで活躍したジャズギタリスト、ガボール・ザボ(1936~1982)について。ブダペシュト出身でハンガリー名はSzabó Gáborサボー・ガーボル(アクセント部が長音です)は、1956年のハンガリー動乱時にアメリカに渡ったそうです。

それは8月26日の放送で紹介された、サンタナの超有名ナンバー『ブラック・マジック・ウーマン』に端を発します。



この曲のオリジナルが、まだブルースロックバンドだった頃のフリートウッドマックであったのは、以前から知っていたのですが、さらにその元ネタだった、オーティス・ラッシュの『All Your Love』を聴いて、おおっ!と食い付いたワタクシ。



そして、更に惹き付けられたのが、メドレーで続く曲『ジプシー・クイーン』の話だったのです。この曲のオリジナルが、くだんのガボール・ザボなんですね。



ちなみに、私は普段「ロマ」という言葉を用いることが多いのですが、今回は曲名に使われていることもあり、「ジプシー」を使用することに致します。

で、インタビューに登場したカルロス・サンタナはザボのアルバム夢中になったことを熱く語るのですが、そこでこの一言が、

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私はそこで、カルロス・サンタナの感性に恐れ入ったのでございます。それは、ハンガリーのジプシー音楽には独特なビートがあるからなんです。ハンガリージプシーのバンド構成は弦楽器のみであることも多く、その殆どが打楽器無しで、リズムを刻むのはコントラバスです。それは、床を踏み鳴らすフォークダンスの伴奏であることと、関連しているのかもしれませんが、サウンドの中核であるヴァイオリンの音には、独特のうねりがあって、リズミカルでビートがあるんですね。そして、フォークダンスを云々しなくとも、インドのラジャスタンからエジプト、トルコ、バルカンと、ジプシーが経てきた土地の音楽のポリリズムの影響があるのかもしれません。サンタナがザボのギターに感じたリズムとの一体感とは、やはりジプシーならではのビートなのでは?と思った訳です。

そこで、私はザボの生い立ちを調べてみました。ジプシーならば、父親も音楽家で最初はヴァイオリンの手解きを受けてるかもしれないとか、考えたんですね。しかし、残念ながら期待した結果は見つかりませんでした。1949年にロイ・ロジャース(30~50年代に活躍したカウボーイ映画の俳優兼歌手)の映画を見てギターに興味を持ち、14歳のクリスマスに父親からギターをプレゼントされて弾き始めた。当初からアメリカのジャズに惹かれていた。1956年にアメリカへ亡命。

と言う感じで、ギター以前に何か楽器をやってたのかどうかは、分かりませんでした。ただ、子供の頃からハンガリージプシーの音楽と親しんでいたのなら、その影響があっても不思議ではありませんし、ジプシーサウンドとジャズの相性が良いのは、ジャンゴ・ラインハルトで証明済みですよね。

そして、更に面白いなと思ったのがラテン・テイスト。このブログでは以前、ルーマニアの作曲家ジョルジュ・ブーランジェの記事(コチラ)で、『タンゴ・ツィガーノ』を紹介したことがあります。歴史としてタンゴを始めとするラテンアメリカ音楽がヨーロッパで流行ったのもあるんでしょうけど、ラテンとジプシーの音楽って、相性が良いみたいなんですよね。そして、インドからヨーロッパ全土へ広まったジプシーの音楽が、さらに海を渡って北米・南米までたどり着いたことには、やはりロマンを感じてしまいます。ですから、ハンガリーからアメリカへ渡り、ジャズの世界で花開いたザボにも、私はある種の感慨を持ってしまった訳なんです。

という訳で、『ジプシー・クイーン』以外の曲も、YouTubeで漁ってみましたよ。その中でも気になるアルバムはやはりファースト、タイトルもズバリ『ジプシー'66』、と直球勝負で来た?タイトル曲『ジプシー'66』と『ジプシー・ジャム』を。





このアルバムには、私でも知ってる超有名ジャズメンが参加しておりますた。
それが、サダオ・ワタナベ!
彼がフルートを吹いてるんですが、中でもビートルズのカバー『イエスタディー』のイントロが良いですわ。



で、ガボール・ザボでもう一つ気になったのが、ボビ・ウォーマックとのコラボ『ブリーズィン』なんです。そう、ジョージ・ベンソンで有名になったやつですが、元々はザボの為にウォーマックが書いた曲だったとか。



そんで、ベンソンがザボのアレンジをパクってヒットさせちゃったから、ザボは激おこだったらしさ。様々なアーティストに影響を与えつつも、本人がアメリカでジャズメンとして受け入れられなかったと思ってたのは、やはり出自のせいなのでしょうか。70年代後半にはSFファンタジーな新興宗教サイエントロジーに入信し、横領事件を起こしたりと、かなり迷走していたようです。最後はブダペシュトに戻って、肝臓・腎臓の病気で45年の生涯を閉じました。(以上Wikipedia英語版情報)


と、最後は残念な感じになってましたが、ギタリストとしては、こうしてサンタナからずーっとリスペクトされてますし、彼のギターサウンドがずっと愛され続けてくれたら良いなと思います。

ところで、私は以前、「ロックミュージックにおけるジプシーというワードの扱いについて書いた(コチラ)ことがあるのですが、あれは殆ど外の人間が作ったファンタジーみたいなものだな、と改めて思いました。あそこで取り上げたのは、サリー・オールドフィールド、ルネッサンスとカーティス・メイフィールドの曲、そして、バンド名に使われた、ジミ・ヘン(バンド・オブ・ジプシーズ)と花田裕之(ロックンロール・ジプシーズ)でしたが、どれも、ジプシーの音楽に接近した形跡はありません。あくまでもイメージでしかなかった。ブーランジェにしろザボにしろ、音の中にこそジプシーのDNAがあるのでしょう。

と、大変長くなってしまいましたが、最後にサンタナのことでもう少し。番組で初めて知ったのですが、ウッドストックに出演したのは、レコードデビュー前だった、というのに驚いたんです。緊張の為、バンドのメンバー達は顔を見合わせて演奏していたと。カルロスが度々客席にお尻を向けていたのも、その為だそうです。そして、サンタナを発見したビル・グレアムも、やはりお目が高かったのでしょうね。B・B・キングやポール・バターフィールド・ブルース・バンドなどのブルースとラテンのティト・プエンテの、両方が好きだったというバンドだったからこそ、あのラテン・ロックは自然と生まれた音楽だった、とうのも印象深かったです。それこそが、ワールドミュージック!だと思いました。そんな彼等が、ハンガリージプシーのガボール・ザボの曲をカバーしたことにも、深い意味を感じたのでありました。


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2015/03/19 12:53 yuccalina

ブルガリア音楽と変拍子フェチ

先日ルーマニアのロマ(=ジプシー)バンド、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの話をした時(コチラ)のこと、ロマを追った映画『ラッチョ・ドローム』にバルカンの旧ユーゴスラヴィアやブルガリアがスッポリ抜けてるのが残念だったと書きました。1990年代前半から旧ユーゴは戦闘地域になってしまったから、仕方ないなと思ったものの、ブルガリアは是非入れてもらいたかったなあ、、、。

ブルガリアを代表するロマ音楽家と言えば、クラリネット奏者のイヴォ・パパソフ。



これは、どうやら結婚式の場で演奏してたみたいで、ウェディングドレス姿の女性がチラッと映ってますが、このリズムには中近東の香りを感じます。

そもそも、ブルガリアの音楽って結構日本でも親しまれてきた気がします。80年代の終わりからワールドミュージックブームと共に、ブルガリアン・ヴォイスが日本のお茶の間にも入り込みました。テレビCM(キューピー?)で使用されたのがこの曲『夜の集会(Kalimankou Denkou)』。



この世のものとは思えない魅惑の美声。また、同じ頃、イギリスのケイト・ブッシュはアルバム『センシュアル・ワールド』で、ブルガリアの人気ヴォーカルトリオ、トリオ・ブルガルカと共演したりもありました。



センシュアル・ワールドセンシュアル・ワールド
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で、ブルガリア音楽の魅力は、勿論こうした女性コーラスの美しさもありますが、もう一つ私のどツボなのが、変拍子なんです。最初のパパソフは7拍子かな?

私は普段CDは極力買わない様にしてるのですが、何度か民族音楽専門のネットショップを利用したことがありまして、そこで見つけたのが日本のヴァイオリニスト熊澤洋子さん。ロマ音楽からアルメニア音楽など、様々な曲をカバーされてるらしいのですが、その中でブルガリアの『ブチミシュ』というダンス曲を取り上げていて、YouTubeに動画がアップされてました。



熊澤さんはきっとポピュラー音楽ではなくクラッシック畑の方なんでしょうね。演奏スタイルが上品で、とても優しい音色。ライヴ会場のRokujikan, Kyotoも気になりますわ。後ろに飾られた書がどれも素敵。特に『瑞』の文字が熊澤さんのヴァイオリンの瑞々しさにオーバーラップします。

それにしても、この“字余り”みたいなビート!私、こーゆーの大好きなんですよ。こちらは15拍子だそうです。これを普通の感覚で踊れるブルガリア人って凄くないっすか?



って、踊ってる動画もありましたよ。これはフォークダンスのレッスンビデオでしょうか。

15拍子と言えば、厳密にはちょっと違うかもしれませんけど、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』。プログレ苦手を自称しつつも、なじぇか何度も名前があがるマイク・オールドフィールド。



私が彼の音楽に惹かれるのも、こうした民族音楽的なところなのかもしれませんね。と再確認。

そんで、変拍子のロック&ポップスと言えば、ビートルズが筆頭なのかな?私がポール・マッカートニーよりもジョン・レノンの曲に惹かれるのも、もしや変拍子のなせる技なのかしら?ジョン・レノンが元々自由にリズムをいじるタイプだったとすれば、枠にハマらない芸術を目指したオノ・ヨーコと通じる気もしますが。


そう言えば、ピンク・フロイドの『マネー』も7拍子ですよね。


曲調はブルースなのにどこか異質な気がするのは、このリズムのせいなんです。


マイクにフロイドと来て、やはりプログレには変拍子が多いのかしらね。民族音楽の影響が強そうですし、当然なのかもしれませんね。

そして、民族音楽プログレと並んで、変拍子の宝庫らしいのがジャズでしょうか。私でも知ってる5拍子の『テイク・ファイヴ』と7拍子の『アンスクエアー・ダンス』は、どちらもフィギュアスケートの小塚崇彦選手が使用してた曲。どっちも大好きなプログラムなんですが、YouTubeで『アンスクエアー・ダンス』の古いダンス動画を発見しました。



演奏は本家デイヴ・ブルーベック。アイリッシュダンス風ですが、靴で音を鳴らしてる様子はありません。しかし、何なんでしょうこの楽しさ、凄く自由でポップで、ワクワクする感じ。これが変拍子の魅力なんでしょうかねえ。あ~また、こづ君の滑りが見たくなってきましたわ。


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2014/09/05 09:56 yuccalina

フローリン・ニクレスクから「ギター弾きの恋」とパリ・ミュゼット~まだまだ見えないロマ音楽沼の底

ルーマニア出身でフランス在住のヴァイオリニスト、フローリン・ニクレスク(Florin Niculesc)を初めて聴いたのは、一昨日の「バラカン・モーニング」でのことです。ギタリストと2人でゲスト出演されていて、生演奏も聴かせてくれました。

先日はイギリス出身のバーバレラズ・バン・バンとルーマニアのタラフ・ド・ハイデュークス及びファンファーレ・チョカリーアの話(記事はコチラ)書いたばかりでして、こういう時って何やら連鎖するんでしょうか、ラジオから「ルーマニアの、、、」というバラカンさんの声にとっさに反応してしまいました。

以前にも書きましたがジャズには不案内はワタクシ。ジプシージャズとかジプシースイングとか、はたまたジャズ・マヌーシュと言われても、なんのこっちゃ認識はなく、ジャンゴ・ラインハルトがロマだったことすら、ずっと知らなかったんです。ステファン・グラッペリも名前くらいなら聞いたことある、まあ、その程度の知識だったんです。しかし、ギターとのデュオで聴いたニクレスクのヴァイオリンが、何と生き生きと伸びやかだったことか。早速YouTubeで探してみました。

生演奏した2曲ともジャンゴ・ラインハルトの作品で、最初が「Mélodie au Crépuscule」でしたが、こちらの動画ではオーケストラと共演しています。



名前だけでは分からなかったのですが、お顔を見るとやはりロマ(ジプシー)の方でした。インタヴューで元々クラッシックを学んだと言っていたので、何となくロマではないかも?と勝手に思ってしまったのは、私の偏見かもしれませんね。ロマと言えば、学校にも行かず、自己流でボロボロの楽器を奏でてるイメージが強かったんです。Wikipediaによれば彼はブカレストの音楽一家の育ちで、父がヴァイオリニスト、母はピアニスト。音楽学校でクラッシックを学び、ジプシー・ジャズに目覚めたのは、ラジオで聴いたステファン・グラッペリがキッカケだった、というのは新鮮に感じました。で、こちらは生演奏の2曲目だった”Daphne”のオリジナル、ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリ版。



ここで思い出したのは、ウディ・アレンの映画「ギター弾きの恋」です。主演のショーン・ペンはジャンゴ・ラインハルトの良きライバルであった?名ギタリスト(ホントは架空の人物)、エメット・レイのお話でした。あの映画で流れてた音楽もジプシー・ジャズだったんですね。

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この映画は音楽だけでなくお話も大好き。エメットが恋した相手、ちょっとおバカでピュアな女の子を演じたサマンサ・モートンが可愛かったんです。

そして、もう一つはこちらのアルバム「パリ・ミュゼット」で、ワールドミュージックにハマってた90年代から愛聴していました。しかし、これをジプシー・ジャズと思って聴いたことはなかったんです。

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Various Artists

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全曲アコーディオンを前面に出した演奏で、ヴァイオリンとは印象が違ってたんですが、最初の曲「Mélodie au Crépuscule」が収録されてたんですね。

<余談ですが、ゲンズブールの曲も入ってますよ>
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他にも「Mazurka Tzigane」(Tzigane=ツィガーヌはフランス語でジプシー、ロマのこと)なんて曲もあったりして、そうかこの辺りの音楽もロマと繋がっていたんだと、今更ながら気付いたのでした。



ついでにもう1曲。このアルバムで一番好きな「Flambée Montalbanaise」



また、パリミュゼットの収録曲を見ると、ワルツを中心にタンゴ、パソ・ドブレ、マズルカ等が並んでいて、元々は民俗舞踊から発生した大衆的なダンスの音楽。それらは現在では社交ダンスの世界でポピュラーなのが面白いですね。社交ダンスを見た目だけで、摩訶不思議な理解不能な世界と判断してはいかんのかも?

とか踊りの話になるとまた長くなるので、最後にまた話をフローリン・ニクレスクに戻します。彼の動画を漁っていて、オーケストラよりも少人数でもっとリラックスした感じ(ラジオの生演奏がそうでしたから)のが見たい、と思ってたらこんなのがありました。



今年の4月、ローマのGregory's Jazz Clubでの映像だそうです。お客さんもリラックスして、アットホームなライヴですね。共演のRadical Gipsyは地元イタリアのバンドなのかしら?曲はデューク・エリントンの「キャラバン」です。 このライヴ動画は他にも数曲上がっていますので、興味のある方YouTubeでどうぞ。

ニクレスクはパリ在住ですが、ルーマニアを離れたのは革命後の1991年だそうです。ルーマニア語がラテン系でフランス語との共通点が多く習得しやすい、と聞いたことがありますが、それ以前にステファン・グラッペリに憧れてのパリ移住だったんでしょうか。ロマのアーティストにも様々な音楽性があるんですね。私が知らない音楽はまだまだ底なしにありそうです。


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タグ: ロマ ワールドミュージック フランス

テーマ:ワールドミュージック - ジャンル:音楽

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