プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/10/10 08:50 yuccalina

実はカッコ可愛い『踊るリッツの夜』と『素敵なあなた』

フィギュアスケート三連チャンになってしまいますた。カーニヴァル・オン・アイスの続きです。実は昨日アップした町田樹さんの『継ぐ者』と一緒にしようかとも思っていたのですが、長くなりそうなので、別記事に致しました。浅田真央選手の今季エキシビション『踊るリッツの夜』および、ステップだけ披露してくれたショート『素敵なあなた』について。



先ずは『踊るリッツの夜』。実はこれ、鏡を見てリップを塗る姿がキュートなオープニングや、ピンクをポイントにした燕尾服&シルクハット、可愛らしいおどけた仕草などに目を奪われて、スッカリ見落としていましたが、タップダンスのカッコ良さを見事に表現した、カッコ可愛いプログラムだったんですね。

例えば、2:20辺り、つま先をチョコチョコ出して横歩きするとことか、2:48辺りのバックステップとか、タップのステップが思い浮かんできますし、冒頭のシルクハットとステッキ遣いは、勿論フレッドアステアを意識してるのでしょう。そして、ほんのちょっとしたターンでも手や肘の使い方がピシッとカッコ良い。スタイリッシュなブロードウェイミュージカルを彷彿とさせる。

20数年前、私がタップダンスを習っていた頃は、セヴィアン・グローヴァーの様なストリート系に傾倒していき、ブロードウェイミュージカルを軽視していた時期もありましたが、今にして思えば、あのスタイルはモータウンのアーティスト達の振りにも通じる洗練があったのだな、と最近になって気がつきました。特に肩や腕など、上半身の使い方で、見事にそれを表現していたのは、モータウンの振付師チョリー・アトキンスが、ドキュメンタリー番組の中に示してくれていました(詳しくはコチラ)。

と、話が少し外れましたが、このリッツの後で披露された『素敵なあたな』のステップを見ていたら、去年のゴスペルナンバー『This Little Light of Mine』での経験が生きてるような気がしてきました。

勿論彼女には、例えばマエ・ベレニス・メイテ選手の如きファンキーさを望みはしませんが、浅田真央選手なりのビートを感じるカッコ良さが、『踊るリッツの夜』や『素敵なあなた』に詰まっていそうです。そして、どちらもフリーの『マダム・バタフライ』と良いコントラストになっているのも素敵ですね。

さて、最後のタップの動画を紹介しましょう。本家アステアのリッツは、Club de Belugus版ジャングルビートっぽい現代風リミックスですね。



映像もオサレに加工されてますが、靴音が入ってないのが不満だったので、色々探してみたんですけど、元々の映像にも、アステアの歌だけで、タップ音は入ってなかったみたいで、残念です。

なので、もう1本。バッチリ靴音が楽しめるニコラス・ブラザーズの『I've Got a Gal in Kalamanzo』。演奏はグレン・ミラー・オーケストラで、1942年の同名ミュージカル映画から。



フィギュアスケートに負けないスピードとジャンプ。後半のアクロバティックな動きには思わず息を飲みますが、実はスローパートでの流れるような美しさ、クイックとのコントラスト、腕のカッコエエ使い方にも心惹かれます。チョリー・アトキンズにしろ、ニコラス・ブラザーズにしろ、白人客が集まるコットン・クラブ等で踊っていた訳ですから、都会的な洗練された所作が身について行ったのでしょうね。そういったカッコ良さはそのまま、浅田真央選手の『踊るリッツの夜』に通じているような気がするのですよ。


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タグ: 浅田真央 タップダンス

テーマ:フィギュアスケート - ジャンル:スポーツ

2015/09/28 09:40 yuccalina

『Dancing in the Street~R-E-S-P-E-C-T』前編~モータウンのマナー講師、振付師&リズムセクション

かねてより思っていたのですが、イギリス国営放送BBCのドキュメンタリー番組には、秀逸な作品が多く、以前タップダンスの話で引き合いに出したニコラス兄弟『華麗なるタップ人生』(記事はコチラ)もBBCのドキュメンタリーでした。そして、『黄金のメロディ マッスルショールズ』の記事(コチラ)で少し言及した『Dancing in the Street』は、ブルース、ロック、グラム、プログレからパンクまで音楽の歴史を辿るアーカイブで、私が今一番揃えたいシリーズでもあります。

しかし、何と本国イギリスでも、未だにDVD化されてないらしい。私がVHSで持ってたのはソウル、ファンク、パンクの3本だけなのですが、取り合えずDVD化祈願も兼ねて、紹介して行きたいと思います。また、YouTubeではこのシリーズの動画が色々とアップされてますので、いずれはヒアリングのトレーニングも兼ねて、未視聴分を見て紹介できたらなと思っております。

Dancing in the Street "R.E.S.P.E.C.T" - Amazon UK
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と言うわけで、先ずはソウル編『R-E-S-P-E-C-T』ですが、作品自体も大まかに、モータウンとスタックスを中心としたサザンソウルの二つに分かれてますので、記事も前後編に分けたいと思います。



ですから、今回はモータウンのお話。1:50から流れる説教をしているのは、アレサ・フランクリンの父クラレンスで、そこからゴスペルをポップスの世界に持ち込んだレイ・チャールズが登場。ゴスペル~ソウルの流れをざっと紹介した後、話題はモータウンに移ります。上の動画の4:30辺りからになります。60年代の半ばのアメリカで、ビートルズを筆頭に押し寄せてきたブリティッシュ・インヴェージョンに対抗する一大勢力として、自動車産業の町デトロイトに誕生した独立系(インディーズ)のレコード会社がモータウンであります。創始者のベリー・ゴーディーは元々ジャズファンで、ジャズレコード店の経営に失敗後、友人のビリー・ディヴィスと共作した『ロンリー・ティアドロップス』をジャッキー・ウィルソンが歌い、ヒットしたのを切っ掛けとして、レコード会社を設立しました。そして、

スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ
テンプテーテションズ
フォートップス
マーヴェレッツ
スプリームス
マーサ&バンデラス
マーヴィン・ゲイ
スティーヴィー・ワンダー
ジャクソン5

等々全部書き出してたら、また記事が長くなっちゃうよ。ってなくらい数多のスターとヒット曲を世に送り出すのです。

今でこそ、それらがパッパと頭に浮かぶブログ主ですが、このビデオを初めて見た90年代はピッカピカの若葉マークでした。以前紹介したアメリカのドキュメンタリーシリーズ『ヒストリー・オブ・ロックンロール』のソウル編(記事はコチラ)と共に、これが私のソウル入門書となりましたが、当時は全く気がつかなかったことは、結構ありますね。中でも私が注目したのが、やはり公民権運動の問題ともう1つ、モータウンに専属のマナー講師がいた(動画パート2の3:25~)、と言うことなんです。



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これは、先日紹介したばかりの映画『大統領の執事の涙』(記事はコチラ)と非常に密接な関係が、、。

あの映画の中でキング牧師が言った言葉、

「執事は立派な職業だ。彼らは勤勉に働くことで、紋切型の黒人像を変えた。高いモラルと威厳ある振る舞いによって、人種間の壁を崩していった。執事やメイドは従属的と言われるが、彼らは戦士なのだ」

を聞いたとき、私が真っ先に思い浮かべたのが、モータウンのマナー講師マキシーン・パウエルだったのです。ビデオの中で語られることはありませんが、彼女が行儀作法を身に付けたのは、上流の白人家庭かホテル等でメイドをしていたのでは、と想像に難くありません。

モータウンのアーティスト達には、低所得者層の出身で、学校もろくに行ってない若者が多かった。パート1の6:57に、Brewster(ブルースター)と言う道路標識が写りますが、そこは低所得者用の公営住宅がある町で、差別の酷い南部からやってきた黒人が多く住んでいました。スプリームスのメンバーもその公団で育ったそうです。そんな彼女等&彼等に、行儀作法を教えたのがパウエルさんだったのですね。話し方に立ち振舞い、歩き方、マイクの持ち方に感じの良い微笑み方までを、徹底的に仕込んだ。そして白人客が集まる高級なクラブに出しても恥ずかしくないレディ&ジェントルマンに育てたのです。

そうした徹底管理は後に、モータウンは余りにも洗練され過ぎで人工的、と飽きられる原因になったのかもしれませんが、黒人アーティスト達が白人の聴衆にアピールするのに、モータウンが果たした役割は非常に大きかったと思うのです。先のキング牧師の言葉の通り、モータウンのアーティスト達も同様に”紋切型の黒人像を変え”、”高いモラルと威厳ある振る舞いで人種間の壁を崩した”のは、確かではないか。白人社会の価値観に寄り添いながら、自分たちの色を少しでも出して行って、黒人音楽の扉を開いたアーティスト達は、従属的だったのではなく、戦士だったのだ。と私は思ったのであります。

そして今1人、モータウンアーティスト達をスタイリッシュな男女に変えた功労者が、振付師のチョリー・アトキンズで、パート2の5:56に登場。1913年生まれですから、この時既に80歳くらいだった筈ですが、ステップも身体のキレも健在。カッコイイおじいちゃんですね。先の『ヒストリー・オブ・ロックンロール』ソウル編の記事でも話題にしたのですが、チョリーは既に30年代からタップダンサーデュオ”コール&アトキンズ”として、白人聴衆の前でステージを務めていた方ですから、いわゆる白人好みの振付けは、お手の物だったのかもしれません。

一方、公民権運動に関してですが、チトリン・サーキットの話題で出てきたのが、マーサ・リーヴスの「94日のツアーでホテルに泊まれたのはたったの3晩だけ」と言う告白。レコードのチャートを賑わすスターであっても、アメリカ南部へ行けばホテルに宿泊拒否をされ、狭いバスで寝起きしていたと。

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バックミュージシャンだったトーマス・ビーンズ・ボウルズは、フリーダムライダースの話もしてました。

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ライダース達は人種隔離された休憩所を使おうとして、地元住民から袋叩きにあったりしてた訳ですから、モータウンのバスツアーの面々も、酷く警戒をされていたと。本当に大変な時代を過ごしていた訳ですが、そんな風に白人社会に虐げられても尚、威厳を持って白人社会のマナーに従ったアーティスト達は、やはりキング牧師のいう通り、立派な戦士だったんだと思います。

ところで、このR-E-S-P-E-C-Tを見て、BBCが凄いなと思ったのは、モータウンのリズムセクション、ファンク・ブラザーズに言及していたところ。

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モータウンの快進撃にはアーティスト、ソングライターの力量もさることながら、ファンクブラザーズの力も大きかったと。社長ベリー・ゴーディーは元々ジャズファンでしたから、通っていたジャズクラブで腕利きのミュージシャンをスカウトしていたそうです。

そう言えば、マッスルショールズで「アレサ・フランクリンの代表的ヒット曲、I Never Loved a Man the Way I Love You『貴方だけを愛して』はデモテープを聴いた時は、ゴミみたいな曲だった」とスタジオミュージシャンが語っていたのを思い出しました。モータウンに於いても、曲を活かしたり、生まれ変わらせる名アレンジをしたのは、スタジオミュージシャン達だったのでしょう。テンプテーションズ『マイ・ガール』の超有名なギターイントロは、ファンク・ブラザーズのギタリスト、ロバート・ホワイトが作ったと、今ではウィキペディアにも載っているくらいですが、ファンク・ブラザーズの存在が広く知られるには、まだ時間がかかりました。

本国アメリカのドキュメンタリー『ヒストリー・オブ・ロックンロール』の中では全く名前も出てきませんでしたからね。このDancing in the Streetのビデオが出たのは1996年ですが、後にファンクブラザーズがフィーチャーされたドキュメンタリー映画『永遠のモータウン』が公開されたのはその6年後、2002年になります。この映画については、また別の機会に詳しく紹介するつもりです。

と言ったところで、最後にモータウンとは関係ない話ですが、気になったシーンを1つ。パート1の1:28あたりで映った、ビートルズに熱狂する女子のプラカードが気になりました。

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「Elvis is Dead(エルヴィスは死んだ)」

ってデカデカと書いてるところに、若さゆえの残酷さを感じますたわ。プレスリーまだ死んでないよって、この頃は。いやね、ビートルズが好きなのをアピールするのは別に構わんけど、わざわざエルヴィス下げしてるとこがどうなの?つまり彼女にとってはビートルズ云々よりも、それまでのロックンロールキング・エルヴィスを敵視し、既成の価値観に反抗することの方が重要だった。これが若さであり愚かさでもあるのだわ。

なーんて思ったのです。これは後に、セックス・ピストルズをプロデュースしたマルコム・マクラレーンが作ったLoves and Hates Tシャツと同じコンセプトだな、と気が付いたのですわ。

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パンクスから嫌われてたのが、エマーソン・レイク&パーマー、ミック・ジャガーにブライアン・フェリーかあ。ま、敵として名前を上げられることは、ある意味名誉でもありますけどね。それだけ価値を認められてる、影響力がある裏返しな訳ですから。また、ザ・クラッシュがレゲエやダブに接近する以前に売られてたTシャツだ思いますが、ジャマイカが既にクールなものの代表だったのが興味深いところ。

好きなものだけ言ってれば波風立たないのに、わざわざ批判したり、嫌いだと主張して波風立てたい、ってのは良く言えば若々しく、悪く言えば幼稚、と表裏一体な訳ですね。自分自身も10代の頃は、そういうところがあったかもしれません。

と、話が変な方向に行ってしまいましたが、『R-E-S-P-E-C-T』後編はスタックスレコード及び、マッスルショールズ(FAMEスタジオの方)で録音したアーティスト達のお話になります。上の動画パート2の最後の方で、既にブッカーT&MG'sとウイルソン・ピケットが登場してますが、詳しくは次回ということで。



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タグ: タップダンス R&B ソウル イギリス

テーマ:ゴスペル/ブルース/R&B/ソウル/ファンク - ジャンル:音楽

2015/08/20 12:20 yuccalina

思い出の『マイ・ガール』~ニッポン歌謡とソウル・ミュージックの関係

最近、音楽ドキュメンタリー『ヒストリー・オブ・ロックンロール』のビデオをちょくちょく見直しています。アメリカのTIME・LIFE誌ワーナーブラザーズの製作で、1995年にVHS全10巻で発売された時に、私はまとめて購入していました。現在ではDVDに落としたものが手元にあるのです。その全10巻の内、頻繁に見ているのがVol.1のロック誕生。ここ数年ブルースにハマってることもあり、ニュー・ポートの舞台で踊りながら歌うマディ・ウォーターズが、超カッコよく見えたり。そして、もう1本がVol.5の『The Sound of SOUL』なんです。

私にとっての90年代は、ワールドミュージックを軸にルーツ音楽にもかなり接近した10年であったのは、このドキュメンタリーを見たのが結構影響していたと思います。その下地として、80年代のポストパンク時代から、ソウルのカバー曲を色々と聴いてた、というのもありますが。例えば(カッコ内はオリジナルのアーティスト)、

ロキシー・ミュージック 『ミッドナイト・アワー』(ウィルソン・ピケット)
ジャパン 『 セカンド・ザット・エモーション』(スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ)
ザ・スリッツ 『悲しいうわさ』(マーヴィン・ゲイ)
ザ・レインコーツ『ランニング・アウェイ』(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)


等々、ほんの一例に過ぎませんが、60年代のソウル音楽がどれだけイギリスのアーティスト達に影響を及ぼしていたのか、徐々に分かり始めた頃だったんですね。

そんな時代に見たソウル音楽のドキュメンタリーは、60年代のアメリカでビートルズ及びブリティッシュ・インヴェイジョンに十分対抗出来た一大勢力の魅力を十分に伝えるものでした。フィーチャーされたアーティストは、ジェームス・ブラウン、サム・クック、ジャッキー・ウィルソン、レイ・チャールズ、ウィルソン・ピケット、オーティス・レディング、アレサ・フランクリン。そして、モータウンからシュープリームス、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、テンプテーションズ、マーヴィン・ゲイ、ジャクソン5等々。最後にフィリーソウルからオージェイズと言ったところ。60年代のモノクロ映像に混じって、90年代当時のアーティスト&関係者へのインタビューも多数。当時は全く気に止めなかったものですが、当然あのジェリー・ウェクスラーも登場。フィリー・ソウルの大御所プロデューサー、ギャンブル&ハフのレオン・ハフが、行列に並んでジェイムス・ブラウンを見に行った、なんてエピソードも。レイス(人種)レコードと呼ばれてたことや、公民権運動との関わりも語られ、ソウル入門編としても、非常に良いビデオだと思います。

って、、何を隠そう、私はこれでソウルに入門したようなものですから。中でもモータウンサウンドはやはり耳馴染みが良く、直ぐに好きになりました。

んで、90年代中頃、私は職場の洋楽好き仲間で、仕事帰りカラオケに良く行ってました。当時流行りのTKサウンドは全くノーサンキューな面々の中、私はピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』の後で、シュープリームスを平気で歌ったりしておりますたわ。中でも、一番のお気に入りがテンプテーションズの『マイ・ガール』であったと。



この曲をカラオケで歌って、何が楽しいかっちゅーと、

まいがーる、まいがーる、まいがーる、とーきんばーうと、まーいがーー

のコーラスを皆で順番に歌うんですね。勿論、フリ付きでね。

そう、この曲は振り付けも楽しい。ジャクソン5程激しくも速くもないし、腕を組んだり、広げたり、脚をクロスしたり、がピッタリのタイミングでハマると、素人でも中々カッコ良く決まるんですのよ。

ヒストリーでも紹介されてる、ホール&オーツとのコラボをご覧頂ければ、その楽しさが更に良く分かるかと思います。



気合い入りすぎのダリル・ホールが遅れそうになって笑っちゃったけど~。これは、1985年6月、アポロシアター再開式典でのパフォーマンス。ホール&オーツの二人が矢鱈楽しそうなのが良いですのう。実を言うとワタクシはそれまで、この二人をただの軽薄なポップデュオくらいにしか思ってなくて、大変申し訳なかったと、この時反省したのでした。

更にもう一つYouTubeで拾った動画は、1989年テンプテーションズがロックの殿堂入りした際のパフォーマンス。



一番幅を利かせてるのがリトル・リチャードでしょうか?横ではミック・ジャガーとティナ・ターナーがマイクの取り合いをしてたり、バンドにはスティーヴィー・ワンダー、キース・リチャーズ、ロン・ウッド、ピート・タウンゼントの姿。ベン・E・キングがダンスしてる相手はアニタ・ベイカーかな?リトル・リチャードの左後ろっつーか、ロン・ウッドの左側が、どうにもルー・リードに見えてしまうのですが、どうでしょう?不似合な気がして、、、誰だか気になる。赤いジャケットで目立ってるのは、もしやポール・シェイファーかしら?スティーヴィーの隣でキーボードを弾く姿もあるから、多分そうだと思います。ブルース・ブラザーズ2000ではスキンヘッドにしてたけど、この頃はまだ髪が残ってたのね、と私が確認できたのはこれくらい。その他、お気付きの方は教えてくださいませ。

と、この様に、みんな大好きマイ・ガールは、プロが大人数で歌っても盛り上がるぞ、の証拠VTRとして貼っておきますです。

で、マイガールの後は、『ゲット・レディ』に突入するのですが、このイントロって、クリームの『サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ』みたいですね。そっか、クラプトンもやっぱモータウンをお手本にしてたのか?

さて、テンプテーションズにしろ、ミラクルズにしろ、モータウンのコーラスグループって、歌ってる時の振り付けが、どれもスタイリッシュでカッコいいなー、と当時感じたからこそ、カラオケでマネなぞしてた訳ですが、それと同時に

日本の歌謡曲って、振付も皆モータウンのパクリじゃね?

との疑問が沸いたのは、当然の結果でありましょう。振付も、と敢えて書いたのは音楽的にもパクリが横行してたからでして、フィンガー5『学園天国』のヘーイヘイヘイが、ゲイリー・US・ボンズ、太陽に吠えろのテーマ曲のイントロがシュープリームスだとかコチラで紹介したことがあります。まあ、探せばいくらでもあるんですね。

ですから、昭和歌謡の歌手達の身振り手振りもまた、モータウンを中心とした洋楽のパクリであっても、何ら不思議はないのです。特に4~5人編成のコーラスグループ、と言えばフォーリーブスでしょうか。やっぱテンプテーションズやミラクルズ、フォー・トップス辺りをパクったんでしょかねえ?フィンガー5なんかはグループ自体がジャクソン5を意識してるのがモロですしね。ちなみに、私が振りを練習して、カラオケでマネしたかったジャクソン5の曲がコチラ。



しかし、これには流石に着いてきてくれる人はおりませんですたわ。出来たら絶対楽しいと思うんですが。

ちなみに私はフォーリーブスの踊りをカッコいいとは、余り思ったことがないんですが、似たような動きをしても、モータウンのアーティスト達がやると全然違うもんだなあ、と感心することしきり。

で、これらのかっちょええ振り付けをしたのは、モータウン専属のコリオグラファーにして、往年のタップダンサー、チョリー・アトキンズ。1930年代後半からコール&アトキンズ(背の低い方がチョリーです)というコンビで活躍してるので、ニコラス・ブラザーズと時代はダブってますね。



でも、ニコラス兄弟よりもオサレで洗練された雰囲気がウリだったのかな?黒人タップのワイルドで、ファンキーなとこは極力抑えてるイメージでして、それがモータウンの洗練された振付けと重なるのも、また面白いところ。

とか、書き始めるとまた長くなるので、チョリー・アトキンズについては別の機会に改めて書きますね。

最後は、昭和歌謡の洋楽パクリを牽引してきた偉大なる作曲家について少し書いておきます。それがあの筒美京平先生な訳ですが、1997年作曲家デビュー30周年記念にリリースされた8枚組CDセット(正確には4枚組2セット)を、私はなじぇだか持っているんです。それまで、歌謡曲のCDは1枚も持ってなかったのですが、これは、買っておいた方が良いのでは?と直感的に思ったんですね。

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で、フタを開けてみれば、ブックレットには山下達郎や細野晴臣のインタビュー、矢野顕子のコメント等々、自分の好きなアーティストが沢山、筒美京平先生と関わっていたことが判明しました。こちらも、そろそろ真面目に聴き直してみなくちゃね。で、いつかこのブログにも何か書きたいと思っておりますが、取りあえず今回はイントロがグラディスナイト&ザ・ピップス『イマジネーション』のパクリと言われているリンリンランラン『恋のインディアン人形』だけ紹介して終わりたいと思います。




今ではこういうのを「引用」って言うのかしら?


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タグ: ソウル 60年代 タップダンス

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2015/05/21 13:31 yuccalina

20年代好きで、タップダンス好きで、犬好きにピッタリな映画『アーティスト』

2011年アカデミー賞作品『アーティスト』は、数か月前に録画してあったのですが、最近やっと見ました。20年代カルチャーが好きで、タップダンスが好きで、犬好きの私が、この映画を嫌う理由がある訳ないですが、手短に感想を書いておきます。



20年代好き的は、やはり服装や髪形などのファッションに食いつきましたが、主演女優のベレニス・ペジョ(アルゼンチン出身)は顔が濃いせいか、モノクロの方が魅力的に見えますな。ミシェル・アザナヴィシウス監督(名前からしてギリシャ系か?)の奥様らしいです。

で、タップダンスシーンは最後に見どころを持ってきたのが盛り上がりましたが、一番惹きつけられたのはやっぱり犬のアギー(Uggie)なんです。アギー名場面集の動画もありましたよ。



犬種はジャックラッセルテリアでしょうか?確かやんちゃで躾がし難いタイプの犬だったと思うのですが、素晴らしい演技(?)でした。セリフが無い中では、役者さん達の表情がモノを言う訳ですが、アギーが一番自然で表情豊かに見えちゃった。

さて、『アーティスト』で思い出すのはデニス・テン選手(カザフスタン)の12-13シーズンのプログラムです。こちらはフリー。2013年の世界フィギュアで銀メダルの演技です。



この時からずっと見たいなー、と思ってたので、CSチャンネルで放送してもらえて良かったです。


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タグ: 20年代 タップダンス 犬好き

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2015/02/12 09:10 yuccalina

『リトルダンサー』とバレエの話

自分は好きな映画は何度でも繰返し見るタイプ、と先日書きましたが、かつて映画館で見たのをテレビで見直すのもよくあるパターンです。元々イギリスが好きな上に、主人公が少年だったから飛び付いたのが『リトル・ダンサー』で、日本公開は2001年でした。場所は確か銀座のシネスイッチだったと思いますが、14年振りにCSテレビで見直してみました。



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(2013/11/06)
ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ 他

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80年代半ば、炭鉱の町ダラムが舞台で不況時代の暗さは『ブラス!』とも重なるものがあります。炭坑夫の父親、兄と認知症気味の祖母(母方)と暮らす11歳の少年ビリーが、通っていたボクシング教室の隣で始まったバレエのレッスンに、ひょんなことから参加することに。ダンスの楽しさに目覚めた11歳は、父親との価値観の違いなど、壁にぶつかりながらも進んでいく。丁度反抗期に入った息子を持つ母として、以前とは違った見方が出来ました。

それは、ビリーのバレエへの強い気持ちに、息子の成長を感じるお父さんとか、夢を叶えるべく、(お金が必要な為)スト破りして涙を流すお父さんとか、ロイヤルバレエ学校の通知が届きソワソワするお父さんとか、入学を前に「僕怖いよ」と言うビリーに、「それでいいんだ、皆怖いんだから」と励ますお父さんとか。そして、最後に立派なダンサーとなったビリーの舞台を見て、感極まった表情のお父さん!とにかく、お父さんが気になっちゃって、かなり感情移入しちゃいました~!

勿論、映画を彩るT・レックス、クラッシュ、ジャム、スタイル・カウンシルの音楽もハマってて、あー、そうそう、と思い出しながら見ました。ところが、フレッド・アステアのトップ・ハットが挿入されてたり、バレエのウィルキンソン先生のダンナがビリーに「君かい?小さなフレッド・アステアと言うのは、、」と声を掛けるシーンなどがあったのを、私はスッカリ忘れていて、自分でもビックリです。と言うのも、2001年当時、私はまだタップダンスを習ってた筈なんですから。でも、それよりもバレエの印象が圧倒的に強かったってことなんですね。当時の私はビリーのお父さん程ではなくても、バレエをする男にまだ偏見があったんです。確かにそれ以前、『ホワイトナイツ』のバリシニコフを見て、バレエを素晴らしさに気が付き始めてはいましたが、まだとても遠い世界でしかなかった。それが『リトル・ダンサー』でもう少し、身近になったきたんですね。「踊っていると、目の前のものがすべてが消えて自分が電気になったようになる」と、自分の気持ちを表現するビリーに、ジャンルは違えどもダンスの本質は同じと教えられた。ラストのマシュー・ボーン版白鳥の湖のお陰で、首藤康之さんに興味を持った。後にバレエエクササイズに通い、首藤さんのレッスンビデオを愛用するようになった。そんなキッカケを作ってくれた映画なのでした。

と言ったことろで、最後に私の一番好きなシーンを紹介して終わりにします。



T・レックスの『I Love to Boogie』に合わせて踊る恩師ウィルキンソン先生とビリー。先生は彼に自分の大切な物を持っていらっしゃい、と指示し、その中の一つがTレックスのテープだったんです。きっと、ダンスの楽しさと、自己表現を教える手立てだったんでしょうね。


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タグ: イギリス 80年代 タップダンス

テーマ:イギリス映画 - ジャンル:映画

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