プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/03/03 14:23 yuccalina

『中東欧音楽の回路』からバレエリュス本2冊

『中東欧音楽の回路』を漸く読み終えました。この本については以前、浅田真央ちゃんの『素敵なあなた』からクレズマーの話をした時(コチラ)と、映画『カルテット!人生のオペラハウス』の記事(コチラ)でも触れていますので、興味のある方は合わせてどうぞ。

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大雑把にいえば、中東欧ロマ(ジプシー)やユダヤ人楽師達の話を中心に、音楽が越境していきながら、様々な民族音楽の要素が混じり合い、またクラッシック音楽、ジャズ、そしてミュージカルに多大なる影響を与えて行ったというお話です。

著者はクラッシックの専門家のようで、私は譜面で説明されても理解出来ないのが申し訳ない、と言う場面も多々ありましたが、興味深いお話の連続であり、最後まで楽しく読むことが出来ました。民族音楽にも造詣が深いようで、ブルガリアのズルナというラッパをフィーチャーした音楽と、武満徹の映画音楽『心中天網島』の類似性を指摘したり、ジョニー・デップの映画『耳に残るは君の歌声』に登場する音楽を、ロマとユダヤ人の越境音楽の歴史として総括していたりもしました。また、シャガールの絵画に見られるユダヤの音楽性の話等は、今後絵を見る時に参考にしたいです。

さて、折角付録でCDが付いてましたので、収録されていた曲を2つ紹介しておこうと思います。まずはルーマニア出身のヴァイオリニストで作曲家、ジョルジュ・エネスクのヴァイオリンソナタです。



クラッシックにはないジプシー音階を使ってるそうで、エネスクがモルドヴァ地方という、ロマ楽師の活動が盛んな地域で育ったことを重ねておりました。

そして1929年にニューヨークで録音されたという『ラビの踊り』。



冒頭でセリフが入ってますが、これもいわゆるイディッシュ語のミュージカルだったのでしょうかね。確か『素敵なあなた』もそこから生まれたヒット曲だったそうですが。

そしてCDには入ってないのですが、ジョルジュ・リゲティ(1923~2006)という現代音楽家については、インタヴューに結構なページを割いてまして、それが中々面白かったんです。彼はルーマニア時代のトランシルヴァニアで生まれた、ハンガリー語を母語とするユダヤ人なのです。リゲティのバックグラウンドそれ自体が越境音楽を現わしいる、ってことでしょうか。プダペシュトの音楽院にいた時代にハンガリー国籍を取得するも、再びルーマニアにやってきてブカレスト民族学研究所で働き始める。トランシルヴァニアの民俗音楽採集を行っていたそうです。伊東氏が持参したというハンガリー語のルーマニア地図を見ながら、話が弾むのには、私もワクワクしました。

・ わたしが生まれたのはディーチェーセントマールトンです。
・ 1949~50年頃トランシルヴァニアの村へ調査に出かけました。
・ 1950年初頭、カロタセグ地方のイナクテルケ、、、現地で聴いたものを採譜したんです。
・ セーク村の民謡はハンガリー民謡的な旋律なのですが、ルネッサンス風の和声を持つ、とても興味深いものです。


イナクテルケやセークと言った村の名前は私にとってとても馴染み深いものがあり、思わず前のめりになりました。特にイナクテルケは数日ですがホームステイをさせて頂いたことがある村です。下の写真は1995年12月に訪れた時のもの。

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ヤギが道を行きかうのどかな風景でありながら、家の屋根にはパラボラアンテナが付いていたりして、そうか、この頃から既にTVから情報いろんな情報が入ってたんだわ、と気が付きました。

と話が脱線しましたが、リゲティはブカレスト民族学研究所時代に採集した民謡のアレンジをし、「イナクテルケの歌」として、発表していたんですね。早速YouTubeでLigeti, Inaktelkeで検索してみました。

しかし、その名を冠した動画は見つからず、結果のトップに出てきたのがこちら。



残念ながらこれが『イナクテルケの歌』なのかどうかは確証がないのですが。もうひとつこちらの動画は、イナクテルケ村でヴァイオリン弾きのお爺さんにインタビューしてる映像に見入るリゲティ。



結構若そうなので、80年代くらいの映像か。お爺さんのお話は多分、ヴァイオリンの音が歓びや悲しみ、主への祈りなどを表現してるとかいう話をしていそうですが、確かではないので分かる方がいたら教えてくださいませ。

そして、トランシルヴァニア絡みでもう一つ、この本のハイライトと言えるのが、著者自身の旅です。1906~1918年、バルトーク・ベラは民族音楽を採集すべく、トランシルヴァニアの村々を訪問するのですが、その旅の一部を約100年後に再現するという試みです。バルトーク・ベラが『豚飼いの角笛』を録音したという、ヨッバージテルケ村を目指します。

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本に載っていた地図によれば、どうやら私もこの辺りをバスで通りすぎたことがあるかもしれません。フォルクロールツアーで、西のマロシュバーシャルヘイと、東のソヴァタを訪れたからです。ソヴァタは確か湖があって泳ぎました。海は近くないですが塩水だったかも?近くにサナトリウムみたいな施設があったと記憶しています。

と、話がそれましたが、そうか、当時は全く知らなかったけど、バルトークもあの辺の村を巡って音楽聴いてたんだ、と想像しながら読んで、大変興奮してしまったと。ちなみにヨッバージテルケ村は殆どがユニテリアン派ばかりの地域にあって、カトリックを信仰してるというのも興味深いです。歴史的な何かがあったんでしょうね。

そして、「バルトークが自分のお爺さんの家に留まった」と言う話は、”実際バルトークの記録と照らし合わせると眉唾もの”というのが、何だか微笑ましかったです。きっと、”昔々偉い音楽家先生がやってきた”のが自慢の村なのでしょう。

と言ったところで、ここから先は次に読む本の話です。この『中東欧音楽の回路』からの流れで決めましたよ。

やっぱり買っちゃった国書刊行会の『バレエリュスその魅力のすべて』(左)と、バレエリュスの花形ダンサーだったタマラ・カルサヴィナの自叙伝『劇場通り』(中)は予定外の購入でした。

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何故にバレエリュスなのかと言いますと、実は後に取っておいたのですが、『中東欧音楽の回路』の中に、ストラヴィンスキー作曲のバレエ『結婚』が登場してたのです。



ストラヴィンスキーはユダヤ系ではないそうですが、著者によればバレエリュスの『結婚』は、ユダヤの結婚式にみられる様式とかなり重なっているらしいんですね。嫁入りする前の新婦が嘆き悲しむ歌とか、道化(バドフン)が登場するとか。実際バレエの動画を見ても、私にはどこがユダヤ的なのか分かりませんが。

歌詞はピョートル・キレエフスキー(1808~1856)が採集したロシア民謡のコレクションを元に翻案したのだそうです。ユダヤ人楽師とロシア人楽師に交流があったのか、それともロシア人の村でもユダヤの楽師が入り込んで、影響を与えたのかもしれませんね。

それにしても、バレエリュスの振付けはやっぱり面白い。『春の祭典』で衝撃的な披露だったという内股コリオが、ここでも多用されておりますね。振付けたのはニジンスキーの妹、ブロニスラヴァ・ニジンスカ、衣装はナタリア・ゴンチャローヴァ。

そんな訳で、『バレエリュス・その魅力のすべて』ですが、怪しい魅力を醸し出すニジンスキーの”薔薇の精”が表紙となっております。この灰色っぽいブルーの色味が凄く良いっ!

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で、表紙の裏側は同じくニジンスキー”シェヘラザードの金の奴隷”、となっておりますです。

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山岸涼子先生の漫画『牧童の午後』は、この写真から描いたんでしょうねえ。その他、勿論モノクロではありますが写真が盛り沢山ですし、レオン・パクストの衣装デザイン画はカラーで掲載されてます。やっぱり買って良かったわあ。これからじっくり読んで行こうっと。

それと、カルサヴィナの『劇場通り』の方ですが、こちらは中古で安いのが出てたので購入しました。合わせて読むのも良いかなと。カルサヴィナの『火の鳥』はやっぱり美しいのお。無理な話ですが、これカラーで見たかったなあ。

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表紙は地味ですが、その裏側はこんな感じで良いですよ。

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コクトー、ピカソにニジンスキーと、素敵なイラストレーションになっております。

どちらも結構な厚さですので、いつになるか分かりませんが、読んだらまた紹介しますね。取りあえずラフカディオ・ハーンの『日本の面影』とパラレルで『バレエリュス・その魅力のすべて』を読み始めたところ。

まあ、そもそもバレエリュス自体が、様々な国籍のアーティスト達が関わり、演目も国際色が豊かだった訳ですから、音楽の越境という『中東欧音楽の回路』のテーマと重なるのは、当然なのかもしれませんね。

は~~っ、しかし、今回もすごい長文になってしもた~~!


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タグ: ロマ トランシルヴァニア 東欧 クレズマー バレエ

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

2015/12/21 15:10 yuccalina

『素敵なあなた』から『学生時代』と『美しき天然』を巡る越境音楽の話

浅田真央選手の今季ショートプログラム曲は『素敵なあなた』。



ジャズのスタンダードで有名らしいですが、私はジャズに疎く、曲についてよく知らなかったので、ちょっと調べてみることに。まず原題のBei Mir Bist Du Schonと言う、ドイツ語の様な字ヅラを見て、私のアンテナがビビビー、もしやイディッシュ語なのでは?と思い、作者のショロム・セクンダがあの『ドナドナ』も作ってたと知って、

やっぱりクレズマーだったんかーい?

と一気にテンションが上がっちゃった次第。クレズマーとわ簡単に説明すると、イディッシュ語(ドイツ語をベースにヘブライ語とスラブ系の語彙が混じった言語)を母語とするユダヤ人が、結婚式等で演奏する音楽。

なになに、ウィキペディアによると、セクンダは1894年ウクライナ出身で13歳で渡米、ってことはロシア革命期のポグロムを逃れてきた、映画『耳に残るは君の歌声』のお父さんと同じパターンですな。セクンダのwikiには幼少期の写真が使われてて、存命中に作曲家として脚光を浴びることはなかったことが伺え、それがまたクレズマーの物悲しい旋律と重なってしまいます。

んで、『素敵なあなた』は元々イディッシュ語のミュージカルの曲だったそうで、その後これまたユダヤ系のサミー・カーンが英語の歌詞を付けて、コーラスグループ、アンドリューシスターズの歌でレコーディングしアメリカでヒットしたと。で、更に面白いのは、サミー・カーンがレコーディングを考えるキッカケとなったのが、黒人デュオがこの曲をイディッシュ語で歌ってて、黒人の聴衆に受けてたから、と言うエピソードなんです。つまりそれは、黒人もイディッシュ語のミュージカル音楽を好んで聴いていたと。そう言やあ、レイ・チャールズも黒人の音楽じゃないカントリーも大好きだったと言ってたっけなー。そして、ユダヤ人も黒人歌手を意識していた。ウィキペディアのほんの数行の中に、私が興味津々の要素が詰まっていた訳です。

もう何度も書いてますが、アメリカ音楽における黒人とユダヤ人の関わりは、このブログの音楽記事の大きなテーマの一つなのでございます。

バート・バカラック
ジェリー・ゴフィン
キャロル・キング
ニール・セダカ
ニール・ダイアモンド

等々、黒人の歌手やコーラスグループに曲を提供してヒットを量産していたソングライターの殆どが、実はユダヤ系だったと知ったのは、結構最近でありますが、やはり、ジャズの時代にもやはり絡みがあったのね、とほくそえんだ訳です。

しかし、今回は黒人も云々の話は置いといて、クレズマーに焦点を当てて書こうと思います。何故かと言うと、最近こう言う本を買っちゃったんです。

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黒人とユダヤ人の音楽的関係を探る為には、ユダヤ人の音楽についてももっと知りたいなと思って買ってみたんです。まだ読んでる途中なんですが、ロシアを含め中欧、東欧の越境音楽、クレズマーやロマの音楽を巡る内容。楽譜が読めないワタクシは、音楽学的記述には今一ピンと来ないものの、興味深い話が盛り沢山。

その中で、ロシアやウクライナでのポグロムを逃れてアメリカに渡ったユダヤ人達が、ミュージカルや映画、そしてジャズの世界で活躍してった話も出てきました。先述のセクンダが、イディッシュ語のミュージカル曲を作っていた、と言うのは当時のニューヨークの住民は殆どユダヤ人であり、イディッシュ語が飛び交っていたんだろうな、と想像出来ますね。

と言うわけで、『素敵なあなた』のクレズマー版を、早速YouTubeで探してみました。こちらはフランスのバンドらしき、Groupe Klezmer Mariage Juif。



歌なしで短い演奏ですが、クラリネット、ヴァイオリン、アコーディオン、7弦ギターにベースと言う5人編成。

しかし、このスウィング感、何かジャンゴ・ラインハルトっぽくない?ジプシー・スウィングとイマイチ区別付かないなー、と思いつつ、ジプシー(ロマ)風バージョンも献策してみたら、こっちも色々ありますた。

カフェ・マヌーシュはイギリスを拠点に活躍するジプシージャズのバンドらしいです。



女性ヴォーカルが耳に心地良し。

そしてもう一つは、7弦ギター(V.Kolpalov)とヴァイオリン(A.Gips)のデュオ。練習風景を撮った映像らしく、ギターのコード演奏はテープを使ってるみたいですね。



ギタリストはルックスがロマっほいくて、名前はロシア風、ヴァイオリンのおじさんはユダヤ系?。有名なミュージシャンなのでしょうか?1分過ぎくらいから、ヴァイオリンがメロディラインを外れて、泣くようにうねったり、速弾きするのが、私的にはカフェ・マヌーシュよりもよりジプシーっぽく感じられます。かつて、みやこうせいの『カルパチアのミューズたち』の話でも触れましたが、東欧においてロマとユダヤ人の音楽家は一緒に活動することもあり、影響し合っていた話は、この『中東欧音楽の回路』にも出てきました。こうして聴き比べても、やはり通じるものがありますね。

そして、新大陸のディキシーランドジャズも、その延長線上にあるのでしょう。



弦楽器がバンジョーに変り、途中トランペット等のソロが入るのがジャズっぽいですが、スウィング感はクレズマーと変わってない気がします。私がこれを選んだ理由の一つに、途中『Puttin' On The Ritz』のフレーズが挟まれていたからです。はい、こちらも浅田真央ちゃんの使用曲(エキシビション)です。この曲を作ったアーヴィング・バーリン(1888~1989)もロシア(現ベラルーシ)出身のユダヤ系。作曲家としてはセクンダよりも成功した様で、『ホワイト・クリスマス』『ショーほど素敵な商売はない』等有名な曲も多数。

セクンダ、バーリン、そしてジョージ・ガーシュインもう同年代のユダヤ系作曲家ですが、こうしてみるとアメリカの音楽の土台は殆どユダヤ人が作った感じで、中東欧と繋がっていたんですね。そこから、ユダヤ人がアフリカ系の音楽的素質に気付いたことで、さらに豊かなものになって行ったのかも?

とか言う話を始めるとまた長くなるので、この辺にしておきますが、『中東欧音楽の回路』では、アメリカにクレズマーが渡って行ったのを”西回りルート”と呼び、もう一つ”東回りルート”を紹介していたんです。

ええ、その象徴が、この記事のタイトルにもなってる『学生時代』と『美しき天然』でして、ロシア~満州~上海~東京とユダヤの楽師が流れたのではないかと。満州の特にハルピンには、ロシア革命後に貴族のお抱え楽師が極東へ逃れて、ヨーロッパ音楽の種を蒔いた。クラッシックもポピュラーも、日本における西洋音楽は、満州経由で伝わったものの影響がとても大きかったんだそうです。日本人がクレズマーを聴いた時に、どこか懐かしく響くのは、いつの間にか日本の音楽に溶け込んでいたからかもしれませんね。

『学生時代』はペギー葉山のと言うよりは、私は学校の音楽の授業で習いました。どこか哀愁を帯びた旋律。確かにクレズマーっぽいです。今回YouTubeでクレズマー風カバーがないか探してみたんですが、残念ながら見つかりませんでした。まささんという方が原由子バージョンのカバーをしてて、それが一番雰囲気が近かったので、紹介しますね。



で、本書によれば、『学生時代』を作曲した平岡精二はジャズ・ミュージシャン。その叔父養一は木琴奏者で、アメリカで音楽修行し、ユダヤ系の音楽家ウラジーミル・ブレナーから指導を受けていた。『ロシアン・ジプシーメロディーズ』という曲の編曲をしていた。等と、クレズマーとの関わりがあったとか。『学生時代』はその平岡養一からの影響があるのではないか?

と、またまた私が大好きな話でテンション上がりますわ。

そして、もう一つ、私はサーカスの曲として認識していた『美しき天然』(または『天然の美』)は、ワルツ曲ですけど、確かに『ドナドナ』に近い雰囲気もありますねえ。こちらの曲は”くものすカルテット”というグループのが秀逸でした。



打楽器としてチンドンが使われてますね。そう言えば、チンドンって、ルーマニアのマラムレシュ地方のロマバンドが使ってる楽器と酷似してるんですよね。以前コチラの記事で紹介しましたので、興味のある方はどうぞ。

で、この”くものすカルテット”、これまでに何度も言及してきたサックス奏者、故・篠田正己さんと彼のバンド”コンポステラ”周辺の香りを感じまして、調べて見たらやっぱり関係してたみたい。コンポステラのメンバーだった中尾勘二さん(クラリネット)、関島岳郎さん(チューバ)のユニット”プチだおん”と共演している動画をハケーーン!曲はコンポステラのアルバム『一の知らせ』収録の『最初の記憶』(関島岳郎作曲)です。



この曲もきっと、大陸からやってきた音楽の影響の元に生まれた『美しき天然』や『学生時代』の流れを汲んでいるのでしょうね。

と言ったところで、かなり長尺になってしまいましたが、自分が心惹かれるメロディには、皆繋がりがあったと知って大興奮してしまったお話でした。この『中東欧音楽の回路』という本については、また色々と紹介して行きたいと思っております。



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タグ: 浅田真央 東欧 クレズマー ロマ ワールドミュージック

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2015/09/03 09:00 yuccalina

『SONG TO SOUL ブラック・マジック・ウーマン編』からハンガリアン・ジプシー・ギタリストの話

またもや、私の大好きな音楽ドキュメンタリー番組『SONG TO SOUL』から。ジャズに疎いワタクシは、その名前すら初めて聞いたのですが、ハンガリー出身のジプシー(ロマ)で、アメリカで活躍したジャズギタリスト、ガボール・ザボ(1936~1982)について。ブダペシュト出身でハンガリー名はSzabó Gáborサボー・ガーボル(アクセント部が長音です)は、1956年のハンガリー動乱時にアメリカに渡ったそうです。

それは8月26日の放送で紹介された、サンタナの超有名ナンバー『ブラック・マジック・ウーマン』に端を発します。



この曲のオリジナルが、まだブルースロックバンドだった頃のフリートウッドマックであったのは、以前から知っていたのですが、さらにその元ネタだった、オーティス・ラッシュの『All Your Love』を聴いて、おおっ!と食い付いたワタクシ。



そして、更に惹き付けられたのが、メドレーで続く曲『ジプシー・クイーン』の話だったのです。この曲のオリジナルが、くだんのガボール・ザボなんですね。



ちなみに、私は普段「ロマ」という言葉を用いることが多いのですが、今回は曲名に使われていることもあり、「ジプシー」を使用することに致します。

で、インタビューに登場したカルロス・サンタナはザボのアルバム夢中になったことを熱く語るのですが、そこでこの一言が、

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私はそこで、カルロス・サンタナの感性に恐れ入ったのでございます。それは、ハンガリーのジプシー音楽には独特なビートがあるからなんです。ハンガリージプシーのバンド構成は弦楽器のみであることも多く、その殆どが打楽器無しで、リズムを刻むのはコントラバスです。それは、床を踏み鳴らすフォークダンスの伴奏であることと、関連しているのかもしれませんが、サウンドの中核であるヴァイオリンの音には、独特のうねりがあって、リズミカルでビートがあるんですね。そして、フォークダンスを云々しなくとも、インドのラジャスタンからエジプト、トルコ、バルカンと、ジプシーが経てきた土地の音楽のポリリズムの影響があるのかもしれません。サンタナがザボのギターに感じたリズムとの一体感とは、やはりジプシーならではのビートなのでは?と思った訳です。

そこで、私はザボの生い立ちを調べてみました。ジプシーならば、父親も音楽家で最初はヴァイオリンの手解きを受けてるかもしれないとか、考えたんですね。しかし、残念ながら期待した結果は見つかりませんでした。1949年にロイ・ロジャース(30~50年代に活躍したカウボーイ映画の俳優兼歌手)の映画を見てギターに興味を持ち、14歳のクリスマスに父親からギターをプレゼントされて弾き始めた。当初からアメリカのジャズに惹かれていた。1956年にアメリカへ亡命。

と言う感じで、ギター以前に何か楽器をやってたのかどうかは、分かりませんでした。ただ、子供の頃からハンガリージプシーの音楽と親しんでいたのなら、その影響があっても不思議ではありませんし、ジプシーサウンドとジャズの相性が良いのは、ジャンゴ・ラインハルトで証明済みですよね。

そして、更に面白いなと思ったのがラテン・テイスト。このブログでは以前、ルーマニアの作曲家ジョルジュ・ブーランジェの記事(コチラ)で、『タンゴ・ツィガーノ』を紹介したことがあります。歴史としてタンゴを始めとするラテンアメリカ音楽がヨーロッパで流行ったのもあるんでしょうけど、ラテンとジプシーの音楽って、相性が良いみたいなんですよね。そして、インドからヨーロッパ全土へ広まったジプシーの音楽が、さらに海を渡って北米・南米までたどり着いたことには、やはりロマンを感じてしまいます。ですから、ハンガリーからアメリカへ渡り、ジャズの世界で花開いたザボにも、私はある種の感慨を持ってしまった訳なんです。

という訳で、『ジプシー・クイーン』以外の曲も、YouTubeで漁ってみましたよ。その中でも気になるアルバムはやはりファースト、タイトルもズバリ『ジプシー'66』、と直球勝負で来た?タイトル曲『ジプシー'66』と『ジプシー・ジャム』を。





このアルバムには、私でも知ってる超有名ジャズメンが参加しておりますた。
それが、サダオ・ワタナベ!
彼がフルートを吹いてるんですが、中でもビートルズのカバー『イエスタディー』のイントロが良いですわ。



で、ガボール・ザボでもう一つ気になったのが、ボビ・ウォーマックとのコラボ『ブリーズィン』なんです。そう、ジョージ・ベンソンで有名になったやつですが、元々はザボの為にウォーマックが書いた曲だったとか。



そんで、ベンソンがザボのアレンジをパクってヒットさせちゃったから、ザボは激おこだったらしさ。様々なアーティストに影響を与えつつも、本人がアメリカでジャズメンとして受け入れられなかったと思ってたのは、やはり出自のせいなのでしょうか。70年代後半にはSFファンタジーな新興宗教サイエントロジーに入信し、横領事件を起こしたりと、かなり迷走していたようです。最後はブダペシュトに戻って、肝臓・腎臓の病気で45年の生涯を閉じました。(以上Wikipedia英語版情報)


と、最後は残念な感じになってましたが、ギタリストとしては、こうしてサンタナからずーっとリスペクトされてますし、彼のギターサウンドがずっと愛され続けてくれたら良いなと思います。

ところで、私は以前、「ロックミュージックにおけるジプシーというワードの扱いについて書いた(コチラ)ことがあるのですが、あれは殆ど外の人間が作ったファンタジーみたいなものだな、と改めて思いました。あそこで取り上げたのは、サリー・オールドフィールド、ルネッサンスとカーティス・メイフィールドの曲、そして、バンド名に使われた、ジミ・ヘン(バンド・オブ・ジプシーズ)と花田裕之(ロックンロール・ジプシーズ)でしたが、どれも、ジプシーの音楽に接近した形跡はありません。あくまでもイメージでしかなかった。ブーランジェにしろザボにしろ、音の中にこそジプシーのDNAがあるのでしょう。

と、大変長くなってしまいましたが、最後にサンタナのことでもう少し。番組で初めて知ったのですが、ウッドストックに出演したのは、レコードデビュー前だった、というのに驚いたんです。緊張の為、バンドのメンバー達は顔を見合わせて演奏していたと。カルロスが度々客席にお尻を向けていたのも、その為だそうです。そして、サンタナを発見したビル・グレアムも、やはりお目が高かったのでしょうね。B・B・キングやポール・バターフィールド・ブルース・バンドなどのブルースとラテンのティト・プエンテの、両方が好きだったというバンドだったからこそ、あのラテン・ロックは自然と生まれた音楽だった、とうのも印象深かったです。それこそが、ワールドミュージック!だと思いました。そんな彼等が、ハンガリージプシーのガボール・ザボの曲をカバーしたことにも、深い意味を感じたのでありました。


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2015/05/25 08:05 yuccalina

神保町で会いませう(2)~ジプシー詩人を描いたポーランド映画『パプーシャの黒い瞳』

先日、神田神保町へ行った話(コチラ)の続きです。三省堂書店一階、いちのいちで『チェコの藍染展』を見た後は、徒歩で岩波ホールへ向かいました。

そこで見たのは、ジプシー(このブログでは通常ロマと書いてますが、今回は映画に合わせます)の女性詩人、ヴロニスラヴァ・ヴァイス(通称パプーシャ)を描いたポーランド映画『パプーシャの黒い瞳』です。

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文字を持たないジプシーに生まれながらも、文字に惹かれてユダヤ人の女店主に読み書きを習った少女。以前、ルーマニアにおけるジプシーとユダヤ人の関わりについて書いたことがありますが、ポーランドにおいても、やはり両者は近しい存在であったようです。このユダヤ人店主とパプーシャの関係だけでなく、ジプシーの音楽活動の場所を提供していたのが、ユダヤ人商人であったことも窺わせるシーンがありました。また、ジプシーの老人が

「ヒトラーがジプシーとユダヤ人を迫害したのは、ドイツ人よりもクリエイティヴで才能豊かだから」

と語る場面もあり、同朋ではなくても、ユダヤ人を身近に感じていたのは確かな様です。

で、成長したパプーシャが出会ったのが、秘密警察に追われジプシーに紛れ込んで生活するガッジョ(よそ者)のイェジ。彼の前で、彼女が日常的に口にする言葉が、作家で詩人でもあるイェジには美しい詩に聞こえたのがことの始まり。彼はパプーシャに詩作を勧め、後に彼女の詩集とジプシー研究の本を出版。しかし、それが原因で「仲間を売った」とパプーシャは村八分になってしまうのです。

パプーシャが読み書きを勉強していた頃に印象的なシーンがありました。演奏会に言った貴族のお屋敷でのこと。新聞に見入る少女バプーシャを見た女性がこんな事を言ったんです。

文字を読めるジプシーなんて、変わった子だね。でも今は聡明な女の子は苦しむ世の中なのよ。

その後のパプーシャの運命を予言するような言葉。村八分にされた彼女が「こんなことなら文字なんて覚えるんじゃなかった」と嗚咽するシーンには、胸を締め付けられてしまいました。どんな世界でも、先駆となる者は叩かれる、ってことなんでしょうか。

映画は一定の時間軸でなく、70年代から20年代、40年代と変わった進み方をするのは、詩の世界の自由さと重なり、不思議な感覚がありました。そこに、ジプシーが奏でる印象的な音楽もあいまって、悲しくも美しい映画でありました。ジプシーの音楽家達が世界的に活躍するようになった昨今、パプーシャの事は彼等の間でどう認識されているのか、ちょっと気になるところです。


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タグ: 東欧 ロマ

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2015/03/24 08:06 yuccalina

まだまだ『オーケストラ!』~メイキング&インタヴューetc.

NHK BSプレミアムで『オーケストラ!』を見てから、ハマり捲ってあれこれ記事にしていたブログ主ですが、まだ終わってませんぜ~!ちなみにこれまでの関連記事は以下の通り。

(1) 『オーケストラ!』は愛と笑いに溢れたファンタジック音楽映画
(2) 『オーケストラ!』は多国籍・多民族のハーモニー?
(3) 『オーケストラ!』のヴァイオリン奏者サラ・ネムタヌのこと
(4) 『オーケストラ!』から辿りついたジョルジュ・ブーランジェとタンゴのお話

まあ、(4)は殆ど映画と関係ない話になってますけど、、。

元々、フランス映画でありながら、ラデュ・ミヘイレアニュ監督がルーマニア出身で、ロマの楽士タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのカリウが出演(コンサートマスターのワシーリー役)してたりと、私的に惹かれる要素が沢山あったのですが、上記の記事を書きながら、Amazonの商品情報のリンクを貼ってて、

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「ううー、このスペシャルエディションのDVDが欲しいな~!」となるのに、あまり時間はかかりませんでした。でも、実際に買うまでと見るまでには、ちょっと時間がかかったんです。

勿論、映画自体については既に書いたので繰り返しません。しかも、最近ブログ仲間の只野乙山さんが、素敵なレビュー記事を上げられてましたし。

『オーケストラ!』~「遊歩者 只野乙山」より

なので、今回はボーナス盤のメイキングと、監督やキャストのインタビューから、気になったところを紹介したいと思います。

まずはロケーションのこと。モスクワでの撮影は楽団が赤の広場に集合したシーンのみでしたが、紆余曲折を経て奇跡的にOKが貰えたとか。一番有名な観光名所を封鎖して、朝の4時から撮影したそうです。そして、その他のモスクワでのシーンは全てブカレスト(ルーマニア)で撮影したとのこと。同じ旧共産圏ですから、アパートの雰囲気とか、きっと似てるんでしょうね。で、最初はフランス大使館のシーンから撮ったのですが、スタートの合図を出したのが、監督の父上、イオン・ミヘイレアニュ氏。これまでの映画も全て、スタートは父親に頼んだとのこと。親孝行ですよね。

<カチンコを持つ監督のパパ>
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残念ながら、カリウのインタヴューは入ってませんでしたが、アレクセイ・グシュコフ(アンドレイ・フィリポフ役)の前で『カリンカ』を演奏したりとか、シャトレ座でのリハーサルでも、カメラで抜かれていました。

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チャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』の音は、プダペスト(ハンガリー)で録音して、その音を聴きながら演奏シーンの撮影となったようですが、ミヘイレアニュ監督がメラニー・ロラン(アンヌ・マリー・ジャケ役)、ドミトリー・ナザロフ(サーシャ・グロスマン役)との打ち合わせ中、冗談を言って和やかなところも。

「ドミトリーの(演奏)シーンを12分撮る」と言う監督に、メラニーは

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で、アタマを抱えるドミトリー。勿論、そんな、長いシーンはありません。ドミトリーはフランス語が下手な役でしたが、実は結構得意だったそうで、こうして、監督やフランスの役者たちと和気あいあいだったみたいです。映画では「下手に喋るのが逆に難しかった」そう。

さて、主演女優であるメラニーが、ソリスト、アンヌ・マリーを演じる為の特訓は、正しいヴァイオリンの構えを身に付けるだけで、1ヵ月をかけたとか。

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指導したサラ・ネムタヌが語っておりました。「ただヴァイオリを弾いている様に見えるだけでなく、演奏者としての姿勢や身のこなしも教えた」と。

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それから、実際に協奏曲の音に合わせる練習な訳ですが、

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こんな感じに左手を固定し、弓さばきを習得したんですね。右側の吹き替えの女性は、メラニーと背格好が似ていますが、手のアップなどで出演してるのでしょうか。メラニーの演奏のアップは、殆ど肘が写ってませんから、吹替え演奏と合成した可能性もあるのかしら?それにしても、普段着で化粧っ気の無いメラニーが実に可愛いかったです。

一方、マエストロ役のアレクセイは、全く喋れないフランス語の練習に指揮の練習と、「アタマがおかしくなりそう」と、かなりの苦労したようです。それでも、「アレクセイはフランス語が喋れるフリが上手い」とメラニーに褒められてました。ちなみに一番フランス語が得意という設定のヴァレリー・バリノフ(イヴァン・ガヴリーロフ役)も、フランス語は全然ダメだったそうです。

指揮の方は、実際オーケストラ(の役者たち)を前に指揮棒を振れたのが、シャトレ座を貸切にした4日間だけでした。それまではずっと先生とマンツーマン、ホテルの部屋の中での練習だったので、とても難しかったそうです。

<アレクセイ(左)の練習を見守るミヘイレアニュ監督(右)>
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メラニーもきっと、それまでの練習と、オーケストラの中での演奏では、勝手が違っていたでしょうね。アレクセイにも指揮の先生がついていて、最初は脇で一緒に指揮棒を振って、そこから徐々に独り立ちしていきました。先生曰く「皆で指揮者を育てていった」と。

監督は音ハメのセンスが素晴らしいなーと思ってましたが、役者が演じる演奏者をまとめる力というのも、凄いですよね。楽譜は全て頭に入れていたそうです。そして、演奏者も観客も、一丸となって撮影に臨んだ様子に、再び感動してしまいました。本当はエアーだと、トリックを知ってても、やっぱり凄いなあと。見学していたシャトレ座の料理長も、感動したとインタヴューに答えていましたよ。ですから、観客役の人々もきっと、心から音楽を楽しんでいたんでしょうね。

ちなみに、メラニーは撮影前は、自信無さげだったそうですが、撮影中トランス状態に陥って、ラストの涙は自然に出てきたそうです。

あ~、また、演奏シーン、リピしよーっと。




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タグ: フランス 東欧 ロマ

テーマ:音楽の良い映画 - ジャンル:映画

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