プロフィール

yuccalina

Author:yuccalina
自閉症の息子(14才)と、エンジニアの夫との3人暮らしのアラフィー主婦です。45才でヨガ指導者スクールを卒業し、現在地元で極々細やかな教室を開催。

一方、トランシルヴァニア(カロタセグ地方)の伝統刺繍、イーラーショシュのステッチを用いた雑貨『Yuccalina Erdő=ユッカリーナ・エルドゥ』の制作も行っています。

ミンネ・ギャラリーにて作品展示中。

ブログでは主にハンドメイド、ガーデニングに加え、10代から親しんできたロック音楽に、映画、本等について綴っています。

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ユッカリーナのヨガ的雑記帳


2016/04/14 08:30 yuccalina

ケヴィン・エアーズのブルー・スウェード・シューズにジョンセバを添えて

ケヴィン・エアーズの初期作品5枚組ボックスを順番に紹介しております。3回目ですが、今回はやはりブルースとの絡みを書いておきたいです。

music5.jpg

既に何度も繰り返してますが、、、

ブルースはルーツ=根っこで、他の音楽はフルーツ=果実である。

というウィリー・ディクソンの名言は、様々な場面でふと頭を過ぎるのです。ケヴィン・エアーズもやはりブルース無くしては語れないのではないか?

とか、特に4・5枚目になると、かなりサウンドが黒っぽくなってるのですがが、その兆候はこの3枚目『Whatevershebringswesing』(上段右)にも、既に出ている訳ですね。

music6.jpg

では早速曲紹介。 ドラマティックなプログレ的組曲『There is Loving/Among Us/There is Loving』に、癒し系な『Margaret』に続く3曲目、『Oh My』がツボでした。



こ、これはなんだかラヴィン・スプーンフルっぽくないかと。リズムの刻み方とか、ジャグ・バンドってやつ?まさかケヴィンとジョンセバに通じるものがあったとは、これまで思ってもみなかったんで、なんだか嬉しいんです。

そして、タイトル曲の『Whatevershebringswesing』がねえ、これ、前にも紹介したことある曲なんですが、また貼っちゃうぞ。昔聴いてたら、きっと眠たいだけだったかもしれんけど、今はこのレイドバックがたまら~~ん!訳ですね。バックの女性ヴォーカルも、これまでとはちょっと違ってるような?



当時ケヴィンはまだ20代半ばの筈なのですが、何すかこの渋い感じわ?

マイク・オールドフィールドによるイントロのベースソロも渋いよね~!
って、マイクはケヴィンよりもさらに若かった(ティーンネイジャーだった)筈ですがが~~!

ワイン飲んで、楽しく過ごそう
So, let's drink some wine
And have a good time.

とか歌ってる訳ですが、おフランス好きだから、ビールやウィスキーよりもワインなのかに?

なぞと突っ込んでたら、曲順的には前後するのですが、ずばり『Champagne Cowboy Blues』なんてのもね。タイトルにブルースが付いてるし、カウボーイだし、アメリカ~~ンなモチーフ。だのに、飲むのはシャンパンなのよ。



最後の方で『Joy of A Toy』のイントロがコラージュされてるのも素敵だす。

そして、私が一番好きな曲が、『Stranger in Blue Suede Shoes』



ブルー・スウェード・シューズ、と言えばやはりプレスリー(又はカール・パーキンス)の名曲を思い出す訳です。若者の反抗を象徴するアイテムなのでしょうが、同時にブルースに根差した音楽を象徴してるような気もする。歌詞の内容としては、ブルー・スウェード・シューズを履いたよそ者が拒絶される話(He said, "we don't serve strangers in blue suede shoes;)なのですが、、。

最初に聴いたときは、単純にヴォーカルがルー・リードみたい~!くらいにしか思っていなかったんですが、ブルー・スウェード・シューズと言うワードに、何かしらの思いが込められてるのでは?とか思ってしまいますた。

ちなみに、ジョンセバのソロ作品『Rainbows All Over Your Blues』の中には、

クローゼットへ行ってブルースウェードシューズを取り出して
You better run to your closet
and fish out your blue suede shoes

<こちらはウッドストックでのライヴ映像>

と言う一節があるのですが、これは自分らしく行けよ的励ましの印象なんです。ポジティヴな意味で使っております。同じワードでも個性が出るものですが、やはりその前提として、あの有名な歌があるからなんでしょうねえ。

で、オリジナルアルバムには入ってませんでしたが、シングル『Stranger~』のB面だった『Fake Mexican Tourist Blues』はタイトルにブルースは付いてるけど、



80年代のファンカラティーナサウンドを思わせる、オサレな曲なんです。流石ですわ。

そして最後はブルース色抜きですが、インストゥルメンタル『Lullabay』は美しい、ちょっとエリック・サティっぽい曲です。



ケヴィンって水音が好きみたいで、あっちこっちで使ってますね。やっぱ海の近くで育ったからなんでしょうか。

つー訳で、大したことも書かずに、3枚目が終了しちゃいましたが、ここまで私的ハズレはありません。どれも大好きで、リピートしておりますが、残りの2枚もこの調子で、マイペースで紹介致しますです。


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タグ: ケヴィン・エアーズ イギリス R&B

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2016/03/28 13:15 yuccalina

英国BBC伝説の音楽番組『Old Grey Whistle Test』ベストDVDについて~その(2)Vol.1

タイトルにある通り『Old Grey Whistle Test』(以下OGWTと略)のベストDVDを紹介します。前回説明しましたが、訳あってVol.2からスタートした為、今回は1になります。70年代はジョン・レノンにボブ・マーリー、80年代のU2とREMと言った超メジャー級アーティストを含むラインナップ。演奏は無いけど、レッド・ツェッペリンのロバート・プラントやキース・リチャーズ、ミック・ジャガーのインタビューなんかも収録されている豪華さ。こう言ったシリーズものになると、最初のが一番気合いが入ってる内容なのはよくあるパターンですね。

そしてもう一つ私が感じたのは、イギリスにおいて、ブルースやソウルと言った黒人音楽がいかに重要であったか。それを物語るように、プレゼンター達が黒人アーティストへのリスペクトを語るのです。後にブルース・ムーヴィー・プロジェクトで知ることとなる、ブルーズウーマンとしてのボニー・レイットの格好良さとか。彼女がイギリスで支持されていた(ピーター・バラカンさんもファンだった筈)ことも、今になって納得した訳ですにゃー。

等と言ったあたりも踏まえつつ、収録アーティストと曲名及び放送年は以下の通り。(放送年については、前回の記事でも追記しておきましたです。結構重要な気がしてきましたので)

1. Alice Cooper-Under My Wheels 1971
2. Elton John-Tiny Dancer 1971
3. Curtis Mayfield- We Gotta Have Peace 1972*
4. Randy Newman - Political Science 1972
5. Bill Whithers - Ain't No Sunshine 1972*
6. Rory Gallagher - Hands Off 1973*
7. Bob Marley & the Wailers - Stir It Up 1973*
8. Roxy Music - Do The Strand 1973*
9. The Edgar Winter Group - Frankenstein 1973
10. Captain Beefheart-Upon the My O My 1974
11. Little Feat- Rock 'n' Roll Doctor 1975
12. John Lennon - Stand By Me 1975*
13. Lynyrd Skynyrd - Freebird 1975
14. Emmylou Harris - Amarillo 1976
15. Bonnie Raitt - Too Long At The Fair 1976
16. Tom Waits - Tom Traubert's Blues 1977
17. Talking Heads - Psycho Killer 1978*
18. XTC - Statue of Liberty 1978
19. Blondie - I'm Always Touched By Your Presence, Dear 1978
20. Tom Petty & The Heartbreakers - American Girl 1978
21. The Police - Can't Stand Losing You 1979
22. Bruce Springsteen - Rosalita 1979
23. Iggy Pop - I'm Bored 1979
24. The Specials - Message to Rudi 1979*
25. The Damned - Smash It Up/I Just Can't Be Happy Today 1979
26. The Ramones - Rock 'n' Roll High School 1980
27. U2 - I Will Follow 1981
28. REM - Moon River/Pretty Persuasion 1984
(*印は動画を紹介している曲)


それでは、気になったところに、一言コメント及び動画紹介をして行きましょう。

トップバッターのアリス・クーパーは、ヴィジュアルは派手だが、結構フツーなロックンロールだわね。私的には、大好きなジョン・セバスチャンが音楽やめようと思ったキッカケらしいので、余り印象良くないですがが。2.エルトン・ジョンは本人比ではかなりお地味な格好か?でもピアノの弾き語りはやっぱり良い。

3.カーティス・メイフィールドは、楽器を運び入れるの困難な超狭いスタジオで、音量をミニマムに絞ってたとは思えない、熱気溢れる演奏。



彼の『Choice of Colours』と言う曲が、公民権運動に与えた影響は大きかったそうですが、60~70年代イギリスでの影響力も強かったのでせう。なので、私は大分後になって、スティーヴ・ウインウッドとかクラプトン、ロッド・スチュワート等々イギリスのアーティストのカヴァーで彼を知ることになったのですが。

そして、恥ずかしながら今回初めて知った5.ビル・ウェザースも、インパクト大きかったです。



シンプルな演奏ほど、アーティストの直向きさが伝わってくる感じありますね。「紋切型でない臨場感あふれる素晴らしい演奏」と紹介されておりました。

お次の6.ロリー・ギャラガーは頼れるアニキ代表として登場。ワタクシが高校時代から彼のファンなのには理由がありまして、地元の図書館でジャケット見ただけで借りると言う、"ジャケ買い"ならぬ"ジャケ借り"をした成果です。



予備知識無しで、ジャケの見た目だけで判断して借りたのは、ロリーの『トップ・プライオリティー』ですたが、このお兄さん何気にカッコいいなあと思ってたのです。

ボブ・マーリィーのと言う冠がついて無かった7.ウェイラーズは、初の渡英だったそうな。そうか、クリス・ブラックウェルに発見されて間もなかった頃で、ボブの短いドレッドヘアが初々しい。そして、ピーター・トッシュのコーラスがまあ美しいこと!



ベジタリアンフードも無くてホームシックにかかってたメンバー達が、寒い日に観客もカメラマン3人だけという過酷な状況だったそうですが、素晴らしい演奏です。2年後にライシアムのホールに凱旋し、ライヴアルバムが出たのは周知の通り。

Vol.2にも登場してた8.ロキシー・ミュージックは連続だったのですね。番組としては彼等を出すのはチャレンジだったそうです。視聴者に受け入れられるのか不安があったと。そして、見事に当たった訳ですな。



それにしても、グループの中で一番派手でケバい格好なのがブライアン・イーノ先生なのは感慨深いのう。薄毛のロン毛に化粧、キラキラスパンコールのジャケット!トレンディエンジェルの斉藤司は自らを「攻めハゲ」と呼んでるそうですがが、元祖攻めハゲはイーノではないのか?と思えた瞬間。

次、ロリー・ギャラガーとは逆に、ジャケットでやめとこと思ったのが、9.エドガー・ウインター・グループの『ショック・トリートメント』だったなー、とか思い出しますた。図書館で何度も借りようかと手にとってみたものの、結局聴かなかったのですよ。アリス・クーパーもそうだけど、この70年代っぽいハデハデコテコテ感が、のちにキッスを生んだのかなあ?とか思ったり。同じロン毛でもロリー好きの私にはちょっと違って見えたのでせうね。

10.キャプテンビーフハートは、ちょっと前にイージーライダーの話ついでにサイケデリックロックのことを書いてて(記事はコチラ)、丁度聴き直したいと思ってたとこです。アメリカよりもイギリスで人気だったのかな?アーティストになる前は、掃除機のセールスマンをしてたとか。カリフォルニアの砂漠で、偶々尋ねたのがオルダス・ハクスレーの家だったと言う都市伝説が紹介されておりますた。

さて、プレゼンターのボブ・ハリスが、番組でもっとも輝かしい瞬間の一つと語った12.ジョン・レノン。彼が出演に至る経緯も興味深かったんです。アメリカツアーに行くエルトン・ジョンにレノンの出演を望んでるので、会う機会があれば伝言してくれないか、と頼んだそうなんです。

それが二人が共演したマディソン・スクウェア・ガーデンの前だったと。あのライヴの舞台裏で、別居中だったジョンとヨーコが再開して、ヨリを戻したのは有名な話で、エルトン・ジョンがバックステージにヨーコを呼んでたと知って、

流石おネエは気が利くなあ~!

と私はいたく感心したものですたが、エルトンからの伝言を受けたジョンが直ぐに担当者に電話をくれて、OGWTへの出演が決まったと。エルトンがいなかったら、この動画も無かったかも?と彼に感謝しながら聴きましょうね。曲は『スタンド・バイ・ミー』ですが、何でジョンのオリジナル曲じゃないんだよ~と、つい思ってしまいますたが、間奏で息子に「Hello Julian」と声をかけたり、最後にイギリスの視聴者へメッセージを送ったりと、中々印象深いパフォーマンスとなっております。



ちなみに演奏前にチョコレート宜しくとか言ってたんですが、それは、BBC規定のギャランティー(15ポンド!)の代わりに、ジョンの希望でオリバースのチョコレートクッキー4箱にしたからなんだとか。結構有名な話だったみたいですね。それにしても、気になったのは当時35歳のジョン・レノン、凄い老けてますよね。何だか5年後の『ダブルファンタジー』の時よりも年取って見えるような。色々と辛い時を経て、人間的には深みを増していた頃なのかもしれませんぐ。初対面だったボブ・ハリスは「人間的にも素晴らしい人物だった」と思い出を語ってましたから。

と、ジョン・レノン話がつい長くなってしまいました、、に比べてエルトンの曲についてはコメント短かったかな。スマン!

で、次行きますね。デュアン・オールマンに捧げられた13.レーナード・スキナードの は、『マッスルショールズ』の映画で見ました。後ろに南部の旗が掲げてあるけど、今ならヘイトあつかいされるかも?とか、いらんこと考えてしまいますた。

15.ボニー・レイットはホールに一般客を集めた公開ライヴ。黎明期はBBCで一番小さなスタジオで、無観客の収録で始まった番組も成長して、外に飛び出して行った訳ですね。

ニューヨークパンク代表として一番に登場したのは17.トーキング・ヘッズだったようですな。19.ブロンディ、26.ラモーンズも出てるけど、扱いが大きいからね。奇妙だけどクセになるヘッズの音には、当時のイギリス人は結構な衝撃を受けたらしい。プレゼンターの一人アンディ・カーショウは、

「何だこれはっ?」

と岡本太郎ジョータイになったってwww

今改めて聴き直してみると、やはりティナ・ウェイマスのベースが良いんだな~!と思う。パティ・スミスとはまた一味違った童顔の、幼い美少年の様なルックスで、テクニックはまだないのだろうけど、ゾーンに入った表情で刻まれるベースが、いつまでも耳から離れんのです。勿論バーンの独特のヴォーカルもクセになるし。



ファッションもね~、何つーか、逆に攻めてる感じ?ポロシャツの第一ボタンまでキッチリ留めて、短めの頭髪は、70年代を一掃してるとも言えるのではないか?と。ロン毛にピラピラ衣装が流行ったのは、レッド・ツェッペリン(特にロバート・プラント)の責任が重いとワタクシは考えておりますの。おかげで似合わないおブスな男まで、似たような恰好して、見てらんないよ、全く。先述のブライアン”攻めハゲ”イーノ氏は、当時としてはアグレッシヴなファッションだったんでそうが、時代が進んで、みんなが似たような恰好するようになった中で、あのスタイルで登場したヘッズはやはり攻めてたんだと思うのですわ。イーノも髪を切ったし、そういえば、敬愛するトム・ヴァーレイン様も、

「当時は髪の短いバンドは僕らくらいしかいなかった」

とか言うてたんを思い出しますた。んで、Tシャツを鋏でジョキジョキするリチャード・ヘルを見た、マルコム・マクラレーンがパクッて、ロンドンでセックス・ピストルズが誕生したお話は、ワタクシ、もう何度も書いておりますね。

と、ロックファッション話が長くなりますたが、次行きます。18.XTCはパンク出身らしく、しばらくの間”OGWTに出ない”のをステータスとしていたそうですね。Vol.2ではアドヴァーツのTVスミスも「番組には否定的だった」と言ってたっけ。

そう言う訳で、25.Damnedがプレゼンター、アニー・ナイチンゲールに悪さをしたりしてたのは、不真面目=パンク感の演出とも思えたり。

最近、どっかの美術学校でヌードモデルしたとニュースになってた23.イギー・ポップは、最初から脱ぐ気満々。やはり、ナチュラル・ボーン裸族だったんか、と思ったりと。

20.トム・ペティは”ウエストコースト代表”扱いだったのに、少々違和感ありますた。

そして、私の好きな声を持つテリー・ホールの24.スペシャルズは、ファッショナブルなバンドですたなあ。



ベーシストのツイードのスーツがかっこいいとか褒められておったわ。しかし、私はテリーってファン・ボーイ・スリーでのパイナップルヘアーのイメージが強いので、ショート・ヘアの彼を見たら、なんかトリオ漫才”我が家”の坪倉(エロボケ担当)を思い出しちゃいました。音楽と関係ない話でスマン!

逆にまったくファッショナブルでなかったのが27.U2だな。実は私、一度もボノを好きだったことがない。初来日公演行って、何か醒めて帰ってきた。多分顔が好きじゃないんでしょう。ベイ・シティ・ローラーズもレスリーの顔が好きくなかったし。ってファンの方、ど~もすみませんぐm(__)m

ラストがREMか~~!マイケル・スタイプの巻き髪のロン毛は70年代のとは一味違いますにゃ。既に大物の風格があったのね。

と言う訳で、全く触れてないアーティストもありますが、すべて飛ばさずに何度も見てますよ。どれも素晴らしいパフォーマンスなんです。次回は最後のVol.3を紹介します。


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タグ: イギリス 80年代

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2016/02/25 08:05 yuccalina

英国BBC伝説の音楽番組『Old Grey Whistle Test』ベストDVDについて(1)

イギリスの国営放送BBCは、良質なドキュメンタリーが多くて、これまでにロック・アーカイヴの『Dancing in the Street』とか、タップダンスのニコラス兄弟のドキュメンタリーとか、『シド・バレット・ストーリー』などに言及してまいりましたが、いよいよ真打登場です。伝説の音楽番組『Old Grey Whistle Test』(以下OGWTと略)のベストDVD Volume 1~3を紹介しようと思います。

music13.jpg

1971~1988年に放送されたこの音楽番組が、何故に伝説的なのか言えば、

ヒットチャートとは無縁のアーティストを多数出演させていたこと、
1回の放送で様々なジャンルのアーティストを紹介していたこと、
製作スタッフが皆、心から音楽を愛していたこと、
一時的に口パクを採用してた時期もあるが、その殆どが生演奏をライヴで放送していたこと、

であり、そう言った評価は、演奏ビデオの合間に挟まれていた、出演アーティスト達のインタヴューから出てきた言葉でもあります。

例えばエドウィン・コリンズは

「当時否定的な論調ばかりだったパンクについて、情報が欲しくてしかたなかった。だからOGWTに出演したニューヨークのアーティスト達は皆良く覚えている。勿論パティ・スミスも、、」というインタヴューに続いて、パティの『Because The Night』が始まる、と言った具合。

と言う訳で、今回はその『Because~』が収録された、Volume 2(画像中央)から紹介することにします。本来なら1から順番にしたいところなんですが、2をトップにするのには訳があります。

最初にこのDVDを買おうと思ったキッカケがVol 2に収録されていたパティ・スミスとトム・ヴァーレインだったからなんです。

実はこの『Because The Night』、私が最初に見たのは20代の前半で、テレビ埼玉のロック番組で放送されたニューヨーク・パンク特集でした。そこで紹介されたのは確か、

Patti Smith 『Because The Night』
Iggy Pop 『I'm Bored』
Lou Reed 『Legendary Hearts』
Television 『Foxhole』
Tom Verlaine 『Clear It Away』
Tom Verlaine 『Words From The Front』

だったと思います。私は当時東京の東端の町に住んでいて、テレビ埼玉は見られなかったので、実際は、埼玉在住の友人にダビングしてもらったビデオで見ました。そのビデオも今では消失してしますから、確認は出来ませんけど、もしかしたら、ラモーンズやトーキング・ヘッズが入ってたかもしれませんぐ。まあ、とにかく、記憶にあるのはこれだけ、ということです。

10代後半から20代半ばまでの6~7年で、私が一番夢中だった男性アーティストは多分トム・ヴァーレインだったと思います。

あれれ?ジュリアン・コープじゃなかったんか~い?

と突っ込む人が少数いるかもしれませんがが、アイドル的にキャッキャ喜びながら見ていたジュリアンとは対照的に、トムは大人過ぎて自分もクールでいなくてはいかんような気がしていたんですね。変な話ですけど。なので『Clear It Away』や『Words From The Front』のビデオも、夜中薄暗い部屋で1人、音を下げて見入ったりしてますたのよ。

なぞという思い出もふと過ぎる、OGWT。当時はボールを蹴る男のマークが一体何なのかも知らなかったなあ。

とか、いつもの如く、前置きが長文になりますたが、こっからが本編です。OGWT Vol 2の収録アーティストと曲、放送年は以下の通り。

1. Heads Hands and Feet "Warming up the Band" 1971
2. Kevin Ayers and The Whole World "May I?" 1972
3. Roxy Music "Ladytron" 1972
4. Loggins and Messina "House at Pooh Corner" 1972
5. The Who "Relay" 1973
6. Judee Sill "The Kiss" 1973*
7. Argent "God Gave Rock'n Roll to You" 1973
8. The Average White Band "Put It Where You Want it" 1973
9. Montrose "Bad Motor Scooter" 1974
10. Bruce Johnston "Disney Girl" 1975
11. Be Bop Deluxe "Made in Heaven" 1975*
12. Nils Lofgren "Goin' Back" 1975*
13. Daryl Hall and John Oates "She's Gone" 1976
14. Joan Armatrading "Love and Affection" 1976*
15. Roy Harper "One of Those Days in England" 1977
16. The Adverts "Bored Teenagers" 1978
17. The Patti Smith Group "Because The Night" 1978*
18. Siouxsie and the Banshees "Metal Postcard" 1978
19. Gary Moore and Friends "Don't Believe a Word" 1976
20. The Undertones "Jimmy Jimmy" 1979
21. Squeeze "Slap and Tickle" 1979
22. Orchestral Manoeuvres in the Dark "Dancing" 1980
23. Stanley Clark/George Duke Project "Schooldays" 1981
24. Tom Verlaine "Days on the Mountain Part I" 1982
25. Aztec Camera "Walk Out to Winter" 1983*
26. Thomas Dolby "Hyperactive" 1984*
27. The Style Council "Walls Come Tumbling Down" 1985
28. Suzanne Vega "Marlene on the Wall" 1985
29. Andy Kershaw, John Walters, Ro Newton & John Peel "Skiffle Jam" 1985
30. Prefab Sprout "When Love Breaks Down" 1985
31. The Pet Shop Boys "Opportunities" 1986
32. The Pogues "Dirty Old Town" 1986
(*は動画を貼ってる曲)


では早速、くだんの17、パティのビデオから紹介します。



ライトの当て方がイマイチ雑なんじゃね?とか、実はレニー・ケイがギターでなくベースを弾いておったのか?と今にして気が付くこともチラホラ。昔は「パティのファッションと手の動きがメチャカッコエエ!」くらいしか見てなかったかもね。

で、余りにも曲数が多いので、こっから先は暫く一言コメントで動画無しです。

2は既にケヴィン・エアーズの記事で紹介した通り、私はこれでケヴィンにハマったという記念碑的VTR。バンド結成から間もない時期で、本人が「我々は未熟だった」と話してました。

3はロディ・フレーム&エドウィン・コリンズがイチオシのロキシー。まだ気持ち悪い格好してた頃で、機材に凝ってるところもロディ&エドウィンは惹かれていたそうな。マルコム・マクラレーンには嫌われてたけどね。って関係無いか。ア~ヴァロ~~ン♪的ムード音楽でないのが新鮮。

4は後の『フットルース』からは想像がつかないフォーキーなケニー・ロギンス。若くて矢鱈ツヤツヤ、キラキラしておったなー。

イエスのお友達プログレバンドだったらしい7は、リック・ウェイクマンが「同じローディーを使ってた」と思い出話を語る場面も。プレゼンター、ボブ・ハリスのお気にバンドでもあったらしい。「アージェント、う~~ん、素晴らしい!」と一言コメント有り。

8は事前にメンバーのインタヴューで「口パクだったので驚いた」と言ってるのに、当時の放送ではボブ・ハリスが「アヴェレージ・ホワイト・バンドの見事な演奏でした」とか言ってるのに笑ってまうぅ~!先述の通りOGWTはその歴史の中で、一時的に口パクを採用していたことがあり、それは「ミュージシャンの組合がTVで生演奏をさせない取り決めがあったから」とか。ロジャー・ダルトリーがインタヴューで話しておりますた。

10はロディ・フレームのお気に入りとして紹介。「最初はブライアン・ウィルソンの曲だと思ってた」そうです。ピアノの弾き語りが秀逸。

16のアドヴァーツはOGWTに初めて出演したブリティッシュパンクバンドだったらしい。出演予定のアーティストが事故に遭い、急遽決定したとか。ちなみにTVスミスは「番組には否定的だったが出演出来たのは嬉しかった」とコメント。

同じくパンク世代の18は、今聴くと結構マトモというかシッカリ出来てる曲だなーと感じるから不思議。スージー・スーのメイクも含め、当時は仰々しいさがウリだったんでしょうけど。

19はほぼ、シン・リジィ?フィル・ライノット、スコット・ゴーハムは即確認。顔がウロ覚えなんだけど、ドラムもブライアン・ダウニーかと。最初っからムーアのギターの弦が着れちゃうんだが、生放送なので、勿論続行。

22はクネクネ踊りまくるアンディ・マクラスキー。でもOMDってもっと良い曲が沢山あるのになじぇにこれなん?

27は私が一番好きなスタイルだった頃のポール・ウェラー。短く刈った頭髪にシンプルなカーディガンを着用。後のヨメ、D.C.リーはまだ垢抜けておりませんぐ。彼女はやっぱウェラーと付き合ったことで美しくスタイリッシュになったのね、と確認。

32はトラッド風味のパンクで、ワールドミュージックな90年代にも輝いていたポーグス(96年に一度解散)。曲は鈴木常吉さんもカバーしてたトラッドの名曲。

とまあ、ご覧の通り幅広いジャンルが収録されておりますが、このビデオで初めて知ったのが、6のジュディ・シルなんです。彼女は存命中に成功することなく、死後に再評価されたんだそうですが、ニック・ロウが彼女の曲からフレーズを頂いた話とかしてて、とても興味深かった。ここから再び動画を紹介します。



ボブ・ハリス曰く「図書館員のような風貌」。老女のような、少女のような、不思議な雰囲気を持った女性だったんですが、透明感のある歌声は今聴いても十分魅力的。

14は同じく女性シンガーソングライターのジョーン・アーマトレイディング。渋谷陽一のサウンドストリートで何曲か聴いた記憶がありますが、いつも「日本では中々売れない」と言われてたなあ。



いやー、でもこれ良いじゃない。凄く好き~!ずっと80年代のアーティストだと思い込んでましたが、70年代から活躍してたんですね。

12のニルス・ロフグレンは名前だけ知ってて、何も聴いたことなかったんですが、スクイーズのジュールズ・ホランドが思い出の一曲として選んでました。



ピアノがメインの曲良いですね。ホランドもピアニストですから、印象に残ってたみたいです。

そんで、お次は11、ビル・ネルソン。彼はYMOの高橋幸宏と仲良しだったけど、曲はそんなにちゃんと聴いてなかったな、と思ったんでね。



1975年にして、すでにポストパンク、ニューウェイヴの雰囲気を醸してるのが、ビックリだったんです。ギター、カッコイイじゃ~ん。いや、全く70年代のバンドに見えないねえ。

25のアズティック・カメラと7~8年も開きがあるとは思えんわ~!で、インタヴューでも沢山登場するロディ・フレームの青春時代は、やっぱりバーズを思わせるオサレな格好してますた。



オープニングはアーティストでなくマシーン”フェアライト”がクローズアップされたことを、自嘲的に話しておりますたわ。「ヘビメタファンからツバを吐かれてた」との衝撃告白も。ロディのファッションで注目したいのは、カラーチップ等ウェスタン調なとこですな。私もカラーチップ一杯持ってたよ~!というお話はかつてコチラで書きましたけど、当時意識してたのはロディ・フレームよりもジョニー・サンダースなのであった。

80年代はニュー・ウェイヴの時代、アズティック・カメラもOMDも同じくくりだった訳ですが、アコースティック風味なのかバリバリエレクトロポップなのか、によってもバリエーションは豊富だったなあ。そんな中でふと、26、トーマス・ドルビーを見ていたら、



これ、めっちゃファンキーやないか~~い?

となったんです。そうそう、イギリスのロック&ポップスにおけるソウルやファンクの影響力って、80年代当時は全然知らずにいたんですが、この『Hyperactive』はファンク要素がかなり強かったのねっ!と感動。それにドルビー氏ってばさ、何気にダン・ヒックスの曲カバーしてたじゃ~~んの『I Scare Myself』もね。後にダン・ヒックスが来日した頃になって、彼は只者ではなかったな、と気が付いたのだった。その辺りの話はそのうちまた書くかもしれませんぐ。

そして最後に、動画を直接貼れなかったのでリンクだけですが、24のトム・ヴァーレインについては、やはり書いておかねばね。

Tom Verlaine - Days on the Mountain Part 1 (The Old Grey Whistle Test)

これこそ、OGWTがヒット曲の為の番組でない証ですな。サードアルバム『Words From The Front』からの曲で、地味な服装も当時の数少ない彼のグラビアで見たまんま。見た目も曲もじぇんじぇんテレビ向きじゃにゃいっ!のに放送してまうOGWTはやっぱり凄い番組だったんだなっ!と再確認したのですわ。いや~、もし私が80年代にこのビデオ見れていたら、鼻血出してたかもしれんなー!

とか思いつつ、トムがギター弾いてるときのアクションって、何か全然カッコよくない、っつーか、むしろ不恰好なことにも感動してしまったワタクシ。

いや~OGWTって、ホント素晴らしい番組でしたね。プレゼンターの服装や髪形も時代性が出てて面白いなあ。矢鱈可愛らしいフリフリの服が似合わないアニー・ナイチンゲールとか、笑っちゃったし~!

と言う訳で、次回はVol 1を、もう少しテンション低く紹介する予定です(^^;)


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タグ: パティ・スミス イギリス 80年代 70年代

テーマ:洋楽ロック - ジャンル:音楽

2016/01/14 09:08 yuccalina

最初で最後の私のアイドルJulian Copeのこと~その(5)ジュリアンは何しに日本へ?

このブログで一番ニッチな話題を提供してるシリーズです。書き始めた時は、古い話題から順番に進めていくつもりだったんですが、段々と思いつくままに、いい加減になって来ちゃいましたわ。で、今回も思いつきでジュリアンと日本との関わりにフォーカスしたいと思うんですが、その理由は、実を言うと、今年最初の投稿『新春2016はあけぼの印から』(記事はコチラ)と関係があります。

そこで紹介した日本の80年代インディーズの動画で、あけぼの印『毎日』とE.D.P.Sの『Death Composition』の動画主”thebrofessoroak545”さんが、日本人ではなかったからなんです。

私が何気に『毎日』へ日本語でコメントを入れたところ、英語で返事が返ってきた。そーか、日本人じゃないのか、それではと、私はいい加減な英語であれこれ質問してみたら、thebrofessoroak545さんはネットで日本の音楽を漁っているアメリカ男子23歳、学生、ニューオーリンズ在住、と判明。そこで、私はやはり問うてみた訳ですよ、

ジュリアン・コープの『Jap Rock Sampler』って読んだことあるのー?」

して、その返事は?

「読んだことあるけど、間違いが多いし彼の考えにはあまり同意出来ない。僕は既にこの本以上に沢山の日本のバンドを知っているので、役に立たないです」

でしたわ、トホホ。そりゃあねえ、このご時世、日本のバンドはYouTubeだけでも十分に色々聴けますからね。もう、情報として古すぎるのは分かります。そもそも間違いだらけで、奇書と呼ばれる代物ですもの(記事はコチラ)。日本語版は赤ペンで修正されてたら、きっと真っ赤になったでそう。でも、「情報が少ない時代に一生懸命勉強してたジュリアンが私には愛おしいのだ!」と思わず長文返事を変な英文で書いてしまっただよ。

とそこで、ジュリアンが何故に日本のロックコレクターとなり、『ジャップ・ロック・サンプラー』を書くに至ったのか、考えたみたくなった。ジュリアンと日本との関わりを、改めて見直してみようかなと思った次第。

先ずはファーストアルバム『World Shut Your Mouth』のジャケットから見てみまそーか?

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WORLDの文字の中に国旗がデザインされてますね。左からアメリカ合衆国、ソビエト連邦(当時)、日本、西ドイツ(当時)、イギリスとなってることからしても、既に日本に興味があったのが見て取れます。イギリスからしたら旧敵国が2つも入ってるのもポイントでして、ジュリアンはドイツのロック、クラウト・ロックも好きで本を出してるんですよね。そこで、89年4月3度目の来日時のインタビュー(下記の画像がどこの雑誌か残念ながら不明)での発言が生きてくる。

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Q: あなたは日本贔屓で有名ですが、いったいどこにそんなに魅かれるのですか?
A: 戦争でボロボロになりながら、みごとに立ち直った姿が素晴らしい。一歩間違えばそのままボロボロになってた可能性もあるはずからね。その過程の一部始終が俺を引き付けて離さない。


ジュリアンは1957年生まれですから、親が先の大戦を知ってる世代なのでしょう。そんな彼が、ドイツや日本のロックに興味を持っていたのは、かなり異質だったのかもしれません。下線部は『ジャップ・ロック・サンプラー』の文面にも良く表れておりますたわ。ま、誤解、思い込みによる部分が多いのが事実なのですがが。

私は以前ジョン・レノンとオノ・ヨーコの話で、60年代のイギリスで、国民的アイドルが旧敵国の日本人と結婚することが、どれだけ大変だったかと書きました。また、60年代のイギリスが舞台のドラマ『孤高の警部ジョージ・ジェントリー』では、敗戦国のドイツの方が羽振りが良いのが許せない、みたいな話が出てきたり、同じく英国ドラマ『主任刑事モース』では、シンガポールで日本の捕虜になりリンチされた父親の復讐で、日本人将校の息子が殺害される話を見た事があります。

ジョンとヨーコが結婚し、大バッシングを受けてた頃にジュリアン少年は10歳前後ですが、彼はヨーコに悪い印象は持ってなかったと思われます。本でもヨーコに関する記述はフェアに感じましたから。

で、1985年、日本でアルバムがヒットしてないのに、突然の初来日だった話は既にコチラでしましたが、日比谷野音では日本のルースターズがオープニングアクトを務め、彼等は後にジュリアンの『Land of Fear』という曲をレコーディングすることになります。実はルースターズ版(1988年のアルバム『Four Pieces』に収録)は聴いたことがなくて、今回YouTubeで探してみたんですが、残念ながら見つからず。ジュリアンのバージョンを貼っておきますね。



ジュリアンは1987年、2度目の来日時のインタヴューでも、「日本に来たことで自分は変わった。日本が自分にインスピレーションを与えてくれた」的発言を沢山しておりまして、ヒット作となったサードアルバム『St. Julian』も、あの来日なくしては有りえ無かった、くらいの勢いでした。一応、証拠のVTRも貼っておきますね。『ポッパーズMTV』でのインタヴュー。聞き手は今は亡きシリア・ポールさんです。



さて、先の記事では、見出しの部分に

日本はすごいよ、色んな点で俺を刺激してくれる

と書かれております。日本が好き過ぎてレコードも集め出した、と言っても不思議ではありませんぐ。で、先の記事で私が一番興味深かった、そして、とても的を射てると思った彼の発言がこちら。

西洋からいろんなものを吸収しながら、西洋化されてないところもすごいと思う。
外見的に西洋かもしれないが、内面的には程遠い。
和製英語とは、視覚的に英語を取り入れてデザイン化してしまってる。
ほとんど意味のない英語こそ、西洋化願望の象徴だが、俺はそれが大好きなんだ。
昔初めてそれを見た時、感激して歌詞をデザイン化しようとしてみた。


外国からの文化を日本独自の解釈でバランス良く取り入れる、と言うのは日本文化の成り立ちを良く理解してると言えなくもないんじゃなかろか?そして、外見的には西洋に倣ってても、西洋化されてないからこそ、日本のロックに魅かれたのかもしれませんね。

ちなみに2番目は一見批判されてると誤解されるかもしれせんが、誉め言葉みたいです。例えば衣食住などの見かけが西洋化してても、日本人の生真面目さ礼儀ただしさとか、内面的に西洋っほくない、ってことみたいです。

さて、ここで、和製英語にまつわる曲を紹介しましょう。『Jellypop Perky Jean』です。



前回紹介したジュリアンの自伝『RE-POSSESSED』には、こんな写真が載ってるんですが、

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来日した時に買ったヘアジェル、パーキージーンです。曲が収録されてるアルバム『Droolian』は1990年発表ですから、初来日(85年)か2度目(87年)の時でしょうね。パーキージーンは80年代に登場した資生堂のコスメブランドで、広告イラストを描いてたのが、あのダギー・フィールズ!はい、シド・バレットと一時期同居してた、イギリスの画家ですよ。BBCの『シド・バレット・ストーリー』でもインタビューに答えてましたっけ。YouTubeで当時のCMを探してみました。平面的でカラフル&ポップなこの絵を覚えてますでしょうか?





画像が荒くて確認が難しいのですが、2本目の動画で左に立ってる男性が、ダギー・フィールズご本人ではないかと思いますです。こうしてみると、シド・バレットを敬愛するジュリアンがパーキージーンに目を止めた、ってのも何か因縁めいてて良いですわね。

で、このヘアジェルを見てジュリアンが歌詞をデザイン化したこの『Jelly Pop Perky Jean』は、日本では私のような一部の物好きしか知らない曲ですけど、その後いつの間にやら、クール・ジャパンだの、カワイイと言う言葉が世界に広まったりして、デザイン化された日本語Tシャツを着た外国人が日本を闊歩する時代となった。この逆転現象は興味深いです。しかし、その一方でヲタク語やら、女子高生語やらと、日本人による日本語のデザイン化は、言葉の乱れと社会問題化してるのは、皮肉なもんですわ。

ともあれ、ネイディヴからはとかく批判されがちだった和製英語、カタカナ英語に価値を見出だした、と言う点でも当時のジュリアンの発言は画期的だったんだなー、と再確認した私でありますた。

とか、タイトルと内容が微妙にズレてしまいますたが最後にオマケ。Jelly Popの動画探してる時に、こんなの見つけちゃったよ。Sean's Showと言うイギリスのシチュエーションコメディ番組での一コマ。主人公ショーンがジュリアンのモノマネしとるの。



こんな番組があったとわね~!早速wikiで調べてみた。なになに、

ショーンはスミスとモリッシーを愛していて、エルヴィス・プレスリーの化身である蜘蛛と会話する。
神様とサミュエル・ベケットから「あの靴下、まだ乾いてないぞ」との留守電メッセージが入る。

って、何か凄く面白そうじゃないっすか?番組は1992年4月~1993年12月に放送されたそうですから、ジュリアンがあのドスケベな特製スタンドマイクを使ってた時代(推定で1986~1989)より後ですな。90年代のジュリアンはモヒカンにしたりして、化けモノ化しつつありましたからね。しかし、お笑いのネタになるくらいですから、ジュリアンのあのスタンドマイク&アクションは、それなりに知られてたってことですね。

これ見てたら、また一つ別のジュリアンネタが思い付いちゃったんで、その(6)は結構すぐに投稿出来るであろう。
(続)


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タグ: ジュリアン・コープ 80年代 イギリス

テーマ:80年代の洋楽(new wave) - ジャンル:音楽

2015/09/28 09:40 yuccalina

『Dancing in the Street~R-E-S-P-E-C-T』前編~モータウンのマナー講師、振付師&リズムセクション

かねてより思っていたのですが、イギリス国営放送BBCのドキュメンタリー番組には、秀逸な作品が多く、以前タップダンスの話で引き合いに出したニコラス兄弟『華麗なるタップ人生』(記事はコチラ)もBBCのドキュメンタリーでした。そして、『黄金のメロディ マッスルショールズ』の記事(コチラ)で少し言及した『Dancing in the Street』は、ブルース、ロック、グラム、プログレからパンクまで音楽の歴史を辿るアーカイブで、私が今一番揃えたいシリーズでもあります。

しかし、何と本国イギリスでも、未だにDVD化されてないらしい。私がVHSで持ってたのはソウル、ファンク、パンクの3本だけなのですが、取り合えずDVD化祈願も兼ねて、紹介して行きたいと思います。また、YouTubeではこのシリーズの動画が色々とアップされてますので、いずれはヒアリングのトレーニングも兼ねて、未視聴分を見て紹介できたらなと思っております。

Dancing in the Street "R.E.S.P.E.C.T" - Amazon UK
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と言うわけで、先ずはソウル編『R-E-S-P-E-C-T』ですが、作品自体も大まかに、モータウンとスタックスを中心としたサザンソウルの二つに分かれてますので、記事も前後編に分けたいと思います。



ですから、今回はモータウンのお話。1:50から流れる説教をしているのは、アレサ・フランクリンの父クラレンスで、そこからゴスペルをポップスの世界に持ち込んだレイ・チャールズが登場。ゴスペル~ソウルの流れをざっと紹介した後、話題はモータウンに移ります。上の動画の4:30辺りからになります。60年代の半ばのアメリカで、ビートルズを筆頭に押し寄せてきたブリティッシュ・インヴェージョンに対抗する一大勢力として、自動車産業の町デトロイトに誕生した独立系(インディーズ)のレコード会社がモータウンであります。創始者のベリー・ゴーディーは元々ジャズファンで、ジャズレコード店の経営に失敗後、友人のビリー・ディヴィスと共作した『ロンリー・ティアドロップス』をジャッキー・ウィルソンが歌い、ヒットしたのを切っ掛けとして、レコード会社を設立しました。そして、

スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ
テンプテーテションズ
フォートップス
マーヴェレッツ
スプリームス
マーサ&バンデラス
マーヴィン・ゲイ
スティーヴィー・ワンダー
ジャクソン5

等々全部書き出してたら、また記事が長くなっちゃうよ。ってなくらい数多のスターとヒット曲を世に送り出すのです。

今でこそ、それらがパッパと頭に浮かぶブログ主ですが、このビデオを初めて見た90年代はピッカピカの若葉マークでした。以前紹介したアメリカのドキュメンタリーシリーズ『ヒストリー・オブ・ロックンロール』のソウル編(記事はコチラ)と共に、これが私のソウル入門書となりましたが、当時は全く気がつかなかったことは、結構ありますね。中でも私が注目したのが、やはり公民権運動の問題ともう1つ、モータウンに専属のマナー講師がいた(動画パート2の3:25~)、と言うことなんです。



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これは、先日紹介したばかりの映画『大統領の執事の涙』(記事はコチラ)と非常に密接な関係が、、。

あの映画の中でキング牧師が言った言葉、

「執事は立派な職業だ。彼らは勤勉に働くことで、紋切型の黒人像を変えた。高いモラルと威厳ある振る舞いによって、人種間の壁を崩していった。執事やメイドは従属的と言われるが、彼らは戦士なのだ」

を聞いたとき、私が真っ先に思い浮かべたのが、モータウンのマナー講師マキシーン・パウエルだったのです。ビデオの中で語られることはありませんが、彼女が行儀作法を身に付けたのは、上流の白人家庭かホテル等でメイドをしていたのでは、と想像に難くありません。

モータウンのアーティスト達には、低所得者層の出身で、学校もろくに行ってない若者が多かった。パート1の6:57に、Brewster(ブルースター)と言う道路標識が写りますが、そこは低所得者用の公営住宅がある町で、差別の酷い南部からやってきた黒人が多く住んでいました。スプリームスのメンバーもその公団で育ったそうです。そんな彼女等&彼等に、行儀作法を教えたのがパウエルさんだったのですね。話し方に立ち振舞い、歩き方、マイクの持ち方に感じの良い微笑み方までを、徹底的に仕込んだ。そして白人客が集まる高級なクラブに出しても恥ずかしくないレディ&ジェントルマンに育てたのです。

そうした徹底管理は後に、モータウンは余りにも洗練され過ぎで人工的、と飽きられる原因になったのかもしれませんが、黒人アーティスト達が白人の聴衆にアピールするのに、モータウンが果たした役割は非常に大きかったと思うのです。先のキング牧師の言葉の通り、モータウンのアーティスト達も同様に”紋切型の黒人像を変え”、”高いモラルと威厳ある振る舞いで人種間の壁を崩した”のは、確かではないか。白人社会の価値観に寄り添いながら、自分たちの色を少しでも出して行って、黒人音楽の扉を開いたアーティスト達は、従属的だったのではなく、戦士だったのだ。と私は思ったのであります。

そして今1人、モータウンアーティスト達をスタイリッシュな男女に変えた功労者が、振付師のチョリー・アトキンズで、パート2の5:56に登場。1913年生まれですから、この時既に80歳くらいだった筈ですが、ステップも身体のキレも健在。カッコイイおじいちゃんですね。先の『ヒストリー・オブ・ロックンロール』ソウル編の記事でも話題にしたのですが、チョリーは既に30年代からタップダンサーデュオ”コール&アトキンズ”として、白人聴衆の前でステージを務めていた方ですから、いわゆる白人好みの振付けは、お手の物だったのかもしれません。

一方、公民権運動に関してですが、チトリン・サーキットの話題で出てきたのが、マーサ・リーヴスの「94日のツアーでホテルに泊まれたのはたったの3晩だけ」と言う告白。レコードのチャートを賑わすスターであっても、アメリカ南部へ行けばホテルに宿泊拒否をされ、狭いバスで寝起きしていたと。

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バックミュージシャンだったトーマス・ビーンズ・ボウルズは、フリーダムライダースの話もしてました。

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ライダース達は人種隔離された休憩所を使おうとして、地元住民から袋叩きにあったりしてた訳ですから、モータウンのバスツアーの面々も、酷く警戒をされていたと。本当に大変な時代を過ごしていた訳ですが、そんな風に白人社会に虐げられても尚、威厳を持って白人社会のマナーに従ったアーティスト達は、やはりキング牧師のいう通り、立派な戦士だったんだと思います。

ところで、このR-E-S-P-E-C-Tを見て、BBCが凄いなと思ったのは、モータウンのリズムセクション、ファンク・ブラザーズに言及していたところ。

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モータウンの快進撃にはアーティスト、ソングライターの力量もさることながら、ファンクブラザーズの力も大きかったと。社長ベリー・ゴーディーは元々ジャズファンでしたから、通っていたジャズクラブで腕利きのミュージシャンをスカウトしていたそうです。

そう言えば、マッスルショールズで「アレサ・フランクリンの代表的ヒット曲、I Never Loved a Man the Way I Love You『貴方だけを愛して』はデモテープを聴いた時は、ゴミみたいな曲だった」とスタジオミュージシャンが語っていたのを思い出しました。モータウンに於いても、曲を活かしたり、生まれ変わらせる名アレンジをしたのは、スタジオミュージシャン達だったのでしょう。テンプテーションズ『マイ・ガール』の超有名なギターイントロは、ファンク・ブラザーズのギタリスト、ロバート・ホワイトが作ったと、今ではウィキペディアにも載っているくらいですが、ファンク・ブラザーズの存在が広く知られるには、まだ時間がかかりました。

本国アメリカのドキュメンタリー『ヒストリー・オブ・ロックンロール』の中では全く名前も出てきませんでしたからね。このDancing in the Streetのビデオが出たのは1996年ですが、後にファンクブラザーズがフィーチャーされたドキュメンタリー映画『永遠のモータウン』が公開されたのはその6年後、2002年になります。この映画については、また別の機会に詳しく紹介するつもりです。

と言ったところで、最後にモータウンとは関係ない話ですが、気になったシーンを1つ。パート1の1:28あたりで映った、ビートルズに熱狂する女子のプラカードが気になりました。

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「Elvis is Dead(エルヴィスは死んだ)」

ってデカデカと書いてるところに、若さゆえの残酷さを感じますたわ。プレスリーまだ死んでないよって、この頃は。いやね、ビートルズが好きなのをアピールするのは別に構わんけど、わざわざエルヴィス下げしてるとこがどうなの?つまり彼女にとってはビートルズ云々よりも、それまでのロックンロールキング・エルヴィスを敵視し、既成の価値観に反抗することの方が重要だった。これが若さであり愚かさでもあるのだわ。

なーんて思ったのです。これは後に、セックス・ピストルズをプロデュースしたマルコム・マクラレーンが作ったLoves and Hates Tシャツと同じコンセプトだな、と気が付いたのですわ。

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パンクスから嫌われてたのが、エマーソン・レイク&パーマー、ミック・ジャガーにブライアン・フェリーかあ。ま、敵として名前を上げられることは、ある意味名誉でもありますけどね。それだけ価値を認められてる、影響力がある裏返しな訳ですから。また、ザ・クラッシュがレゲエやダブに接近する以前に売られてたTシャツだ思いますが、ジャマイカが既にクールなものの代表だったのが興味深いところ。

好きなものだけ言ってれば波風立たないのに、わざわざ批判したり、嫌いだと主張して波風立てたい、ってのは良く言えば若々しく、悪く言えば幼稚、と表裏一体な訳ですね。自分自身も10代の頃は、そういうところがあったかもしれません。

と、話が変な方向に行ってしまいましたが、『R-E-S-P-E-C-T』後編はスタックスレコード及び、マッスルショールズ(FAMEスタジオの方)で録音したアーティスト達のお話になります。上の動画パート2の最後の方で、既にブッカーT&MG'sとウイルソン・ピケットが登場してますが、詳しくは次回ということで。



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タグ: タップダンス R&B ソウル イギリス

テーマ:ゴスペル/ブルース/R&B/ソウル/ファンク - ジャンル:音楽

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