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プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(16才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2015/11/12 09:26 yuccalina

ケヴィン・エアーズの”のほほん”はマレーシア仕込み?

かつてこんな話をしました。

あの、シド・バレットでさえ、ブルースの影響を受けてるのだ。ウィリー・ディクソンが言った「ブルースがRoots(根っこ)で、他のものは皆Fruits(果実)なのだ」は正しいのだ。

というのは、どうやらケヴィン・エアーズにも当てはまるらしい。

と、最近気が付きますたわ。超お買い得な5枚組CDボックスを買ってもうたわ。だって1枚分のお値段なんですってよ、奥さん。これはもう買いでそ?

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なーーんて、スーパーマーケットじゃ、じぇったいに通じない話で1人盛り上がるヲタク主婦を笑わば笑え。

ええ、最近では、アルバム未収録だったシングルB面だの、ライヴだの、アウトテイクだの、と矢鱈レアなトラックを詰め込んだデラックスエディション(2枚組化が多いな)が流行りな訳ですが、これは5枚ともオリジナルなので、全て中身は40分程度でございます。当然、シド・バレットが参加してたといふ『Religous Experience』のレアトラックも入っておりませんぐ。紙ジャケも質が悪いし、印刷もよろしくないので、ジャケットの文字は50路の視力では見辛い。でも、そんなのじぇんじぇんかまへんライダーキーーック!

・・・・・・・・・・・

という訳で、ファーストから5枚目まで、真面目にレヴューする気は毛頭ないのですが、一応一通り聴いてみた。特に5枚目の『The Confessions of~』にはファンキー全開な楽曲がありビックラこいたです。

ってな話はまた後々にするとして、今回はファースト『Joy of a Toy』で気になったところをいくつか紹介いたしますです。

ブルース色、ってほどでもないが、ブルースハープがカッコいいラスト曲『All This Crazy Gift of Time』は、タイトルからしてシド・バレットのお友達感が強いですな。全く、素敵なんだから~!



しかし、ブルースの影響よりも、私にとって一番ショーゲキだったのは、『Oleh Oleh Bandu Bangdong』なんですよ。なぬっ?Wikipedia英語版によれば、マレーシア民謡に着想を得た曲となっ?



マレーシア音楽ちゅーたら、80年代に久保田麻琴とその元ヨメ、サンディー(スズキ)を即思い浮かべるワタクシですが、加えて70年代、芸能山城組がインドネシアのケチャを取り上げたのよりも早かったのね!と、ビックリだった訳です。

オレ・オレ(Oleh Oleh)とわ、

詐欺ではなくて、マレーシア語で「お土産」のことですよ。反復するワードが可愛いらしいのよねえ。ota ota(魚のすり身料理)、 gado gado(温野菜のピーナッツソースかけ)、jalan jalan(散歩)等々。

にしても、バンドン地方のお土産

って何なん?板東英二のお土産なら、うで卵で良さそうだがが、マレーシア民謡ってこんなアバンギャルドですたっけね?そもそも、元ネタとなってる民謡というの何だか判りませんぐ。しかーし、この曲聴いてると、マレーシアっちゅーよりは、お隣インドネシアのガムランを思い出すわよね。もしかしたらマレーシアにもガムランってあるのかしらん?不勉強ですみませんが、不協和音とポリリズムって、ガムランぽいよね~

東南アジアの陽気さよりも不協和音を強調した、かなり重たいサウンドになっておりますが、60年代末のサイケデリックとアバンギャルドな時代の空気にはマッチしてのかしらん?

そんで、YouTubeでGamelan, Bandongで検索したら、こんなん出てきましたわ。



バンドン地方ってマレーシアじゃなくてインドネシア?ま、そのあたりの違いは、イギリス人にとっては分かりにくかったのか?

で、ついでにマレーシア音楽をYouTubeで色々と漁ってたら、サンディーもカヴァーしてた『Seringgit Dua Kupang』の昔のやつが出てきたのです。これがオリジナルかも。元々映画音楽だったみたいですね。



そして、これを聴いてふと思ったのです。ケヴィンが多用してる能天気な”ウーラララ”スキャットって、もしやマレーシア音楽の影響でわないのかい?どーなんだい?

ケヴィンが怪しげな『Carribean Moon』だの『Take Me To Tahiti』だの言う歌を作ったのって、やはり幼少期に触れたマレーシア文化の影響が強いんじゃないかしらん。そう、彼の音楽に通じる大らかさ、のほほーーんの元は、マレーシアに違いありませんわよ、奥さんっ!

って、誰に言ってんだか知りませんがが。私はこの『Seringgit Dua Kupang』を聴いて確信し、ケヴィンへの親近感がより高まったのは言うまでもありません。ワタクシは30過ぎてから、住んだもたったの1年半という短い時間ではありましたが、マレーシアへの憧憬の思いが消えることはありませんので。

シド・バレットケヴィン・エアーズには相通じるものが色々とありそうですが、決定的な違いはケヴィンの南国育ち、にあるのかもしれませんぐ。イビサとかマヨルカとか南仏とかを好んだのは、やはり太陽の陽がないと寂しかったからなのかなあ。

なんつーことを『Joy of a Toy』を聴きながら、ふと思ったのでありました。


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タグ: ケヴィン・エアーズ シド・バレット

テーマ:60年代から70年代のPOPs & ROCK - ジャンル:音楽

2015/10/03 12:19 yuccalina

最初で最後の私のアイドルJulian Copeのこと~その(3)ケヴィン・エアーズ+シド・バレット=?

ワタクシの青春時代のアイドル、ジュリアン・コープのお話です。コアなファンの皆様から、意外と好評?で驚いているブログ主ですが、私もかつてはジュリアンを勝手に”地下アイドル”にしてた時期がありました。ロックが好きと言う人との会話で、好きなアーティストを聞かれても、ジュリアン・コープは絶対最初には出さない。イアン・マッカロク(エコー&ザ・バニーマン)やら、ロバート・スミス(キュアー)とか言って、取り敢えず様子見ですな。その食い付きを見て、大抵はジュリアンは地下に潜らせたままに終わるパターンですわ。まあ、サードアルバム『セイント・ジュリアン』でプチブレイクした後は、大分通りも良くなったんですけどね。

そんな時代に、セカンド『フライド』のイギリス盤に入っていたジュリアン亀のポスターを自室の壁に飾ってた話は、以前しましたが、当然私はシリアスにこれを、

イカれてるけどイカしてる

と、思って毎日眺めてた訳です。いや、今見てもそう思うわ~♪

中身もローファイで切ない感じのと、ハードでカッコイイのと、、まあ名曲が揃ってると思ってるのですが、ワタクシが一番好きなのは、『Me Singing』かな。



愛読してる『SAMARQAND淫美さんのブログでも「やたらにかっこ良くポップ」「歴史的名盤」と書かれておりますたわ。

Fried/Julian Cope 「SAMARQAND淫美ブログ」より

詳しくは上記のリンクをご覧いただくとして、このアルバムがシド・バレットを彷彿とさせる話は、当時から出ていて、85年初来日時のインタビューでも、ミュージック・マガジン(インタビュアーは小嶋さちほ)にその話題が出ていました。しかし、ジュリアンはその質問にあまり乗ってこなかった。

僕のアルバムを聴いてシド・バレットが思い浮かぶのは、それは英国的だからじゃないか。

で終わっちゃうのですね。ただ、好きな詩人やヒーローとして、シドの名前をあげてることが何度かありました(85年『宝島』と87年『DOLL』)ので、影響を受けてることは間違いない。ただし、当時のワタクシはまだシド・バレットに目覚めていませんでした。彼のソロアルバムを聴いたのは、多分その数年後だったと思います。ですからその共通性に気が付くのも遅かったんですわ。

と、ここでもう一人登場するのが、タイトルからも察しがつくでしょうか、ケヴィン・エアーズです。先日の記事(コチラ)でちょっと予告してましたね。そのコメント欄で、ケヴィンのファーストソロの曲で、シドが参加してたヴァージョンがあるとの情報を頂き、それがこちらの『Singin a Song in the Morning』です。



シド・バレットケヴィン・エアーズには交流があって、その類似性はこれまでに指摘されてきた模様。60年代後半のロンドン、サイケデリックムーヴメントの中心だったUFOクラブで、シドのピンク・フロイドとケヴィンのソフト・マシーンは、度々対バンしてたのですね。でも二人ともライヴァル意識ギラギラのタイプではありませんので、どんな感じだったのかしらん?と想像するのもまた楽し。

で、ケヴィンのファーストソロを聴いてて、ふと思ったんです。それは、

『JOY OF A TOY (おもちゃの歓び)』ケヴィン・エアーズ
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足すことの

『TERRAPIN (カメに捧ぐ歌) 』シド・バレット
(アルバム『THE MADCAP LAUGHS』収録

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イコール

『FRIED(フライド)』ジュリアン・コープ
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ではないのかい?そうだったんかい?
と思えるこのジャケット、やっぱサイコー♪

ま、Joy of a Toyがソフトマシーン時代の曲の続きであるのは、この際置いときまして、お三方の共通項として、子供っぽくて、無邪気で、自由なイメージの曲をあげてみますわね。

ジュリアンの『Mik Mak Mok』は『フライド』オリジナル盤には未収録(『Sunspots』EPのB面)でしたが、その後のリマスター盤(現在は2枚組デラックスエディションになっとるで!)には入っております。



みっくまっくもっくもっくもく、れろれろれろ~

これ本人も「童謡みたいなもの」とインタビュー(1985年『フールズメイト』)で言ってまして、更に明かされたのは、ティアドロップ・エクスプローズ以前の、かなり昔に書いた曲であること。

同じインタビューで「クルーシャル・スリー時代の『Spacehopper』と言う曲を『セイント・ジュリアン』で録音した話」をしているので、どうやらこちらはクルーシャル・スリー時代のではないらしい。と言うことは、ピート・バーンズ(デッド・オア・アライヴ)と組んでいたザ・ミステリー・ガールズ時代なのか、その後、ピート・ワイリー、バッジー(バンシーズ)とのザ・ノヴァ・モブ、はたまたイアン・マッカロク&ウィル・サージェントと後のティアドロップスメンバーが揃ったシャロウ・マッドネス時代なのか?まあ、どちらも短命に終わったバンドなので、本人もどれだか分からない頃の作品なのかもしれませんぐ。

で、シドの曲は『Effervescing Elephant』を選んでみますた。"発泡性"象さんは、お薬による幻覚で発泡して見えたんじゃね?ともっぱらの噂ですがが。



牧歌的な雰囲気と脱力ヴォーカルのマッチングがハッとしてグーですわ。

そしてケヴィンの『Joy of a Toy』ですね~!こーゆー自由な感じ良いですね。



でも、ワタクシ、ケヴィンに関してはまだまだ新米刑事で、聴き込みが足らんのですから、あんまり偉そうなことは言えませんぐ。

そして、ジュリアン≒シド問題に関しては、もう一つ書いておきたいことがありますです。それは、

イントロなし&サビなし曲のショーゲキ!

でして、私はその件に関しては別途『シド・バレットは不思議王子?』シリーズで言及してたのですが、ジュリアンにも似たタイプの曲があるんですね。

元々イントロなしサビなしの曲って、ビートルズの『ヘルプ』に代表されますが、それ以前のエルヴィス・プレスリー、チャック・ベリーやリトル・リチャードの時代から、ロックンロールとして一般的な方法論でした。にも関わらず、私はピンク・フロイドの『バイク』を初めて聴いたときの衝撃は、忘れられません。そこでビートルズもロックンロールも全く思い浮かぶことはなかった。

で、ジュリアンの曲を聴いて結びつくのは、やはりビートルズでなく、シド・バレットなのかなと。85年の初来日公演で、私が一番痺れた曲はティアドロップ・エクスプローズの『Bouncing Babies』でした。



これ、シングルバージョンではイントロが少しあるのですが、アルバムだと前の『Brave Boys Keep Their Promises』がフェイドアウトした後に、いきなりヴォーカルで入ってて、でかなりドキーっとする曲なんです。ライヴでMCを挟まずにこの曲が始まると、ホント、ドキドキが止まらんのですよ。初来日時は、まだソロ作品も多くなかったので、ティアドロップ時代の曲を沢山やってくれましたが、この『Bouncing Babies』は本当にドキドキしました。

フロイドの『バイク』と比べると、ロックンロール感が強めではありますけどね。そう言えばもう一曲、『セイント・ジュリアン』収録の『Pulsar』も、かなりカッコイイ、イントロなしサビなし曲ですが、まあ、こちらはアルバム自体がロックンロール色が強い為、『Bouncing~』程のショーゲキ度はなかったかな。

一方、ジュリアン≒ケヴィン要素として浮上するのは、スキャットの多様でしょうか。先の『Joy of a Toy』でも、冒頭からLalala~♪が出てますが、ジュリアンはティアドロップ時代から、Bababa~♪又はBalala~♪が大好きで、上げてったら山ほどあります。数えたことはないのですが、スキャット率は多分3割くらいありそう。ここではティアドロップ・エクスプローズの『Culture Bunker』とファーストソロの『Greatness and Perfection of Love』を貼っておきますね。




『Culture Bunker』も初来日ん時に演ってくれました。そんで、『Greatness and Perfection~』の方は、PVがあったんですね。知らなかったわ~!亀の甲羅も似合うが、皮ジャンも似合うのう。

と言う具合に、ジュリアン~シド~ケヴィンのトライアングルで、『三角食べ』ならぬ『三角聴き』を楽しんでいる今日この頃でございます。

(いつか、その(4)へ続く。)


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タグ: ジュリアン・コープ シド・バレット ケヴィン・エアーズ

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2015/09/10 08:27 yuccalina

耳に残るは彼の歌声その(8)~私がバリトン美青年ケヴィン・エアーズを受け入れるまでのどうでもいい道程

はい、訳一年振りのご無沙汰です。「私が好きな歌声」を取り上げるシリーズの8回目です。忘れた頃にやってきますたよ。これまで登場したアーティストは以下の通り。

(1) ロバート・ワイアット
(2) グリーン(スクリッティ・ポリッティ)
(3) スティーヴ・ウインウッド
(4) エドウィン・コリンズ(オレンジ・ジュース)
(5) アル・スチュワート
(6) テリー・ホール
(7) スモーキー・ロビンソン

(7)のスモーキー以外は全てイギリス(スコットランド含む)という偏ったチョイスですが、またもや大英帝国からのエントリーでございます。魅惑の低音であり、私の好きなつぶやき系スタイルのケヴィン・エアーズ。あのバリトンヴォイスと歌い方から、何やらルー・リードみたいなん?と勝手に想像してたら、見てビックリ!反則だよお兄さん!と若き日のyuccalinaは思ってたので、実のところ、昔からハマってたんじゃなかったのですよ。前にどこかで書きますたが、美形過ぎる男には、気持ちが萎える。それは私が非常に妄想好きだったからでして、あまりに細工が高級過ぎると、自分と釣り合わないので、妄想が出来ん。そう言う意味で、ジャパンのデヴィッド・シルヴィアン(そう言や彼も低音ですね)を初めて見た時、中学生のyuccalinaは殆ど興味が沸かず、音を聴いたのもソロになってからだったりする訳です。

なんつー個人的シュミの話はさておき、一昨年ケヴィンが鬼籍に入られてから、色々と聴きたくなってきたのですよ。亡くなった当初は、多大な思い入れを以ってブログに記事を書かれてる方が多く見受けられたので、私なんぞが書いたら申し訳ない、という気持ちがありましたが、そろそろ良いかなと。

以下、ワタクシとケヴィン・エアーズとの出会いと、うっすらとした関わりを簡単に列挙します。

・1987年頃、ジョン・ケイルのソロアルバムを集めていて、「June 1,1974」でその存在を初めて知る。(ちなみにジョン・ケイルの初来日は1988年)しかし、唯一収録されていたケイルの曲『Heatbreak Hotel』が余り好きでなかった為、アルバムは一度聴いただけで、ケヴィンの曲が並んだB面にもハマらなかった。
・1988年、ケヴィン初来日 情報として知っていたが特に興味もなく見に行かず。
・1989年、ソフト・マシーンというバンドの存在を知る。
・1990年頃、六本木WAVE店内でかかっていたベスト盤『Banana Productions』に興味を持ち購入
・2013年、長年苦手意識のあったプログレを徐々に聴き始める。ソフト・マシーンのファーストとVolume Two(こちらはケヴィン不参加ですが)を聴く
・2013年、ケヴィン・エアーズ死去。ソロ作品を少しずつ聴き始める。
・2015年、 『May I?』収録の『Old Grey Whistle Test』(以下OGWTと略)DVDを購入。←Now

と、まさかのジョン・ケイル経由。そして、かくも狭くて浅い!内容ですみませんぐ。自慢じゃないですが、ワタクシがカンタベリー派なんつーワードを知ったのも、結構最近なんですのよ。

なぞとグダグダと言い訳これくらいにして、曲を紹介しましょうか。先ずはベスト盤を購入するキッカケとなった『Caribbean Moon』です。



まだMTVがなかった70年代のPVですので、個人的シュミで作った感じでしょうか?ヴィスコンティ映画『ヴェニスに死す』の美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)よろしくセイラーシャツを着たケヴィンは、明らかに自分が美形だと認識していた模様で、そーゆーとこが嫌なんよ私は。と思いつつ更に気になるのはおネエっぽい半裸男子達の怪しげな踊り!そもそもカリブにはウクレレなんて無いし!ハワイと間違えてんの?と、突っ込みばかりになっとりますが、最近彼のウィキを読んだところ、幼少期をマレーシアで過ごしたとなっ?で、ちょっと考え直しました。彼なりに南国への憧憬があったのでしょうと。楽器もカリブの踊りも嘘っぽいけど、全て許すぞと。

って、何様が言ってんだか知りませんがが、先の年表?にある通り、ベスト盤は今は亡き六本木WAVEで購入しました。当時は興味がワールドミュージックに移行していた。そんな時でしたので、何やら得体の知れないカリビアン風の曲、後乗りツービートに惹かれたのでありましょう。そして、不思議なことに、この曲に関しては、あの低音を全く意識してませんでした。

ケヴィンの声が一番気になった曲と言えば、そのベスト盤に入っていた『Stranger in Blue Suede Shoes 』かな。元は1971年のサードアルバム『Whatevershebringswesing』に収録された曲です。歌声が殆どルー・リードに聴こえてしまった。『June 1, 1974』にも入ってた曲なのですが、全く覚えてなかったんですね。



と同時に、曲もなんつーかヴェルヴェッツっぽくね?と見過ごし(聴き過ごしか?)していた自分を、ちょっと悔いました。しかし、そのベスト盤を愛聴しつつも、同時にケイルが『Guts』という曲の中で、「ケヴィンがケイルの元ヨメを寝取った一件」を歌ってたと知ってしまった。そのせいか、私は依然としてケヴィンには少し距離を置いていました。

その後、20年以上の長ーいブランクの末、彼の訃報とともに聴き直しが始まりました。そこで、年表の最後、Nowにご注目下さい。OGWTのDVDには1972年のザ・ホール・ワールドを結成して間もないケヴィンの姿の前に、2003年頃(当時58歳くらい?)の彼のインタビューが入ってたんですね。ちなみに『May I?』は1970年のセカンド『Shooting at the Moon』収録。



で、約30年後のケヴィンの姿を見た私は、なんだかホッとしたのです。私も年を取り、また息子を持ったことで、美しい男アレルギーが無くなったことも大きいのですが、60手前の彼のルックスとあの低音とが、私の中でピッタリハマった時、ケヴィンのバリトンヴォイスが染々良いなー、と思ったのでした。

とまあ、彼の声の魅力を十分に堪能出来るまで、かような道程が私にはあった。と言うしょーもない話にお付き合い頂き、まことにありがとうございました。

そこでつくづく思ったのは、五感とは、それぞれ別々に成立してるのでなく、かなり影響しあってるってことです。この場合、視覚と聴覚が、非常に強く影響しあってたのだと思います。ケヴィンの若い頃の美しい容姿と低い声との間に私が感じた違和感が、老け顔を見た途端にとても安心して聴けるようになった。と言うのは、きっと私の感覚が変なだけとは思いますけどね。

それにしても、この『May I?』のビデオが魅力的なのは、ケヴィンの右で黙々と演奏するベース職人、マイク・オールドフィールドに負うところが大きいのでは?と、『チューブラベルズ』前夜のロン毛姿を見ながら、うーむ、私が男として惹かれるのは、やっぱりマイクの方だなー。って誰も聞いてやしないのに、一人思うyuccalinaであった。

マイク・オールドフィールドと言えば、ケヴィンの曲なのに彼をフィーチャーした動画を見つけますたわ。サード『Whatevershebringswesing』からタイトル曲です。



この曲も凄く良いなと思いました。イントロがマイクのベースソロになってるんですね。そして、ケヴィンの気怠い歌唱は、やはりスローな曲が似合います。思えば、自分は年を取ってから、スローナンバーの良さが分かってきたのも確かです。という事は、今が丁度ケヴィン・エアーズの魅力を上手く受け取れるタイミングなのかもしれません。

ところで、OGWTのDVDを買ったのは、パティ・スミスとトム・ヴァーレインの神ビデオが入っていたからでして、DVDも別の機会に紹介するつもりです。

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そして、ケヴィンのアルバムを色々と聴きつつ、新たに浮かび上がってきたのは、

もしやジュリアン・コープって、ケヴィンぽくない?
ってか、そもそもシド・バレットとケヴィン・エアーズには通じるものがあったのかしら?
そういや、シドのファーストではソフトマシーンのメンバーがバッキングしてる曲があったっけ。
ケヴィンのファーストソロも、みょーにポップで結構可愛らしい曲入ってたりするしなー。

ジュリアンも同様に低音が魅力的なのですが、曲の構成なんかも、結構似てるのがありそう。と思い始めたので、シド・バレットも含め、いつかトライアングルで何か書きたいなあ、と伏線を引いたところで、今回は記事を閉じたいと思います。


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タグ: ケヴィン・エアーズ イギリス ワールドミュージック

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2015/08/25 09:30 yuccalina

『SONG TO SOUL オー・シャンゼリゼ編』~フランスとイギリスの音楽カンケイ

毎週水曜日(23時~)BS-TBSで放送中の音楽ドキュメンタリー『SONG TO SOUL』は、私の大好きなTV番組の一つです。名曲が生まれるまでのストーリーを、アーティストや関係者への取材、曲の舞台となった土地の紹介やら、時代背景やらを絡めて、丁寧に紹介して行きます。必ず歌詞と日本語訳が紹介されるところも、歌の内容を理解するのに役立ち、嬉しいところです。取り上げられるアーティストが来日間近で宣伝の為、とか言う大人の事情が垣間見える選曲も時にはありますが、既に他界したアーティストを取り上げることも多いです。ジャンルは英米のロックとポップスが中心ですが、たまにそれ以外の国も登場。なかでもフレンチ・ポップスは積極的に取り上げてる印象です。

つー訳で、8月12日の放送は『オー・シャンゼリゼ』でした。フレンチポップスにさほど詳しくないワタクシでも知ってますし、シャンソンと言えば、多くの日本人がこの曲を思い浮かべるのでは?という位、とても有名な曲。

しかし、これは元々イギリスで生まれた曲だったのです。1968年、サイケデリック・バンド、ジェイソン・クレスト(Jason Crest)のシングル、『ウィータールー・ロード』として発表されました。作者は60年代ガレージバンド、フォー・ペニーズのマイク・ウィルシュとジャグラー・ヴェインのマイク・ディーガン。歌詞の内容は「ウォータールー・ロードは楽しい仲間と出会える場所」と言う感じなので、『オー・シャンゼリゼ』とかけ離れた印象はありませんが、



あらまー、ビックリ!でした。サイケ・バンドにこんな曲をやらせた、というのも驚きでしたが、曲をエネルギッシュにする為、大通りの雑踏の中でヴォーカル録りをしたのがとても良かったみたいです。ストリート感があって、ポップなだけでない良い雰囲気に仕上がったのではないかと。

その後、この曲をフランスで紹介したのが、映画監督ジュールズ・ダッシンの息子でアメリカ生まれのジョー・ダッサンだった、というのも非常に興味深かったです。歌詞は「ウォータールー」という地名がフランス人には印象が悪いというので、フランスの作詞家ピエール・ドゥラノエが新しくフランス語の歌詞を付けて、見事『オー・シャンゼリゼ』に生まれ変わったのです。



ダッシン監督が50年代に、赤狩りでアメリカを追われたから、息子もヨーロッパで活動してた、ってことなんでしょうね。ちなみに父子で表記が違うのは、息子ダッサンがフランス語読み、父は既に英語読みダッシンで有名だからか、Wikipediaも、それぞれ、ジョー・ダッサン、ジュールズ・ダッシンと書かれておりました。

で、『オー・シャンゼリゼ』の中でも日本で一番有名なバージョンは、ダニエル・ビダル、ってことになるんでしょうね。



か、、可愛い!

日本人が幼い可愛らしさを好むのは、ローラとか見ても昔と変わらない感じしますねえ。

番組では現在南フランスでレストランを経営してるダニエル・ビダルを取材していて、とてもチャーミングなおばちゃんになっていました。月が~出た出た~!と炭鉱節に、オー・シャンゼリゼ~!を繋げて歌ってくれたり、日本語の歌詞もまだ覚えてました。もしかしたら彼女こそ、元祖YOUタレントだったのかもしれませんね。

そして、フランスの最新バージョンとして紹介されたZAZ(ザーズ)も素敵でした。



ちょいと擦れたヴォーカルがクールで、ビダルの対極って感じ?クインシー・ジョーンズがプロデュースもあってか、とてもカッコイイなと。私は断然こっちの方が好みですわ。

さて、話をイギリスに戻しますと、作者の一人マイク・ディーガンが、ギターを手に曲作りの経緯を、語ってくれたのが印象深かったです。「ギターのリフがラヴィン・スプーンフルみたいで、、」と聴いて、なるほど!と膝を打ったのですよ。やっぱ、これですよね?



ラヴィン・スプーンフルの『デイ・ドリーム』は昔から大好きで、散々聴いてきましたけど、『オー・シャンゼリゼ』と結びついたことは、一度もなかったので、新鮮な驚きだったのです。確かに最初の動画、『ウォータールー・ロード』のギターを聴き直せば、なるほどと思いました。

一方で、私が『ウォータールー・ロード』を初めて聴いて、思い浮かんだのがこの曲。



ロンドンの街並みや若者達を描く詞がイギリス人から愛されて、最もイギリス的なバンドと呼ばれたキンクスの『ウォータールー・サンセット』。このシングルがヒットしたのは1967年と、『ウォータールー・ロード』より先ですので、ウォータールーという地名を敢えて選んだと思われても仕方ないのでは?番組でキンクスの名前は全く出てきませんでしたが。

という訳で、最後にイギリスとフランスの音楽関係について、少しだけ書きたいと思います。私がこの二つの国の関係に興味を抱くようになったのは、クラッシュのポール・シムノンとストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルがフランス系と知ったパンク時代、と妙なところから始まっているのですが、案外仲良しなイメージがありますね。今にして思えば、ビートルズが『ミッシェル』を歌い、シルヴィ・バルタンがビートルズの前座をして人気を博したとか、ケヴィン・エアーズも『メイ・アイ?』のフランス語バージョン出してたなあ、何て色々と思い出しました。

この番組では以前シャルル・アズナヴ-ル及びエルヴィス・コステロの『シー』を取り上げていました。そこで作詞者がイギリス人であり、元々イギリスのテレビ番組ように作られた曲だったと、私は初めて知ったのですが、今回のイギリスの曲がシャンソンの定番になった話も、この二つの国の素敵な音楽カンケイを表わしているようで、とても興味深かったのでした。


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タグ: フランス イギリス 60年代 ケヴィン・エアーズ

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2013/11/25 09:30 yuccalina

ジョン・ケイルのChild's Christmas In Walesとルー・リードの話

11月に入ると世間はクリスマス商戦で、スーパーマーケットにも赤と緑のディスプレイが目立ち始めました。ロック関連のブログを覗いていると、クリスマスソングやアルバムが紹介されているのを見て、ふと思ったのです。自分はこれまでに、どんなクリスマス音楽を聴いてたたのかなと。去年はブレイヴ・コンボのアルバムを紹介しましたが、他にも色々ありそうなんで、ボチボチと紹介していこうかと思います。

昔は好きなアーティストのクリスマスっぽい曲を集めて、自らテープを編集したりもしてたしたが、必ず入れていたのがこれ。



パリ 1919パリ 1919
(1998/02/25)
ジョン・ケイル

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ジョン・ケイルの「Child's Christmas in Wales」はアルバム「Paris 1919」に収録されています。ディラン・トーマスの詩から取ったフレーズも入ってるそうですが、彼の子供時代の思い出を綴った歌詞なんだとか。しかし、不思議な事にクリスマスもサンタクロースも出てこない詞なんですよ。ハロウィーンは出てくるのにね。その日の光景とか大人たちの様子を描いているのかな?曲調はほのぼの、間奏のオルガンがクリスマスっぽく優しい雰囲気で大好きです。

同アルバムからもう1曲。1988年の来日公演では、「Child's-」は演奏しなかったと思いますが、アルバムタイトル曲「Paris 1919」はとても盛り上がったのを憶えています。イントロのピアノを叩きだしただけで、観客が沸きました。



<1988年初来日時のチラシ>
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ちなみに、ニコと共演した回もあったのですが、私が見たのは単独の方です。「Paris 1919」は第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約を題材にした曲ですが、アルバムには他にも作家グレアム・グリーンとかシェイクスピアのマクベスとかをモチーフとした作品が収録されていて、流石に知性派って感じでしょうか。ジョン・ケイルはクラッシックの素養があり、現代音楽からキャリアをスタートした方ですが、70年代のニューヨークでCBGBやマックス・カンサス・シティといったアンダーグラウンドなライヴハウスで、様々なアーティストと繋がっていくんですね。パティ・スミスのファーストをプロデュースとか。私はジョン・ケイルを知ったお蔭で、聴いたアーティストが結構いますね。ケヴィン・エアーズ、ニック・ドレイク、クリス・スペディング、と、これだけでも彼の守備範囲の広さが出てるのかな?

さて、ジョン・ケイルと言えば外せないのがヴェルヴェット・アンダーグラウンドですから、やはりここでルー・リードに触れておきましょうか。10月27日の訃報には、追悼文を書かれてる方が多数いらっしゃいました。その昔アンディ・ウォーホルが他界した時、ジョン・ケイルと共に「ソング・フォー・ドレラ」というレクイエムを出したルー・リードも、見送られる時が来たのだなーと、感慨深いものがありました。

彼は若い頃同性愛の治療として、電気ショック療法を受けさせられ、大変な思いをしたことがあるそうです。同性愛はビョーキと信じられていた時代。ロボトミー手術を施して廃人同然にしてしまう暗黒病院とか、映画「カッコーの巣の上で」を思わせます。そんな経験を乗り越え、男性パートナーを連れて来日したこともあるルー・リードの最後を見送ったのはローリー・アンダーソンという女性でした。ローリーはいつもショートカットにスーツというマニッシュなスタイルでヴァイオリンを弾いてたので、レスビアンなのかなー?と思ってましたが、ルーとなら丁度バランス良かったのかな。ローリーは妻でありソウルメイトだったってことは、結局ルーは性別など関係なく「人間」を愛したってことなんかなー?

<ロバート・メイプルソープによるローリーのポートレイト-1987年>
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とか思いつつ、最後にルー・リードを一曲。勿論「トランスフォーマー」や「ベルリン」は聴きましたがどちらも後追い。やはりリアルタイムで聴いたものは印象が強く、私の場合は「レジェンダリー・ハーツ」です。



ロミオの心は伝説、ルー・リードの心もまたしかり。
(合掌)


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タグ: NYパンク 70年代 クリスマス ケヴィン・エアーズ

テーマ:クリスマスソング - ジャンル:音楽

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